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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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大地を喰らうもの

 光に包まれて、神獣を覆っていた赤黒い瘴気が消滅した。


「ふえ~、あそこから当てるたあ、さすがはミスティンだな」


 グラットが感嘆の声を上げる。


「上出来ですね」


 アルヴァは外壁の向こうにいるミスティンと視線を合わせ、杖を高々と掲げた。上空へと雷を放ち、礼砲を放ったのだ。


「しっかし、このまま押し切れるか?」


 グラットは自らも投げ槍を投擲(とうてき)しながら、話しかけてくる。

 槍は大口を開いた巨大ザメの口内にたやすく飲み込まれた。


「無理でしょう」


 アルヴァは爆雷の魔法を放ちながらも、悲観的な見解を述べた。

 赤黒い瘴気に弾かれていた矢は、今や鱗に突き刺さるようになっている。

 今、命中した爆雷の魔法は、神獣の肉をかすかにえぐり取った。赤黒い霧状の血飛沫が周囲に飛び散る。


「さすがは上帝陛下の魔法だ!」


 と、兵士達も褒めそやす。

 先程とは違い、確実に損傷を与えている手応えはあった。

 それでも、このまま押し切るには足らないのも事実だ。

 神獣は身震いしたかと思いきや、突如加速する。続けられる攻撃を避けもせず、埋め立てられた水堀を突き進んでくる。


 まっすぐにこちら岸へと到達した神獣は、石垣へと衝突した。

 土砂と瓦礫(がれき)が火柱のように上空へと舞い上がる。

 接近しすぎていた数人の兵士が、衝撃に巻き込まれて吹き飛んだ。

 神獣は巨体をのたうつようにして石垣を登り、こちらの岸へ至ろうとする。いや、登るというよりは、石垣を喰らう勢いだった。


 ……これ以上は無理だ。

 そうして、アルヴァは次なる号令を下す。


「各自、退避してください!」


 障壁を消滅させると共に、総攻撃で一気に撃破できれば理想的だった。

 しかしながら、兵士達の消耗は著しく、特に精神力を切らした魔道兵は深刻だ。攻撃が散発的になっているのがその証拠だろう。

 今は退いて再度の機会を待つべきだ。過去の事例に(かんが)みても、障壁さえなければ神獣も無敵ではないのだから……。


 兵士達は蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げ出した。

 クジラより巨大なサメが、大地を斬り裂くように迫ってくる。それを目の当たりにしては、平静を保てないのも無理はない。


 ガゼットとイセリアの両将軍が、撤退の指揮を()ろうと試みる。しかし、結果は(かんば)しくなかった。

 残念ながら、秩序を保ったまま撤退できる時期は過ぎてしまった。ギリギリまで攻撃をしたため、敵の接近を許してしまったのだ。


 かくいうアルヴァ自身も、一目散に馬を走らせていた。次なる機会を求めて、今は生き延びることが肝要である。

 アルヴァの身が軽いこともあって、馬の足は他の騎士達よりも速かった。整備された帝都の街道を、蛍光石の街灯を頼りに進んでいく。


 ……が、後方から響く破砕音がこちらを追ってくる。

 振り返れば、大口を開き、街道を飲み込みながらやって来る神獣の姿があった。

 妙な表現だが、そうとしかいいようがない。


 巨大ザメは地面を突き進んで来るのだ。大口で街道を削りながら、蛇が()うように体をくねらせて……。

 馬車の重量に耐えうるはずの丈夫な街道が、無惨にも破壊されていく。


「ぐわあっ、助け――!?」


 走り遅れた騎士が馬もろともに、サメの大口に飲み込まれた。

 慌てて目を背けるが、嫌な咀嚼(そしゃく)音が後方から響いてくるのは避けようがない。厄介なことに、『食事』をしていても進む速度は変わらないらしい。


「なんじゃありゃ!? モグラか何かか?」


 グラットは超重の槍を片手に、自らの足でアルヴァの馬に併走してくる。

 どうやら、重力魔法を使いこなすことで、走る効率を上げているらしい。理屈はよく分からないが、彼も日々進歩しているようだった。


「形態はサメに近いですが」

「サメは地面を泳がねえよ!」


 グラットがごく常識的な指摘をする。


「下界の砂海(さかい)にもサメがいたでしょう。あれと似たようなものかもしれません」


 アルヴァは下界でのなつかしい冒険を引き合いに出す。

 もっとも、下界で見た砂海は水分を多分に含んでいた。今、後ろにいる魔物は文字通りに地面を泳いでいるのだ。


「つーか、俺達を狙ってるよな」

「私達――ではなく私でしょう。指示が出ているのか、それとも先程の魔法が効果あったのか。ともあれ、あなたも私から離れたほうがよいのでは?」

「やなこった。そんなつもりなら、最初からこっちには来ねえよ」

「……そうですか。くれぐれも無理はしないように」


 アルヴァは諦め、それだけを告げた。

 グラットは後ろを振り向いて。


「なんて、話してる余裕もなくなってきたみたいだぜ」


 後ろに迫る破壊の音が大きくなってくる。

 神獣が徐々に距離を詰めてきたのだ。

 驚くことにあれだけの破壊活動をしながらも、なお馬並の速さで移動できるらしい。


「全く! 疲れを知らぬのでしょうか」


 アルヴァの声にも焦りがにじみ出る。

 試しに何度か魔法を放ってみたが、案の定効果はなかった。


「わりいが、馬は諦めてくれよな」


 グラットはそう言うなり、左手でアルヴァの腰をつかんだ。右手に槍を握りしめたまま、アルヴァを馬から引きずり下ろす。

 グラットは走りながら、アルヴァを左手に抱えたのだった。


「ちょっと! 何をするのですか!?」


 上帝としてあるまじき情けない体勢である。アルヴァは必死に抗議するが。


「しゃーねえだろ。他に方法ねえしよ」


 グラットは耳を貸すこともなく、地面を蹴った。アルヴァを抱えたまま、天高く飛び上がったのだ。


 目の回るような速さで景色が移り変わっていく。抱えられた体勢のせいで、視点もまともに定まらない。こぼれそうになる悲鳴を、アルヴァは必死に押しとどめた。

 すぐ下にあったはずの街道が見る間に遠ざかる。代わりに目に入った黒い水面が、不気味に揺れていた。グラットは水堀の向こうへと飛んだようだった。


 一拍遅れて、巨大なサメが迫って来る姿が見えた。

 しかし、こちらは既に空の上。

 置き去りにされた馬は、自らの意思で逃げ出していた。幸い、神獣の餌食にはならなかったらしい。


 *


 二人は長い滞空の末に、水堀の向こうへたどり着いた。

 重力を操る槍のお陰か、着地の衝撃はさほどでもなかった。アルヴァも両足でしっかりと地面を踏みしめる。


 目の前には貴族の屋敷があり、その向こうにはネブラシア城の城壁がそびえている。

 走っていた方向から推測すると、現在地はネブラシア城の南西側だろう。この辺りでミスティンとガノンドが、火災を起こしたはずだが、既に鎮火しているようだった。


「……屈辱です」


 アルヴァは乱れた髪を直しながら、グラットに複雑な視線を向ける。


「そ、そんなに嫌そうな顔すんなよ……。あいつじゃなくて悪かったな。それよりあっちだ、あっち!」


 グラットはわりと本気で傷ついたふうだった。それでも、アルヴァの腰に軽く手を添えたまま水堀の向こうを指差す。

 さすがにアルヴァも申し訳ない気持ちになった。黙り込んで、視線を指差された先へと移す。


 アルヴァは息を呑んだ。

 対岸へ置き去りにされた神獣が、鋭い目でこちらを凝視していたのだ。

 ゆったりとした動作で体を()わせ、水堀の手前まで追ってくる。


「来るなよ来るなよ……。来るんじゃねーぞ」


 グラットが祈るようにつぶやく。


「…………」


 もっとも、信仰心のないアルヴァに祈る習慣はない。ただ緊張の眼差しで、神獣の一挙手一投足を注視する。

 神獣は水堀へと巨体を乗り出し、尖った鼻先を水面へ突っ込んだ。図体に似合わず、不思議と慎重な動作だ。

 息が止まるような緊張が続くが――


 その時、神獣の背中へと強烈な光が炸裂した。水堀に身を乗り出していた神獣の体が、わずかに押し出される。


「貴様の相手は俺だ! バケモノザメめ!」


 姿を現したのは、一度は退避したはずのガゼットだった。十人ほどの騎兵を連れており、それぞれが投げ槍を構えている。

 ガゼット自身も騎乗し、神獣の背中に槍を向けていた。

 ただし、その槍は尋常の物ではない。光と一体化した穂先が、異様な長さまで伸びていたのだ。

 恐らく、魔力によって穂先が構成されているのだろう。本来の槍と比較して、長さは数倍にも及んでいた。


 背後を突かれた神獣は、振り向こうとする素振りを見せたが、それは許されなかった。

 ガゼットが目にも留まらぬ速さで、さらなる突きを繰り出したのだ。空間を(へだ)てているにも関わらず、穂先は神獣へと突き刺さる。

 銀と黒の鱗が斬り裂かれ、赤黒い飛沫が噴出する。


 さらに重量のある投げ槍が、神獣の脇腹に次々と突き刺さった。ガゼットの部下達が、将軍に続いて槍を投じたのだ。

 神獣は水堀に向かってより一層押されていく。大き過ぎる体が災いして、向きの転換すら容易にはできないらしい。


 それでも、神獣は恐るべき強靭(きょうじん)さで踏ん張った。ヒレのような両腕で、石垣を砕きながらつかんだ。


「おい親父、無茶すんなよ!」


 父の奮闘を目にしたグラットが、対岸へと大声で叫ぶ。勇敢かつ無謀な父の猛攻に、心配を隠せないようだ。

 神獣はその巨体を大儀そうに転換させ、背後の敵へと向き直ろうとするが……。


「ふははっ、さらばだ!」


 その時にはガゼットは馬を走らせ、颯爽(さっそう)と逃げ去っていた。騎士達も将軍に負けじ劣らずの逃げ足だった。

 神獣は遅れて彼らを追いかけていったが、あの調子ならうまく逃げ切れるだろう。


「逃げ足が速え……!」


 グラットは大きく安堵の息を吐いた。そうして、アルヴァに添えていた手を離す。


「さすがあなたのお父様。引き際を心得ていますね」

「それ褒められてんだよな?」

「さあて」

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