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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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白光真王牙

 騎士達がレムズの元に集まっていく。その数は四十に迫るほどのようだ。


「これでは騒ぎは避けられんな」


 メリューは懸念を表に出したが。


「今更だよ。敵が集まってくる前に、勢いに乗ってしまおう」


 周知の通り、ベスカダ城はさほど大きな城ではない。勢いに乗ったこちらを、止めるだけの兵力を動員するのは簡単ではないだろう。



「いたぞ! 騎士達を連れている!」


 地下の階段を登り、広間に至ったところで兵士達に囲まれた。

 どうやら、こちらを待ち伏せしていたらしい。ソロン達の襲撃を知り、兵を集めていたようだ。


 敵の兵数は五十を超えていそうだ。

 人数は大差ないが、こちらの騎士達は大半が丸腰……。先程、兵士達から奪った装備を、数人が身に着けているに過ぎない。当てにはできないだろう。

 さらに厄介なのは、包囲の後ろに赤い衣の神官が混ざっていることだ。邪教の術を操る者達は、兵士達よりも格段に脅威となる。


「お待ちなさい、殿下」


 囲みの中から、赤い衣をまとった男が前に踏み出した。ザウラストの神官らしき姿をしていたが、胸当てを装着し、帯剣していた。どうやら戦士としての心得もあるらしい。


「デノンザか。騎士の家に生まれながら、邪教に魂を売った恥知らずめ」


 レムズが呼んだデノンザという男が、この城を預かる司祭らしい。


「生まれに固執し、時流も読めない方に糾弾(きゅうだん)される言われはありませんな」


 デノンザは余裕の笑みを浮かべ、レムズの糾弾を受け流した。

 自らの圧倒的優位を確信している表情で、司祭は続ける。


「我々に牙を向けるならば、すなわちそれは陛下に牙を向けるという意味……。その重大さ、殿下は分かってらっしゃるのですか?」

「ふん、分かっているさ。貴様らが、父上をたぶらかした悪だということをな!」

「愚かな……。魔剣もないあなたに何ができるというのですか? 無駄な抵抗はやめて降伏なさい」


 デノンザは剣を鞘から抜き放ち、刃先をレムズへと向けた。

 剣から光が放たれ、ソロンの目を一瞬だけくらませる。白光(びゃっこう)を放つその剣は、まさしくかつてレムズが所持していた剣だった。


「やはり、貴様が預かっていたか。しかし、その聖剣は邪教徒には過ぎたもの。俺に差し出すなら許してやろう」


 レムズはデノンザへと手を伸ばし、傲岸(ごうがん)にも言い放った。


「王子を捕まえろ! 抵抗するなら殺しても構わんと、陛下よりお達しだ!」


 デノンザは怒りをあらわに叫んだ。

 それに呼応して、兵士達が一斉にこちらへと包囲を縮めていく。

 できればもう少し狭い場所におびき寄せたいが、背後は階段だ。無理に全員で後退しても、混乱に陥るかもしれない。ならば、この場で戦うしかない。


「武器を持たない人は下がって!」


 ソロンは覚悟を決め、騎士達へと声をかけた。

 ソロン達五人にレムズと三人の騎士達――わずかな人数を広間に残す。

 ソロンは刀を抜き去り、敵を迎撃する構えを取った。蒼煌の刀を持ってすれば、この窮地(きゅうち)も切り抜けられるかもしれない。


「ソロニウス、貴様は雑魚どもをやれ。俺はデノンザをやる」

「はあっ? そういう場合じゃないでしょ! だいたい君の剣じゃ……!」

「知ったことか、奴は伯父上の仇なのだ!」


 レムズは聞く耳を持たない。伯父上とは、この城の城主だった人物のことだろうか。


「はぁ……分かったけど、無茶しないでね。君に死なれたら、僕らががんばった意味がないし」


 手を組む以上はここで心象を悪くできない。ソロンは呆れながらも、渋々レムズに従った。


「敵は小勢(こぜい)だ! ゆけ!」


 デノンザが叫べば、兵士が一斉にレムズへと殺到する。

 だが、そうはさせじとソロンは蒼煌の刀を振るった。放たれた蒼炎が広間を薙ぎ払い、兵士達をまとめて焼き尽くす。


 燃えさかる蒼炎に、兵士達が尻込みする。

 そこへメリューが二本の短刀で追い討ちをかけた。短刀は自在に宙を泳ぎながら、兵士達を仕留めていく。

 他三人の亜人達もそれぞれの武器を振るって、敵兵の動きを止めてくれた。


 好機と見て取ったのか、レムズがデノンザに向けて突進する。レムズはかつて、重い鎧をまといソロンと渡り合った男だ。身軽な今は、その当時の速力をも上回る。

 三人の騎士達も王子の後ろに続いた。


「ちょっ、無謀過ぎるって!」


 ソロンが叫んでも、レムズは止まらない。

 司祭を守るため、敵兵がレムズへの前へと立ちふさがる。


「邪魔だっ!」


 レムズが鉄剣を振るえば、鎧をまとったはずの兵士が一撃で吹き飛ばされる。


「王子! お助けします!」


 さらに襲いかかって来る敵兵は、仲間の騎士が抑えた。わずか数人ではあるが、騎士はそれぞれが一流の手練(てだれ)らしい。小勢(こぜい)であろうとも、装備に不足があろうとも、勇敢に敵へ挑んでいく。


「む、無茶苦茶な男め!」


 司祭デノンザは狼狽(ろうばい)しながらも、白光の剣をレムズへと向ける。

 刃先から放たれた光弾を、レムズは横に逃げて回避する。さしもの彼も、あの魔法は危険だと判断したらしい。

 デノンザが次々と光弾を放てば、その度にレムズは大きく回避する。


「驚かせおって! ふ……ふはは! 逃げるばかりでは私には近づけんぞ!」


 調子を取り戻したらしく、デノンザは喜色を浮かべて魔法を放ち続ける。

 度重なる攻撃に体勢を崩したレムズは、光弾を剣で防ごうとした。


「ぐうっ!?」


 だが、弾ける光が衝撃となってレムズへと襲いかかる。鉄剣を手放し、レムズはあえなく床に転がった。


「王子ともあろうものが、無様だな。時代遅れの騎士道と共に死ね!」


 レムズはすかさず起き上がろうとするが、デノンザが白光の切っ先を突きつける。

 こうなればレムズの機嫌を損ねても仕方ない。今、彼を失うわけにはいかないのだ。ソロンが助けに入ろうとした時――


「なに!?」


 デノンザの手から白光の剣が浮き上がった。

 メリューの瞳が輝き、念動魔法が発動したのだ。


「父様の真似だ。剣は、油断せずしっかりと握っておくことだな」


 メリューは父と同じ技が成功してよほど嬉しかったらしい。こぼれる笑みを浮かべながら、レムズへと視線を移す。視線に従って剣は宙を舞い、レムズのほうへと降っていく。


「――そなたの剣だ。取り返すだけなら文句はあるまい」


 剣が床へ落ちる前に、レムズが飛びついた。


「かたじけない。これさえあれば、邪教徒などに遅れは取らん。目にもの見せてくれよう!」


 相手が女性だからか、レムズは素直に礼を述べた。剣を握り締めた彼は、今や水を得た(うお)の如く。鋭い目を一層に光らせ、司祭を真っ直ぐににらみつけた。


「ぐっ、馬鹿な……! お前達ひるむな、王子の首を取れ!」


 デノンザは叫ぶが、部下達の動きは鈍かった。

 というのも、デノンザ配下の半分近くが床に倒れていたからだ。二人が戦っているうちに、ソロン達が始末したのは言うまでもない。特にソロンとメリューは、集中的に厄介な神官を狙い撃ちしていた。

 反対に、レムズへ加勢する騎士の数は増大していた。倒れた敵兵から武器を回収し、戦いに加わっていたのだ。


「な、な……」


 デノンザは呆然と口を半開きにする。


徒手空拳(としゅくうけん)(やから)を斬るのは、騎士道ではない。剣を取れ、デノンザ! 聖剣の力は使わんでおいてやろう」


 レムズは先程まで使っていた鉄剣を拾い、デノンザへと放り投げた。

 鉄剣が床に落ち、金属音を響かせる。


「いや、さっさと倒してよ……」

「騎士道とは面倒だな……」


 ソロンとメリューが顔を見合わせつぶやいたが、黙殺された。

 デノンザは思わずといった調子で剣を拾い、震える手で握りしめる。助けを求めるように周りを見たが、既に部下達の劣勢は瞭然だった。

 結局、デノンザは剣を放り出すや、ふところから灰色の石を取り出した。


「あれは!?」


 ソロンが気づいた時、既にデノンザは灰色の石を床へと投げつけていた。

 石は砕け散り、煙が沸き起こる。


「ふ、ふふふ……。私を怒らせたな! わが教団の真髄(しんずい)、その身で味わうがいい!」


 デノンザは怒りの形相でレムズをにらんだ。


「貴様ら得意のバケモノか。だが、そんなものはわが聖剣には通用せんと知れ!」


 しかし、相対(あいたい)するレムズは表情一つ変えなかった。剣を上段に構え、煙の中から現れるそれを見据える。


 そこに現れたのは、場違いに巨大な獣。

 ずんぐりした灰色の胴体に、太い四本足。下界の草原にいるマンモスによく似ているが、長い鼻はない。代わりに、角のように尖った鼻をしていた。

 ザウラストの魔物特有の虚ろな瞳が、ギョロギョロと動いている。


 教団が尖兵として多用する緑の聖獣よりも、一回り大きい。間違いなくこの城の門に入らない大きさだ。司祭は城内が荒れることを恐れて、出し惜しみしていたのだろうか。


「ゆけ、灰の聖獣ジュオーガ!」


 司祭が叫び、レムズを指差す。それに呼応して、巨獣の虚ろな瞳がレムズに焦点を合わせた。

 重々しい体を持ち上げるように巨獣が踏み出せば、足音が響き渡る。床が粉砕され、破片が飛び散る。

 一歩、一歩とその勢いが増していく。城内を狭しとばかりに、巨獣はレムズへと猛進した。


 レムズの剣がまばゆく輝き、巨体を照らす。


「最終奥義――白光真王牙(びゃっこうしんおうが)


 その時、舌を噛みそうな技名をレムズが叫んだ。

 以前、ソロンと刀を交えた時に使おうとした技だ。あの時はアルヴァの横槍で不発に終わったのだった。


 巨獣の真正面から、レムズは剣を振り下ろした。

 白光の剣が、巨獣の鼻先を断ち切る。

 その瞬間――剣から大量の光があふれ出て、巨獣の体を飲み込んだ。間近まで迫っていた巨獣が衝撃で吹き飛んでいく。

 光が収まった時、灰の聖獣はわずかな肉片を残して消滅していた。


「凄い……!」


 圧倒的な絶技に、ソロンは感嘆の声を上げる。

 下手をすれば、去年の自分が喰らっていた技である。アルヴァが横槍を入れてくれたことを感謝するしかなかった。


「ほう、もしやその剣は……」


 そんな中、メリューは何かに気づいたようにつぶやいていた。

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