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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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深夜の脱出劇

「ば、ば……馬鹿な! 灰の聖獣が敗れるなど……」

「騎士の情けだ、デノンザ。一振りであの世へ送ってやる。もっとも、邪教に天国があるかは知らんがな」


 憮然(ぶぜん)と口を開く司祭デノンザへ、レムズが鋭く言い捨てる。

 デノンザはそれを聞くや、部下達に向かって叫び出した。


「接近は避けて、弓と魔法で戦え! こいつらを城から逃がすな! 街中の兵を全て集めて袋のネズミにしてしまえ!」


 指示を受けた兵士達は、散り散りになって、ソロン達から距離を取っていく。

 そうして、デノンザ自身は城の入口から逃げ出そうとしたが。


「させんぞ!」


 メリューの放った短刀が司祭の足を貫く。デノンザは体勢を崩し、転倒するかと思われた。

 ……が、次の瞬間には走り寄ったレムズが剣を薙いでいた。首をはねられた司祭は、二つに分かたれて床に転がった。


「司祭がやられた!」


 弓を構えようとした兵士が、動揺をあらわにする。


「あ、慌てるな! 司祭の命令を実行するのだ! 正門を固めて、仲間を集めろ!」


 司祭の側近らしい生き残りの神官が、代わって兵士へと指示を下す。

 兵士達は動揺収まらない様子ではあったが、それでも正門へと走っていく。


「レムズ王子、引き上げるよ! これ以上、戦う意味がない」


 ソロンは戦いの不毛を悟り、そう叫んだ。ソロン達の目的は、あくまでレムズを連れて脱出することなのだ。


「ふん、いいだろう」


 さしものレムズも同意し、騎士達へと指示を下す。


「――皆の者、引き上げるぞ!」


 レムズが同意するや、ソロンは手で脱出路を指し示した。


「こっちだ! 僕の仲間に付いていって!」


 目指すのは正門ではなく、廊下の方角――つまりは侵入してきた窓である。

 まずは仲間の亜人達を先に向かわせて、レムズ達を先導してもらう。そうして、ソロンは後ろを守ることにした。


「お前だけで防げるか、ソロニウス?」

「心配いらない。それより早く頼むよ。君が行かないと、みんな脱出できないから」


 レムズの問いに、ソロンは余裕で応えてみせた。


「……いいだろう、任せるぞ」


 レムズはどこか口惜しそうにしていたが、それでも背を向けて走り出した。


 こちらが正門へ向かわないと見て取って、兵士達が後を追ってくる。

 そうはさせじと、廊下の入り口にソロンは立ちふさがった。

 蒼煌の刀を構え、刀身へと魔力を込めていく。

 青い炎をまとった刀身を目にして、敵兵がひるむ。


「メリューも先に行きなよ」


 ソロンはまだそばに残っていたメリューへ声をかけるが。


「そなたは強いが、まだまだ甘い。どうせ加減しながら戦うつもりであろう」


 と、メリューはソロンの横に並び立った。


「確かに……そうだけど」


 もしソロンが全力で刀を振るえば、城ごと敵を焼き尽くすのも不可能ではない。けれど、その気がないのもメリューには見抜かれていた。彼女はそんなソロンを心配してくれているらしい。

 その時――敵兵が一斉に弓を引き絞り、矢を放ってきた。


「任せろ」


 メリューが念動魔法を発動し、いともたやすく矢を叩き落とした。矢は硬い床に当たって、カラリと音を鳴らす。


「分かったよ。力を貸して欲しい」


 ソロンは慎重に刀を振るい、兵士の足元へ火球を炸裂させた。四人の弓兵がそれだけで吹き飛んだ。

 そうしている間にも、騎士達が城から脱出していく。体の大きな騎士達には小さな窓らしく窮屈(きゅうくつ)そうだ。それでも、皆でどうにか乗り越えていった。


 その後は、ハシゴを使って一人ずつ城壁を超えていく手はずになっている。もっとも、ここからでは確認できない。ソロン達も時期を見計らって向かうしかなさそうだ。


「くっ、表から回り込め!」


 こちらが手強いと見て取った敵兵が、正門側へ向かおうとする。レムズ達の逃走を、別方向から妨害するつもりのようだ。


「そうはいかんな」


 メリューが数多の短刀を飛ばし、背を向けた兵士を仕留めてくれた。


「助かる!」


 ソロンは感謝して叫んだ。自分だけでもこの場はしのげただろうが、別の経路までは手が回らない。結局は彼女に頼って正解だった。

 その後も、メリューが瞳で矢を叩き落とし、ソロンが火球で敵を吹き飛ばした。メリューの助けもあって、難なく敵を足止めすることができた。


「ソロニウス! もういいぞ!」


 そこに聞こえた声は、レムズのものだった。廊下の向こうから、大声でこちらへ呼びかけている。


「メリュー行くよ!」


 ソロンが駄目押しの火球をお見舞いすれば、大きな火柱が広間に上がる。敵がひるんだ隙を見て、すかさず奥へ向かって走り出した。


「うむ!」


 メリューも機敏に反応し、ソロンに続いてくる。

 短い廊下を二人で駆ければ、外から窓枠へ身を乗り出しているレムズの姿があった。

 レムズはこちらの姿を確認して、ようやく窓から身を引いた。


「まだいたんだ?」


 とがめるようにレムズへと声をかければ。


「お前達だけを残していくわけにもいくまい。他の者はもう城壁を乗り越えるところだ」


 この男、意外と義理堅いらしい。


「分かった。ありがとう」


 ソロンもそれ以上は言わず、窓枠を飛び越えた。

 メリューも慣れたのか、今度は(かろ)やかに飛び越えていた。


 *


 庭に残されたハシゴを登り、三人は城壁を乗り越えた。

 城の外へと降り立てば、既に騒ぎは相当に大きくなっているようだった。


「追え! 東側だ!」


 町の方角から叫び声が聞こえてくる。兵を集めて追ってくるつもりらしい。

 城壁は越えたが、脱出するにはもう一つの壁がある。ベスカダの町の外壁だった。


 既に仲間と騎士達は、東の外壁へ向かって走り去っている。ソロン達三人もそれを追いかけた。

 城の明かりから離れたせいで、周囲は再び深夜の闇に包まれる。辺りは市街地のはずだが、その景色も覚束ない。そこはメリューの先導を頼りに進んでいった。


 たくさんの炎が、こちらへと近づいてくる。松明(たいまつ)を握り締めた敵兵に違いない。三人が進もうとしている東側からも、炎は迫ってくる。無視とはいかないようだ。


「城主が死んだというのに、遺言を守るとは義理堅い連中だの」


 メリューが皮肉を言いながら先導を続ける。


「王子が逃げるぞ! 行かせるな!」


 兵士達が周囲へ呼びかけながら、立ちふさがってくる。


「邪教の手下め! 邪魔立てするなっ!」


 レムズは先頭に躍り出るや、剣を払った。白光が夜暗(やあん)を斬り裂き、光弾を受けた兵士達が吹き飛んだ。

 三人は動きを止めずに走り続ける。


「やっているな」


 メリューがつぶやき、前方を指差した。

 見れば、遠く高い場所に炎の明かりが(きら)めいている。

 城壁の上に立った男が、松明のような物を振り回していたのだ。

 それを目印にメリューが走る。ソロンとレムズも彼女に続いた。


「こちらです、坊っちゃん!」


 やがて、聞き慣れた声がソロンの耳に入った。

 その時には、松明と思われた物の正体も明らかになっていた。ナイゼルが魔法の炎を杖先に灯しながら、こちらを誘導してくれていたらしい。その周囲には、亜人達が頼もしく弓を構えている。

 そして彼らの足元には、ハシゴを登り終える最後の騎士の姿があった。どうやらこれで、三人を除いた全員が町の外へ脱出したようだ。


「今行くよ!」


 と、ソロンも走りながら声を返す。


「逃がすな! 外壁を越えさせてはならん!」


 そこへまたも、敵兵が駆け寄って来る。

 ソロンは振り向き、追い払おうとしたが、


「坊っちゃんは早くこちらへ! ここは我らにお任せを!」


 外壁上に立ったナイゼルが叫び、杖を振るった。

 杖先から大きな火球が放たれ、ソロンの背後へと着弾する。

 火球は地面を巻き込んで派手に爆発し、迫りつつあった敵兵を吹き飛ばした。

 起き上がろうとする兵士達へ、亜人の射手が雨霰(あめあられ)と矢を降らせる。敵はたまらず後ずさった。


「レムズ王子!」


 ソロンはレムズを先に行かせようと呼びかけるが、


「メリュー殿、淑女が先です」


 相変わらずの騎士道で、レムズがメリューを促す。


「……うむ」


 メリューは微妙に眉をひそめながら、それでもハシゴを登り始めた。

 それからようやくレムズが登り、ソロンが最後にハシゴへと飛びついた。

 外壁の上へと登ったソロンは、ナイゼルと肩を並べた。


「うまく行ったようですね」


 ナイゼルはこちらを見るなり、顔をほころばせる。


「お陰様でね。ナイゼルも早く行きなよ。君の足じゃ置いてかれちゃうし」

「それでは、お言葉に甘えます。坊っちゃんも無理なさらぬよう」


 そう言って、ナイゼルも壁の向こうへと降りていく。


「大丈夫。一発かますだけだから」


 壁の内側を眺めれば、深夜の町に松明の光がむらがっていた。再び追手が迫ろうとしているのだ。


 ソロンは蒼煌の刀を両手で高々と掲げ、精神を集中した。

 青い炎が刀の先に集まり、見る見るうちに膨張(ぼうちょう)していく。最初は小石程度だった炎が、人の頭ほどに膨れ上がり、やがては巨岩の大きさへと転じた。

 蒼炎が闇夜を照らし、青味がかった町の姿が浮かび上がる。


「逃げたほうがいいよ! 死にたくなければ!」


 ソロンは警告のため、大声で眼下へ呼びかけた。

 声が届いたかどうかは分からない。けれど、見るからに危険な気配を察知してか、兵士達が蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げ出していく。


 ソロンは刀を振り下ろし、巨大な火球を地面へと叩きつけた。

 天を()くような火柱が立ち昇り、青い光が夜を飲み込んでいく。

 爆風が町を駆け抜け、逃げ遅れた兵士達が吹き飛んでいった。もっとも、炎には直接当てていないため、死にはしないと思うが……。


 振り返ったソロンは、風に背中を押されながら壁の向こうへ跳び下りた。

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