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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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砦の町

 三十人からなる一行は、ラグナイ領に入って初めての朝を迎えた。

 白雲下における清々しい朝日を浴びながら、渓谷の森へと足を踏み入れる。

 目指すはフラガの町――ソロンにとっても初めてとなるラグナイ王国の町だ。


 竜車を擁する一行は、木々の合間を抜けて進んでいく。

 道は整備されておらず、獣道と大差はない。もちろん人通りはなかった。

 隠密作戦を取るソロン達にとって、人通りがないのはありがたいことだ。もっとも、今後もそれが続くとは限らない。なんせ先日に始末した監視兵も、この付近を通過したはずなのだ。


 もし交替要員が送られてきたら、ばったり顔を合わせてしまう事態も考えられる。

 その場合、腹をくくって始末するしかない。けれど、心情としてはできる限り避けたかった。結局、ソロンはそこまで非情になれないのだから。

 ソロンがそんな心情を吐露したところ。


「相も変わらず甘い男よの。だが心配はいらぬ。私が前方を見張っておこう」


 メリューが快く見張りを買ってくれた。

 彼女の視力ならば、遭遇するずっと前に相手を察知できるだろう。うまくやれば、無益な殺傷を避けられるかもしれない。見かけによらず、メリューは頼りになる女だった。


 渓谷の森はさほど深い森ではなく、並び立つ樹木もまばらである。ナイゼルによれば、黒雲下の近隣は植物が育ちにくいため、深い森にはなりづらいそうだ。

 お陰で歩きやすいとは言えないまでも、竜車が通れる程度の道幅は確保できている。その計算があったからこそ、ナイゼルもここを荒野の出口に選んだのだ。

 もっとも、目的地の北西に向かうほど、黒雲下から離れることになる。自然と樹木の間隔も狭まってくるわけで……。


鬱陶(うっとう)しいなあ……。一気に払えないかな」


 蒼煌(そうこう)の刀を背中の鞘から抜き放ち、ソロンはつぶやいた。

 走竜は迫りくる枝葉など物ともしない。凹凸(おうとつ)のある森の道でも、負けじと荷車を牽引してくれた。

 ……が、問題は走竜ではなく荷物だ。荷台いっぱいに積まれた荷物は、たやすく枝葉に引っかかってしまう。そうして竜車が遅れれば、部隊全体も進行を遅らせざるを得ないのだ。


「坊っちゃんの魔法では山火事になりますよ。ここは私にお任せを」


 竜車を降りたナイゼルは、道をふさぐ樹木へと杖を向けた。

 ナイゼルは声もなく杖先の魔石へと魔力を込める。

 放たれた風の刃が森を駆け抜け、前を妨げる何本もの木々が、水平に両断された。


「見事なものよ。そなたがいれば木樵(きこり)もいらぬな」

「まあ、私の魔法をもってすればこんなものです」


 メリューの称賛に、ナイゼルはいつもの如くうぬぼれる。


「まだ根本が邪魔かなあ」


 木々は伐採されたが、後には切り株が残っている。ソロンはそれを指摘したが、


「坊っちゃん……(しゅうとめ)の嫁いびりみたいですよ」


 ナイゼルは渋い顔をでこちらをにらむのだった。


 *


 進むこと数時間。続いていた渓谷の森がついに途切れた。

 森の出口には石が敷き詰められた道がある。ラグナイ王国の町と町をつなぐ街道だった。


「ふむ、恐らくはこの辺りのようですね」


 ナイゼルが地図を片手に現在位置を確認する。

 現在地は渓谷の森を抜けたすぐ北西だ。ここまで来れば、地図の信頼性も格段に上がってくる。


「フラガの町はあっちだね。今日中には着きそうかな?」


 ソロンは街道が伸びる南西の方角を指差した。

 両側を森に囲まれた街道は、南西から北東へ向かって伸びている。この街道は、ラグナイの主要都市を経由しながら王都まで続いているという。


 (はる)か東の王都ラグルーブまでは、百五十里ほどの距離がある。馬を使って順調に街道を進めば、十日といったところだろうか。

 南西はもちろんイドリスに続く。イドリスに面するフラガへ、裏側から回り込むというわけだ。


「いいですか、坊っちゃん。ここは既にラグナイの街道です。当然、行商から軍隊まで常に遭遇の可能性はつきまといます」

「分かってるよ。僕らはラグナイ国民で、フラガに向かう行商だ」

「ええ。こそこそとせず堂々と胸を張ってください。萎縮(いしゅく)していては、逆に疑われてしまいますからね」


 イドリス人ではなく、一介の行商人として振る舞う。それがナイゼルの立てた計画だった。ソロン達一行の人数は三十人ほど。ちょうど商隊としては自然な人数でもある。

 服装は最初から旅に適したものをまとっている。春先にマントまで羽織っているのはやや大袈裟かもしれないが、それも違和感を抱かれる程ではないだろう。行商人として自然な範囲のはずだ。


 しかし、気になるのは……。


「ねえ、今更だけどそれって大丈夫なの?」


 ソロンの視線の先にあったのは、車を引く走竜の姿である。

 この地方において、走竜はさほど珍しい動物ではない。どこにでもいるとは言えないが、人里離れた奥地に行けば見つけるのは難しくないのだ。


 しかしながら、それを家畜として引き連れるとなれば別問題だ。なんせシグトラが伝えたドーマの知識によって、不可能を可能としたのだから。

 おまけに昨年、イドリス軍は走竜を使った戦車を戦争に投入していた。これで目立たないわけはないだろう。


「……そなたら、そんなことも考えていなかったのか?」


 メリューが呆れるように目を細め、ソロンを見た。

 ソロンは「うっ……」と狼狽する。


「野に返すのも手だぞ。町に入れるなら補給も困らん。荷物を減らせば、後は馬だけでも事足りるだろう。こやつなら野に返っても生きていけるであろうよ」

「そ、そんなもったいないことできないよ!」


 割り切ったメリューの意見に、ソロンはすかさず反対する。

 走竜は卵の頃から育て上げた末、人に従う家畜となったのだ。これまでにかかったエサ代も馬鹿にならなかった。それを野に返すなんてとんでもない!


「甘いな。アルヴァならそのぐらいの決断はしてみせるだろうに」


 メリューはこの場にいない友人を引き合いに出した。

 ならば――と、ソロンも反論する。


「ミスティンなら反対するって」

「大丈夫です、坊っちゃん」

 当の竜車に乗ったナイゼルが口を挟んだ。

「――北方の亜人から購入したと言い張ればよいのです。偶然、イドリスと同じ技術を手に入れた――そういうことなら矛盾もありません。その一点張りで行きましょう」


 ラグナイよりも遥か北――北方には未知の技術を持った亜人の国がある。イドリスにはそんな伝説が伝わっていた。実際、北のドーマ連邦から伝わった技術であるため、部分的にはウソではない。

 ちなみに、北に限らず東西南北について、その種の伝説は語られている。特に東と南は黒雲下に突き当たるため、全くの交流がなく謎めいている。

 下界における交通の不便さは、未知の大地を容易に作り出し、それがまた伝説となっているのだろう。


「自信満々で言ったわりに、行き当たりばったりではないか」


 呆れたような瞳はそのままに、メリューはナイゼルへと視線を移した。


「……まあ、ここまで来たらしょうがないよ。その方針で堂々と行こう。ただ、町に連れて行くのは難しいから、誰かが外で見張ってないとね」


 ソロンは腹をくくり、言い切った。

 そうして、南西の方角へと馬を歩かせていく。仲間達もそれぞれソロンの後に続いていく。


「さすが、坊っちゃん。いざという時の思い切りはよいですね」

「私にはヤケクソにしか見えんのだが……」


 ナイゼルは称賛し、メリューは溜息をついていた。


 *


 昼下がりを過ぎて夕闇が迫る頃、遠方に見えたのは小高い山の上にそびえる砦だった。その砦を囲むように、斜面に沿った町並みが覗いている。

 ソロンがいる北東からは、斜面を下る道は見えない。それは砦の正面が、南西のイドリス側を向いているからのようだ。

 町並みは小高い山のふもとまで続く。その町並みをぐるりと石造りの外壁が囲んでいた。


 対イドリスを想定した防衛拠点であり、同時に攻撃拠点でもある。それがフラガの町だった。


「あれがフラガの町か……」


 故国に対する攻撃拠点を目にし、ソロンは複雑な胸中だった。


「まさしく砦の町だな。これを陥落させるのは難儀そうだ」


 馬を並べるメリューが考え込む。


「別に陥落させる必要はないよ。僕達の戦略目的はあくまで国の防衛だしね。イドリス国内に押し寄せる敵を追い払えれば、それで十分さ」

「知っておる。しかし、敵の前線拠点を落とせば、それはそれで戦略目的の達成にもなるだろう。まあ、無理なのは分かったからよい」

「だったらいいんだけど」


 ソロンは改めて、視線を町の方角へとやった。

 地図で確認したところ、町の入口となる門は二つあるようだ。

 一つはイドリスをにらむ南西側である。今、戦争中のラグナイ軍が用いているのは想像に難くない。こちらの門から敵兵が出陣し、日夜イドリスを脅かしているのだ。


 そして、もう一つの門がソロン達のいる北東側である。行商ならば、そのままこちらから入るのが自然だろう。

 もっとも、このまま町へ近づくことはできない。ソロン達は走竜を隠すため、道をそれて外壁の南側へと移動した。

 外壁の南側には道が通っておらず、その向こうには山と森があるだけだった。南西側に向かうなら町中を通ればよいわけで、道がないのも当然だろう。ものを隠すにはもってこいである。


 そうして走竜と五人の仲間を、浅い山中へと残した。魔物はいるかもしれないが、そもそも並の魔物なら走竜を見ただけで逃げ出す。問題はないだろう。

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