明けない夜はない
アルヴァとエヴァートの主導により、城内の捜索が行われた。
ミスティンもアルヴァに付き従う形で、城内へと踏み込んでいく。
一階に邪教徒の姿はない。
代わりに目についたのは、使用人や貴族達だ。彼らの大半はオトロス派に連なるものらしい。恐る恐るとこちらを遠巻きに眺めている。
「セレス、あなたそんなところで何してるの……?」
ふと、ミスティンへとかけられる声。
一瞬、誰のことかと迷ったが、そういえば自分の偽名だったと思い出す。
見れば、使用人服を着た中年の女――ミスティンも世話になった女給頭だ。城内へ踏み込んでくる上帝軍の中に、知り合いを見つけて声をかけたらしい。
「邪教狩りかなあ?」
「邪教狩り……?」
「うん、ザウラスト教団っていうんだけど、見なかったかな?」
これも短い女給生活でつちかった人脈に違いない。これ幸いとミスティンは情報収集へ活かすことにした。
「いや、よく分からないのだけど……?」
ところが、女給頭は困惑するばかりである。
「ミスティン、そんな言い方では伝わりませんよ。ザウラスト教団とは、オトロスに協力していた邪教徒です。赤い服を着た見るからに不審な者達なので、一目瞭然かと」
後ろからやって来たアルヴァが、説明を加えてくれる。
「え!? あ……えっと。その人達でしたら、数十分前に出ていきました。妙な人達だと噂には上がっていたのですけど……。とにかく、もう城内には残っていないと思います」
突然、上帝に話しかけられた女給頭はしどろもどろになる。それでも、どうにか説明を果たした。
「ありがとう。急いで追手を差し向けましょう。無駄になるかもしれませんが、足取りぐらいは把握したいところです」
アルヴァは礼を述べてから、傍らにいたイセリアへと話しかける。イセリアも頷いて、兵を城外へと送り出した。
「あの……私達、これからどうなるのでしょうか?」
ためらいがちに女給頭が、アルヴァへと尋ねる。
「ひとまず、城内にいた者は全員拘束させていただきます。あなたにも協力を願いますのでそのつもりで」
「は、はい」
女給頭は顔を強張らせる。
「その後、身分を確認の上、処分が下されることでしょう。まあ、使用人まで厳しく処分する必要もないので、その点はご安心ください。さすがに、そのまま雇い続けるわけにはいきませんが」
「あ、ありがとうございます!」
女給頭は深々と頭を下げたのだった。
アルヴァが立ち去り、ミスティンもそれに続こうとしたところで、
「あの人……上帝陛下よね? あなた達、一体どういう関係なの?」
女給頭に小声で尋ねられた。
「えへへ、親友かな」
自信に満ちたミスティンの答えに、女給頭は唖然とするばかりだった。
* * *
こうして、帝都の長い夜は明けた。昨年の神獣の事件もそうだったが、明けない夜はないのだ。
アルヴァ達が戦っていた間、帝都の外でもオトロス派が各地で反乱を起こしていたという。だがそれも、首謀者の敗退によって急速に鎮圧されていくだろう。
聞くところによれば、アルヴァの祖父ニバムも軍を率いて貢献してくれたそうだ。ワムジーやガノンドに劣らず、彼も老いてなお偉大な魔道士だった。
今回の戦いで活躍したゲノス、ガゼット両将軍は早々に任地へ戻っていった。
帝都の情勢もいまだ見通しは不透明だが、各自の任地にも大公派の反乱が少なからずあったという。残党を処理するためにも、長居はできなかったのだ。
「今回の件で、私も老いを感じざるを得ませんでした。あの二人なら、良い大将軍になってくれるやもしれません」
港にて両将軍を見送ったワムジーは、そんなことをアルヴァにこぼした。
「うえっ、マジ!?」
それを聞くなり、過剰な反応を示したのはグラットだ。
「――いや、それだったらゲノス将軍のほうがいいでしょう。あっちのほうが強そうだし、年齢も上だしな。ウチの親父なんて平民だし、将軍でももったいないくらいでしょ」
なぜかグラットはゲノス将軍を猛烈に押していた。
「グラット、お父さんのこと悪く言っちゃダメだよ」
「そうですよ、グラット。そもそも貴族制度には、優秀な家系を取り立てるという意義があります。家柄を理由に優秀な人間を排除するようでは、本末転倒ではありませんか」
ミスティンとアルヴァがそんなグラットをたしなめる。
「いや、だって、大将軍だろ。ちょっ、勘弁してくれよ……」
グラットは何だか泣きそうな顔をしていた。
事態は収束に向かいつつあったが、気懸かりは残っている。
懸念の第一はザウラスト教団だ。
その後、イセリア達が邪教徒達の追跡をしたが、芳しい報告はなかった。
「帝都を去ったことは間違いありません。ただ、そこから先がつかめませんでした。周辺の町を通った形跡もないようで……」
城内の一室にて、イセリアが申し訳なさそうに、アルヴァへ報告してくれた。
皇帝が復帰した以上、もはやアルヴァはお役御免のはずである。……が、なにぶん状況が状況ゆえに手が足りていなかったのだ。戦いの後始末をする上でも、アルヴァが出張らざるを得なかった。
「……分かりました。これ以上の追跡は諦めるしかなさそうですね。少なくとも、上界をいくら探っても見つからないでしょうから」
あの目立つ赤い神官服を追っていけば、すぐに見つかるだろう――という考えは甘かったようだ。逆をいえば、神官服を脱ぎ捨ててしまえば、市井の者と見分けもつかなくなるのだ。
「力及ばず申し訳ありません」
頭を下げるイセリアを、アルヴァは制する。
「いえ、あなたはよくやってくださいました。今後は議員達への尋問を優先してください。特に枢機卿と呼ばれる女について重点的に願います。恐らく、その人物が帝都における教団の司令塔でしょうから」
*
職務を終えたアルヴァは、城内の五階にある自室に戻っていた。
「さすがに疲れましたよ……」
アルヴァは床に敷かれた絨毯の上で仰向けになった。戦いを終えてからも連日の仕事だ。休まる暇がない。
通常、人前では絶対に見せない行儀の悪い姿である。秘書官のマリエンヌが見れば、叱られること確実だ。……が、今部屋にいるのは、気心の知れた親友だけなので大丈夫だろう。
「お疲れ~」
と、ねぎらってくれたのはミスティンだ。今日一日中、別行動をしていたミスティンと落ち合ったところだった。
ミスティンはアルヴァの横に座って、興味深そうに部屋を眺め回す。
「面白みのない部屋でしょう?」
アルヴァが皇女時代から長年に渡って起居してきた部屋である。職務に当たり、久々にこの部屋を使うことになったのだ。
掃除は行き届いており、十ヶ月前と何ら変わりがない。アルヴァが上界を追放された後も、エヴァートが維持してくれていたのだろう。
「うん。やっぱり色んな物が捨てられちゃったんだね……」
ところが、ミスティンが哀れむような目でこちらを見た。
アルヴァは上体を起こして。
「……特に何も捨てられていませんが」
「えっ?」
「物がないのは元からです」
アルヴァが答えると、ミスティンは驚きに空色の目を見開いた。
「だって、お姫様の部屋だよね? 書庫か学者さんの部屋って言われたほうがしっくり来るよ?」
実際、装飾に乏しく本棚ばかりが目立つ部屋であった。それをミスティンは、アルヴァの私物が処分された結果と考えたらしい。
「……そんなにおかしいですか?」
「うん。少なくとも、女の子の部屋だとは誰も思わないかな」
ミスティンは悪気もなく言い放った。
「ですが、私は私です。他と違うからといって、合わせる必要は感じません。そんなことで自分を曲げるなど愚かしいとは思いませんか?」
「そうだね、私もそれでいいと思う」
アルヴァの主張に、ミスティンも理解を示した。やはり親友である。二人は価値観を共有しているのだ。
「――でも、ソロンが見たら軽く引くかなあ?」
……と思ったが、ミスティンは余計な一言を付け足した。
「ソロンはそんなことで人を判断しませんよ。……ですがまあ、気が向いたら、模様替えも検討しましょう。そんなことより、ガノンド先生の具合はいかがでしたか?」
「おじいちゃん、元気そうだったよ。包帯まみれだったけど。まあ歳だし、しばらくはあのまま寝てもらってたほうがいいかもね。カリーナも付いてるし」
今日、ミスティンが別行動していた理由の一つがそれだった。修道院へ入院していたガノンドの見舞いである。
「了解です。……セレスティン司祭の行方は分かりましたか?」
そして、もう一つのこれが本題だ。帝都に向かってから消息を絶った姉を、ミスティンは探していたのだ。
「分かんない。お姉ちゃん、死んじゃったかも……」
ミスティンは朗らかな顔を一転させた。
「早計ですよ、ミスティン。最初に市内での戦闘があって、それから魔物と神獣が現れました。そういった経緯はあなたもご存じでしょう。そう考えれば、避難できる時間は十分にあったはずです」
ミスティンの背中に手を当てて、アルヴァが慰める。
絶対大丈夫――というような根拠のない断定はしない。論理立てて希望を示すのが、アルヴァの流儀だった。
「でも不思議なんだよね。教会に聞いても、目撃したって人が一人もいなくて……」
「それは……妙ですね。ひょっとして、帝都に入れなかったのでしょうか?」
アルヴァは顎に手を当てて思案する。
セレスティンは治療魔法の使い手として、戦災に苦しむ人々の救済に向かったのだ。その信念を曲げたとは考えにくい。けれど、信念のため、柔軟に手段を変える可能性はある。
「そうなのかなあ?」
「目的地を帝都から変えたのかもしれません。オトロス派は帝都の外でも反乱を起こしたそうですから、そちらへ救護に向かったとも考えられます」
「ん……それもそうだね。ありがと、ちょっと元気出た」
ミスティンははにかむように微笑んだ。