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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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国王の苦悩

「それより、そっちはどうなってるの? ラグナイとの戦いに、苦労してるって聞いたけど……」


 旅の報告もそこそこに、ソロンは率直に兄へと尋ねた。話したいことはたくさんあるが、何はともあれ戦況の確認だ。


「ミュゼック砦を拠点に、ダルツ将軍が踏ん張ってくれている。前回の戦いがあって以降、砦の補強に努めていたのも功を奏した」


 サンドロスも余計な言葉を挟まずに説明した。

 ミュゼック砦は、ラグナイ王国との国境沿いに構える砦だ。去年、ラグナイ軍はこの砦を落とした勢いで、王都イドリスをも陥落させたのだった。

 その後、ラグナイを退けた際に、サンドロスは交渉によって砦を奪還したのだ。それ以来、ミュゼックは文字通りイドリスを守る最後の砦となっている。


「さすがはダルツ将軍だね。どうせ、例の魔物をけしかけてきてるんだろうけど、よく持ってるよ」


 ダルツ将軍とはイドリスを代表する武人である。

 剛力を誇る虎の亜人でありながら、猪突猛進ではない冷静さを併せ持っている。今、サンドロス自身が前線へ立たずに済んでいるのも、ダルツへの信頼あってのものだろう。


 しかしながら、厄介なのはザウラスト教団が操る魔物達だ。

 難攻不落のはずの城壁も、魔物達にかかればあっけなく瓦解してしまう。正直なところ、砦がいつまでも持つとは考えにくかった。


「いや、敵の攻め手は騎士が中心だ。今のところ、ザウラストの魔物は目撃されていない。かろうじて砦を維持できているのは、そのお陰とも言えるな」

「ん、どういうこと? ひょっとして、あの王子が指揮官なの?」


 かつて刀を交えたラグナイの王子を、ソロンは思い出していた。第三王子レムズと名乗った彼は、騎士達を率いて戦っていたのだ。

 ところが、サンドロスは首を振ってそれも否定する。


「それも違うな。今回の指揮官は、ザウラストの司教だそうだ。レムズを含む王族の姿は確認されていない」

「ふむ、出し惜しみしているのかもしれんな。連中が魔物を作成するにも、生贄が必要だ。その手間を考えれば魔物を投じるよりも、人をけしかけたほうが安上がりなのかもしれぬ」


 そこで初めてメリューが口を挟んだ。


「随分と詳しいようだな」


 部外者と思われたメリューの発言に、サンドロスが興味を持った。


「――ソロン、紹介してもらってもいいか?」

「ええ、私もずっと気になっていたのですが」


 と、ナイゼルも賛同する。

 ソロンも頃合いだなと思って頷き。


「こちらはドーマ連邦のメリュー。ドーマっていうのは、僕がこのまえ遠征に行った上界の国だよ。色々あって彼女には協力してもらってる。立場としては、ドーマの王様の娘って考えてもらえればいいかな」


 ソロンは肝心なところを伏せて切り出した。一度に説明しても、理解が追いつかないだろうと考えたのだ。

 続いてメリューが立ち上がるが――


「おっとすまない。俺はサンドロス。イドリス国王――というより、ソロンの兄と言ったほうが分かりやすいか」


 サンドロスも立ち上がり、メリューに先んじて名乗った。王になっても偉ぶらないのは、いかにも兄らしい。


「イドリス随一の大魔道士にして、賢者ガノンドの子――ナイゼルと申します。以後、お見知りおきを」


 ナイゼルも続けて自己紹介を行う。大魔道士というのは自称だが、イドリス随一というのもあながち間違いではないからタチが悪い。


「うむ」

 メリューも頷いて。

「――ドーマ連邦大君シグトラの娘――メリューだ。帝国の大使として赴任したつもりが、あちらも混迷しているようでな。ソロンには世話になっているし、しばらくはそなたらの助力をしたい」

「ん……シグトラ?」

「偶然でしょうか……?」


 その名前にサンドロスとナイゼルが疑問の声を上げる。


「偶然じゃない。あの師匠の娘なんだ」


 かつてシグトラは旅人としてイドリスに滞在していた。

 超人的な力を持った彼は、ソロンやサンドロス、ナイゼルらに稽古を(ほどこ)し、徹底的にしごき抜いたのだ。ソロンが今まで戦い抜いて来れたのも、そのお陰といって過言ではない。

 しかしてその正体は、ドーマ連邦を収める一族の者だった。数ヶ月前、ドーマの騒乱を収拾したシグトラが、大君の座に戴冠したのも記憶に新しい。


「まさか……!?」


 サンドロスが目を見開いて、メリューを凝視する。そのメリューがどことなく誇らしげな顔をしているのは、自慢の父の話題だからだろうか。


「ウソだと思うなら、これを見たらいいよ」


 ソロンは背中の鞘を取り外し、二人の眼前に突き出した。

 鞘から抜き放たれたのは、青光りする金属で作られた魔刀――蒼煌(そうこう)である。


「それは師匠の!?」


 驚きにサンドロスが声を上げる。


「間違いなく蒼煌の刀です。信じられませんが、認めるしかないようですね」


 ナイゼルも眼鏡を軽く持ち上げて、しげしげと刀を見つめていた。


 そうして、ソロンとメリューは二人がかりで説明をおこなった。シグトラについて、ドーマ連邦について、さらにはザウラスト教団についてだ。

 メリューの一族である銀竜族は、古くからザウラスト教団と因縁を持っていたという。彼女が今回の旅に同行してくれたのは、そこに関連する動機もあるようだ。


「しかし、縁とは分からんものだな。正直に言えば、師匠とは二度と関わることはないと諦めていた。それがまさか、こんな形で……」


 サンドロスは改めてメリューへと向き直った。

 旅人として現れたシグトラは、旅人として去っていった。ソロンがそんな彼と再会し、その娘と友誼(ゆうぎ)を結べたのは奇跡といえるかもしれない。


「わが父もそなたらのことは気にかけていた。セドリウス王についても、代わって私がお悔やみ申し上げよう」


 メリューはイドリスの先王――ソロンとサンドロスの父の名を口にした。邪教の手によって命を落とした父を、シグトラは惜しんでくれたのだ。


「ああ、ありがとう。メリュー、イドリスは君を歓迎しよう」


 サンドロスが大きな手を伸ばせば、メリューが小さな手でそれを握りしめる。イドリス王国とドーマ連邦――二つの国の友好が成立した瞬間だった。


 *


 メリューがもたらしたザウラスト教団に関する情報は、サンドロスにとっても有益だったようだ。

 もっとも、本題はラグナイ王国およびザウラスト教団といかに戦うかである。


「兄さん。話を戻すけど、いつまでミュゼック砦は持つと思う?」


 ソロンは単刀直入に切り出した。

 サンドロスは表情を引き締めて。


「分からんな。今だって、敵の攻勢を止めるだけで精一杯なんだ。さっきも言ったが、連中が魔物を使ってくればさらに厳しくなる。もちろん、俺達も対策はしているが、それも兵力差を考えれば限界がある。正直なところ、いつまで持つかは敵次第ということだな」

「そっか……」


 ソロンは落胆したものの、驚きはしなかった。そもそも危機が迫っているからこそ、ソロンはこの場へ呼ばれたのだ。


「どうしようもなく戦力の差はデカい。元々の勢力差があるだけでなく、背後にはザウラストの魔物が控えている。帝国から援軍を呼べればよかったのだがな……」


 サンドロスは苦々しく続けた。


「残念ながら帝国も大変なんだよ。皇帝陛下が反乱軍に監禁されているみたい。今はアルヴァが解放のために動いてるけど……」

「ああ、話は伝わっている。やはり、援軍は期待できないようだな」


 そう言いながらも、サンドロスはかすかに期待を寄せていたのだろう。少しだけ落胆しているように思えた。


「このまま続けても勝てない。そういうことだな」


 ソロンに代わって口を開いたのは、メリューだった。


「無理だろうな。このままだと敗北は見えている。流れを変えなくてはならん」

「兄さん、僕に命令して欲しい。勝つためには何だってやるさ」

「……ナイゼルと一緒に、後方からラグナイを撹乱(かくらん)してもらいたい。道中は隠密のため、黒雲下を通ってもらう。もちろん、厳しい戦いになるだろう。できるか?」


 サンドロスは緑の瞳をまっすぐにソロンへと向けた。


 迷いはなかった。

 皇族としての使命を抱え、帝国のために戦い続けるアルヴァ――ソロンはこの一年間、その姿を見ていたのだ。

 自分だってイドリスの王族だ。彼女と再会した時のため、その地位に恥じない戦いをしなければならない。

 ソロンも緑の瞳で見つめ返し、力強く頷いたのだった。


 *


 数日の準備を終えて、出発の日が来た。ソロン達は今日、ラグナイ王国へと旅立つのだ。


「久々に戻ってきたのに、ゆっくりやる時間もなくてすまなかった。全て終わったら、また酒でも酌み交わそう」

「お酒はあんまり好きじゃないからいいや。大事な仕事があるのは兄さんも同じだし、気をつけてね」

「お前は相変わらずだなあ……」


 サンドロスはそう言って、ソロンの肩を強く叩いた。


「ソロン、旅先で知らない人に付いて行ってはいけませんよ。うかつに生水を飲んで、お腹を壊したりしないように」

「大丈夫だよ、母さん。もう子供じゃないんだし」

「そうかしら……。ナイゼルにメリューさんもソロンを頼みましたよ」


 母はなおも心配そうな視線で、二人へとすがる。


「お任せください。坊っちゃんとの付き合いは私が一番長いですから」

「もちろん私も付いている。母君も安心なさるがよい」


 二人もそれぞれ、母を安心させようと言葉を添えてくれた。

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