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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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オムダリアの死闘

「かつて炎獄の公爵と呼ばれた俺の実力、とくと見るがよい。焼死したくなければ、早く降伏するんだな! 兄の情けで命だけは助けてやろうぞ!」


 煙の向こうに映る影へと語りかけながら、ガノンドは精神を集中させる。精一杯の魔力を魔石へと込めていった。

 ガノンドが気合を発すれば、杖先から渦巻く炎が湧き上がった。

 炎は一直線に、ビロンドの方角へ向かっていく。


「何が兄の情けだ! 魔法なら俺だって上達したんだ! 見やがれ!」


 煙の中から現れたビロンドは、剣先を炎へと向けた。

 剣は輝きを放ちながら、ガノンドの炎を吸い取っていく。

 みるみるうちにビロンドの剣は、吸い取った炎をまとわせていった。


「ぬうっ! 俺の炎獄の剣をそこまで使いこなすか!?」

「今はお前の物じゃない!」


 ビロンドは勝ち誇った笑みを浮かべ、剣を兄へと向けた。

 壮絶な兄弟喧嘩に兵士達も、横槍を挟めない。


「兄に逆らうとは小癪(こしゃく)な!」

「オムダリアの当主は俺だ! 兄者よ、くたばれ!」


 炎獄の剣の刃先が爆発するように光った。炎が吹き出し、ガノンドへと襲いかかる。

 ビロンドが剣を振るえば、それに呼応するように炎も踊り狂う。


「ぐぬう!?」


 ガノンドは必死に杖を振るって、襲いかかる炎をかき消そうとする。だが、自在に踊る炎をとらえるのは容易ではなかった。


「そっちこそ、降伏するなら今のうちだぞ! 弟の情けで助けてやってもいいんだぜ!」


 炎から逃げようと藻掻(もが)く兄を、ビロンドがあざ笑った。

 炎は二つに分かれ、背後からガノンドを急襲する。

 ガノンドは防ぎ切れず、爆炎の中に飲み込まれてしまった。

 立ち昇る炎が徐々に薄れ、煙へと変わっていく。

 煙が晴れた後には――


「ふう……。腕を上げたようじゃな。それだけは認めねばならんか」


 ガノンドは杖を支えにして、立ち上がった。

 広がる爆炎を、魔力でかろうじて相殺したのだ。しかしながら、全てを防ぐことは叶わなかった。

 その服は焼かれ、肌は黒く焦げついている。深い火傷を負っているのは明確だった。


「くそっ、殺すつもりだったのに……。相変わらずしぶとい野郎だ。だが、もういい加減にくたばりやがれ!」


 ビロンドは再び剣を掲げ、さらなる魔法を放とうとした。より大きな魔力を溜めて、ガノンドを確実に(ほふ)らんとする構えだった。


「ふん、兄をなめるなよ!」


 ガノンドは再び杖を掲げ、新たな魔法を放った。

 (またた)く間に無数の火球が広がって、多方面からビロンドを狙っていく。

 ビロンドは火球のいくつかを剣で払ったが、一つの火球が騎馬の足を撃つ。


「ぐっ! 小癪(こしゃく)な技を!」


 ビロンドはとっさに馬を捨て、地面へと手をついた。

 捨てられた馬は、足を炎上させながら狂ったように街道を走り去っていく。


「若いくせに、馬などに頼っておるからじゃ! 死ねい!」


 ガノンドは追い打ちとばかり、火球をビロンドへと連射した。


「ちっ、馬などいらんさ」


 ビロンドはつぶやくと共に、体勢を立て直した。同時に剣を振るって、火球を次々とかき消していく。

 そして、ビロンドは自らの足で走り出した。剣を片手に、ガノンドへと向かって一直線に。

 炎獄の剣は煌々(こうこう)と赤い光を放っていた。強い魔力が込められているのが見て取れた。


「ぬう、まずい!?」


 ガノンドは火球の連射で、ビロンドの動きを止めようとする。だが、ビロンドは剣を振り回しながら、火球を撃ち落としていく。


「くたばれい! 兄者!」


 ビロンドの剣が振り下ろされる。

 ソロンが得意とするような炎の魔剣による近接攻撃だ。威力は高いが、相手のふところに飛び込む危険がある。そのため、そうそう誰にでも使えるものではなかった。


 ガノンドはかろうじて、杖で剣を受け止めた。杖に流す魔力で、敵の魔法剣を相殺しようとしたのだ。

 だが、わずかに衝撃を緩和できたに過ぎない。

 爆炎が巻き起こり、ガノンドの体が宙に浮いた。炎に包まれながら、激しく地面へと叩きつけられるのだった。


 煙が晴れた後には、倒れ込んだガノンドの姿があった。

 まとっていた服はボロボロで、もはやボロ雑巾の如くである。炎獄の剣を受け止めた杖は破壊され、原型を保った魔石だけが転がっていた。


「死んだか……」


 放心した様子で、ビロンドは動かなくなったガノンドを見下ろした。

 そうして、倒れた兄の元へ近づいていく。

 必死の戦いを繰り広げているイセリア達は、それを助けにいく余裕もないようだった。


「――早く、降伏すればよかったのだ。それならば、命までは取らなかったものを……」


 ビロンドの声には、わずかな郷愁(きょうしゅう)が含まれていた。仲が悪かったとはいえ、やはり兄弟の情けがあるのかもしれない。


 その瞬間――

 倒れていたガノンドがカッと目を見開いた。物凄い勢いで起き上がりざまに、炎獄の剣を全力の拳で打った。


「馬鹿め! 死んだと思ったか!」

「なにっ!?」


 不意を突かれたビロンドは、思わず剣を手放してしまう。カランと音を立てて、家宝の剣が地面へと転がった。

 ビロンドは慌てて、炎獄の剣の元へと走り寄ろうとした。

 ……が、そうはさせじとガノンドが動いた。ビロンドの足元に跳びつき、両手でしがみついたのだ。


「ぬあっ!?」


 体勢を崩したビロンドが、前のめりに倒れる。彼は転がりながら起き上がろうとしたが、そこへガノンドがのしかかる。

 たちまちビロンドの上にガノンドが馬乗りになった。


「卑怯者め! オムダリア家の面汚しがっ!」 


 顔を歪めたビロンドは、兄をにらみつけて(ののし)った。


「ふははっ、愚か者め! 俺は死んだなどと言った覚えはないぞ! お前が勝手に思い込んだだけだ! 油断大敵という言葉も知らぬのか!?」

「こ、この!」


 ビロンドも必死にガノンドを押しのけようとする。だが、ガノンドの力は思いのほか強く、試みはうまくいかなかった。


「歯を食いしばれっ! 兄の鉄拳だ! お前がケンカで俺に勝ったことなど、一度もなかっただろう! 兄の偉大さを再びその身に刻み込んでやる!」


 ガノンドは両の拳を握り、ビロンドの顔面へとお見舞する。

 一撃、二撃、三撃――老人とは思えぬ力強さだった。

 ビロンドの顔から血が飛んだ。鼻血が垂れ流され、酷い形相となる。


「八つ下のガキに勝ったのを誇るな! 調子に乗るなよ、腐れ兄貴が! 亜人と密通した()れ者があ!」


 ビロンドはガノンドの体をつかみ、起き上がりざまに投げ飛ばした。倒れたガノンドへと、今度はビロンドが襲いかかる。

 二人の上下が逆転した。


「黙れ、ビロンド! 貴様こそ、若い頃は女遊びに浮かれていたではないか! しかも、最高で五股だぞ!」

「そ、それは婚前の話だぁ! 結婚していなければ浮気ではない!」


 ビロンドの右の拳が、ガノンドの頬を打つ。手加減のない全力の拳だった。


「言い訳は見苦しいぞおぉ!」


 ガノンドは頭を振りかぶり、ビロンドの頭へと衝突させた。


 *


 死闘は続いた。


「ぐ、はあ……。ど、どうだ。兄の偉大さを思い知ったか……!」


 息を切らしたガノンドは、ようやくその腕を止めた。

 眼下に横たわるビロンドの顔面は、鼻血にまみれ酷く()れ上がっている。その瞳は虚空を見つめていた。

 反撃を受けたガノンドの顔も、負けじと酷いものだった。

 それでも、兄の誇りにかけて、この戦いに負けるわけにはいかなかったのだ。


「あのう……。ガノンド殿」


 兄弟二人の世界に入っていたガノンドだったが、突如後ろから声をかけられた。


「おお、イセリアや。勝負あったようじゃな」


 振り向けば、そこにはイセリアの姿があった。

 その後ろには大勢の兵士がいたが、彼らはどこか胡乱(うろん)な目でガノンドを眺めていた。


 兄弟が死闘を繰り広げている間に、どうやらこの場をイセリア達が制圧したらしい。

 なんといっても、敵将はガノンドが押さえ込んでいたのだ。自由に動けるイセリアが、戦いを有利に進めたことは想像に難くない。


 そして、一騎討ちによる敵将の撃破。

 これはもう、ガノンドの大活躍といっても過言ではなかろう。三十年前の北方での戦いをも、(はる)かに(しの)ぐ成果である。


「ガノンド殿……。一体、何をしているのですか?」


 ところが、イセリアはどことなく引き気味な目線で、こちらを見ていた。


「見ての通りじゃ。わしは弟とのケンカに勝ったぞい! 完全勝利じゃ!」


 ボロ雑巾のようになった弟を左手で指差し、ガノンドは右手の拳を突き上げた。ガノンドの顔には、何かをやり遂げた男特有の達成感が浮かんでいた。


「ケンカも何も……。我々がしているのは戦争ですが」


 ……が、対照的にイセリアは冷ややかだった。


「い、いや。これは兄と弟、男と男の戦争じゃぞ」

「……はあ。ビロンド公爵は捕虜として拘束しますが、よろしいですか?」

「う……うむ。愚かな男だが、これでも血を分けた弟じゃ。どうか、手荒にはしないでやってくれ。こやつなりに苦労していて、派閥の意向には逆らえなかったのじゃろう。それもこれも、わしの不徳がいたすところじゃよ」

「……承知しました」


 イセリアはようやく、冷ややかな表情をゆるめてくれた。

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