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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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目覚める秘宝

「陛下~!!」

「お~い! ソロンー!」


 と、後ろから二人に呼びかける声がする。中には聞き慣れた声も混ざっていた。

 振り向けば、探検隊の仲間達が追いついて来ていた。グラットとミスティンももちろん一緒だ。急いできたらしく疲れた様子はあるが、無事なようだ。


「欠落した者はいないようですね」


 アルヴァが人数を確認したが、誰一人欠けていない。それでソロンも安堵できた。


「みんな無事でよかったよ」


 と、ソロンが言えば。


「お前こそ、よく無事だったな。……もしかして、あのでっかい奴って二人で倒したのか?」


 グラットが言うでっかい奴――とは黒き巨兵のことだろう。


「僕と陛下で倒したんだ。大変だったんだから」

「マジかよ……!?」

「嘘だろ!? 最初から壊れてたんじゃなかったのか!?」

「あんな化物を倒すとは、さすがは陛下だ!」


 それを聞いてグラットだけではなく、他の皆も口々に驚愕(きょうがく)の声を上げる。巨大な機兵を見た一同は、それがつい先程まで動いていたとは信じられなかったようだ。


「それより、どうやってここまで? 他に道は見つかりませんでしたか?」


 賞賛に照れることもなく、アルヴァは冷静に状況を確認する。

 聞けばやはり、一行はミスティンら魔法使いの力で、あのしかけをくぐり抜けて来たらしい。


「……ってことはいまだに、帰る方法は分からないってことだよね」


 落胆するソロンだったが。


「まあ、しゃーないだろ。それよか、お前と陛下を追うほうが優先だったからな」

「そうそう。それに帰る方法は宝を見つけてから探せば十分」


 グラットもミスティンも楽観的ではあるが心強い。心配しても仕方ないので、宝探しを再開することにした。


 *


 そして、ついに一同は怪しげな部屋を発見した。

 小さな部屋の中央に、大きな石箱が置かれていた。そのフタには何かの紋様が描かれている。

 目を引いたのは、その紋様を刻んでいる塗料だ。長い時間が()っているはずなのに、それを感じさせない鮮やかな紫だった。


「これは――封印の紋様に違いありません!」


 アルヴァが喜色を浮かべて声を上げた。これこそが二五〇年前、過去の探検隊が解呪できなかったという封印なのだろうか。


「それが例の封印なんですか?」

「はい。この種の術式は宝を封じるだけでなく、長期間の状態保持を行う効果もあります。古代の遺物であってもこの処置が(ほどこ)されていれば、完全に近い物を望めるのです」


 それでソロンも納得した。

 古代の遺物が今もなお実用に耐えるというのは、希望的に過ぎるのではないか――と、不思議だったのだ。機兵が今もなお動作していたのは、似た術式が作動していたお陰かもしれない。


「封印って解けるんですよね?」


 ミスティンが心配そうに尋ねた。


「それでしたら、ご覧なさい」


 アルヴァはそう言うと、(かばん)から魔石を取り出した。

 くすんだ灰色のなんてことのない魔石である。それをいつも杖に付けている雷の魔石と取り換えた。

 そして、杖先の魔石をフタの紋様へと近づける。

 魔石から淡い光が放たれれば、封印の紋様も共鳴するように輝いた。

 わずかな時間と共に輝きが収まり、同時に紋様がかき消えていった。


「これで、封印も解けたはず」


 さっそくアルヴァが、自ら石箱のフタに手をかけようとしたが、


「待ってください」


 ソロンが制止した。

 そもそもフタは重厚で、アルヴァの細腕でどかすには無理があった。

 今までの経緯からみて、封印以外にも何らかのしかけが施されている可能性もある。十分注意してしかるべきだろう。

 周囲を調べた限り怪しいところはない。だが、石箱の中から何かが飛び出してくる可能性も捨て切れない。


 注意をうながした上で、何人かで石箱のフタを開けることにした。

 重いフタをソロンを含む男達がゆっくりとどける。裏返した上で床へと慎重に置いた。

 幸い心配は杞憂で、石箱の中から何かが飛び出すことはなかった。


 石箱の中には杖が収められていた。

 杖の様相は物々しいという表現がふさわしいだろうか。

 戦端には大きな黒い魔石が付けられている。

 魔石は黒といっても漆黒ではない。

 透き通った魔石の中には、赤黒い霧のようなものが渦巻いていたのだ。中に気体が動き回る魔石など、この場にいる誰もが見たこともなかった。


 対照的に棒の部分は白い金属で作られている。

 こちらは黒い魔石ほどの印象はなかったが、銀でも白金でもない不明な金属であった。


 ソロンはその杖を見て顔をしかめた。

 その魔石に――正確には赤黒い霧に見覚えがある気がしたのだ。だが、確信がなく口にはしなかった。


「なにか書いてる?」


 どかされた石箱のフタを見ていたミスティンが声を上げた。フタの裏側に何かが書かれているらしい。


「古い文字のようですね。カオ……カオスと書いているように思いますが……」


 そちらを向いたアルヴァが文字列を凝視していた。

 杖が封じられたのは八百年ほど前。その当時であれば、字形も言葉も今と大きく変わりはない。読みづらそうにしているのは、かすれているためだろう。

 カオス――その言葉を聞いてソロンの脳裏に戦慄が走った。


「本当にこれが必要なんですか? 僕は……嫌な予感がします」


 そもそも、なぜ杖はこれほど厳重に封印されていたのだろうか。その事実に、ソロンは一抹の不安を感じざるを得なかった。


「ソロン。ここまで来て何を言うのですか?」


 アルヴァが呆れたようにこちらをにらんだ。


「いえ……」


 ソロンは萎縮(いしゅく)して、一歩引き下がる。

 アルヴァは、迷いなく手に杖を取って掲げた。

 たちまち、杖先の魔石が黒い奇妙な光を放つ。

 男達が持つランプの光が、黒い光に覆われて暗くなる。黒い光はすぐに収まったが、なんとも奇妙な光景であった。


「なんだったんだ今のは……!?」


 異様な現象に一同は騒然となった。黒い光――それは通常、光としてありえない色なのだ。

 そして、魔石が反応したという事実は、アルヴァが杖へと魔力を流し込んだ証拠でもある。

 得体の知れない魔石に対して、魔力を流すのは慎重さに欠ける行為でもあった。けれど、彼女はそれを気にする様子もない。


「素晴らしい魔力を感じます……! 私の求める杖に違いありません。きっと力になってくれるでしょう」


 まるで魅入られたようにアルヴァは言った。

 この杖を手に入れるために、彼女は随分と苦労したのだ。ソロンはこれ以上、何も口を挟めなかった。


 その後、帰る方法は難なく発見された。

 魔法感応式の扉が、もう一つ見つかったのだ。

 扉の先は機兵の集団に襲われたあの通路である。

 ただし、通路側から見れば、扉は目立たないように隠されており、かつそちらからは開かない仕組みになっていた。


 仲間達が倒した機兵の残骸を踏み越えて、通路を戻った。

 地下の階段を登った時には、時刻も夜になっていた。既に探検隊の全員は機兵との戦いや、探索のせいでヘトヘトである。

 自然、昨夜と同じ場所で野営をする流れになった。


 *


 船までは一日で戻る予定のため、これがこの島で最後の野営となる。

 予定では、まだしばらくの滞在を覚悟していたらしく、食料も十分に残っていた。

 帰還の目処もついているため、節約する必要もない。慰労も兼ねて、食事は豪勢に振る舞われた。

 その食事中――

 グラットがコツンコツンとソロンを突っついて指をさす。見れば、アルヴァがうつらうつらと船を漕いでいる。


「おい、お姫様眠ってるぜ」


 グラットがアルヴァに気づかれないように、静かな声で言った。

 先程まで、彼女は慰労のために、探検隊の一同にねぎらいの声をかけていた。

 しかしながら、さすがに限界が来たらしい。

 膝下には梱包(こんぽう)した例の杖を、大事そうに抱えていた。

 ソロンも静かに応えて。


「お姫様ってねえ……」

「いや、どうみたって皇帝には見えんだろ」


 言うまでもなく、女帝を姫呼ばわりするのは無礼である。

 とはいえ、実際の寝顔を見れば、アルヴァは無垢(むく)な姫君にしか見えない。現実に、一年前までは彼女も姫と呼ばれていたのだ。


「まあ、そうだけど……」


 通常なら、皇帝のような重責を担えるような年齢ではない。それでも、彼女は自分の役割を果たそうと必死になっている。

 こうやって高い地位にあることは、彼女にとって幸せなのだろうか。帝都に戻ったら戻ったで、また政争や戦争に明け暮れる日々が続くに違いない。


 もう一度彼女に目をやれば、相変わらず気持ちよさそうに眠っていた。

 誰かがテントまで運んであげるべきなのだろうか。とはいえ、無理に体へ触ったら目を覚ます可能性もあるし、そもそも不敬に当たるのではないだろうか?

 護衛の兵士もそばにはいるが、彼らにしても困った面持ちで主君を眺めるだけである。


 ……などと逡巡していたら、パチリと目を開けた彼女と視線が合った。

 慌ててソロンは視線を外す。

 アルヴァも恥ずかしさで一気に目が覚めたらしく、かすかに頬を赤らめている。


「気づいたなら起こしてくだされば、よかったのに……」


 こちらを見たアルヴァは、そんなことを恨めしそうにつぶやいた。


「すみません……。気持ちよさそうに寝ていたものですから。でも、今日はもう休んだほうがいいんじゃないですか?」

「……そうさせていただきます」


 アルヴァも大人しく従って、テントに入っていった。やはり疲れていたらしい。

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