表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
306/441

ミスティンと枢機卿

「ところで、思い出したが……。お主、姫様の護衛の娘ではないか」


 ワムジーはミスティンの顔をしげしげと覗き込んできた。どうやら、向こうも記憶していたらしい。


「ミスティン。護衛じゃなくて親友だけどね」


 自分を指差して答えれば、ワムジーも納得を見せる。


「なるほど。姫様の命でここに潜入したというわけだな?」

「そうそう。ところで、二人はどうして連れて行かれてたの?」

「大方、人質にするつもりだったのだろう。上帝軍にはイセリアもいるしな」

「それだったら、皇帝陛下のほうが……」


 そこまで言いかけて、ミスティンは手を打った。


「――ああそっか、おじいちゃんなら本当に殺しても支障ないもんね。人質として使いやすかったのかな」

「……その通りだろうが、口に出されると複雑な気分になるぞ」


 ワムジーは渋い顔でミスティンを見やった。


「はあ……。その理屈なら真っ先に私が殺されていたな。一人殺せば、本気だと伝わるだろうし。その点では、やはり君に感謝せねばならん」

「そうそう、感謝は大事だよ。できたら、皇帝陛下を助けに行きたいんだけど、協力してくれるかな?」


 ミスティンは死体から奪ったもう一本の剣を、ワムジーへと差し出した。


「望むところだ。嫌と断っても付いていくぞ」


 ワムジーは剣を受け取り、力強い瞳でミスティンを見据えた。


「しかし、どうするのだ? たった三人でできることなど知れている。無闇に騒ぎを起こしては、(かえ)って陛下達を危険にさらすかもしれん」


 ラザリックも異論はないらしいが、懸念を表してくる。


「う~ん、今は待ちかな。アルヴァが大公軍をコテンパンにしてくれるのを待とう。追い込まれたら、オトロスも動き出すと思う」


 ミスティンは必死に知恵を絞って、方針を固めた。


 *


 三人はしばらくの間、皇城の前庭で息を潜めていた。

 そうしていると、戦場の喧騒(けんそう)が城壁の内側までも届いてくる。戦いはいよいよ激しさを増しているようだった。


「くそっ、上帝陛下が戦ってらっしゃるのに、私は何もできないのか……」


 ラザリックが歯がゆそうにつぶやきを漏らす。


「焦るな、ラザリック。我らがここにいるのも天の配剤。我らには我らの役目があると思え」


 年長者らしく、ワムジーがラザリックをたしなめる。

 ワムジーとラザリックは、そろって大公軍の兵装をまとっていた。守備力を得るため――ではなく変装が目的である。拘束用の輪と鎖も、小手と具足の下に隠れて好都合だった。

 そして、ミスティンは相変わらずの使用人服だった。万が一見つかっても、兵士二人を案内する使用人という構図に見えるだろう。


「にしても来ないねえ。ひょっとしたら、追っ手ぐらいは来るかなって思ったんだけど」


 そんな二人のやり取りを尻目に、あくまでミスティンは自然体だった。


「目撃者がいなかったのが功を奏したのだろう。城内で失踪するとは、オトロスも思わんだろうしな。しばらく作戦の報告がなければ、さすがに気づくだろうが」


 ワムジーの説明にミスティンも納得して。


「なるほど。まあ追っ手が来たら、私がやっつけるよ」

「やっつけるだと? 随分な自信だな」


 ラザリックは疑いの視線を向けるが、ワムジーはミスティンの握る弓に目を留めた。


「うぬ? もしや、魔法武器か?」

「そう」

「なんだと! 弓の魔法武器など初めて目にするが……」


 ワムジーとラザリックが興味の視線で風伯の弓を見つめてくる。


「うん。作るのも使うのも難しいって言ってたね」


 風伯の弓はソロンの兄――サンドロスからもらった逸品だ。扱いが難しいと聞かされたのも、その時だった。


「ほほう、さすが姫様が護衛に選ぶだけあるな」


 これにはワムジーも感心の(てい)である。


「そうでしょ、そうでしょ。あ――?」


 ミスティンも得意満面だったが、途端に言葉を切った。


「どうした?」


 ミスティンの変化に気づき、ワムジーが小声で尋ねる。


「誰か来る」


 ミスティンはかすかな気配を察して警告した。

 ワムジーとラザリックの二人も、表情を強張らせ警戒を強める。

 本城の方角からやって来たのは、赤い服を来た奇妙な集団だった。

 三人は木陰に隠れたまま、その様子を(うかが)う。

 人数は十人程度。いずれも静かな足音で、前庭へと集まってくる。


「不気味な連中だな……。オトロスはあんなのを飼っているのか?」


 ラザリックが声を潜めながら怪訝(けげん)な表情をした。もっとも、戦場の喧騒が響くお陰で、声が遠くまで届く危険はなさそうだ。


「あれ知ってる……」


 ミスティンには見覚えがあった。あれはザウラスト教団の神官服だ。セレスティンが報告した通り、オトロス大公はザウラストとつながっていたのだ。

 邪教の神官達は、怪しげな儀式を始めた。赤黒い魔石を囲み、奇妙な呪文を唱え始めたのだ。


「何をする気だ?」


 ワムジーも不気味な連中から目を離せないようだった。

 しかし、ミスティンには予想がついた。あれはザウラスト教団が神獣を呼び出す儀式なのだ。実際に目にしたのは初めてだが、そうとしか考えられない。


「あれ止めないと。二人ともごめん、どこかに隠れてもらったほうがいいかも……」


 ミスティンは二人へと声をかけ、弓矢の準備をした。

 自分一人でも儀式を妨害するつもりだった。自分の身の安全はともかく、神官の代表を仕留めれば妨害はできると踏んでいた。


「よく分からんが、尋常じゃない儀式が行なわれているのは分かった。私も協力してやる」

「うむ、私も同じだ。魔法武器を持たぬ今、どの程度、力になれるかはともかくとしてな」


 ラザリックとワムジーも、逃げるつもりはないようだった。


「ありがとう。時間ないから、一気にやるよ」


 ミスティンはそう答え、風伯の弓へと魔力を込めた。

 狙うは一人だけ異なる衣をまとった神官だ。顔は隠れているが、どうも女のように思える。周囲の神官が敬うような態度を取っているため、あれが儀式の責任者だろう。

 声もなく弓を引き絞り、力を解き放った。

 矢はまっすぐに女神官を目指していく。


 届くかと思われたその時――突如、女神官が左手をかざした。その先に握られているのは杖――赤黒い燐光を放つ魔石が杖先に付けられていた。

 宙空に闇の穴が開いた。

 矢は闇の中へと音もなく吸い込まれていく。闇が閉じた後には、何も残らなかった。


「うそっ……!?」


 衝撃にミスティンは声を抑えられなかった。

 手加減などしていない。一撃で周囲の神官もろともに吹き飛ばすつもりだったのだ。


枢機卿(すうききょう)、ご無事ですか!?」


 周囲の神官達が女神官へと駆け寄り、守りを固め出す。

 女神官はどうやら枢機卿と呼ばれているようだった。

 確か、イシュティールで事件を起こしたアルヴァの叔父――ダナムがその名を挙げていた。彼女がダナムを(そそのか)した人物かもしれない。


「いったいどこから!?」


 遠く離れていたため、神官達はこちらをすぐには見つけられぬようだったが、


「あそこにネズミがいますね」


 枢機卿はまっすぐに、こちらの木陰を杖で指し示した。


「逃げよ」


 ミスティンはとっさに判断し、走り出した。二人も黙って従ってくれる。

 不意打ちに失敗した以上、無理に戦っても勝ち目は薄い。無謀な戦いに二人を巻き込みたくもなかった。


「ふふっ……」


 遠く背後からささやくように笑う声。


「枢機卿、どうされました? 追いかけましょうか?」

「いいえ、何でもありません。ネズミは無理に追わずともよいでしょう。そんな義理もありませんし。それより、我らは儀式の完成を急ぎましょう」


 人間味の乏しいほどに落ち着いた女の声――なぜだか、言いようのない違和感と不安感をミスティンは持つのだった。


 広い前庭を走りながら、三人は神官達から隠れるように木陰を移っていく。

 枢機卿の言葉に偽りはなく、追っ手は来なかった。それで安心してよいかは怪しいところだったが……。


「ごめん、失敗しちゃった」

「いや、狙いは正確だった。正直、あれを防ぐとは信じられん」


 ミスティンが謝れば、珍しくラザリックが擁護(ようご)してくれる。


「うむ。魔力の込め方といい、矢の狙いといい、見事なものだった」

「そうでしょ、そうでしょ」


 二人に褒められ、ミスティンもつい得意になったが。


「調子に乗るな。このままではじきに追っ手が来るぞ。どうするつもりだ?」

「作戦はさっきと一緒だよ。このままじっとしてよう」

「君は正気か!?」

「どうせ逃げ場もないし、それだったらまだこの辺でかくれんぼしてたほうがいいよ」


 幸いにも前庭は広く、身を隠す木立(こだち)には事欠かない。それでいて、城内からやって来る兵士を監視するのも容易だ。迎撃にはもってこいだろう。

 そして、ミスティンにはもう一つの目論見があった。儀式の妨害に失敗した以上、次なる展開も予想できる。となれば、必要なのは……。


「ふーむ、姫様といい最近の女子(おなご)は肝が据わっておるな」

「大将軍、感心している場合ではないでしょう! 大体かくれんぼとはなんだ! 子供の遊びじゃないんだぞ……!」


 ラザリックはわめき立てながらも小声だった。取り乱していても、潜んでいるという自覚はあるらしい。


「いや考えてみよ、ラザリック。城内の兵が出払っている今ならば、すわ大捕物ともいかぬだろう。五人や十人の追っ手ならば、我らとミスティンだけでも十分に対処できるのではないか?」

「そういうことだよ。分かってないなあ、ラザリックは」


 ワムジーの言った通り、大抵の敵ならばミスティンの技量で退けられる。先程の枢機卿が追ってくれば厄介だが、『追わない』という当人の発言を信用するしかないだろう。


「くそっ、呼び捨てするな」


 ラザリックは歯噛みしてこちらをにらんだが、ミスティンは素知らぬ顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ