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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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大公の抵抗

 大公は眠気を振り払い、燃える炎を眺めていた。

 先程、城内の魔道士を何人も投入して、鎮火に向かわせたのだ。

 部下の中には、あれをただの火事とみなすものもいた。

 外壁を越えて城まで炎が広がる可能性はない。心配はいらないから、閣下はお眠りください――と。


 しかし、窓から見ただけで、あれは尋常ではない大火だと分かった。単なる失火による火事では、あのような巨大な火柱は起こり得ない。

 何者かが人為的にしかけたのだ。そしてそれは、上帝軍の仕業に違いない。

 だから、それからしばらくして――


「閣下、上帝軍が帝都に侵入したようです!」


 ビロンド将軍が報告をしてきた時も、驚かなかった。

 ……もっとも、驚きはしなかったが腹立ちは収まらない。


「いったい防衛隊は何をやっていたのだ! 昼夜を問わず、防衛に当たるよう指示したはずだぞ!」


 上帝軍がカトバのそばに陣地を構築していたのは、オトロスも把握していた。

 オトロスは元老院の重鎮として、アルヴァの性格を知っている。決断の早いあの元女帝は、性急に行動を起こすと予想できた。近日中に戦いが起こるのは、もはや自明だったのだ。


 そしてそうなったとしても、帝都は難攻不落の城塞都市である。

 上帝軍が帝都の門を破るには、一週間を要する。少なくとも、それが歴史の常識だ。

 その間、仲間の諸侯に背後を突かせれば、上帝軍はあえなく瓦解(がかい)する。それがオトロスの計画だったのだ。


「それが……。上帝軍は門を通らなかったそうです。上帝自らが魔法で外壁を破壊したのだとか……」

「んなっ! 非常識な小娘め!」


 上帝アルヴァネッサが優秀な魔道士であるとは、オトロスも把握している。若いながら戦場経験があるのも厄介だ。だからこそ、反乱を起こす時期を彼女の不在に合わせたのだ。

 だがそれにしても、帝都の外壁を破壊するなど予想を超えた所業だった。


「申し訳ない、私の失態です。まさか、外壁を破ってくるとは思いませんでした。私自ら出陣し、連中を討ち果たしてみせましょう」


 こちらの怒りを見て取ってか、ビロンドは頭を下げた。

 苦渋の色を浮かべながらも、オトロスは頭を切り替えることにした。


「くっ……言い訳はよい。予想していなかったのは俺も同じだ。それより、レゴニアへは連絡を送ったか?」


 まずは帝都に駐留するもう一人の将軍への連絡だ。それと同時に、もう一つの策を取る。


「それなら既に。ただレゴニアならば、連絡がなくとも自分で動き出すでしょう」

「頼もしいな。お前達二人が小娘を始末してくれれば、俺も切り札を温存できる。くれぐれも頼んだぞ」


 オトロスは激励を送ったつもりだったが、ビロンドはかすかに顔をしかめた。切り札という言葉の意味するところを察したのだ。


「閣下、あのような異教徒に頼らずとも……。私とレゴニアがいれば、恐れることなどありません」


 ビロンドは特筆して敬虔(けいけん)な神竜教徒というわけではない。それでも生まれながらの神竜教徒ゆえに、異教への拒否感を拭えないらしい。

 もっとも、オトロスにしても異教を決して受け入れたわけではない。なんせ心中では、かの教団を邪教と呼んでいるほどだ。

 あくまで必要に駆られ、手を組んでいるに過ぎないのだ。


「ふん、お前達を信用していないわけではない。だがな、真の勝者となるためには、圧倒的な力が必要なのだ。分かるか、ビロンドよ?」


 ここでアルヴァネッサを倒し、オトロスが戴冠したからといって戦いが終わるわけではない。

 帝国には貴族達とその代表たる元老院、さらには神竜教会が存在する。歴代の皇帝は君臨すれど、各勢力へ常に配慮を強いられてきた。オトロスはそれら全てを従え、真の意味で帝国の覇者となるのだ。


「はあ……」

「分かったら、早く行け! 炎獄の公爵の実力見せてもらうとしよう」


 冴えない顔をするビロンドへ、オトロスは発破をかける。


「はっ!」


 ビロンドは表情を切り替え、敬礼して去っていった。

 少し抜けたところはあるが、それでも武人としては一角(ひとかど)の男。最低限の役目は果たしてくれるだろう。

 ……もっともビロンドとレゴニアが、上帝軍に勝てる見込みは半分もあればよいほうだ。オトロスは冷静にそう判断していた。


「ビロンドの軍が渡り終えたら橋を落とせ。よいか、南も北もだぞ!」


 城内の守備に残った将校へ、指示を送っておく。

 上帝軍の勝利条件は城を抑え、オトロスを倒すことだ。表向きは皇帝一家の救出を掲げているが、そんなものは大義名分に過ぎない。


 それどころか、オトロスによる皇帝弑逆(しいぎゃく)を待ち望んでいるかもしれない。そうなれば、アルヴァネッサは堂々と皇帝に返り咲けるのだから。

 最悪、御旗が一つに統合された結果、軍としての求心力が増すこともあり得る。

 よって、今は何よりも時間稼ぎが必要だった。援軍を待つ時間ではなく、切り札を用意するための時間が。



「よし、入っていいぞ」


 ビロンドが退室した扉の向こう――次なる来客へとオトロスは声をかけた。

 入れ替わりにやってきたのは、赤い衣をまとった女だった。


「随分と城内が騒がしいようですね。……お困りですか? 閣下」


 世間話でもするように、枢機卿(すうききょう)は口を開いた。相変わらず、こちらの苛立(いらだ)ちを汲み取る気はないらしい。


「この期に及んで白々しい! 貴様らにも協力してもらう時が来たようだ。嫌とは言わせんぞ」

「よろしいのですね? 解き放った場合、帝都への被害も予想できませんが」


 慎重な口振りとは裏腹に、枢機卿の瞳は怪しく輝いていた。


「構わんやれ! 虫けらどもを蹴散らしてから、帝都はゆっくりと再興すればよい。再興が無理なら、首都をわがゼプトに移すだけのこと!」


 大公に迷いはなかった。

 どんな手段を使ってでも、最終的な勝者になればよいのだ。そのために、たゆまぬ努力をしてきた。そのために、邪教とも手を結んだ。


「閣下の御心のままに」

 枢機卿はうやうやしく頭を下げた。

「――では儀式を開始しましょう。閣下には聖石を存分にお渡ししますので、時間を作っていただければと思います」

「くくっ、聖石とはふざけた名前だ。……だが、任せておけ。そのために橋を落とさせたのだからな」


 聖獣を封印した魔石が聖石である。おぞましい姿にしか見えない魔物を、教団は聖獣と呼称しているのだ。

 だが、今更引き返すことなどできはしない。野心を満たすためなら、悪魔にすら魂を売ってみせる。それが、オトロスという男だった。

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