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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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黒き巨兵

「もしや、黒き巨兵ではないでしょうか……?」

「なんですか、それ?」


 アルヴァの発言に、ソロンは(いぶか)しげな声で応じた。


「かつての探検隊が何人か死傷したそうです」

「……そういう話は先にしてください。昔の探検隊は、どうやって対処したんですか?」


 思わずソロンはきつい口調になってしまったが。


「分かりません」

「はっ?」

「襲いかかる黒き巨兵を乗り越えて――といった程度のことしか記述がありませんので。向かってきますよ!」


 そうこう話しているうちに、巨兵はこちらへ向かって歩き出していた。

 部屋は広く、互いの距離はまだ遠い。

 それでも、ここで躊躇(ちゅうちょ)すれば命取りになる。そう悟ったソロンは、黒い巨兵が近づく前に刀を振るった。

 続けざまに合計五つの火球を投げつけていく。

 火球が炸裂し、爆風が黒き巨兵を包み込んだ。


 これで倒れてくれればよいのだが――と祈ったが、当の巨兵はビクともしていない。爆発した部分を見ても、傷一つ付いているようにも見えなかった。


 アルヴァも杖先から雷撃を放つ。

 鋭い紫電が黒い胴体を穿(うが)つかのように見えた。

 ――がしかし、胴体の一部がわずかに歪んだだけだった。ソロンの火球よりは効果がありそうだが、これで決着を付けるのは難しいだろう。


「ひょっとしたら、耐魔金属を使っているのかもしれません」


 巨兵の胴体に視線をやりながら、アルヴァが言った。


「それって……魔法に強い金属のことですよね?」

「はい。それで見た目の色も他の機兵と違うのでしょう。魔道士が作った物ですから、それぐらいの補強は想定すべきかと。全く魔法が効かないわけではありませんが、厳しいですね」


 耐魔金属の中には、鉛のように重量のある金属が多い。そのため、人間が装備することは少ない。

 だが、黒き巨兵はそれを物ともせずに動いているようだ。黒光りする巨体を覆う金属は、鉛ではないようだが正体は分からない。


 こちらの攻撃に反応するかのように、巨兵の歩行が速くなった。

 人形に感情も何もないだろうが、攻撃を受けて怒ったように見えなくもない。小心なソロンとしては、正直いって怖い。

 だが幸い、自分のほうに向かってくることを確認して、ソロンは安堵する。


「陛下はあちらに!」


 巨兵と自分から離れるように、アルヴァへ指示を出す。皇帝に指示を出すことが適切かどうかは、非常事態なので置いておく。

 ソロンは刀を掲げ魔力を集めた。刀身が炎を帯びて輝き出す。

 そして、黒い巨体に向かってソロンは走り寄った。


 巨兵が拳を叩きつけるように振りかざす。だが、ソロンの速さなら回避はたやすい。しかし、かわした拳は石床を叩き割り、その破片が飛びかかってくる。

 大きな破片を回避し、小さな破片は当たる覚悟で突っ込む。

 大した痛みはなく、問題はない。

 ソロンは巨兵の足へ灼熱に輝く刀を叩きつけた。


「魔法がダメでも……直接当てれば!」


 間近で爆発を喰らった足を支えきれず、黒い巨体が体勢を崩す。巨兵は重低音を鳴らしながら崩れ落ちた。

 どうやら今度は効果があったらしい。

 ……と思ったが、巨兵がおもむろに起き上がり出した。効いてはいるが決定打にはなっていないようだ。足にも損傷は見て取れない。

 慌ててソロンは敵から距離を取る。


「その剣は魔法を直接、相手に送り込めるのですね!?」


 アルヴァがソロンに問いかけた。距離が離れているので、叫ぶような調子になっている。ソロンも頷いて返す。

 するとアルヴァが杖を伸ばし、雷撃を放った。

 雷撃は起き上がった直後の巨兵に直撃する。


 命中したのは、最初に放った雷撃と同じ場所だ。驚いたことに、偶然ではなく狙って同じ場所に命中させたらしい。

 効果の有無を確認する暇もなく、アルヴァは立て続けに雷撃を放ち続ける。

 やがて、同じ場所に連続で損傷を受けた胴体に、小さな穴が穿(うが)たれた。


「あれならどうですか?」

「やってみます!」


 その意味を理解して、ソロンは頷いた。

 刀に炎を込めながら一気に巨兵へと駆け寄る。

 しかし、決して慌てはしない。

 敵が振りかぶってきた拳を冷静に跳んでかわす。

 二撃目の拳も同じ要領で回避した。

 砕けた石床が飛散するが、それを想定し大きめに動きをとる。


 両腕が床に付いた巨兵は、すぐに次の拳を繰り出せない。

 その瞬間を見極め、ソロンはふところへと潜り込んだ。穿(うが)たれた穴の場所を確認し、一気に魔刀を叩きつけた。

 爆炎と共に黒い巨体は倒れた。胴体に空いた穴が大きく広がっている。

 それでもなお、黒き巨兵は起き上がる気配を見せた。


「だったら!」


 ソロンはその胴体に飛び乗り、紅蓮の刀を穴の中へと刺し入れる。

 刀にありったけの魔力を投入し、内部へと一気に炎を放出した。

 さすがの黒い鋼体も内側への魔法は防げまい。


「あっつっつ……!」


 ソロンが飛びすさるや否や、ついに巨兵の体は爆散し、無数の破片となった。

 しばらくは疲労と達成感で放心していたが、ふと気がついてアルヴァのほうを振り向く。

 すると、彼女はすぐそばまで来ていた。


「やりましたね」


 と、手を高く前に出してきた。ソロンも意図を理解して、アルヴァと手を交わす。小気味よい音が広い空間に鳴り響いた。


 *


 黒き巨兵との戦いを終えたソロンは、改めて部屋を見回した。

 引き返すための扉は固く閉まったままだった。

 その代わり、巨兵が転がっていた背後に、新たな扉を発見した。


「ダレス帝の探検隊は恐らく、この先へ逃げ込んだのでしょう」

「なるほど……。別に倒さなくてもよかったですね」


 恐らくアルヴァの推測に間違いはないだろう。実際、過去の探検隊があの巨兵を倒していれば、二人はこんな苦労をする必要もなかったのだから。


 二人で扉を開ければ、またしても通路が続いている。


「これだけ苦労したんだから、そろそろ宝の一つぐらいあってもいいと思うんですけど」


 疲労に肩を落としてソロンがぼやく。

 ひょっとしたら、また敵が現れるかもしれない。あの巨兵は無傷で倒せたものの、このまま続くようでは体が持たなかった。


「仕方ありませんよ。目ぼしい宝は、既に過去の探検隊が回収済みのはずですから。私も杖以外の宝には期待していません。今はとにかく先へ進みましょう。他の皆と合流できる道を探すにせよ、宝を見つけるにせよ、他に手段はないのですから」


 アルヴァが歩き出したので、すかさずソロンが前に出た。相変わらず、彼女には待つという選択肢はないらしい。

 他の皆は無事でいるだろうか。

 これだけ時間がかかっているのだから、そろそろ向こうから追いついてきてもおかしくはない。


「それにしても予想以上です。魔導金属には素晴らしい可能性がありそうですね」


 アルヴァは歩きながら、話題を転じた。ソロンの魔刀を見て目を輝かせている。


「そうでしょうか?」

「ええ、あなたの戦い振りを見て確信しました。距離を問わない柔軟な攻撃に、接近しての強力な一撃……。見ていて惚れ惚れするほどでしたよ。魔剣使いは何人か見ましたが、他の誰にも引けを取らないでしょう」

「そ、それほどでもないですよ。師匠に随分としごかれたお陰ですから……」


 思わぬ褒め殺しに、ソロンは顔を赤らめた。


「多数の魔法武器があれば、戦争における問題の多くは解決できるように思います。術者が前衛に出ることも不可能ではなくなりますし、騎兵による機動力を重視した戦術とも相性がよさそうです」

「は、はあ……」


 ポカンとしているソロンをよそに、アルヴァはなおも力説する。


「個人的な見立てでは、帝国における戦術史を大きく塗り替える可能性もありますね。実際に、かの神帝アルヴィオスも魔導金属を使用して戦果を上げたそうです。もっとも長い年月の間に、彼が残した武器の多くは劣化・紛失してしまいましたが……」

「陛下は、ご先祖様のような英雄になりたいのですか?」


 ソロンにその意図はなかったが、少しばかり非難めいて聞こえたかもしれない。


「英雄……そうですね。そうかもしれません。利己的な功名心のようなものがないと言えば嘘になります」


 アルヴァは少し悩むような面持ちで答えたが、ソロンを見据えて言葉を続けた。


「――ですが、それだけではありません。北方の人々は常に亜人の恐怖にさらされているのです。私が元老院に選ばれたのは、その能力を推したのではなく、様々な事情に過ぎないとは承知しています。それでも、私は皇帝なのです。そうである以上、私を頼ってくださる人々のために最善を尽くしたいと考えます」


 それを聞いて、ソロンも自分の故郷のことを思い出す。

 規模はずっと小さいものの、ソロンだって自分の最善を尽くそうとした結果、この場所にいるのだ。


「陛下になら、僕の故郷についてお話ししてもよいと思っています。もちろん、魔導金属のありかも含めて。ただし条件がありますが……」

「神鏡の件ですね。それでしたら承知しています」


 アルヴァが即答してくれたので、ソロンは口を開いた。


「それでは、今話せるだけですが――」


 ソロンは自分が神鏡について知っている話を伝えた。帝国の始祖アルヴィオスが故郷を訪れて、鏡を持ち去ったという一連の話である。


「アルヴィオスが……? 確かに彼の放浪時代は、今も謎に包まれています。あなたの話は全くの初耳で、にわかには信じがたいですが……」


 彼女は自分も知らない祖先の話を聞いて、驚いた様子だった。少し考える素振りを見せたが。


「――いずれにせよ、既にあなたには十分な働きをしていただきました。帝都に戻り次第、手続きしましょう。残りの話は、その後にでも伺います」

「あ、ありがとうございます! でも、手続きって――陛下の権力ですぐにはできないんですか?」


 ソロンにとっては故郷の命運をかけた一大事である。一刻も早く(くだん)の計画を進めたかった。


「ああ、申し訳ありません。不安にさせてしまいましたね。帝国の財宝は皇帝の私有財産ではなく、私とて決まりは無視できないのです。軍を動かし、神鏡を持ち出すとなれば、各方面の許可も必要ですから。ただ私としても、最善を尽くすと約束しましょう」

「なるほど、無理を言ってすみません。……でも、皇帝というのも色々大変なんですね」


 自分には生涯分からない苦労なのだろうな――と思いながらも同情を口に出さずにはいられなかった。

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