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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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明けない夜はない

 アルヴァとエヴァートの主導により、城内の捜索が行われた。

 ミスティンもアルヴァに付き従う形で、城内へと踏み込んでいく。


 一階に邪教徒の姿はない。

 代わりに目についたのは、使用人や貴族達だ。彼らの大半はオトロス派に連なるものらしい。恐る恐るとこちらを遠巻きに眺めている。


「セレス、あなたそんなところで何してるの……?」


 ふと、ミスティンへとかけられる声。

 一瞬、誰のことかと迷ったが、そういえば自分の偽名だったと思い出す。

 見れば、使用人服を着た中年の女――ミスティンも世話になった女給頭だ。城内へ踏み込んでくる上帝軍の中に、知り合いを見つけて声をかけたらしい。


「邪教狩りかなあ?」

「邪教狩り……?」

「うん、ザウラスト教団っていうんだけど、見なかったかな?」


 これも短い女給生活でつちかった人脈に違いない。これ幸いとミスティンは情報収集へ活かすことにした。


「いや、よく分からないのだけど……?」


 ところが、女給頭は困惑するばかりである。


「ミスティン、そんな言い方では伝わりませんよ。ザウラスト教団とは、オトロスに協力していた邪教徒です。赤い服を着た見るからに不審な者達なので、一目瞭然かと」


 後ろからやって来たアルヴァが、説明を加えてくれる。


「え!? あ……えっと。その人達でしたら、数十分前に出ていきました。妙な人達だと噂には上がっていたのですけど……。とにかく、もう城内には残っていないと思います」


 突然、上帝に話しかけられた女給頭はしどろもどろになる。それでも、どうにか説明を果たした。


「ありがとう。急いで追手を差し向けましょう。無駄になるかもしれませんが、足取りぐらいは把握したいところです」


 アルヴァは礼を述べてから、(かたわ)らにいたイセリアへと話しかける。イセリアも頷いて、兵を城外へと送り出した。


「あの……私達、これからどうなるのでしょうか?」


 ためらいがちに女給頭が、アルヴァへと尋ねる。


「ひとまず、城内にいた者は全員拘束させていただきます。あなたにも協力を願いますのでそのつもりで」

「は、はい」


 女給頭は顔を強張らせる。


「その後、身分を確認の上、処分が下されることでしょう。まあ、使用人まで厳しく処分する必要もないので、その点はご安心ください。さすがに、そのまま雇い続けるわけにはいきませんが」

「あ、ありがとうございます!」


 女給頭は深々と頭を下げたのだった。

 アルヴァが立ち去り、ミスティンもそれに続こうとしたところで、


「あの人……上帝陛下よね? あなた達、一体どういう関係なの?」


 女給頭に小声で尋ねられた。


「えへへ、親友かな」


 自信に満ちたミスティンの答えに、女給頭は唖然とするばかりだった。


 * * *


 こうして、帝都の長い夜は明けた。昨年の神獣の事件もそうだったが、明けない夜はないのだ。


 アルヴァ達が戦っていた間、帝都の外でもオトロス派が各地で反乱を起こしていたという。だがそれも、首謀者の敗退によって急速に鎮圧されていくだろう。

 聞くところによれば、アルヴァの祖父ニバムも軍を率いて貢献してくれたそうだ。ワムジーやガノンドに劣らず、彼も老いてなお偉大な魔道士だった。


 今回の戦いで活躍したゲノス、ガゼット両将軍は早々に任地へ戻っていった。

 帝都の情勢もいまだ見通しは不透明だが、各自の任地にも大公派の反乱が少なからずあったという。残党を処理するためにも、長居はできなかったのだ。


「今回の件で、私も老いを感じざるを得ませんでした。あの二人なら、良い大将軍になってくれるやもしれません」


 港にて両将軍を見送ったワムジーは、そんなことをアルヴァにこぼした。


「うえっ、マジ!?」


 それを聞くなり、過剰な反応を示したのはグラットだ。


「――いや、それだったらゲノス将軍のほうがいいでしょう。あっちのほうが強そうだし、年齢も上だしな。ウチの親父なんて平民だし、将軍でももったいないくらいでしょ」


 なぜかグラットはゲノス将軍を猛烈に押していた。


「グラット、お父さんのこと悪く言っちゃダメだよ」

「そうですよ、グラット。そもそも貴族制度には、優秀な家系を取り立てるという意義があります。家柄を理由に優秀な人間を排除するようでは、本末転倒ではありませんか」


 ミスティンとアルヴァがそんなグラットをたしなめる。


「いや、だって、大将軍だろ。ちょっ、勘弁してくれよ……」


 グラットは何だか泣きそうな顔をしていた。


 事態は収束に向かいつつあったが、気懸かりは残っている。

 懸念の第一はザウラスト教団だ。

 その後、イセリア達が邪教徒達の追跡をしたが、(かんば)しい報告はなかった。


「帝都を去ったことは間違いありません。ただ、そこから先がつかめませんでした。周辺の町を通った形跡もないようで……」


 城内の一室にて、イセリアが申し訳なさそうに、アルヴァへ報告してくれた。

 皇帝が復帰した以上、もはやアルヴァはお役御免のはずである。……が、なにぶん状況が状況ゆえに手が足りていなかったのだ。戦いの後始末をする上でも、アルヴァが出張らざるを得なかった。


「……分かりました。これ以上の追跡は諦めるしかなさそうですね。少なくとも、上界をいくら探っても見つからないでしょうから」


 あの目立つ赤い神官服を追っていけば、すぐに見つかるだろう――という考えは甘かったようだ。逆をいえば、神官服を脱ぎ捨ててしまえば、市井(しせい)の者と見分けもつかなくなるのだ。


「力及ばず申し訳ありません」


 頭を下げるイセリアを、アルヴァは制する。


「いえ、あなたはよくやってくださいました。今後は議員達への尋問を優先してください。特に枢機卿(すうききょう)と呼ばれる女について重点的に願います。恐らく、その人物が帝都における教団の司令塔でしょうから」


 *


 職務を終えたアルヴァは、城内の五階にある自室に戻っていた。


「さすがに疲れましたよ……」


 アルヴァは床に敷かれた絨毯(じゅうたん)の上で仰向けになった。戦いを終えてからも連日の仕事だ。休まる暇がない。

 通常、人前では絶対に見せない行儀の悪い姿である。秘書官のマリエンヌが見れば、叱られること確実だ。……が、今部屋にいるのは、気心の知れた親友だけなので大丈夫だろう。


「お疲れ~」


 と、ねぎらってくれたのはミスティンだ。今日一日中、別行動をしていたミスティンと落ち合ったところだった。

 ミスティンはアルヴァの横に座って、興味深そうに部屋を眺め回す。


「面白みのない部屋でしょう?」


 アルヴァが皇女時代から長年に渡って起居してきた部屋である。職務に当たり、久々にこの部屋を使うことになったのだ。

 掃除は行き届いており、十ヶ月前と何ら変わりがない。アルヴァが上界を追放された後も、エヴァートが維持してくれていたのだろう。


「うん。やっぱり色んな物が捨てられちゃったんだね……」


 ところが、ミスティンが哀れむような目でこちらを見た。

 アルヴァは上体を起こして。


「……特に何も捨てられていませんが」

「えっ?」

「物がないのは元からです」


 アルヴァが答えると、ミスティンは驚きに空色の目を見開いた。


「だって、お姫様の部屋だよね? 書庫か学者さんの部屋って言われたほうがしっくり来るよ?」


 実際、装飾に乏しく本棚ばかりが目立つ部屋であった。それをミスティンは、アルヴァの私物が処分された結果と考えたらしい。


「……そんなにおかしいですか?」

「うん。少なくとも、女の子の部屋だとは誰も思わないかな」


 ミスティンは悪気もなく言い放った。


「ですが、私は私です。他と違うからといって、合わせる必要は感じません。そんなことで自分を曲げるなど愚かしいとは思いませんか?」

「そうだね、私もそれでいいと思う」


 アルヴァの主張に、ミスティンも理解を示した。やはり親友である。二人は価値観を共有しているのだ。


「――でも、ソロンが見たら軽く引くかなあ?」


 ……と思ったが、ミスティンは余計な一言を付け足した。


「ソロンはそんなことで人を判断しませんよ。……ですがまあ、気が向いたら、模様替えも検討しましょう。そんなことより、ガノンド先生の具合はいかがでしたか?」

「おじいちゃん、元気そうだったよ。包帯まみれだったけど。まあ歳だし、しばらくはあのまま寝てもらってたほうがいいかもね。カリーナも付いてるし」


 今日、ミスティンが別行動していた理由の一つがそれだった。修道院へ入院していたガノンドの見舞いである。


「了解です。……セレスティン司祭の行方は分かりましたか?」


 そして、もう一つのこれが本題だ。帝都に向かってから消息を絶った姉を、ミスティンは探していたのだ。


「分かんない。お姉ちゃん、死んじゃったかも……」


 ミスティンは(ほが)らかな顔を一転させた。


「早計ですよ、ミスティン。最初に市内での戦闘があって、それから魔物と神獣が現れました。そういった経緯はあなたもご存じでしょう。そう考えれば、避難できる時間は十分にあったはずです」


 ミスティンの背中に手を当てて、アルヴァが(なぐさ)める。

 絶対大丈夫――というような根拠のない断定はしない。論理立てて希望を示すのが、アルヴァの流儀だった。


「でも不思議なんだよね。教会に聞いても、目撃したって人が一人もいなくて……」

「それは……妙ですね。ひょっとして、帝都に入れなかったのでしょうか?」


 アルヴァは顎に手を当てて思案する。

 セレスティンは治療魔法の使い手として、戦災に苦しむ人々の救済に向かったのだ。その信念を曲げたとは考えにくい。けれど、信念のため、柔軟に手段を変える可能性はある。


「そうなのかなあ?」

「目的地を帝都から変えたのかもしれません。オトロス派は帝都の外でも反乱を起こしたそうですから、そちらへ救護に向かったとも考えられます」

「ん……それもそうだね。ありがと、ちょっと元気出た」


 ミスティンははにかむように微笑(ほほえ)んだ。

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