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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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怒りの雷光

 アルヴァは兵士達を引き連れて、来た道を駆け戻っていた。

 いまだ未明の闇に光は射さない。

 目まぐるしく展開は変わるが、外壁を破壊してから大した時間は経っていないのだ。


 二度に渡って軍を分割したため、一万に渡った兵数も今は数千人といった程度だ。それでも、町中を進むには窮屈(きゅうくつ)な大人数だった。

 左手の水堀に沿って、最初は東へと進軍。すぐに北へと針路を転じる。


「来ましたね……!」


 北を向いた瞬間、向かってくる緑の巨体が目に入った。

 巨大な頭に大きな瞳、長い腕と短い足。二本足の緑カバなどと蔑称(べっしょう)される不気味な魔物だ。

 十体や二十体ではなく、相当な数がいる。暗闇の中で、地響きを鳴らし続けていた。重い馬車の行き来にも耐える帝都の街道が、その重量でひび割れを作っている。


醜悪(しゅうあく)な……。邪教に魂を売るとは、大公も愚かですわね」


 魔物の姿をにらみながら、アルヴァは静かな怒りを燃やしていた。

 オトロス大公が、かねてより野望を持っていたことは想像に難くない。

 以前よりオトロスの傘下とする勢力は大きかった。皇家に次ぐ大貴族であったのも確かだ。


 それでも客観的に見れば、帝国を転覆するには足りない。それを補うために、オトロスはザウラスト教団の力を借りたのだろう。

 ザウラストとオトロスの協力関係は、一年以上前からあったと思われる。一年前のあの日、オトロスは教団の力を借りて帝都へ魔物を放ったのだ。


 そして、強引に魔物を殲滅(せんめつ)しようとしたアルヴァは、結果的に帝都へ大きな被害をもたらしたのだった。

 半分は自分の責任だと自覚している。

 しかしながら、残り半分は大公とザウラストに帰するべきだろう。責任は取ってもらわねばなるまい。


「まさか、緑の巨獣か!?」

「噂通りのバケモノだな……」


 奇怪な魔物の姿を目にして、兵士達に動揺が広がった。

 かつての事件において、帝都勤務の兵士はあの魔物を目撃している。だが、上帝軍の兵士の中に、当時の帝都に籍を置いていたものは少なかったのだ。


「恐れることはありません! 距離を取って、一体ずつ始末するのです! それから敵は投擲(とうてき)も使います。動きに気を配って、離れていても油断しないように!」


 兵士達を落ち着かせるべくアルヴァは叫んだ。それから、矢継ぎ早に注意事項を付け足す。

 緑の聖獣――グリガントは手強い魔物だ。上界で初めて戦った時は、禁忌の杖の力に頼るしかなかった。

 下界で戦った時は紫電の魔法で狙い撃ち、何体かを仕留めた。それでも、劣勢に陥った苦い思い出がある。


 しかし、それから幾度もの戦いを経て、アルヴァも成長していた。今ならソロン達がいなくとも、苦戦するつもりはない。

 景気づけのため、まずは自分が手本を見せるとしよう。

 先日のドーマで、シグトラから教わった爆雷の魔法がある。対ザウラストの魔物用に開発したものだそうで、これほどふさわしい魔法もなかろう。


 アルヴァは慎重に距離を測りながら、魔物達の方向へと馬を進めた。

 意識を研ぎ澄ませ、杖先の魔石――雷光石へと魔力を集める。バチバチと雷光石から光が弾けた。


 的は大きく、動きは鈍い。

 紫電のように速い魔法を使う必要はない。外す心配はほとんどないのだから。ただ威力を重視して、確実に一体を仕留められる力を込めればよいのだ。


 アルヴァは杖を先頭のグリガントに向けて。


()ぜろ!」


 叫ぶと共に、杖先からまばゆい光球が放たれた。

 いつもの紫電はおろか、火球の魔法よりも動きは遅い。

 しかし、その光る球が持つ力は疑いようもなかった。凄まじい稲妻が球の中を走り回っていたのだ。


 グリガントは本能で危険を察したのか、体の向きを変えて逃げようとした。

 だが、図体の大きさと反応の(にぶ)さが邪魔をした。雷球を避けること叶わず、顔面に直撃を受ける。

 グリガントの顔を稲妻が包み込む。

 (とどろ)く振動音と共に、顔面が見るも恐ろしい速さで痙攣(けいれん)し始めた。


 次の瞬間、グリガントの頭が弾け飛んだ。

 肉と赤黒い霧状の血液が飛び散り、巻き込まれた周囲の魔物をよろめかせる。

 一拍遅れて、首なしの巨体が地面へと崩れ落ちた。


「ふふっ、いい気味ですね」


 アルヴァは恍惚(こうこつ)としてつぶやいた。

 新しい魔法がうまくいくのは気分がよい。結局のところ、自分の本質は為政者でも皇族でもなく魔道士なのだ。

 さあ、手本は見せた。後は兵士達が続いてくれるだろう。そう思って、アルヴァが振り返れば――


「見たか、今の魔法?」

「ヤバいな、パンと弾けたぜ」

「笑ってたぞ……。相変わらず、すげえ肝っ玉してんな」

「おい、聞こえたらどうする」


 兵士達が奇妙な表情でこちらを見つめ、何事かささやき合っていた。

 視線には慣れているが、どことなく居心地が悪い。

 ……まあ、畏怖(いふ)されるのは上に立つ者の定めだ。気にしないでおこう。


「迎撃態勢を!」


 一声発して、士官達に指示を出す。

 彼らはゲノスが付けてくれた優秀な軍人だ。特に副将軍のターランは、ゲノスの腹心ともいえる男だった。

 士官達がさらに詳細な指示を送れば、兵士達も動き出す。反応の早さは、さすが軍の精鋭である。


 先頭が倒れたことによって、グリガントの集団はひるんでいる。その猶予(ゆうよ)を活かして、兵士達が布陣していく。

 街道の分かれ道を駆使して、側面から攻撃できる位置にも兵士を送り込んだ。

 利用できるものは利用し、建物の上にも兵士が陣取った。住民は既に避難しているので、家主を気にする必要もない。


 この場は副将軍達に任せ、その合間にやれることはやっておきたい。そう思い、アルヴァはそばにいた伝令兵へと声をかける。


「大公軍の兵士達へ降伏を呼びかけるよう、両将軍に連絡を。もはや、オトロスが魔物を操っていることは明確です。バケモノの仲間となりたくなければ、武器を捨てよと」


 窮地(きゅうち)を打開するための一手だ。魔物との戦いは避けられないが、せめて人間同士の戦いは減らしたい。

 大公軍の中核は帝都を拠点にしていた。必然的に、かつてのグリガントと戦った者も多い。心情的に、あれの仲間とはなりたくないはず。


 逆に言えば、オトロスはそれすら承知で魔物を放ったわけだ。

 もはや、なりふり構わないらしい。兵士達の視覚外に魔物を召喚したのは、いかにもオトロスらしい姑息さだが。


「はっ!」


 伝令兵はすぐにアルヴァの意を理解した。騎馬を駆り、少数の仲間と共に両将軍のいる場所を目指していく。

 敵の跋扈(ばっこ)する戦場において、わずかな人数で移動するのは勇気がいること。彼らのような働きがあって、初めてアルヴァ達は戦を遂行(すいこう)できるのだ。


 あからさまな待ち伏せを見ても、魔物達は構わず直進してくる。

 術者の指示は大雑把に聞くようだが、高い知能はないようだ。所詮は魔物ということか。


「撃てぃ!」


 副将軍のターランが叫べば、兵士達が一斉に矢と魔法を放つ。

 百本を超える矢が、一体のグリガントに突き刺さった。図体の大きさが災いして、矢の大半は頭に命中していた。


 グリガントはわめきながら頭を振って抵抗するが、それで矢が振り落とせるわけもない。ヤケになったのか、自らの長い腕で刺さった矢を抜こうとする。

 ……が、事態は出血を悪化させただけである。追い打ちの矢を浴びて、魔物は崩れ落ちた。


 魔道士達も負けていない。

 側面から次々と火球が炸裂し、グリガントを押しやっていく。ついには水堀へと墜落(ついらく)させた。

 魔物はしぶとく水堀の石垣へと手を伸ばす。巨体をのたうつように石垣を登ろうとするが、動きは鈍く頭が無防備だ。

 勇敢な兵士達が槍で頭を串刺しにすれば、巨体は飛沫(しぶき)を上げて倒れ伏した。


「お見事です」


 兵士達へ賞賛を送りながら、アルヴァも爆雷の魔法を放った。

 狙いは矢も届かない遠くの相手だ。

 爆雷は、魔力を光球内部に密集させる魔法である。空気中への魔力の発散を抑えられるため、遠くの敵にも効果を発揮するのだ。


 光球は周囲を照らしながら、グリガントの群れの中へ飛び込んでいく。

 密集している魔物達は、遅い光球を避けられない。あえなく、その胴体を爆散させた。

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