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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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兄と弟、元公爵と公爵

 アルヴァが振り向けば、必死の形相で走ってくる老人の姿。服装は、アルヴァも見慣れたネブラシア城の使用人のものだ。


「何者だ!?」


 ……が、兵士にとがめられ老人は腕をつかまれる。

 不審人物と思われたらしい。

 戦争真っ最中の最高指揮官にいきなり近づけば、そうなるのも至極当然だった。


「お、おい! こら、何をするのじゃ!?」


 老人はわめくが、兵士はなおさら疑念を強めたのだろう。二人がかりで拘束してしまう。


「……ガノンド先生、ご無事でしたか」


 アルヴァは安堵と呆れ混じりの溜息をついて、老人のほうへと馬を寄せた。

 それで兵士もようやくその手を離した。


「ふぅ……。なんとか、たどり着けましたわい。戦に巻き込まれないよう、ここまで来るのは大変でしたぞい」


 息も絶え絶えに、ガノンドはこちらを見上げた。


「ミスティンやカリーナはどうしたのですか?」


 アルヴァが真っ先に気になったのは友人達のことだった。


「ミスティンは城内、カリーナは城外の監視です。わしも城内におったのじゃが、そしたらビロンドの奴が動き出しましてな」

「引き続き、城内を監視いただけたほうがよかったのですが……」


 アルヴァは非難を込めた視線をガノンドに向けた。


「そ、それは申し訳ない。ですが、もう後戻りはできませんぞ。大公が橋を破壊してしまいましたからな」

「橋を……!? 厄介なことをしてくれますね。……ですが、これでご一家が外へ移される心配は減りましたか」


 アルヴァは驚くと同時に、冷静に頭を巡らせる。

 ネブラシア城から外へ脱出するには、橋か水堀を越えるしかない。前皇帝の自分が知らない抜け道など、ありはしないのだから。

 小舟を使う可能性もあるが、それならそれで兆候は分かりやすい。そうそう見逃しはしないだろう。


「それより姫様、ビロンドの相手はわしにお任せいただけますかな?」


 ガノンドはアルヴァと言葉を交わしながらも、視線を別の方向に向けていた。

 そこには、炎の猛攻撃をしかけるビロンドの姿……。さらには、防戦一方で苦戦するイセリアの姿があった、


「しかし……」


 アルヴァは渋った。

 過去はどうあれ、ガノンドの立場はイドリスの外交使節に過ぎない。ソロンならば武官と見なせないこともないが、ガノンドはどう見ても文官である。

 そんな彼に諜報任務をさせることすら、そもそもは異例なのだ。その上さらに、戦いの場へ送ってもよいものか。


 ……が、決断はすぐに下した。


「分かりました。イセリア将軍の助太刀を願えますか?」


 そもそも、悩んでいる余裕はなかったのだ。

 以前見た限り、彼の魔道士としての実力は相当なものだ。シグトラよりも前に、ソロンへ炎の魔法を仕込んだのも彼だという。

 イセリアと力を合わせれば、ビロンドにも対抗できるかもしれない。


「お任せくだされ!」


 ガノンドが頷いたので、アルヴァは続ける。


「私は魔物の討伐に向かいます。できることなら、早く片付けて私を助けに来てください。正直、苦しい戦いになるかと思いますので」

「お安い御用ですぞい!」


 ガノンドは杖を高々と掲げた。そこには、炎の魔石――火竜石が魔法の輝きを放っていた。


 * * *


 アルヴァを見送ったガノンドは、戦いの場へと歩み寄っていく。


 イセリアとビロンド。二人の将軍は部下と共に騎馬を走らせながら、激しい戦いを繰り広げていた。

 ビロンドの剣から炎が飛べば、その度にイセリアの剣から生まれる水が防ぐ。

 しかし、経験の差は(くつがえ)し難く、戦いはビロンドの優勢だった。イセリアの部下は既に何人も、炎の餌食(えじき)となっていたのだ。


「命懸けの戦いになるやもしれんな……」


 ガノンドは決意を胸につぶやいた。

 追放された自分を拾ってくれたイドリスの国王に、その息子達……。現国王たるサンドロスは、自分を信じて使節として帝国へ送ってくれたのだ。

 にも関わらず、ガノンドは使節としての役目をよそに、戦いへ身を投じている。

 ここで命を散らすことは、彼らへの背信行為に他ならない。


 だがそれでも、やらねばならなかった。

 アルヴァの父――オライバル帝に受けた恩。公爵家の嫡子として生まれた誇り。たとえ立場が変わろうとも、譲れないものがあったのだから。


 ガノンドは杖を構えて、敵将となった弟を見据えた。

 ビロンドは巧みに馬を走らせながら、炎獄の剣を振り下ろしてくる。

 イセリアの水壁が間に合わない。猛り狂う炎が、逃げ遅れた部下を焼き尽くそうとする。


「かあぁぁぁつ!」


 ガノンドは杖を振り下ろし、一喝した。

 杖先の魔石が赤い光を放ち、激しい炎が噴出する。その勢いはビロンドが放ったものにも負けていない。

 ガノンドの炎がビロンドの炎に衝突する。ぶつかり合った炎は爆発を起こし、勢いを失った。


「ガノンド殿……!?」


 イセリアは驚いて、ガノンドを見下ろす。


「イセリアよ、助太刀に参ったぞ!」


 ガノンドは馬上のイセリアを見上げて、高らかに応えた。


「私の炎を打ち消すとは、貴様は何者だ!?」


 思わぬ援軍の登場に、ビロンドがとまどいを見せる。

 ビロンドは馬上から剣先を向けて、問いただそうとするが――


「ビロンドよ。俺の顔を見忘れたか!」


 ガノンドは不敵に笑い、そして言い放った。


「あ……あぁん!?」


 ビロンドは絶句し、ガノンドの顔をまじまじと見た。

 ガノンドを一回り若くしたような顔が、信じられないとばかりに目を見開いている。


「馬鹿な!? だが、その顔に……声は……俺が間違えるはずもない!」

「ふははは、思い出したか?」

「兄者、生きていたのか!? てっきり、下界で野垂れ死んだかと……!」

「この通り。俺は追放されただけで、死んだわけではない。そして、俺は戻ってきたぞ! デキの悪い不忠者の弟を、ぶちのめすためにな!」


 ガノンドは力強く、拳を握った。

 ビロンドはしばし言葉を失っていたが。


「だ……黙れ! 死に損ない! お前なんかにデキの悪いなどと言われる覚えはない! 奴隷の亜人に手を出して、追放されたクソ兄貴なんぞにはな! お前のせいで、俺とイローヌがどれだけ苦労したと思ってやがる!」


 イローヌとは、かつてはガノンドの妻だった女だ。ガノンドが下界へ追放されたため、結果的に離縁となったのだ。そして今は、ビロンドの妻となっている。


「そ、それとこれとは別問題じゃ! 浮気と皇帝陛下へ弓引くことのどちらが大罪か、考えてみるまでもなかろう!」


 ガノンドは目に見えて狼狽(ろうばい)したが、かろうじて取り(つくろ)う。


「ガノンド殿……」

「ビロンド将軍……」


 長引く二人の言い合いに、イセリアはおろか大公軍の兵士までも冷ややかな視線を向けていた。

 当人達は真剣だったが、あまり程度の高くない言い争いだった。少なくとも、戦争の最中に出す話題としては。


「な、何を言うか! 真にふさわしい者が皇帝として戴冠(たいかん)する! 古き良きかつての帝国はそうだった! 俺はそれに従っただけに過ぎん!」

「ふん、都合がいいことを! オトロスのどこが、皇帝にふさわしいというのじゃ! お前はオトロスに金か地位で買収されただけじゃろう! 大方、大将軍にしてやるとでも言われたか!?」

「黙れい! 貴様のような過去の亡霊が、何を言い張るか! 今度こそ、今度こそ、あの世送りにしてやるわ! 皆の者、あのジジイの首を取れい!」


 ビロンドは激高し、その剣をガノンドへと突きつけた。

 再び放たれたビロンドの炎に、ガノンドもまた炎を放って相殺してみせる。


「イセリアや、取り巻きの相手を頼めるか? 愚弟はわしが仕留めよう」


 戦場が煙で包まれたその隙に、ガノンドは横目でイセリアに提案する。


「しかし、それは無茶では……?」

「お前さんでは、炎獄の剣には対抗できんよ。わしがオムダリアの真髄(しんずい)を見せてやろう」

「……分かりました。お気をつけて」


 難渋を示すイセリアだったが、自信に満ちたガノンドを見て承諾する。少なくとも、魔道士としての力量では、自分を上回ると悟ったのだろう。


「お前さんこそな。……あの赤ん坊が随分と立派になったものじゃのう」

「はあ……」


 イセリアはピンとこないらしく、困った顔をしていた。

 ……が、すぐに馬を走らせて、敵兵へと向かっていく。

 水竜の剣を横に払えば、軌跡をたどるように水流がイセリアの前方を横切る。水流に薙ぎ払われた敵兵が、押し流されていった。


 ならば――と、ガノンドも杖を構えた。

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