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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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ミスティンの冒険

 少し時間は(さかのぼ)る。

 ミスティンは一人、ネブラシア城内を探索していた。

 ガノンドと二人で起こした火災の後、アルヴァが東の外壁を破壊。ついに戦端が開かれた。危機を悟った貴族達は、護衛や使用人を引き連れてネブラシア城へと大挙したのだ。


 カリーナに城外の監視を任せ、ミスティンとガノンドはその流れにまぎれ込んだのだった。

 そうして、二人は城内への潜入に成功。

 そうこうしているうちに、城内は騒々しさを増していく。とても夜明け前とは思えない頻度で、忙しく人が出入りしていた。


 やがて、何千人もの兵士が城外へと出陣を開始した。それを率いる人物にも見覚えがある。

 ガノンドの弟――ビロンド・オムダリア将軍だ。

 ビロンドは自信ありげに、騎馬を駆って城門へと進んでいく。橋を渡り、アルヴァ率いる上帝軍と雌雄を決する覚悟なのだろう。


 出陣する将軍達を、ミスティンは使用人達と共に陰から心配そうに見送っていた。……もちろん演技であり、本当に心配なのはアルヴァのほうだが。


 ところが――


「すまぬ、ミスティンよ。わしは奴を追いかける」


 突如、ガノンドがそんなことを言い出した。


「おじいちゃん、任務は?」

「すまぬ、お前さんに任せた」

「分かった、気をつけて」


 生来の性格もあって、ミスティンは引き止めなかった。後でアルヴァに怒られるかもしれないが……。


 *


 結局、ミスティンは一人になった。今も使用人服を来たまま、何気ない素振りで庭を歩いている。

 単身での行動に不安はつのるが、ミスティンは正式に雇われた使用人なのだ。見回りの兵士に見つかっても、しらばっくれるつもりだった。


 もっとも、現状やれることはさほど多くない。皇帝一家がいる五階は警戒が厳しく、一介の使用人では近づくのも難しいのだ。

 できることは庭をうろつきながら、さり気なく城の出入りを見張るだけ。

 五階の居室にいると(おぼ)しき皇帝一家が、脱出できる経路はさほど多くない。オトロスが一家を連れ出そうとしたら、容易に察知できるはずだった。


 大勢の兵士を吐き出したせいで、城内は閑散(かんさん)としていた。人の出入りも目に見えて減っている。

 次に動きがあるとすれば、戦況に何らかの変化があった時だろう。そうなれば、不利になった大公が、行動を起こすかもしれない。

 その時を待ちながら、ミスティンは見張りを続ける。同時にアルヴァの無事を祈ることも忘れていなかった。


 次にやって来たのは、七人の集団だった。

 うち五人は大公軍の兵士だ。立派な兜をつけて先頭をゆくのは士官だろう。もっとも、ミスティンが注目したのはそちらではない。

 残り二人の男が、奴隷のような輪と鎖で手足を拘束されていたのだ。そして、それぞれ二人の兵士がその両腕をつかんでいる。

 恐らくは、兵士達が二人の虜囚(りょしゅう)を連行しているのだ。


「あれって……」


 ミスティンは二人の虜囚の姿に目を留めた。

 うち一人は老人で、年齢のわりにがっしりとした体格だった。粗末な服を着せられているが、それだけに鍛え抜かれた体の線も明らかだ。恐らくは軍人だろう。


 ……というか、どことなく見覚えがある。

 確か、アルヴァと一緒に城へ行った時だ。ドーマへ遠征する前に開催された会談の後に、ちらりと顔を見た記憶がある。あの場にいたということは、きっと政府の高官だろう。

 ミスティンは政府高官の顔など知らない。……が、軍人でかつ大公に捕らわれた側だとすれば、候補は限られてくる。


「イセリアのお父さんかな? だとしたら、助けてあげたいけど……」


 もう一人の青年は見覚えないが、似たような立場と推測できる。

 助けられるか――といえば、可能だ。

 相手は五人。奇襲すれば、さほど難しくはないだろう。

 なんせ今、ミスティンの手元には風伯の弓があるのだから。騒ぎのどさくさにまぎれて、持ち込むことに成功していたのだ。


 その際、風伯の弓は(かばん)の中に隠しておいた。

 お陰で不自然に大きな袋を背負うことになったが、とがめるものはいなかった。中身が弓だとバレても、護身用だと言い張れる。そもそも貴族の護衛達は、武器を当然のように持ち込んでいたのだから。


 しかし、救助に成功する前提で考えても、なお問題はある。

 ここで目立ってしまっては、皇帝一家の救出に差し障りがあるかもしれないのだ。

 かといって、何も動かなかったとして果たして解決になるのか。ここで協力者を得たほうが、まだしも進展があるのではないか……。


 結果、悩み抜く前にミスティンは動いた。

 アルヴァだったらもう少し吟味しただろうが、あいにく自分はミスティンである。答えが出ないことをいつまで悩んでも仕方がない。


 ミスティンは七人の背後へと、適度な距離を空けて忍び寄った。

 狩人としての経験を活かして、気配を押し殺す。庭には観賞用の樹木が植えられているため、隠れる場所にも事欠かなかった。

 近くには老人を挟む二人の兵士。その向こうには青年を挟む二人の兵士。先頭には偉そうに歩く士官――という配置になっている。


 静かに弓を引き絞り、手を放した。

 最初の一矢は、老人の左手にいた兵士の背中に命中した。ただの矢ではなく、風の魔力が存分にこもった一発である。

 矢は鎧を貫き、兵士の背中に衝撃を与える。

 兵士は前へと吹き飛び、さらに正面の兵士へと直撃した。

 突然の衝撃に兵士達は言葉もない。計算通り、二人の兵士が倒れた。


「むう、なんだ!?」「うわっ!?」


 むしろ、言葉を発したのは老人と青年だった。

 二人は兵士に左腕をつかまれていたため、巻き込まれて倒れたのだ。さらには、右手側にいた二人の兵士も引っ張られて体勢を崩す。

 これも計算通り。


 すかさず、ミスティンは二の矢を放った。

 慌てて体勢を立て直そうとした右の兵士に、矢は突き刺さった。

 例によって、その体は吹き飛び、さらに前方の兵士を巻き込んでいく。

 あっという間に四人の兵士を倒した。


「な、何事だ!?」


 先頭にいた士官は、ここに至ってようやく振り返る。虜囚達の抵抗、兵士達の裏切り――彼が真っ先に疑ったのは、後ろの六人のようだった。

 それから一拍遅れて、士官はようやく弓を構えるミスティンの存在に気づいた。ただし、目があった瞬間には彼の額に矢が突き刺さっていたのだったが……。


 ミスティンは油断なく周囲の状況を(うかが)った。辺りには人の気配もなく、目撃者はいなかった。

 もし、目撃者がいれば始末するか、二人の虜囚を置いて逃げなければならない。そうならずに済んだのは幸運だった。


 もっとも、矢を直接当てていない二人の兵士には、まだ息があった。そこは着実に二本の矢を追加して、とどめを刺しておいた。

 ミスティンだって無駄な殺傷は好まないが、躊躇(ちゅうちょ)している余裕もない。助けを呼ばれては一巻の終わりなのだ。


「ううむ……何が起こったのだ?」


 あまりの早業(はやわざ)に、老人は状況を理解していないようだった。寝転がったまま、難儀そうにミスティンのほうを見上げる。


「……今の一瞬で殺したのか?」


 青年も呆然と五人の死体を見やっていた。二人とも鎖で手足をつながれているため、起き上がれないようだ。


「おじいちゃんが、イセリアのお父さんだよね?」


 声をひそませてミスティンは老人へと尋ねた。


「うむ、まぎれもなく。……お主はイセリアの友人か?」


 老人――ワムジー大将軍は頷き、質問を返す。


「うん、そうだけど。ちょっと待ってね」


 会話を続けながらも、ミスティンは横たわった士官へと歩み寄った。死体をまさぐって、カギがないか探すのだ。


「おお、イセリアは無事か? どうしているのだ?」

「今、アルヴァと一緒に帝都で戦ってると思う」


 背を向けたまま答えれば、ワムジーは息を呑んだ。


「なんと! ということは姫様――上帝陛下が攻め込んだというわけだな。囚われの身で、状況がさっぱり分からんのだ。何にせよ、これでオトロスもおしまいか」

「そうだと思う」

「おい、小娘。さっきから態度がデカいぞ。このお方を誰と心得る。天下のワムジー大将軍であらせられるぞ」


 寝転がっていても、青年の態度は尊大だった。

 ミスティンはちらりと振り向いて。


「知ってるけど……おじさん誰? なんか、せっかく助けてあげたのに偉そうだね」

「おじさ……んだと? 私はレムナンド公爵家長子――ラザリック将軍だ!」

「そっちは知らない。ていうか、静かにしてくれないかな?」


 ラザリックの叫びを無視して、ミスティンは士官の体を探り続けた。しかしながら、カギが見つかる気配はなかった。

 階級からして、カギは士官が持っているものと考えていたが……。念のため、他の兵士も探ってみようかと考えていると。


「カギならば、ないと考えたほうがよかろう。そもそも、連中に我らを解放する意思があったとは思えんしな」


 ワムジーの指摘に、ミスティンも落胆する。


「う~ん、そっか。そう都合良くもいかないか」

「剣を使え。そいつらが持っているだろう」


 そこへラザリックが提案してきた。


「やってみる」


 ミスティンは士官が挿していた剣を奪い、ついでに小手も借り受けた。


「おじさん、背中を向けて、鎖を伸ばして」

「おじさんじゃない」と言いながらも、ラザリックは背中を向けた。「遠慮はいらんぞ。どうせ女の細腕では簡単に切れん」


 ラザリックは、後ろ手に縛っていた鎖をピンと横に引き伸ばした。

 ミスティンは鎖とラザリックの背中の間に、小手を挟んだ。


 そうして、ミスティンは高々と剣を振りかぶった。

 普段は弓使いだが、一度は剣も振ってみたかったのだ。何度かソロンに刀を借りようとしたが、「やだ」と(にべ)もなく拒絶された。

 ソロンが刀を構える様を思い浮かべれば、どことなくいい気分になってくる。

 当人も遠慮はいらないと言っていた。安全のために金属製の小手も置いてあるし、まあ大丈夫だろう。


「とあっ!」


 気合一閃――ミスティンは全力で剣を振り下ろした。

 ラザリックをつなぐ鎖を断ち切り、剣は激しく小手を打った。


「ふぎゃあ!」


 ラザリックは情けない悲鳴を上げ、えびぞりに上半身を起こした。


「――貴様、今、私を殺す気だっただろう!?」

「静かにしてよ。本気でやれって言ったじゃない」

「そうだぞ、ラザリックよ。女の細腕などと(あなど)るからだ。何の心得もない娘が、五人も倒せるはずなかろう」


 と、これにはワムジーも苦言を呈する。


「ぐぬぬ……」


 ラザリックは歯噛みしながらも、抗議を引っ込めた。


「――残りは私がやろう」


 そうして、ミスティンから剣を奪い取ったのだった。

 ラザリックは剣を振って、自らの足をつなぐ鎖を切った。同じようにして、ワムジーの手足をつなぐ二本の鎖も手際よく断ち切る。

 その間、ミスティンは死体を引きずって隠しておいた。少しは時間稼ぎになるだろうと見越してのことだ。


「助かった。楽になったわい」


 ワムジーは自由になった手足を嬉しそうに動かした。まだ輪と鎖の切れ端が残っているが、運動に支障はないらしい。


「ふん……確かに、感謝しなくてはならんな」


 ラザリックは悔しそうにしながらも、彼なりに礼を口にした。

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