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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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白光の射手

 現れた神獣の姿を、ミスティン達も目にしていた。

 邪教徒達の儀式の場から、赤黒い瘴気が湧き起こり形を作っていく。やがて現れたサメのような神獣が、凄まじい勢いで城門へと突進していったのだ。


「なんだあの魔物は!? まさか、去年のあれと同じなのか!?」

「そうかもしれんな。思い出したくもないことだが……」


 ラザリックが驚愕(きょうがく)し、ワムジーは顔をしかめる。どうやら去年、二人とも帝都で起きた事件を知っていたらしい。


「そうだと思う。あの赤い神官達の術だよ。アルヴァと一緒に何度か見たから」


 ミスティンは驚きもなく答えた。儀式の阻止に失敗した時点で、こうなるのは覚悟していたのだから。


「そうか、道理で……」


 ラザリックも得心したらしい。ミスティンが先の儀式を阻止しようとした理由を飲み込めたのだろう。


「私がやらないと」


 ミスティンは意志を固めた。木陰から出て、神獣を追おうとしたが、


「待て、そちらは危険だ!」


 ラザリックが腕を強くつかんで、引き止めてくる。


「うむ、先程の神官達もいるやもしれぬ。口惜しいが、我々が向かったところで力になれるとは思えん。あれの相手は姫様達に任せるべきだろう。去年だって倒せたのだし、その去年よりも今のほうが戦力はそろっているはずだ」


 ワムジーも同じようにたしなめてくるが。


「そうじゃなくて」


 と、ミスティンはラザリックの腕を振り払う。

 去年の神獣を倒せたのは神鏡――星霊銀の力があったからだ。それなくしては、いくら戦力があっても意味がない。そして、今や神鏡は大公の手の内にあった。

 神鏡はない。しかし、星霊銀がないわけではない。


 ……ともあれ、姿を現すのが危険だという忠告は一理ある。

 ならば――と、ミスティンは木陰を静かに伝いながら、南の城門側へと近づいた。


「何をする気だ?」


 ラザリックとワムジーは(いぶか)しげに、こちらの後を追ってくる。

 城門から適度に離れた木々を中心に、ミスティンは物色する。高くて丈夫そうな木。最低でも、城壁の向こうを見渡せる必要があった。


「あれでいいかな?」


 手頃な木を見つけたミスティンは、歩み寄って手足をかけた。


「おい、あちらが気になるのは分かるが、目立つことをするな」


 ラザリックは腕をつかみこそしなかったが、忠告してくる。様子見のために木を登るのだと、勘違いしているらしい。


 しかし、それを無視してミスティンは登り続けた。

 丈夫そうな枝をつかみ、幹の切れ目に足を引っかける。勢いをつけて登り、最初の枝へと足を乗せる。基本的にはその繰り返しである。枝に届かない場合もあるが、それでも握力で強引に幹をつかんで体を持ち上げた。

 木登りならば得意のもの。子供の頃には何度も挑戦して、姉に叱られたものだった。幸い、使用人服も運動に適した構造になっていて助かった。


「はあ……。そんなものを背負っていては邪魔だろう?」


 ラザリックは溜息をつきながらも、木のそばへと歩み寄ってきた。親切のつもりで、ミスティンが背負った(かばん)を放り投げるように言うが……。


「近寄らないで。スカートだから」

「むっ、し、失礼した」


 注意を受けて、ラザリックはすごすごと引き下がった。融通は利かないが、基本的には生真面目な男らしい。


「邪魔が入らないように見張ってて」


 背を向けたまま、ミスティンは頼んだ。

 神獣の召喚を果たした以上、邪教の神官達が妨害してくる可能性は低い。ミスティンの狙いを知ればその限りではないが、神官達がこちらの手札を知るはずもなかった。

 それでも、注意は必要だろうと念には念を入れておく。


「よく分からぬが、任せておけ」


 ラザリックではなく、ワムジーが理解しないまでも快く承諾してくれた。

 そうして、ミスティンは目的の枝へと足をかける。見た目通りに丈夫そうだ。幹に背中をもたれさせることで、十分な安定も確保できた。


 枝は城壁と同じくらいの高さだった。ミスティンの背丈を合わせることで、かろうじて城壁の向こうが見渡せる。

 城門の向こうでは、赤黒い瘴気が渦巻いている。そして、その中心には巨大なサメのような姿をした魔物の姿。尖った背びれが、この場所からも目立っている。


 街中にサメとは不可解この上ないが、ザウラストの神獣に常識を求めても仕方ないか……。

 大勢の兵士達が神獣を取り囲んで、攻撃をしかけている。遠くから見ても、凄まじい熱気に目がくらむほどだ。


 それにまぎれて、馬上から稲妻の魔法を放っているのは、見間違えようもないアルヴァだった。

 しかしながら、それらの攻撃も功を奏してはいない。神獣は攻撃の波に逆らいながら、埋められた水堀をゆったりと進んでいた。


 赤黒い瘴気――神獣を守るカオスの障壁がある限り、損傷を受けることがない。

 アルヴァならそのことは当然分かっているだろうが、それでも今は時間を稼ぐしかないのだ。

 何のために時間を稼ぐのか――といえば、答えは決まっている。アルヴァは自分を待ってくれているのだ。


 ミスティンは(かばん)から風伯の弓を取り出した。

 続いて、取り出した矢を大事に握りしめる。魔力を込めずとも、弱い燐光を放つ星霊銀の矢尻だった。

 原理不明の金属ではあるが、それはカオスの力を打ち破る力を持っていた。カオスの力を強く帯びた魔物――神獣と呼ばれるそれは、星霊銀の力がなければ決定打を与えられないのだ。


 矢はドーマに遠征した際、シグトラの手によって託されたものだ。それ以来、ミスティンもいざという時に備えて、数本は肌身離さぬようにしていた。


 ミスティンは星霊銀の矢へと魔力を込め出した。

 以前はアルヴァがしてくれた仕事だが、今はミスティンが自分でやるしかない。さすがにアルヴァの魔力には及ばないので、じっくりと焦らず魔力を込めていく。


 矢が白光(びゃっこう)を放ち始めた。

 光に気づいたのか、アルヴァがふとこちらを見た。表情は(うかが)い知れないが、どことなく笑っているような気がする。


「うん」


 ミスティンもそれに対して、力強い視線を返した。通じているかは分からないが、通じていると気持ちだけでも思うようにする。

 そうして、次は神獣のほうへと視線を運んだ。


 今、ミスティンが立っている木から、城壁までは百歩の距離といったところだろうか。

 城壁の向こうには貴族街があって、さらにその向こうに水堀がある。

 そして、水堀の中に神獣が留まっていた。


 並の射手ではとても届かせられない距離である。

 角度もよくない。ミスティンの目線から、かろうじて神獣の姿が見える位置関係だ。まっすぐに放てば、城壁が邪魔をして標的まで届かないだろう。


 それでも、ミスティンは弓を構えた。

 輝く矢を弓へとつがえ、角度を城壁よりも大きく上に向ける。

 ゆっくりと引き絞って、ミスティンは左手の矢を解放した。


 一筋の白光が放物線を描きながら、城壁を越えていく。

 光は吸い込まれるように、神獣へと急降下した。

 途端、神獣が光に覆われた。

 神獣を包み込んでいた赤黒い瘴気が、光の中で霧散していく。


「む、なんだ!?」


 下にいたワムジーとラザリックが、不審そうに声を上げた。城壁の向こうから漏れ出る光を目にしたらしい。


 アルヴァが杖を上空に掲げ、細い雷を放った。

 言葉にすれば『上出来ですね』といったところだろうか。

 ミスティンも何か叫んでアルヴァを応援したかったが、そこは諦める。一応、自分は隠密行動の身なのだ。


 役目を果たしたミスティンは、高い木をするすると降りていった。

 着地したところで、下にいた二人が歩み寄ってくる。


「もうよいのか?」

「うん、後はアルヴァに任せる」


 ワムジーの問いかけに、ミスティンは頷いた。

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