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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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雷鳥は帝都を舞う

 水道橋が破壊され、人工の川が街中に生まれた。

 それを確認したイセリアは、五人の騎士達と共に馬を駆った。

 馬の負担を減らすため、全員が兜も鎧も身につけない軽装とした。一見無謀なようだが、結局はそれが合理的なのだ。どの道、追いつかれたなら防具など何の役にも立たないのだから。


 荒れ果てた帝都の街道を駆けながら、破砕音が鳴り響く方向を目指していく。

 常識を外れた強敵と当たるにも関わらず、騎士達も恐れずに従ってくれた。ここにいるのは勇気にあふれ、実力の確かな精鋭達だった。


 やがて、イセリアは帝都を荒らし回るサメの巨体を視野に入れる。

 今も二人の将軍とその部隊が、神獣の相手をしてくれていた。


「後は我らにお任せを!」


 声を張り上げ交代を促せば、両将軍とその部隊も撤退を開始した。

 神獣は撤退する部隊を追おうとするが――


「バケモノめ! 我らが相手だ!」


 イセリアは水竜の剣を向けて、魔法を放った。

 鋭い水の槍が、神獣の側面へと衝突する。

 微動だにしない神獣へと、後続の騎士達も次々に弓矢を撃ち込んでいく。

 矢と魔法が鱗へと突き刺さり、赤黒い血飛沫(ちしぶき)が上がった。


 魔物の巨体にとっては取るに足らない攻撃でしかない。それでも、度重なる側面からの攻撃を無視できなかったらしい。重い体を動かして、こちらへと鼻先を向けた。


「さあ来い! こっちだ!」


 イセリアは神獣を挑発しながら、渾身の水槍を放った。その命中を確認するなり、馬を走らせ逃走を開始する。

 神獣の怒りの矛先は、もはや完全にこちらへと向けられていた。

 イセリア達の逃走劇が今始まったのだった。



「遅れるなよ!」


 イセリアは後続の騎士達を叱咤する。

 イセリアとしては、単騎でこの役目を担いたかった。けれど、自分の攻撃だけで神獣を引きつけるのは難しい。そのために、騎士達も志願してくれたのだ。できれば、一人も犠牲を出したくなかった。


 薄明かりの帝都を六騎で駆け抜ける。付近の人々は避難したため、すっかり人気(ひとけ)はなくなっていた。

 迫り来る破壊の音を背にしながら、必死に手綱(たづな)をしごいた。怯えきった馬達も、死に物狂いで足を回転させる。

 イセリア達の前に、瓦礫(がれき)の小山が立ちふさがる。つまづいて倒れでもしたら、その瞬間に死は確定する。


「跳べ!」


 イセリアの指示に従って、馬が高く跳躍した。他の五騎も次々と山なりに瓦礫を飛び越えていく。

 広場を大きく囲む水路が目に入った。

 即席の水路は瓦礫と土砂を巻き込みながら、激しい濁流(だくりゅう)となっていた。

 円を描く水路の円周上に、一つだけ道が残されていた。それも、神獣の巨体がちょうど通れるような道幅だ。


「行け!」


 騒々しい水音に負けじと、イセリアは声を張り上げる。

 ここから先、敵を引きつける役割は一人でよい。騎士達を先へと逃がし、自分だけが水路の囲みの中を目指すのだ。


「あと少しです。ご武運を!」


 騎士達が去り際に声をかけてくれる。


「ああ!」


 イセリアは返事に加えて、駄目押しとばかりに水竜の剣を後方に向けた。

 濁流から生まれた水の飛礫(つぶて)が、神獣の鼻先を執拗(しつよう)に打ちつける。

 相変わらず効果は薄いようだが、それでも気には触ったらしい。神獣は他の騎士達を無視して、イセリアへと怒りの矛先を向けた。


「うまくいったな」


 イセリアはほくそ笑んだ。

 自分の生死は問わない。しかし、誘導に失敗すれば、計画の全てが意味を失ってしまう。それだけが気懸かりだったのだ。

 流れに囲まれた広場へと、イセリアは駒を進めた。

 そして、そこには一人の男が槍を手に待ち構えていた。


 * * *


「よし来た!」


 馬を駆って向かって来るイセリアを見て、グラットは歓声を上げた。

 激流がグラットの周囲を包んでいた。アルヴァが心配した通り、泳ぐのは到底不可能だろう。運が良ければ、溺死(できし)せずに、どこかへ流れ着くかもしれないが。

 もっとも、そんな分の悪い賭けをさせないために自分がいるのだ。ここまでくれば、後は役目を果たすだけである。


「うわっ、鎮まれ!」


 ところが、ここに至ってイセリアの馬が暴れ出した。

 理由は考えるまでもない。前門の濁流、後門のサメ――迫り来る危機に馬が怯えているのだ。むしろ、よくここまで持ったというところだろう。


「おい、何やってんだよ!」

「そう言われても!」


 イセリアは手綱を強く握り、振り落とされないよう必死に抵抗していた。

 そうこうしているうちにも、背後からは生ける災厄が迫ってくる。


「しゃーねえ!」


 グラットは駆け寄り、馬上のイセリアを強引に引きずり下ろした。


「うわおっ!?」


 転がったイセリアが悲鳴を上げる。


「そうら、飛ぶぜ!」

「ま、待て!」


 体勢を崩したイセリアが、慌てて抗議する。


「待たねえ。早くしねえと来るぞ!」


 ……が、それを無視して、彼女の体を左手で抱えてしまう。

 アルヴァよりは重いが、それでも軍人としては華奢(きゃしゃ)なほうだろう。この分なら問題はなさそうだ。

 グラットは右手に構えた超重の槍に魔力を込めた。

 二人の体重が軽くなり、鳥のように体が身軽となる。今にも浮き上がらんばかりの浮遊感。グラットにとっては慣れた感覚だが――


「お、おおお!?」


 イセリアにとってはそうでない。かつてない感覚にとまどいの声を上げていた。


「しっかり、つかまってろよ!」


 グラットが地面を強く蹴れば、イセリアも必死にすがってくる。

 重力から解き放たれ、二人は宙へと浮いた。

 眼下に見えるのは渦巻く急流だ。


「ひぃ、来てる来てる!?」


 イセリアが背後を向いて、らしからぬ悲鳴を上げる。

 神獣のヒレのような腕が異様に伸びて、こちらを追ってきたのだ。


「遅え! つうか、サメのくせに似合わないことすんじゃねえ!」


 幸い、腕に伸びる限度があったらしく、つかまれはしなかった。

 そして、神獣の背中方向――建物の影に隠れていた者達が姿を現した。

 工事の仕上げのために待機していた魔道士達である。

 ここぞとばかりに、彼らは杖を向けた。土魔法と水魔法を発動し、わずかに残っていた入口を水路で連結していく。


 最後の工事は呆気なく終わった。水の勢いが魔道士達の仕事を手伝ってくれたのだ。わずかに地面を掘るだけで、流れ込んだ激流が水路をつなげてくれた。

 即席の島が見事、帝都にできあがったのだった。


「おっしゃ! よくやったぜ!」


 宙に浮かびながら、グラットは快哉を叫んだ。思わず槍を持った右腕を振り上げる。


「お、おい! 揺らすな、というか高すぎるぞ!」


 イセリアは抗議し、グラットをつかむ腕の力を強くした。


「おいおい情けねえなあ。将軍さんは高いところ苦手か?」


 役目を果たした高揚からか、ついつい軽口を叩いてしまう。


「苦手ではないが――この高さ、平気なほうがおかしいだろ!」

「お姫様はわりと平気そうだったぜ」

「私はこれでも普通の女だ。あの方と一緒にするな!」

「その言い方、不敬じゃねえか?」

「んぐ……あなたに言われたくない!」

「ははっ、そいつはそうだな。まあ、大丈夫だって。俺を信じろ」

「わ、分かった、あなたを信じる! 任せたからな、グラット殿!」

「おう、任された!」


 姿を現した大勢の兵士達が、水路を囲んでいた。その数は千人を超えているかもしれない。そして、その全てが神獣を滅ぼすために集まっているのだ。


 巻き込まれてはたまらない。

 その円陣の向こう側へと、二人は舞い降りた。

 イセリアを下ろせば、彼女は力が抜けたようにへたり込んだ。疲労と恐怖が合わさって相当に(こた)えたらしい。


「後はお姫様の仕事だが……」


 グラットの視線は、円陣の中にいるはずの最高指揮官を探し求めた。


 * * *


 人工の川を隔てて神獣の正面に立ったアルヴァは、精神を研ぎ澄ませていた。

 左手を前に添え、右手で杖の尾をつかむ。杖の先端――魔石から漏れ出る雷光が、アルヴァの目をくらませる。

 それでも、弓のように両手で杖を握りしめ、一心不乱に神獣だけを見据えていた。


 激流に囲まれ行き場を失った神獣が、大口を空けて咆哮(ほうこう)を上げる。

 怒りか、恐怖か、困惑か――その思考は読み取れなかった。

 命の危険を感じれば、いかに水を恐れる神獣とて、激流を越えようとするかもしれない。

 だからこそ、考える(いとま)を与えずに決着をつけるのだ。


「ゆくぞ!」


 先陣を切ったのはゲノスとガゼット――二人の将軍だった。この二人もイセリアに神獣を任せ、大急ぎで円陣の中へと駆けつけたのだ。


 閃光の槍と灼熱の槍――二つの魔槍から放たれた技は、川を越えて神獣へと襲いかかった。

 鋭い光が左の横腹を斬り裂き、炎が右の横腹を焦がす。両側からの攻撃に、神獣は忌々しげに体をくねらせる。どちらを向くべきか迷っているのだろうか。


 だが、神獣が方針を決める前に次の攻撃は始まっていた。

 将軍に続き、兵士達が一斉に矢と魔法を放ったのだ。

 神獣は体を揺らし、攻撃を弾いていく。

 しかし、全方位から絶え間なく降りかかる攻撃の全ては防げない。頑強な神獣の鱗にも、少しずつ傷が刻まれていく。


 さしもの神獣も苦しそうな声を上げた。

 もっとも、この程度でとどめを刺せるとは微塵(みじん)も思っていない。


「美しき帝都を(けが)した報い、その身に受けなさい」


 ありったけの怒りを込めて、アルヴァは杖先の魔力を解き放った。

 術者自身の憤怒を乗せたかのように、(いかずち)の鳥は激しく舞う。

 アルヴァが杖を振り上げれば、高く飛翔した雷鳥が真下の神獣へとクチバシを向ける。

 サメの神獣は上空へと大口を開き、雷鳥を真っ向から飲み込もうとする。


「飲み込めるものなら――飲み込んでみなさい」


 アルヴァは不敵に微笑み、杖を振り下ろした。

 雷鳥は急降下し、大口へと吸い込まれていく。


 神獣の巨体が無秩序にふくらみ、その大口から膨大な雷光があふれ出る。体内に侵入した雷鳥が、暴れ回っているのだ。

 まるで不格好なフグの如く。もっとも、クジラより巨大なフグではあったが。

 ふくれた体に無数の矢が突き刺さっていく。今や神獣は兵士達の良い的と成り果てていた。刺さった矢のせいで、今度はハリセンボンを思わせる有様である。


 そして――臨界点を超えた神獣は破裂した。

 強大な魔力を体内に飲み込んだ末、外からの攻撃を受け続けた。内と外からの攻めに耐えきれなくなったのだ。


 莫大な光と風があふれ出し、巨大な水柱が噴き上がる。円陣を組んでいた者達へと暴風と水飛沫が襲いかかった。

 アルヴァももれなく、その衝撃に吹き飛ばされていった。


 *


 しばしの時間が経ち、やがて光と風が収まった。


「お姫様、大丈夫か?」


 強風に転がっていたアルヴァを、グラットが助け起こしてくれる。その周囲でも兵士達が同じように助け合っていた。


「問題ありません」


 水に()れた体を気にしながらも、アルヴァは応じた。酷い濡れ具合なので、早く乾かす必要がありそうだ。

 しかし、今はそれよりも確認せねばならぬことがある。


「どうなりましたか?」

「見りゃ分かるさ」


 グラットは言葉少なに指を差した。

 指された方角には、ただ大きな川があるのみ。

 数瞬の間、アルヴァは状況が理解できなかった。


 というのも、水路に囲まれていたはずの陸地がまるごと消し飛んでいたのだ。

 激しい攻撃の嵐が島を消し飛ばし、全てを川に変えていた。

 そして、サメの神獣も跡形なく消え失せたのだった。


「はあー」


 アルヴァは柄にもなく、大きな息を吐いた。


「まだ終わりじゃねえだろ」


 グラットの冷静な指摘に、アルヴァもハッとする。


「そうですね……」


 アルヴァはつぶやき、周囲を眺める。

 兵士達の注目はアルヴァへと一身に集まっていた。みな何かを期待するように。

 アルヴァは吐いたばかりの息を今度は大きく吸い込んで、


「デモイ、ビロンド、レゴニア――大公軍に属する三人の将軍は既に敗れました! そして、大公が力を借りた邪教の神獣も、今や滅び去りました! 我々の勝利は目前です!」


 杖を高々と頭上に掲げ、大きな声で叫んだ。

 兵士達から空気が割れんばかりの歓声が上がっていく。


「紅玉の上帝に栄光を!」

「我らの女神よ!」


 兵士達も舞い上がっているらしく、過剰なぐらいにアルヴァを褒め称える。

 気分が良いのは否定できない。

 ……が、それで目的を見失ってはいけない。


「しかしながら、これで終わりではありません! 皇帝陛下とご家族を助け出し、オトロスを捕らえるのです。勝利の美酒はそののちに! 皆様、もう少しだけ力をお貸しください!」

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