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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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監視網を突破せよ

「もしかして、敵がいた?」

「ああ、恐らくはそなたらが言う敵国の兵だろう。高台に登って正解だったな」


 ソロンの問いかけに、メリューは静かに答える。彼女は姿勢を低くするよう平手を下に振り、皆に合図した。

 ソロンも姿勢を低くして、メリューの指す高台を見やる。

 肉眼では全くわからない。言われてみれば、何か点が見えるような気がするが……。この距離では岩や植物と区別をつけるのも困難だ。


 ならば――と、ソロンは双眼鏡を手に取った。

 双眼鏡は精密なレンズが使われた帝国製のものだ。イドリスはおろかラグナイにも存在しない逸品である。遠距離から一方的に観察できる利点は大きかった。


「ほんとだ……!」


 双眼鏡の向こうに、こちらより少し高い高台が映った。

 その上には、五人のラグナイ兵らしき姿がある。役目が監視のためか、ラグナイ兵特有の鎧兜はしていない。皮の胸当てだけを身に着けていた。

 ラグナイは荒野の高台を、天然の監視塔として利用しているらしかった。

 ナイゼルに双眼鏡を手渡せば、彼も眼鏡越しで双眼鏡を覗き込んだ。


「坊っちゃん、どうされますか?」


 ナイゼルはささやかな声で問いかけてくる。もっとも、あれだけ離れていては、会話を聞かれる心配など皆無だが。


 選択肢はいくつか考えられる。

 気づかれないように通り過ぎるか、大きく迂回して避けるか、あるいは……。

 ソロンよりも頭が回るナイゼルなら、自分なりの意見は既に持っているはずだ。それでも、あえてソロンの意思を尋ねている。


 兵士達の様子を見る限り、勤務態度はあまり真面目ではないようだ。

 こちらがいる南側を監視しているのは二人ほど。それ以外の三人は、側面や後方を申し訳程度に観察している。

 荒野を抜けて敵が進軍してくるわけはない――と、高をくくっているのだろう。どちらかといえば、荒野の魔物に自分達が襲われないかを警戒しているように見えた。


 とはいえ、ソロン達も三十人に及ぶ所帯である。地形の関係上、気づかれずにそばを通り抜けるのは至難だった。

 かといって、迂回しては予定よりも時間がかかってしまう。待ちわびる兄達のためにも、作戦に時間をかけたくはない。

 となれば、残る選択肢は――


「気づかれないように始末したいと思うんだけど……」

「ふむ、坊っちゃんにしては思い切りましたね。てっきり、気づかれないよう通り抜けるのかと思いました」

「さすがに敵も竜車までは見逃してくれないよ。まずいかな? ナイゼルももっといい考えがあるなら言って欲しいんだけど……。君のほうが頭は回るだろうし」


 ソロンは自信なくナイゼルのほうを見る。

 ナイゼルはじっとこちらを見返してから、少し考え込んだ。


「確かに、私は坊っちゃんより遥かに利口ですがね」


 と、ナイゼルはいつものように自賛しながらも。


「――別に私だって、全てに精通しているわけではありませんよ。それに、大抵の選択には、利点と欠点の両方が備わるものです。だから、坊っちゃんの選択は今のところ、良いとも悪いとも言い切れません」

「そんなものかな?」

「そんなものさ。世の中に完璧な選択などない。みな分からないなりに決断しているのだろう。私の父様も、お前の兄も、アルヴァもな」


 なおも自信なさげなソロンに、メリューが歳相応の(はげ)ましを送る。


「そんなわけで、坊っちゃんがよほど愚かなことを言わない限り、私はそれに従うだけです」


 相変わらず皮肉めいてはいたが、ナイゼルなりの気遣いを感じた。

 となれば、隊長たるソロンが弱気ではいけない。やると決めたことをやるまでだ。


「それじゃあ、二人とも協力してもらっていいかな?」

「無論、構わんぞ。……となれば、高台にいる敵をいかに始末するかだな。狼煙(のろし)か何かを上げられたら、それだけで一大事だ」

「だから、闇討ちするしかないと思う」


 メリューの懸念に、ソロンは答えた。(さえぎ)るものの乏しい荒野において、奇襲をかけるにはそれ以外の選択肢はない。


「よかろう。私がゆこう」


 メリューは真っ先に立候補した。


「いいの?」

「そなたでは夜目(よめ)も利かぬだろう。それとも、私では不足か?」

「いや、正直助かる。特に君の魔法は今回の作戦でも、役に立ちそうだしね」


 メリューの念動魔法は、様々な場面で応用が利く。今回のような隠密作戦においても、切り札と成り得た。


「昼闇に近づいて一気に仕留める。ナイゼル、作戦をまとめてもらえるかな?」

「言われるまでもなく。私は坊っちゃんの軍師ですから」


 *


 ラグナイの監視がいる高台まで、目測では二時間足らずといったところだろうか。

 荒野には風が吹き、細かい砂が舞うため、遠方は常にかすんでいる。人間が一人歩いていたところで、獣と区別をつけるのは困難だ。


 それでも、馬や走竜を使って行進する以上、近づけばどうしても目立ってしまう。竜車の巨体はもちろんのこと、舞い上がる砂埃(すなぼこり)だって監視の注意を引くはずだ。

 そのため、少し進んだところの岩陰で、停止するように指示を出した。


 昼闇の訪れを待ってから、ソロン達は再び動き出す。

 通常、昼闇が終わるまでには数時間を要する。作戦を終えるには、申し分ない時間のはずだ。

 その時、遠くの高台に光が灯った。

 昼闇を照らすため、ラグナイの監視兵が明かりを灯したのだろう。

 ソロンは思わず身構えるが……。


「問題ない。あの程度の光ではこちらは見えんさ。むしろ、目印になって丁度よいかもな」


 先頭で駒を進めるメリューが、安心させるように言った。

 実際、照明が照らす範囲はごく限られている。多めに見積もっても精々が百歩といったところ。現状、こちらはその何十倍と離れていた。


「分かった、行こう」


 メリューの見解を信じて、ソロンも後ろに続く。

 今、ソロンはメリューを初めとした亜人達に先頭を任せていた。

 暗闇の中でも夜目が利く亜人達は、隠密行動においても心強い。彼らの先導があれば、人間達も安全を確保できるはずだ。

 ちなみに夜行性ではないが、馬もかなり夜目は利く部類らしい。問題となるのは人間と走竜だ。ただ走竜も暗闇を恐れはしない。見えないなりに、指示に従って進んでくれた。


 緊張を抱えながら、三十人は進む。

 もっとも、この闇の中だ。少し気を抜いたところで察知されはしないだろう。

 荒野には常に強い風の音が響いており、多少の足音は容易に隠れてしまう。無人の荒野といえど無音ではないのだ。

 また、ラグナイは人間の国であり、亜人が監視にいないことも有利だった。視力や聴力、あるいは嗅覚に優れた亜人がいかに脅威であるか、イドリス人はよく知っていたのだ。


 照明の光が少しずつ近づいてくる。

 監視がいる高台に近づいてきたのだ。


「メリュー、そろそろだね」


 ソロンは先導するメリューへと声をかけた。


「うむ、了解した。では、あの辺りでどうだ?」


 メリューは多くを言わずとも察して、手頃な岩陰を指差した。

 全員で高台に襲撃をしかけるのは得策でない。そのため、どこかで仲間達と別れる必要があった。それは事前の打ち合わせで決めた通りである。


 *


「ナイゼル、留守番頼んだよ」


 そして、ソロンは動き出した。引き連れているのはメリューを含めた三人の亜人だけ。みな夜目の利く種族だった。

 メリューからは、


「そなたは来なくともよいぞ。夜目が利かぬ人間は頼りにならん」


 などと邪険にされてしまったが、そうもいかない。ソロンは隊長であり、発案した責任があるのだ。


「坊っちゃん、お気をつけて」


 ナイゼルはどこか悔しそうにソロンを見送った。前回の高台の時とは違い、至って彼も真剣である。迅速な動きが求められる今回の作戦では、ナイゼルは足手まといになってしまうのだ。

 それでも、細かい作戦を考えてくれたのはナイゼルだ。彼の作戦を無駄にしないとソロンは誓った。


「それじゃ、行ってくる」


 仲間達の見送りを背中に受けて、ソロン達は岩陰を()った。

 残る二十六人は焚火(たきび)も使わず、昼闇の中で待機することになる。走竜や馬の面倒を見ながら、魔物の襲撃があれば対処するのも侮れない難事業だった。


 *


 昼闇の荒野を四人は進んだ。


 先導する亜人は、猫人(ねこびと)の青年と人兎(じんと)の娘である。どちらも若く、ソロンより少し歳上という程度だ。

 馬はないが、それでも身軽な二人の足取りは速い。昼闇の荒野に転がる岩を、二人は何でもないように避けていくのだ。

 夜目が利かないソロンは、その後ろをどうにか辿(たど)っていく。

 隣を見れば、メリューもあまり余裕がなさそうだ。もっとも、こちらは単に体格と体力の問題のせいだろう。


 小走りで進むこと半時間。

 荒野の風音が気配を消してくれるため、ここまでは足音を忍ばせる必要もなかった。

 ソロンの目も照明へ近づくにつれ、辺りの地形を察知できるようになっている。隣を走るメリューを気遣う余裕も生まれていた。


「そろそろ歩こう。ここからは静かに行くよ」


 既に監視のある高台までは、五百歩の距離まで近づいている。急ぐよりも、気配を消すことを優先したほうがよさそうだった。

 ここまで来れば、双眼鏡越しに高台の様子が手に取るように分かる。

 照明に使われている(だいだい)のランプも今や明瞭だ。高台の崖に乗り出すように置かれたランプは、南東方向を照らしている。


 監視兵の配置は先程と大差なかった。

 ランプの照らす方角を監視するのは二人だけ。

 残り三人の兵士には、下を警戒する素振りも見られない。恐らくは空から来る魔物を警戒しているのだろう。例えば、先日に出会った闇鴉(やみがらす)のような魔物だ。


 ランプの光を避けるように、ソロン達は西側から回り込んでいく。

 足音を殺して、静かに進むのだ。

 監視兵がランプの向きを変えれば、こちらは見つかってしまうだろう。もっとも、これまでの動きを見る限り、その可能性は考えにくいが……。


 実のところ、この距離から蒼煌の刀を振るえば、監視兵をまるごと一掃できなくもない。ただ、それだけの魔法を放てば、かなり遠方からでも目立ってしまう。慎重に接近して敵兵を仕留めるのが、無難なところだった。


 高台の側面にたどり着き、高台の下へと張りつく。

 兵士達からは完全に死角となる位置だが、ここからは気を抜けない。いくら騒がしい風の中でも、落石などの派手な物音を立てては、さすがに悟られるからだ。


 高台の上方から、かすかに光が差している。監視兵が持つランプの光が、側面下のこちらまで漏れているのだ。

 お陰でソロンの目でも、どうにか周囲を把握できた。


 ソロンは思い切って、自ら先頭に立った。

 登り口らしき場所から、上へ上へと岩の高台を登っていく。手足を使って、一つ一つ岩を伝っていくのだ。

 急な斜面ではあるが、人間の足でも問題なく登れそうだ。……というより、ご丁寧なことに(くい)と縄まで設置してある。監視兵が登り降りできるよう、ラグナイ側で設置したらしい。


 いよいよ、高台の頂上が迫った。

 あとわずかでも進めば、側面を監視している敵兵に見つかるだろう。

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