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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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破壊の神獣

 アルヴァの指示によって、水堀が埋められていく。

 目覚ましい活躍をしたのは土の魔道兵達だ。彼らの魔法によって、地面がみるみる形を変えていき、川のように流れ始める。流れる土塊(つちくれ)が水堀へと流れ込んでいった。


 魔法が使えない者も、集めてきた資材を順次投入していく。

 ちなみに、資材は帝都の材木屋などから現地調達したものである。抗議もあるかもしれないが、後で補償しておけば問題ないだろう。


「父祖代々の景観を汚してしまうとは……。ああ、嘆かわしい」


 進みつつある作業を眺めながら、アルヴァは嘆いていた。

 一流の建築士と一流の芸術家を集め、造られたのがネブラシア城である。水堀の中に積み上げられる土塊は、その芸術性を大きく損なっていた。


「自分で命令しときながら、よく言うぜ」


 そんなアルヴァの胸中を、グラットは理解できないらしい。


「仕方ないでしょう。この芸術的損失が、あなたには分からぬのですか?」

「分かんねえ。俺はこっちの生まれじゃねえし、そもそもが平民だ」

「芸術を愛する心に、生まれも身分も関係ありません。ああ……なんと心根の卑しい男なのでしょう」


 アルヴァは目頭を押さえ、芸術を解さない友人を哀れんだ。


「んな、大げさな……」

「おい」


 そんなグラットの肩をつかんだのは、父である将軍だった。ガゼットは、アルヴァと軽口を交わす息子の様子を注視していたようだ。


「なんだ親父?」

「仲が良いのは分かったが、見ていてハラハラする。頼むからその辺で自重しろ」


 真剣そうなガゼットとは対照的に、グラットはにたりと笑って。


「おいおい親父ぃ、ビビってんのかあ? 心配ねえよ。ウチのお姫様は神経質なようで、わりと器はデカいからな」


 グラットは取り合う様子もなく、調子に乗っていた。


「勘弁してくれ……。俺の査定に響いたらどうするんだ」


 哀れ、知性に劣る息子の言動に、ガゼットは頭を抱えるのだった。


 アルヴァの嘆きはともかくとして、埋め立て作業はみるみる進んだ。

 なんせ上帝軍の多くを動員した人海戦術である。疲労もあってアルヴァは眺めているだけだったが、自ら働く必要もなかった。

 ガゼットやイセリアも敵の妨害がないよう、油断なく監視してくれている。


「順調だな。この調子ならそろそろ行けるんじゃねえか?」


 来たるべき突入を、グラットは待ちきれない様子だった。

 実際のところ、水堀を完璧に埋める必要はない。

 要は対岸に渡れればよいのだし、足場が均一である必要もない。こちらから対岸に向かって傾斜を造り、よじ登れるだけの足場があれば十分だ。


「もう少し待ちましょう。まだ傾斜が急過ぎますから。あなたのような体力馬鹿なら問題ないでしょうが、他の皆までそうとは限りません」

「お姫様も言うようになったよな……。毒舌なのは前からだが、昔はもうちょっと上品だったぜ」

「さあて、そうでしたか?」


 アルヴァは黒髪をかきあげながら、とぼけてみせる。

 異変が起こったのは、その時だった。

 城の前庭――その上空に赤黒い霧が漂い始めたのだ。

 未明の闇の中でもはっきりと映る奇妙な色彩……。それはアルヴァ達が、かつて見たものと(たが)わなかった。


「おい、お姫様。あれってまずくねえか。なんか既視感ってやつがあるんだが」

「ええ、大公が切り札を切ったのかもしれません。もっとも、主催は邪教で、大公は利用されているだけかもしれませんが」


 アルヴァに動揺はなかった。ザウラストが絡んでいると知った時点で、こうなることも予想できていたのだから。


「……何事だ?」

「赤い霧とは奇妙ですね」


 しかし、ガゼットやイセリア、さらには兵士達の多くはこの現象を初めて目にしたようだ。不審がってはいるものの、緊張は見受けられない。兵士達は手を止めず、作業を続けるのだった。


 やがて、上空を漂っていた赤黒い霧は、下方の城内へと収束していく。

 城壁に隠されて、何が起こっているのかは分からない。しかし、アルヴァには容易に想像がついた。グラットにしても似たようなものだろう。


「何かしかけてきます! 作業を中断して、警戒を!」


 埋め立て作業をしていた兵士達へと、アルヴァは呼びかけた。

 ……とはいっても、何ができるわけでもないのだが。ただ全軍で水堀から距離を取って、城の様子を監視するだけである。


「ふうむ、何も起こらないようだが……」


 ガゼットがそう口にすれば。


「俺がちょっくら飛んで、見てこようか?」


 と、グラットが槍を片手に提案する。


「そうですね。危険のない範囲で――」


 アルヴァが承諾しようとした瞬間だった。


 突如、水堀の向こうにあった城門が弾けた。

 無論、城門とは弾けるようなものではない。


 頑丈なはずの鉄の大門が、轟音(ごうおん)を立てて破砕したのだ。コンクリートの城壁もそれに巻き込まれ、木っ端微塵(みじん)となっていた。

 衝撃が暴風を起こし、水堀を越えたアルヴァの元まで吹きつける。衝撃で飛び散ったのか、瓦礫(がれき)の破片までもがこちらに届いた。


 城門のあった付近には、もうもうと噴煙が上がっていた。そして、その噴煙にまぎれるようにして、赤黒い瘴気が漂っている。

 下界を覆う呪海へと捧げた生贄……その成れの果てがこの瘴気であり、ザウラストの操る邪法の源でもあった。


「ぐっ、馬鹿な!?」

「陛下、お気をつけて!」


 唐突な事態の変化に、二人の将軍と兵士達がとまどいを深くする。

 赤黒い瘴気の中に、巨大な何かの影が見えた。姿を確認せずとも、ザウラストの神獣であることは明白だった。


「またこれか、いい加減見飽きたぜ」


 既に事態に慣れたのかグラットは落ち着いたものである。それから、アルヴァのほうを振り向いて。


「おい、お姫様。矢は持ってるのか?」

「星霊銀の矢でしたら、ミスティンが持っています」

「って言うと、ここにはねえのかよ。しゃあねえ、俺が城内までかっ飛んで、あいつを探しに行くかね」


 水堀の向こうへ飛び立とうとしたグラットを、アルヴァは引き止める。


「無用です」

「はあ、なんでだ?」

「ミスティンが、こちらの騒ぎに気づかぬはずもないでしょうから」

「ほーん、大丈夫かね」

「私は信じるだけです。それより、時間稼ぎが必要ですね」


 そうこう話しているうちに、もうもうとする煙が徐々に晴れてくる。赤黒い瘴気に包まれた異形が垣間見えた。

 黒と銀色の入り混じった鱗を持つ巨体――それが地面と一体化していた。奇妙な表現であるが、アルヴァの第一印象はそれである。

 平たいトカゲのような姿をした魔物だろうか。平たいといっても、巨大過ぎるせいで人を遥かに超える高さがあるわけだが。


 ともあれ、姿がなんであれやることは変わらない。


「私の魔法に続いてください! 決して水堀を渡らせないように!」


 アルヴァは二人の将軍へと指示を発したのだった。


「構えを取れ! 上帝陛下に続いて攻撃を開始する。ありったけの矢と魔法をぶつけてやるのだ!」


 唖然としていたガゼットも、すぐに立ち直って指示を叫んだ。さすがは百戦錬磨の将軍といったところか。


「バケモノを操るオトロスに帝都は渡せん! 我らの力を見せてやるぞ!」


 続いて、イセリアも剣を掲げて兵士達を鼓舞する。

 グラットも投げ槍を手に持って構えていたが、


「なんだありゃ、サメか?」


 今や明瞭となった神獣の姿をとらえて、素っ頓狂な声を上げた。

 ヒレが発達したような短い腕には、太い無骨な指があった。虚空をにらむ黒い瞳からは、感情が読み取れない。ただ、尖った鼻先は鋭利な槍のようにこちらを向いていた。


 平たいトカゲと思われたそれは、むしろ魚のような姿をしていた。まさしく、グラットが呼んだようにサメという印象である。

 ただし、その大きさはクジラをも遥かに凌駕(りょうが)していたが……。


 そしてその巨大ザメは動き出す。埋め立てた水堀を通って、こちらにやって来る気配を見せた。


「何でもいいでしょう。さあ、続いてください!」


 そう言うなり、アルヴァは杖先に集めた魔力を解放した。今日、何体ものグリガントを(ほうむ)った爆雷の魔法である。


「撃てっ!」


 魔法が届く前に、ガゼットとイセリアの声がこだました。

 兵士達も二人の将軍の指示に応えて、矢と魔法の雨を降らせる。

 直前まで工事に(いそ)しんでいた魔道兵も、土を操り攻撃へ加わった。埋められた土砂が飛礫(つぶて)や土柱に変わり、魔物へと襲いかかる。


 アルヴァも精神を集中させ、新たに爆雷の魔法を放った。

 これほどの大軍が一体の魔物を集中攻撃することは、歴史にもそうあるものではない。かつての帝都における神獣戦は夜間の強襲であり、戦力もそろってはいなかったのだ。

 比較して今の上帝軍は、決戦のために集められた何千という兵隊の集合である。当初の目的とは異なるが、その兵力は格段に上だった。


 それでも……。


「ちくしょう、やっぱり効果ねえなあ」


 悔しそうにグラットがつぶやいた。

 瘴気に包まれた神獣には、いかなる攻撃も損傷を与えられはしない。それはかつての戦いにおいても繰り返されたことだった。

 それでも、攻撃は無駄にはならない。巨大ザメの動きは、激しい攻撃を受けて止まっていたのだ。無敵ではあっても、一切の抵抗を感じないわけではないのだろう。


「それも想定通り。……頼みましたよ、ミスティン」


 神獣を倒せる唯一の手段――それは彼女が握っている。ただアルヴァはそのために、時間を稼ぐのだった。

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