王子レムズ
レムズはすぐにソロン達の姿を見て、表情を変える。
「……ソロニウス!? 外の騒ぎは貴様らの仕業か!」
剣や鎧はなく、レムズは質素な服装をまとっていた。予想した通り、特に拘束はされていないらしい。
「レムズ王子、僕達と一緒に来て欲しい。ザウラスト教団を倒すんだ」
ソロンは出会い頭から本題へ入った。
入口の扉側はメリュー達が見張っているが、騒ぎになるのは時間の問題だ。前置きする余裕もない。
「断る」
しかし、レムズは一蹴した。
「どうして? ザウラストは君の敵だろう」
「確かに仲が良いとは言えまい。だが、イドリスはしょせん外国だ。貴様らの軍門に下るわけにはいかん」
「同盟だ。別に軍門に下らなくても構わない。一時的にでも手を結んで欲しいんだ。僕は教団を追い払って、イドリスに手を出せないようにしたいだけだから」
「ふむ……」
レムズはわずかに考える素振りを見せた。
時間がない。レムズが食いつきそうな話は何かと考えながら、ソロンは踏み込んでいく。
「聞いて欲しいんだ、レムズ王子。ザウラストは上界まで手を伸ばしている」
ザウラスト教団はオトロス大公と組み、帝国に触手を伸ばしている。これはミスティンの姉――セレスティンから得た情報だ。
それ以外にも、海都イシュティールやドーマ連邦の件もある。教団は複数回に渡って、上界へ干渉していた。
「上界……まさか、奴らの話は真実だったか……!?」
「君も知ってるんだね?」
「ああ。上界には下界よりも遥かに豊かな大地があると、連中が主張していた。そして、上界を手に入れるため我らにも力を貸せとな」
上界について、レムズも興味を引かれたらしく反応を見せる。
ここが正念場だ――と、ソロンは切り札を切った。レムズが最も興味を持つ話題を出すのだ。
「だったら、話が早い。ザウラスト教団のせいで、上界にいるアルヴァが困っている。だから、どうか君にも力を貸して欲しい」
「どういう意味だ、ソロニウス。貴様の仲間のために、俺が力を貸す義理はない」
……が、レムズは無関心にそう言い、そっぽを向いた。
「えっ?」
思わぬ反応にソロンは固まる。さすがにそれだけで転ぶとは思わなかったが、それにしても無反応とは予想外だ。前回の狂人のような有様を見ていたからなおさらだ。
……ひょっとして、この男を見誤っていたのだろうか。
「ん?」
しかし、レムズもどこかピンと来ない反応をしていた。それで、ソロンもようやく気づく。
「あ~……。アルヴァってのは、君がイドリス城で見た女の子のことだよ。長い黒髪でいつも黒い服を着ていて、それから紅い瞳が綺麗な――」
かつてのレムズはアルヴァにゾッコンだった。そのため、当然名前ぐらいは覚えていると、ソロンは錯覚した。……が、実際には名前を聞いてもいなかったらしい。
「なんだと! 紅玉の姫君が危機に陥っているというのか! 貴様、なぜ早くそれを言わん!」
レムズはソロンにつかみかかり、ツバがかかる程に顔を近づけた。
「いや、言おうとしたんだけど……」
やはりこの男は好きになれそうもない。だが、私情と実利はまた別である。
「また、随分と濃い男が出てきたなあ」
背後を警戒しながら話を聞いていたメリューが、他人事のようにつぶやいた。
「むっ、あなたは……?」
メリューの存在に気づいて、レムズは怪訝な声を上げる。
「僕の仲間のメリュー。協力してもらってる」
ソロンは説明したが、途端レムズは目に怒気を浮かべた。
「ソロニウス! 貴様、何を考えている! このような場所へあどけない少女を連れて来るとは、非常識にも程があろう!」
「いや、それはまあそうかもしれないけど……」
もっともな指摘にソロンは言いよどむが。
「私から志願したのだ。我らは長寿の種族であり、私もそなたより年長だからな。多少の危険を買うのも責務と考えている」
「ふむ、亜人のご婦人でしたか」
レムズは急に言葉を正した。この男、女性に対しては丁寧らしい。それは相手が亜人で、見た目が少女であっても変わらないようだ。
「うむ」
メリューは婦人と扱われて、多少気をよくしたようだ。
「失礼しました。さすがの私も亜人は対象外でありますが、その心意気には敬意を表しましょう」
「お、おう……。礼儀正しいのか、無礼なのか、よく分からんな……」
メリューはどことなくレムズに気圧されていた。
「それで、協力してくれるの?」
ソロンは話を戻した。
「当然だ! 貴様に与する気はないが、紅玉の姫君を助けるためとあらば、たとえ火の中水の中呪海の中。いずれにせよ、邪教徒どもは駆逐せねばならん。だが覚えておけ、ソロニウス。俺はイドリスの下僕に成り下がるつもりはない」
「分かってるって。僕達だって、ラグナイ全部と事を構えたくはないんだ。あくまで敵はザウラストさ。それより、君の仲間の騎士達は地下だね?」
「ああ、牢獄に大勢の騎士が囚われている。助けられるか?」
「最初からそのつもりさ」
ソロンがそう答えたところで、
「おい、足音だ。この部屋へ近づいてくる。六~七人はいるかもしれん」
メリューが敵の接近を警告する。
ソロンの耳には全く聞こえないが、しばらくしたら確かに足音が響いてきた。
「突破するけど、大丈夫?」
「俺を誰だと思っている」
ソロンが聞けば、レムズは傲然と言い返す。
ならば――と、ソロンが刀へ魔力を込めれば、刀身が青く輝いた。
足音が扉の前で止まった。扉の向こうから、こちらを窺う気配が感じられる。
ソロンは扉へと駆け寄り、刀を振り下ろした。
放出される熱風が扉を一撃で粉砕する。衝撃に巻き込まれ、向こうにいた兵士達が吹き飛ばされた。
形をなくした扉の跡をくぐり抜け、ソロンは部屋の外へと躍り出る。
向かいの壁に体を打ちつけたらしく、三人の兵士が倒れている。
「な、なんだ!?」
残った四人の兵士も動転した様子で硬直していた。
一閃、二閃――そばにいた二人の兵士を流れるように斬り伏せる。鎧も盾も、蒼煌の刀を前にしては意味をなさない。
残った二人は逃げる素振りを見せたが、あいにく見逃すつもりもない。時間を稼ぐためにも、仲間を連れて来られては困るのだ。
ソロンが火球を放てば、一人の体が青く燃え上がった。一応、建物を炎上させないように加減はしているが、床も壁も石造りなので問題はないだろう。
最後の一人をソロンはにらむ。
……が、その時には二本の短刀が兵士に突き刺さっていた。炎と冷気に包まれて、兵士は崩れ落ちる。シグトラから授かった二本の魔刀は、鎧でも防げないようだった。
「……そなたなら、この程度の城は一人で制圧できるのではないか?」
手元へ戻る短刀を受け取りながら、メリューがつぶやく。
「いや、一人だと死角もあるし、援護してくれると助かるんだけど」
実際のところ、この刀にはそれだけの力があるかもしれない――と、ソロンは実感していた。五人で城に突入するという無謀を敢行したのも、刀への信頼あってのことだ。
レムズは蒼煌の刀に注意を引かれたらしく、視線をじっと据えている。
「ソロニウス、その魔刀は何だ? 新調したのか」
以前、ソロンが彼と戦った時は、まだ紅蓮の刀を振るっていた。ちなみに、紅蓮の刀は今も予備の武器として竜車に保管してある。
「ああ、メリューの父さんからもらったんだけどね。見ての通り、相当な業物だよ。……そう言えば、君の魔剣は没収されちゃったんだ?」
レムズの愛剣は白光を放つ魔剣である。その秘めた力には、かつてソロンも苦しめられたものだった。
「うむ。恐らくは城主の司祭デノンザが預かっているはずだが……。今はこのナマクラを使うしかあるまい」
レムズは横たわる兵士から剣を奪い、溜息をついた。
「じゃあ、探してみようか? どうせもう、騒ぎになるのは避けられないし」
何の気なしにソロンは言った。彼の騎士としての力量には、ソロンも一目置いている。ぜひとも、愛剣を持って力を発揮して欲しいところだ。
「貴様、安請け合いはするものではないぞ」
レムズの鋭い目つきに、ソロンはたじろいでしまう。
「いや別に。ついででも見つかったら、儲けものだと思ってさ」
「まずは騎士達の解放が優先だ。それでよいな」
「了解」
ソロンは逆らわず、話を打ち切った。
*
ソロン達はレムズを引き連れて、階段を駆け下りていく。
レムズの体力は健在らしく、ソロンを追い抜いて先に広間へ到達する。
「こっちだ」
レムズが先導し指示を出してくる。
地下への階段は、二階へ続く階段の裏側にあるらしい。目立たない配置なので、ソロン達だけでは見逃していたはずだ。
静かに、しかし速やかに。レムズを追って、ソロン達は地下の階段を降りていった。
「牢屋から人を救出するのは、人生で二度目だな。まあ、今回は楽な仕事で終わりそうだが」
「はは……油断しちゃダメだって。あの時と同じように、みんな助けるよ」
メリューの軽口に、ソロンは苦笑を返す。
メリューが口にしたのは、もちろん彼女の父シグトラを救出した時の話だ。国の中枢であるアムイ城に比較すれば、ベスカダ城の警備はいかにも手薄だったのだ。
地下はさほど広くないらしく、牢獄へはすぐにたどり着いた。
「何者だ!?」
牢番はいたが、上の騒ぎには気づかなかったらしい。彼らは全くの無防備だった。
「邪魔だっ!」
レムズが剣を一振りすれば、一撃で牢番は冷たい床へと横たわった。相手が同国人であっても、容赦のない剣さばきだった。
残りの牢番もソロン達が始末し、カギを奪っておく。
「勇敢なる騎士達よ! 我と共に戦え!」
牢屋に囚われた者達へと、レムズが大音声で呼ばわった。
「まさか、レムズ王子!」
牢屋の中からざわめきが返ってくる。
「ああ、敵はイドリスにあらず! 俺はイドリスの勇士達と協力して、ザウラストを打ち倒す! 国王も俺達の前に立ちふさがるだろう! だが、真のラグナイを取り戻すために必要ならば俺は躊躇しない! 志ある者は共に立って欲しい」
レムズは力強く演説する。その声は意外なほど誠意にあふれていた。
「殿下、お待ちしていました!」
「この命尽きるまで!」
「邪教徒共を討ち果たしましょう!」
それに応えて、囚われの騎士達も口々に叫び声を上げる。感激の余り泣き出す者までいる始末だ。
その合間を縫って、ソロン達は牢のカギを開けていった。
みすぼらしい姿をした騎士達が、牢から現れる。過酷な牢屋暮らしが、彼らを苛んだのだろう。
だが、その眼差しまでは力を失っていなかった。