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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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羽の聖獣

 アルヴァ達と魔物の戦いは続いた。

 基本は弓と魔法での集中攻撃で、一体ずつ仕留めていく。

 中には倒れずに接近してくる魔物もいるが、その時にはかなりの手傷を負っている。弱ったところを、槍で仕留めるのはたやすかった。


 そうして十体、二十体と魔物の死骸が積み重なっていく。

 美観を損ねるのが難点であるが、それも勝利の証だ。異様な魔物の姿に(おび)えていた兵士達も、徐々に自信を取り戻していった。


「順調です。その調子でいきましょう!」


 アルヴァは笑みを浮かべ、兵士達を激励(げきれい)した。

 かつての帝都の戦いよりも、遥かに円滑だ。実戦経験のある者が多く、軍としての質は高い。それにアルヴァ自身が、魔物の特徴をつかんでいることも大きかった。


「陛下、空を!」


 その時、兵士が空を見上げて叫んだ。

 ネブラシア城の上空に、飛翔する影が映ったのだ。


「!? 新手の魔物ですか。グリガントだけとは、思っていませんでしたが……」


 ザウラスト教団はこれまでにも、様々な魔物をけしかけてきた。その中には空飛ぶ魔物の姿もあったのだ。


 魔物は徐々にこちらへと近づいてくる。その数は確認できるだけで五体。蛍光石の街灯に照らされて、巨大なその姿があらわになった。

 四本の透き通った羽――翼というべき大きさではあるが、形状からすれば羽と呼ぶべきだろう。

 頭部の大半を占める両眼が、怪しく発光を繰り返している。黄色く細長い胴体が、蛇のようにくねっていた。


「あれは……飛竜か!?」

「いや違う!」


 兵士達から口々にとまどいの声が上がる。

 大きさもあって異形の飛竜という印象を受けたが、そうではない。羽といい、六本の足といい昆虫の特徴を持っていた。


蜻蛉(とんぼ)ですか……。色々と奇妙な魔物を持ってくるものですね」


 ザウラストの魔物の例に(たが)わず、遠近感が狂うような巨大さ。少なくとも、虫としての常識からは外れている。


「副将軍、あちらはお願いします!」

「はっ! お任せを!」


 グリガントの相手をするよう、ターラン副将軍へと指示をやる。ターランも生真面目に返事を返した。

 アルヴァは弓兵と魔道兵を手早く分けて、空飛ぶ魔物の迎撃へと当たる。街道は狭いため、同士討ちには注意せねばならない


 敵が近づくにつれ、ブンブンという羽音が響いてくる。

 動きは速く、方向も上下左右と自在だ。爆雷の魔法を放ったところで、まず当たらないだろう。

 ならば、ここで頼るのは手慣れた魔法だ。


「耳障りです!」


 アルヴァは杖を夜空に向けて雷撃を放った。

 まだ遠いが外しはしない。

 紫電に貫かれた魔物の体が、衝撃に大きく揺れた。

 しかし、それだけで影が落ちる気配はない。

 二撃、三撃と連射すれば、ようやく巨大トンボが墜落を始めた。


 落ちた魔物は城壁をかすめるように滑空し、そのまま貴族の邸宅へと突入した。

 ……オトロス派の邸宅でないのは申し訳ないが、まあ不可抗力だろう。

 ともあれ、グリガント程ではないが敵はかなりの耐久力だ。もっと、引きつければ一撃で落とせるかもしれないが、試すのは危険に過ぎた。


「上帝陛下に続け!」


 兵士達もそれぞれの位置から攻撃を開始する。

 矢と火球が、空中にいる魔物の群れを目がけて飛んだ。

 ……が、巨大トンボは自在に羽をはためかせ、向きを変えていく。矢も火球もひらりひらりとかわしてしまった。

 トンボだけあって、空中での静止もできるようだ。お陰で動きが読みにくい。


鬱陶(うっとう)しいカトンボですね……!」


 思わず悪態をつきながらも、アルヴァは紫電を魔物へ向けて放ち続ける。この魔法なら、そうそう回避されはしない。とはいえ、何体も相手にできるわけではないのだが……。

 アルヴァが二体目にとどめを刺した頃、ようやく兵士達が一体をしとめた。


 だが、それで巨大トンボが途切れる気配はない。次々と新たな魔物の影が、城の方角から向かってくる。

 そしてついに、兵士達が魔物の接近を許した。

 魔物の狙いは、屋根の上で弓を構えていた兵士だった。


「く、来るなぁ!」


 半狂乱になりながらも、兵士は矢を放った。

 至近距離から撃たれた矢が、巨大トンボの胴体に突き刺さる。だが、それで魔物を止めることは叶わなかった。

 魔物は六本の足で兵士の体へと取りついた。


「ぬわあ! 離れろ!」


 兵士が体を揺らし、必死に振り払おうとする。しかし、そうするには敵はあまりに巨大だった。

 魔物は尾をくねらせ、その先端を兵士の首へと近づける。


 次の瞬間――尾の先が蛇の口のように開き、兵士の首を噛みちぎってしまった。まさしく尾そのものが、生きているかのような動きだった。

 急いで屋根の上まで駆けつけた仲間の兵士が、巨大トンボを串刺しにして仕留めた。もっとも、噛まれた兵士を救うには手遅れだったが……。

 無惨な犠牲に兵士達はひるんだが、


「胴体は硬いぞ! 羽を狙え!」


 それでも自らの判断で、敵との戦い方を模索していく。

 そんな兵士達を支援するため、アルヴァにできることはないだろうか。


「ならば……」


 思いつきと共に、アルヴァは杖先の魔石を手早く交換した。

 紫の魔石の代わりに交換したのは緑の魔石――風を司る緑風石だ。


 アルヴァは杖を掲げ、精神を研ぎ澄ませた。

 杖先に集まった空気の渦を、一気に上空へ放出する。

 強風が巻き起こり、巨大トンボへと吹きつけた。魔物は抵抗するため必死に、羽をはためかす。


「今です!」


 アルヴァの号令に従って、兵士達が一斉に攻撃する。

 加速した矢と炎が、魔物へと襲いかかる。強風の中で、巨大トンボは自由をなくしていた。次々と矢が突き刺さり、火球が炸裂していく。

 力尽きた魔物達は、あえなく強風に吹き飛ばされていった。


 *


「ふう、はぁ……」


 風がやみ、アルヴァは肩で息をする。

 どうにか、空から来る魔物をしのいだが、疲れはごまかせなかった。

 アルヴァは魔道士として、百の兵士にも勝る活躍をしてきた。けれどそれは、それだけの無理をしてきた証左でもあった。


 そして――状況は休憩を許してくれなかった。

 アルヴァ達が空に気を取られている間、陸の魔物が接近してきたのだ。

 緑の聖獣が拳を振るい、地面を叩きつける。舞い上がる瓦礫(がれき)に巻き込まれ、逃げ遅れた兵士が吹き飛ばされた。


 魔道兵が火球の連射を浴びせ、どうにかグリガントを仕留める。

 だが、事態はそれで終わらない。空から巨大トンボの第二波がやってきたのだ。


「ひるまない! 距離を取り、落ち着いて戦うのです!」


 アルヴァは叱咤するが、一度崩れかけた軍はもはや余裕を失っていた。

 グリガントと巨大トンボ――二種類の魔物に対応できていた布陣が、形を失っていく。


 アルヴァは再び強風を放ち、空から来る魔物を迎え撃つ。

 しかし、その強風も全ての敵を飲み込むには足らない。一体の魔物が群れを離れ、風から逃れたのだ。


「陛下! お下がりください!」


 兵士の一人が警告の声を上げる。

 巨大トンボが不規則な軌道で、アルヴァへと接近してくる。多くの魔物を倒したアルヴァを狙いに来たのだろう。

 馬を走らせても、逃げられる距離ではない。だが――


「好都合ですよ!」


 アルヴァは杖を上空に向けて、放電の魔法を放った。

 放電は拡散する稲妻を放ち、大勢の雑魚敵を一掃する魔法だ。けれど、至近距離から放てば、巨大な魔物への強烈な一撃となる。

 もっとも、遠距離からの戦いを基本とするアルヴァにとって、多用できる魔法ではなかったが……。


 無数の雷光を下から浴びて、巨大トンボは爆散した。

 飛び散る肉片と血液が、アルヴァの髪と服に降りかかる。


「もう、(けが)らわしいですね……!」


 アルヴァはいらだちを隠さず、黒髪を振って肉片を振り払う。しかし、そんなことに気を取られているべきではなかった。

 一連の事態に、馬が(おび)え出したのだ。

 もっとも、臆病だと馬をなじるのも酷な話だろう。むしろ、これだけの異常な事態を前に、よく持ったものといえる。


「ぐっ、鎮まりなさい!」


 アルヴァは叱咤(しった)するが、それで収まらないのが動物の(さが)。いななきを上げながら、アルヴァの体を激しく上下に揺すった。


「仕方ありませんか……」


 もはや御すことは難しいと、アルヴァも跳び下りざるを得なかった。

 体を強く打ちつけたが、動じずにアルヴァは立ち上がる。逃げ去る馬を見送りもせず、再び杖を構えた。

 雷鳥の魔法から始まり、今日は幾度も魔法を放っている。消耗は大きく、このままでは限界が来るのも時間の問題だ。


 こうなればゲノスやイセリア、ガノンドらの援軍を待つしかない。だが、彼らは彼らで楽な戦いでないのは想像に難くなかった。

 ミスティンがいれば――と思うが、彼女を城内へやったのはアルヴァ自身である。嘆いても仕方がない。今はこの戦力で乗り切るしかないのだ。


「いい加減にして欲しいものですね……!」


 倒しても、倒しても、魔物は湧いてくる。

 戦場としては狭苦しい帝都の街道には、魔物の死骸がうず高く積み重なっていた。その合間には、犠牲となった兵士達の遺体も混ざっている。

 もはや犠牲なき継戦は困難だった。


 既に百は倒したかもしれない。それでも魔物が途切れる気配はなかった。グリガントは死骸の山を押しのけながら、突き進んでくるのだ。

 大公とザウラスト教団は、一体どれだけの魔物を召喚したというのか……。

 そして、相変わらず空を飛ぶ魔物は厄介だ。襲いかかってくる度に、アルヴァが風と雷で応戦しているが消耗は大きかった。



「は~ん、今度はトンボのバケモノってわけか」


 その時――場違いに陽気な男の声が、戦場にこだました。

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