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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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急流はやがて激流へ

 目的の広場へ続々と魔道兵が集まってくる。その大半は水堀を埋める作業をしていた者達で、土魔法の使い手だ。

 本来なら希少な魔法の使い手を、いくらでも集められるのが帝国軍の底力である。ガゼットやゲノスも融通して、魔道兵を送ってくれたようだった。


「あなた達の働きが、帝都の命運を握っています。急いでください!」


 アルヴァは自ら陣頭指揮を執った。イセリアと分担し、作業を進める。

 杖を握りしめ、土魔法で地面を動かしていく。こういう時こそ、総大将たる自分が手本を見せなければならない。困惑する魔道兵達に方向を示し、安心させるのだ。


 西に見える水道橋――その下からつながる水路を掘り、広場を囲むように造り上げていく。それがこの作業の到達点だ。


 常識では一から水路を掘っていては、間に合うはずもない。

 ところが皮肉なことに、一帯には神獣自身が作った溝が存在していた。

 もちろん、無軌道に掘られたそれをそのまま活用できるわけもない。しかし、足りないところは掘ればよいし、余分な部分は埋めればよいのだ。そうやって、工期を大幅に短縮する算段だった。


 その間、ガゼットやゲノスが神獣を引きつけてくれている。

 二方向から攻撃させ、神獣を惑わし時間を稼ぐ。そういう意図で二将軍に任せたのだが、それにしても限界があるだろう。夜が明けるまでに作業を終えるぐらいの意気込みが必要だった。


 荒々しい魔法の工事によって、土塊(つちくれ)がこちらまで飛んでくる。酷く服が汚れているが、気にしてはいられない。

 魔道兵達が申し訳なさそうにこちらを見たが――


「作業に集中なさい!」


 と、叱責をして済ます。

 その最中にも激しい破壊音が響いてくる。神獣がどこかの建物に突撃し、倒壊させたのだ。

 臆病な魔道兵が悲鳴を漏らし、音のする方角を(うかが)う。


「敵は将軍達が引きつけてくれています。こちらを襲ってくることはありません。それでも恐ろしいというなら、早く仕事を終わらせることです!」


 そんな魔道兵達をアルヴァは叱咤激励(しったげきれい)し続けた。

 彼らもそれに必死で応えてくれる。

 次第に皆、作業に慣れ始めた。この調子ならば、自分が杖を振るう必要もないだろう。ここからは作業指示だけに徹すれば十分だ。

 来たるべき決戦に備え、アルヴァは精神力を温存することにした。


 やがて、東の空から薄明かりが差し始めた。

 水道橋の直下から広場へとつながる溝ができあがったのだ。

 アルヴァは汗をぬぐい、衣服にまとわりつく土埃を払った。


「こちらは問題ありません。いつでも作戦を開始できます」


 作業を終えたイセリアが報告にやって来る。


「ご苦労様です。あとは……誰があれを引きつけるかですが」


 作戦の仕上げに必要なのは、神獣を引きつけて水路へと閉じ込める役目だ。

 目測したところ、神獣の速さは馬程度のものだろう。

 これまでの戦いを見る限り、人の足ではまず逃げ切れない。騎兵ならば逃げ切れる者もいるという程度だ。

 その騎兵にしても、神獣によって荒らされた帝都を走る必要がある。障害物をうまく回避できなければ一巻の終わりだ。


 さらに神獣は攻撃してきた相手を狙う性質がある。ただ逃げるだけではなく、弓や魔法で一定の攻撃をしかけることが望ましい。

 馬並の速さで走りながら、機敏に障害物を避け、さらに遠距離から攻撃をしかける。

 そんな芸当が可能な人物は――


「グラットは――無理なようですね」


 アルヴァは近くに座り込んでいたグラットへ視線を向ける。


「お、おお、すまねえ。ちと疲れてるんでな」


 彼はハッとした面持ちで返事をするが、いつもの元気がない。重力魔法の酷使が相当に(こた)えたようで、今もうつらうつらとしていた。

 もっとも、それを除いてもグラットには走りながら攻撃する手段がほとんどない。片手に超重の槍を握りながら、もう片方の手でできることなどたかが知れている。


「ふぅ……」


 アルヴァは(かぶり)を振って、溜息をついた。

 もう一人だけ心当たりがあった。……が、残念ながらその少年はここにいなかったのだ。


 アルヴァは藍色(あいいろ)(かばん)を抱きしめて、また溜息をつく。

 今までどれだけ彼に頼っていたかを、改めて思い知らされる。戦いの面でも、そして心の支えとしても……。彼の保護者を気取っていた自分が愚かしく思えてくる。


 ……いや、自分で彼を送り出した以上は、悔いても仕方がない。今の戦力でできることをやるまでだ。

 となれば、多少の難点はあっても騎兵を(おとり)に使うしかないが――


「ここは私にお任せを。騎兵隊を率いて、あのバケモノを誘導してみせましょう」


 悩むアルヴァに向かって、イセリアが自ら囮役を買って出た。


「何もあなたがやらなくとも……」


 アルヴァはそう言ったものの。


「今こそ、我ら将軍の覚悟を見せる時です。それに、馬の扱いについては男にも負けないと自負しております」

「……分かりました。イセリア将軍、あなたにお任せします」


 アルヴァは逡巡したが、イセリアの見せた強い意志を信じようと思った。

 実際、男達より小柄なイセリアならば、馬への負担は少ない。将軍の名に恥じず、乗馬の技術も巧みなもの。そういう意味では彼女以上の適任はなかった。


「はっ!」

「ただ――」


 と、アルヴァはもう一つの懸念を浮かべる。


「――最終的に、囮役は囲った水路の中に神獣をおびき寄せねばなりません。そこからの脱出も考えておかないと」

「心配無用です。馬もろとも泳いででも脱出しますので」

「いいえ、急造の水路は流れが急になると想定されます。泳いで渡れるとは考えないほうがよいでしょう。それに、包囲した後は迅速に攻撃せねばなりません。同士討ちの危険がない位置まで、速やかに移動して頂かねば」

「水路に飛び込み次第、攻撃して頂いて構いません。我々の身がどうなろうと、作戦が成功したなら不満はありません」


 イセリアは考える素振りも見せなかった。命と引き換えに神獣を倒せるなら安いもの――そんな思いが感じられた。


「なりません。そのような自己犠牲は、私の計画にふさわしくありません」


 あえてアルヴァは傲慢(ごうまん)に言い放った。ここで失うにはイセリアは惜しい人材だ。完璧な勝利を得るためにも、彼女を死なせたくはない。


「ですが……」

「ちょっといいか」

 と、口を挟んだのはグラットだった。

「――要は水路を飛び越えればいいんだろ。そんくらいなら俺に任せてくれないか? 工事中、多少は休憩させてもらったしな」

「……なるほど、悪くはありません」


 疲労困憊(ひろうこんぱい)といった調子のグラットに頼るのも気が引けるが、それでも他に策はなさそうだ。この男なら大役も果たしてくれるだろう。


「ああ、一人か二人ぐらいなら運べるだろうよ。けど、あんまり大勢は勘弁してくれよな」

「分かった。囲いの中には私だけが入ろう。馬も諦める。それでよいのか?」


 イセリアはグラットに向かって頷いた。


「いいぜ、将軍さんだけでいいんだな。お姫様もそれで構わねえか?」

「了解です。今日は何度も世話をかけますが、よろしくお願いします」


 アルヴァはグラットに対して頭を下げた。


「いいってことよ。相手はバケモンだが、逃げるぐらいの勇気は俺にもあるんでな」


 グラットは照れくさそうに頭をかいていた。


 今も神獣を引きつけていた両将軍へ連絡を送る。

 そうして、作戦を開始する時が来た。

 両将軍とも、兵士達に少なからず犠牲を出しながらも踏ん張ってくれていた。その貢献は無駄にできない。

 作戦は水道橋を破壊した瞬間から始まる。


 アルヴァは水道橋の下に立って、杖を構えていた。精神を研ぎ澄ませれば、流れる水の音が聞こえてくる。

 想定した通りに水路を造るには、水道橋を正確に破壊する必要がある。

 狙いがずれてはいけないし、破壊する規模が小さくても、大きすぎてもならない。


 自惚(うぬぼ)れではないが、最も信頼できるのは自分自身の魔法だ。他の誰にも責任を負わせるつもりはない。

 大勢の兵士達が固唾を呑んで見守っている。グラットもイセリアもそれぞれの位置についているため、この場にはいない。


 そして、アルヴァは何度となく繰り返した魔法を放った。

 紫電は狙い(あやま)たず命中し、水道橋を破壊する。

 水道橋を構成する石が砕け落ちていく。

 開いた穴から、水が流れ出した。初めは少しずつ……だが、次第に水は急流となり、徐々に穴を広げていく。


 急流はやがて激流へと転じた。

 無策でやれば無秩序な洪水となって、帝都を飲み込むのだろうが、そうはならない。

 神獣自身が造り出した溝へと、膨大な水は流れ込んでいくのだ。

 帝都の中に急造の川が生まれていく。水は東へと街道を流れ、広場を囲む水堀となるだろう。


 次はイセリアの番だ。

 しかし、アルヴァの仕事がこれで終わったわけではない。


「さあ、行きますよ。神獣を倒せるかはあなた達の奮闘次第です!」


 アルヴァは馬に跳び乗り、兵士達へ発破をかけた。

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