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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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炎獄の剣

 アルヴァ(よう)する上帝軍は、やがて水堀に突き当たった。


 城と貴族街を囲む長大な水堀である。その内側へ渡るには、北か南へ迂回してから橋を渡る必要があった。

 もっとも、上帝軍の針路は迷わず南だ。城門が南側にしかない以上、北に向かうと遠回りになってしまうためだ。

 そうして、全軍で西の水堀に沿って南下。やがてまた、水堀に沿って西へと針路を変えたところで。


「敵です!」


 先行していた騎兵が叫んだ。

 見れば、大勢で向かって来る敵兵の姿があった。敵も先頭を騎兵にして、こちらとの激突を辞さない勢いだ。

 先程よりも軍隊としての体裁(ていさい)が整っている。恐らくは、あれが城内に控えていた主戦力だろう。


「随分と数が多いですね」


 アルヴァが見る限り、敵の兵力は千や二千では足りない。狭い市街地ゆえ全貌(ぜんぼう)は不明だが、五千を超えると覚悟したほうがよさそうだ。

 編成する時間はさほどなかったろうが、相当な規模だ。さらに時間が経って帝都内から敵兵が集まれば、こちらの兵力を上回るかもしれない。


「ビロンドが動き出したのでしょう。ここからが本当の戦いですな」


 槍を構えながら、ゲノスが口にした。

 これから相手にするのは警備のための兵ではなく、戦争のための兵となる。これまでの道中で戦った相手よりは、強敵になりそうだ。


「ここは私が!」


 イセリアが細身の剣を振り上げれば、水堀から水柱が噴き上がった。


 水柱は形を変え、宙空を流れる激流となる。

 馬上のイセリアは、優雅な動きで魔剣を振るう。

 剣の動きに合わせて、水もまた(せわ)しく動く。

 激流は敵の前衛に衝突し、馬ごと弾き飛ばす。激流は意地悪く向きを変え、多くの敵兵を水堀の中へと引き込んだ。


 必死に水堀を登ろうとする敵兵だったが、イセリアの部下がそれを逃さない。魔法と弓の連射で、着実に仕留めていった。


「ほほう、やるではないか」


 ゲノスは戦いの最中にも関わらず、満足げに笑った。実際に近くで戦うイセリアの姿を見て、評価を改めたようだ。

 後輩や若手には厳しい顔を持つ彼だが、認める時は認めるということだろう。


「なんの、私など父やあなたに比べればまだまだです」


 イセリアは照れを隠すように謙遜(けんそん)してみせた。


 大勢の敵を相手にしながらも、上帝軍は優勢に戦いを進めた。

 平野での会戦と異なり、市街戦では大軍を展開できない。兵力よりも将兵の質が、より大きく戦況に影響する。それも上帝軍にとっては有利に働いた。

 後方に控えるアルヴァが、助力する必要もなさそうだった。両将軍の戦いは、それだけ危なげなかったのだ。


「ふん、ビロンドはまだ姿を現さぬか。臆病風に吹かれたのか!?」


 向かって来る敵兵を蹴散らしながら、ゲノスが叫んだ。

 指揮官たるビロンドは、いまだ姿を見せない。そのせいか敵の攻めも消極的である。ゲノスの言う通り臆病風に吹かれたのか、あるいは策があるのか。


「陛下!」


 そこに、アルヴァ直属の騎兵が駆け戻ってくる。

 縦横に道が入り組む帝都の構造上、油断すれば敵の奇襲を受けてしまう。そのために、アルヴァは騎兵を偵察に走らせていたのだ。


「どうしましたか?」

「南方から千を超える敵です! 接敵まで三分! 帝都雲軍と思われます!」


 騎兵は周囲に伝えるべく大きな声で叫んだ。


「レゴニアか! ビロンドの狙いはこれか!?」


 ゲノスは事態をすぐに悟ったようだった。


 帝都南方の雲海に面するネブラシア港。そこは帝国最大の港であると同時に、最大の軍港でもあった。

 そしてそこに駐留するのが、レゴニア将軍率いる帝都雲海軍だ。

 普段は竜玉船での戦いを想定し、外国の軍や雲賊に備えている。もっとも、陸戦がからっきしというわけでもない。彼らにしても、上陸戦を想定した厳しい訓練を積んでいるのだから。


「予想より早いですね。さすがはレゴニア将軍といったところでしょうか」


 レゴニアの手腕には、アルヴァも感心せざるを得ない。

 未明の強襲に対して迅速に動けるのは、普段から備えができているからだろう。

 それに、千というのも確認できている兵力に過ぎない。雲軍基地の常備兵は三千であるため、その程度は想定すべきだ。


 さらに、基地から南の雲海には五つの要塞島がある。それらの兵力を結集されれば、その想定でも危うい。

 ガノンドの報告によれば、第三要塞にいるソブリン将軍は中立を保っているらしい。今はそれを当てにするしかなかった。


「このままでは挟み撃ちを避けられません。私かゲノス将軍、どちらかが迎撃に向かうべきでしょう」


 イセリアが早口に提案すれば、


「俺がゆこう。陛下もそれでよろしいですかな?」


 ゲノスは即断した。

 実力からいって、レゴニアの相手が務まるのはゲノスしかいない。そう自負しているのだろう。

 もっとも、城内に突入するもう片方の役割も、決して楽ではないだろうが……。


「分かりました。相手は強敵ですが、お気をつけて」

「ご心配には及びますまい。陸での戦いとなれば、我らに一日の長がある」


 それから、ゲノスは後輩将軍へと目をやって。


「――イセリアよ。お前の役目も重大だぞ。恐らくビロンドは、レゴニアに合わせてしかけてくるだろう。次こそは不覚を取るなよ」

「言われなくとも、恥をさらすつもりはありません」


 やや不機嫌に、イセリアは強い口調で言い切った。


 *


 南に向かうゲノス達の部隊を、アルヴァは見送った。

 必然的にイセリアを中心として、ビロンドの部隊と戦うことになる。

 兵数の減ったこちらを好機と見てか、敵の勢いが増してくる。

 それでも、イセリアは水竜の剣を自在に操り、敵兵を着実に迎撃していった。

 水堀から離れての側面攻撃を狙う敵もいたが、イセリアも落ち着いたもの。的確な指揮で部下達を向かわせ、しのいでみせた。


 こうして、イセリア達は変わらぬ優勢を保っていた。

 勢いに乗ったイセリア隊の騎兵が、敵を蹴散らそうと突出する。

 戦況が急転したのは、その時だった。

 突如、猛烈な炎が襲いかかり、騎兵を馬もろともに飲み込んだ。イセリア隊の精兵が、あえなく炎の餌食となったのだ。


「来たか……!」


 敵軍の後ろから新たに現れた男を、イセリアがにらみつけた。

 馬上から剣を振るい、指揮を執る中高年の男。武将としてはやや高齢だが、戦場に立った彼の眼光は鋭い。

 ここに至り、敵将ビロンドがようやく姿を見せたのだ。


炎獄(えんごく)の剣――あれがオムダリア公爵家の至宝ですか」


 アルヴァはビロンドが持つ剣へと目を留めた。

 刀身にまとわりつく炎が、未明の闇に浮かび上がっている。遠くからでもその秘めたる力が(うかが)えた。

 かつてはガノンドが北方で振るい、大勢の亜人を(ほうむ)ったという魔剣である。オムダリア家を継いだビロンドが、家督(かとく)と共に継承したのだろう。


「レゴニア将軍が救援に来た今こそ、反撃の時だ! さあゆけ! このビロンドと炎獄の剣が、諸君に道を示そう!」


 ビロンドは剣を高々と掲げ、大仰に演説を振った。

 それに呼応して、指揮下の兵士達から歓声が上がる。劣勢に立たされていた大公軍の士気が、一気に高まったようだった。

 ビロンドは部下と共に馬を走らせ、上帝軍の前衛まで一息に接近してくる。


「撃て、ビロンドを討ち取れ!」


 イセリアが勇ましく叫べば、兵士達が一斉に矢を放つ。息つく暇もなく、魔道兵が火球の魔法を発射する。二段構えの猛攻撃だ。

 ビロンドが落ち着き払って、剣を横に払えば。矢はビロンドに届くことなく、宙空で焼け落ちた。

 次に飛んでくる火球に向かって、ビロンドは剣をかざしてにらみつける。


「かあっ!」


 気合に飲まれたかの如く火球は散り散りになって、炎獄の剣へと吸い込まれていった。

 高位の魔道士は敵の放った炎すら操り、力を奪い去ってしまう。生半可な攻撃は通用しないようだった。


「私に炎は通じぬ。覚悟せよ!」


 そして、ひるんだ上帝軍へとビロンドが斬り込んでいく。騎兵を引き連れての突進だ。

 ビロンドの炎獄の剣がきらめき、炎が躍り出す。


「このっ!」


 炎へ向かって、イセリアは水竜の剣を振るった。

 堀の水が蛇のように伸びて、即席の水壁を作り出す。

 炎は水壁に飲まれ、その勢いを失った。


「私に続け!」


 だが、ビロンドの後ろに控えていた魔道士達が、さらなる炎の魔法を放つ。

 勢いを増した炎が、水壁を逆に飲み込まんとする。ついに水壁はかき消され、弾け飛んだ。

 立ち込める水蒸気によって、戦場が熱気に包まれる。


「くっ、下がれ!」


 イセリアは敵の勢いに飲まれないよう、位置を下げるしかなかった。

 馬首(ばしゅ)を転じながら、イセリアは反撃の水流をビロンドへと放つが。


「甘いな」


 ビロンドは炎獄の剣を、迫りくる水流へと向けた。

 炎の壁が広がり、水を真っ向から受け止める。水流は呆気なく蒸発してしまった。


「――ゆくぞ!」


 ビロンドが魔力を込めれば、広がった炎が収束し圧縮されていく。

 次の瞬間――放出された業火が、騎兵の一人を焼き尽くしてしまった。

 矢も炎も水も防がれてしまう。イセリアの苦戦は歴然だった。


「……分が悪いようですね」


 後方で戦況を見守りながら、アルヴァは思案する。

 イセリアもよくやっているが、敵もさる者。ビロンドもオムダリアの家名だけで将軍となった男ではなさそうだ。

 とはいえ、アルヴァの魔法ならば、ビロンドの守りも破れるかもしれない。


 問題は自分の状態だ。

 雷鳥による消耗は残っているし、前に出るなら危険を覚悟せねばならない。敵も自分の首を必死で狙ってくるだろう。何より、今は自分を守ってくれるソロンはいないのだ。

 それでも、この機会を逃すわけには……。

 アルヴァが目まぐるしく頭を働かせていたところ――


「陛下! 北東から魔物です! 魔物が現れました!」


 偵察の騎兵がまたしても、報告に戻ってきた。しかも、内容が不可解だ。


「魔物、まさか!? 外壁の向こうからやって来たということですか?」


 さしものアルヴァも色を失い、偵察兵を問いただす。

 まず考えられるのは、アルヴァが破った外壁から、野生の魔物が侵入してきた可能性だ。……というより、常識で考えれば他の可能性はない。


「いいえ! 魔物は水堀の内側――ネブラシア城の東側から……大公が魔物を放ったと思われます! 陛下もご存知でしょう! かつて見た緑の巨大な魔物です!」

「ザウラスト教団……! セレスティン司祭の忠告通りですか……」


 アルヴァはそこに至り、ようやく確信に至った。

 なぜ、自分が皇帝であった頃に、帝都を魔物が襲ったのか。そしてなぜ、帝都の内部から魔物が湧き出したのか。

 全ては最初からつながっていたのだ。


 これまでも、ザウラスト教団が上界に触手を伸ばしている証拠はあった。実際、祖父ニバムの次男ダナムは、彼らと手を組み道を踏み外したのだ。

 けれど、ダナムなどは小物もいいところ。教団が本命の協力者としていたのは、オトロスだったのだ。

 オトロスを皇帝に据えて、帝国への影響力を発揮する。それが、彼らの目的に違いあるまい。


 ともあれ、今考えるべきはそれではない。

 いずれにせよ、やることは変わらないのだ。ただ、オトロスの野望を砕く動機が増えただけだ。

 だとすれば、いかにして魔物に対処すべきか。

 ザウラストの魔物が相手なら、恐らくこちらを狙ってくる。今までの事例から見ても、あれは術者の命令通りに動くはずだ。


 だからこそ、大公は北東に魔物を召喚したのだろう。あの魔物にとって水堀が障害とならないのは証明済み。水堀を優に渡って、こちらの背後を突こうとするはずだ。

 そして、あの魔物に対抗できるのは将軍か自分ぐらいのもの。他の者を向かわせても、いたずらに死人を出すだけだ。


 否が応でも軍を分割せざるを得ない。

 だが、イセリア達はビロンド相手に苦戦を強いられている。その上で、軍を分割する余裕などあろうはずは……。



「うぉ~い、姫様ぁぁ!」


 突然、アルヴァを呼ぶ声がした。

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