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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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王子レムズ

 レムズはすぐにソロン達の姿を見て、表情を変える。


「……ソロニウス!? 外の騒ぎは貴様らの仕業か!」


 剣や鎧はなく、レムズは質素な服装をまとっていた。予想した通り、特に拘束はされていないらしい。


「レムズ王子、僕達と一緒に来て欲しい。ザウラスト教団を倒すんだ」


 ソロンは出会い頭から本題へ入った。

 入口の扉側はメリュー達が見張っているが、騒ぎになるのは時間の問題だ。前置きする余裕もない。


「断る」


 しかし、レムズは一蹴した。


「どうして? ザウラストは君の敵だろう」

「確かに仲が良いとは言えまい。だが、イドリスはしょせん外国だ。貴様らの軍門に下るわけにはいかん」

「同盟だ。別に軍門に下らなくても構わない。一時的にでも手を結んで欲しいんだ。僕は教団を追い払って、イドリスに手を出せないようにしたいだけだから」

「ふむ……」


 レムズはわずかに考える素振りを見せた。

 時間がない。レムズが食いつきそうな話は何かと考えながら、ソロンは踏み込んでいく。


「聞いて欲しいんだ、レムズ王子。ザウラストは上界まで手を伸ばしている」


 ザウラスト教団はオトロス大公と組み、帝国に触手を伸ばしている。これはミスティンの姉――セレスティンから得た情報だ。

 それ以外にも、海都イシュティールやドーマ連邦の件もある。教団は複数回に渡って、上界へ干渉していた。


「上界……まさか、奴らの話は真実だったか……!?」

「君も知ってるんだね?」

「ああ。上界には下界よりも遥かに豊かな大地があると、連中が主張していた。そして、上界を手に入れるため我らにも力を貸せとな」


 上界について、レムズも興味を引かれたらしく反応を見せる。

 ここが正念場だ――と、ソロンは切り札を切った。レムズが最も興味を持つ話題を出すのだ。


「だったら、話が早い。ザウラスト教団のせいで、上界にいるアルヴァが困っている。だから、どうか君にも力を貸して欲しい」

「どういう意味だ、ソロニウス。貴様の仲間のために、俺が力を貸す義理はない」


 ……が、レムズは無関心にそう言い、そっぽを向いた。


「えっ?」


 思わぬ反応にソロンは固まる。さすがにそれだけで転ぶとは思わなかったが、それにしても無反応とは予想外だ。前回の狂人のような有様を見ていたからなおさらだ。

 ……ひょっとして、この男を見誤っていたのだろうか。


「ん?」


 しかし、レムズもどこかピンと来ない反応をしていた。それで、ソロンもようやく気づく。


「あ~……。アルヴァってのは、君がイドリス城で見た女の子のことだよ。長い黒髪でいつも黒い服を着ていて、それから紅い瞳が綺麗な――」


 かつてのレムズはアルヴァにゾッコンだった。そのため、当然名前ぐらいは覚えていると、ソロンは錯覚した。……が、実際には名前を聞いてもいなかったらしい。


「なんだと! 紅玉の姫君が危機に陥っているというのか! 貴様、なぜ早くそれを言わん!」


 レムズはソロンにつかみかかり、ツバがかかる程に顔を近づけた。


「いや、言おうとしたんだけど……」


 やはりこの男は好きになれそうもない。だが、私情と実利はまた別である。


「また、随分と濃い男が出てきたなあ」


 背後を警戒しながら話を聞いていたメリューが、他人事(ひとごと)のようにつぶやいた。


「むっ、あなたは……?」


 メリューの存在に気づいて、レムズは怪訝(けげん)な声を上げる。


「僕の仲間のメリュー。協力してもらってる」


 ソロンは説明したが、途端レムズは目に怒気を浮かべた。


「ソロニウス! 貴様、何を考えている! このような場所へあどけない少女を連れて来るとは、非常識にも程があろう!」

「いや、それはまあそうかもしれないけど……」


 もっともな指摘にソロンは言いよどむが。


「私から志願したのだ。我らは長寿の種族であり、私もそなたより年長だからな。多少の危険を買うのも責務と考えている」

「ふむ、亜人のご婦人でしたか」


 レムズは急に言葉を正した。この男、女性に対しては丁寧らしい。それは相手が亜人で、見た目が少女であっても変わらないようだ。


「うむ」


 メリューは婦人と扱われて、多少気をよくしたようだ。


「失礼しました。さすがの私も亜人は対象外でありますが、その心意気には敬意を表しましょう」

「お、おう……。礼儀正しいのか、無礼なのか、よく分からんな……」


 メリューはどことなくレムズに気圧(けお)されていた。


「それで、協力してくれるの?」


 ソロンは話を戻した。


「当然だ! 貴様に(くみ)する気はないが、紅玉の姫君を助けるためとあらば、たとえ火の中水の中呪海の中。いずれにせよ、邪教徒どもは駆逐せねばならん。だが覚えておけ、ソロニウス。俺はイドリスの下僕に成り下がるつもりはない」

「分かってるって。僕達だって、ラグナイ全部と事を構えたくはないんだ。あくまで敵はザウラストさ。それより、君の仲間の騎士達は地下だね?」

「ああ、牢獄に大勢の騎士が囚われている。助けられるか?」

「最初からそのつもりさ」


 ソロンがそう答えたところで、


「おい、足音だ。この部屋へ近づいてくる。六~七人はいるかもしれん」


 メリューが敵の接近を警告する。

 ソロンの耳には全く聞こえないが、しばらくしたら確かに足音が響いてきた。


「突破するけど、大丈夫?」

「俺を誰だと思っている」


 ソロンが聞けば、レムズは傲然(ごうぜん)と言い返す。

 ならば――と、ソロンが刀へ魔力を込めれば、刀身が青く輝いた。

 足音が扉の前で止まった。扉の向こうから、こちらを(うかが)う気配が感じられる。


 ソロンは扉へと駆け寄り、刀を振り下ろした。

 放出される熱風が扉を一撃で粉砕する。衝撃に巻き込まれ、向こうにいた兵士達が吹き飛ばされた。

 形をなくした扉の跡をくぐり抜け、ソロンは部屋の外へと躍り出る。

 向かいの壁に体を打ちつけたらしく、三人の兵士が倒れている。


「な、なんだ!?」


 残った四人の兵士も動転した様子で硬直していた。

 一閃、二閃――そばにいた二人の兵士を流れるように斬り伏せる。鎧も盾も、蒼煌(そうこう)の刀を前にしては意味をなさない。

 残った二人は逃げる素振りを見せたが、あいにく見逃すつもりもない。時間を稼ぐためにも、仲間を連れて来られては困るのだ。


 ソロンが火球を放てば、一人の体が青く燃え上がった。一応、建物を炎上させないように加減はしているが、床も壁も石造りなので問題はないだろう。


 最後の一人をソロンはにらむ。

 ……が、その時には二本の短刀が兵士に突き刺さっていた。炎と冷気に包まれて、兵士は崩れ落ちる。シグトラから授かった二本の魔刀は、鎧でも防げないようだった。


「……そなたなら、この程度の城は一人で制圧できるのではないか?」


 手元へ戻る短刀を受け取りながら、メリューがつぶやく。


「いや、一人だと死角もあるし、援護してくれると助かるんだけど」


 実際のところ、この刀にはそれだけの力があるかもしれない――と、ソロンは実感していた。五人で城に突入するという無謀を敢行したのも、刀への信頼あってのことだ。

 レムズは蒼煌の刀に注意を引かれたらしく、視線をじっと据えている。


「ソロニウス、その魔刀は何だ? 新調したのか」


 以前、ソロンが彼と戦った時は、まだ紅蓮(ぐれん)の刀を振るっていた。ちなみに、紅蓮の刀は今も予備の武器として竜車に保管してある。


「ああ、メリューの父さんからもらったんだけどね。見ての通り、相当な業物(わざもの)だよ。……そう言えば、君の魔剣は没収されちゃったんだ?」


 レムズの愛剣は白光(びゃっこう)を放つ魔剣である。その秘めた力には、かつてソロンも苦しめられたものだった。


「うむ。恐らくは城主の司祭デノンザが預かっているはずだが……。今はこのナマクラを使うしかあるまい」


 レムズは横たわる兵士から剣を奪い、溜息をついた。


「じゃあ、探してみようか? どうせもう、騒ぎになるのは避けられないし」


 何の気なしにソロンは言った。彼の騎士としての力量には、ソロンも一目置いている。ぜひとも、愛剣を持って力を発揮して欲しいところだ。


「貴様、安請け合いはするものではないぞ」


 レムズの鋭い目つきに、ソロンはたじろいでしまう。


「いや別に。ついででも見つかったら、儲けものだと思ってさ」

「まずは騎士達の解放が優先だ。それでよいな」

「了解」


 ソロンは逆らわず、話を打ち切った。


 *


 ソロン達はレムズを引き連れて、階段を駆け下りていく。

 レムズの体力は健在らしく、ソロンを追い抜いて先に広間へ到達する。


「こっちだ」


 レムズが先導し指示を出してくる。

 地下への階段は、二階へ続く階段の裏側にあるらしい。目立たない配置なので、ソロン達だけでは見逃していたはずだ。

 静かに、しかし速やかに。レムズを追って、ソロン達は地下の階段を降りていった。


「牢屋から人を救出するのは、人生で二度目だな。まあ、今回は楽な仕事で終わりそうだが」

「はは……油断しちゃダメだって。あの時と同じように、みんな助けるよ」


 メリューの軽口に、ソロンは苦笑を返す。

 メリューが口にしたのは、もちろん彼女の父シグトラを救出した時の話だ。国の中枢であるアムイ城に比較すれば、ベスカダ城の警備はいかにも手薄だったのだ。


 地下はさほど広くないらしく、牢獄へはすぐにたどり着いた。


「何者だ!?」


 牢番はいたが、上の騒ぎには気づかなかったらしい。彼らは全くの無防備だった。


「邪魔だっ!」


 レムズが剣を一振りすれば、一撃で牢番は冷たい床へと横たわった。相手が同国人であっても、容赦のない剣さばきだった。

 残りの牢番もソロン達が始末し、カギを奪っておく。


「勇敢なる騎士達よ! 我と共に戦え!」


 牢屋に囚われた者達へと、レムズが大音声(だいおんじょう)で呼ばわった。


「まさか、レムズ王子!」


 牢屋の中からざわめきが返ってくる。


「ああ、敵はイドリスにあらず! 俺はイドリスの勇士達と協力して、ザウラストを打ち倒す! 国王も俺達の前に立ちふさがるだろう! だが、真のラグナイを取り戻すために必要ならば俺は躊躇(ちゅうちょ)しない! 志ある者は共に立って欲しい」


 レムズは力強く演説する。その声は意外なほど誠意にあふれていた。


「殿下、お待ちしていました!」

「この命尽きるまで!」

「邪教徒共を討ち果たしましょう!」


 それに応えて、囚われの騎士達も口々に叫び声を上げる。感激の余り泣き出す者までいる始末だ。

 その合間を()って、ソロン達は牢のカギを開けていった。


 みすぼらしい姿をした騎士達が、牢から現れる。過酷な牢屋暮らしが、彼らを(さいな)んだのだろう。

 だが、その眼差しまでは力を失っていなかった。

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