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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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帝都突入

 都市国家から始まり、千年の栄華を誇ったネブラシア。

 それを囲むのはコンクリートで造られた堅牢な外壁である。コンクリートは、凝灰岩など天然の資源を原料とし、古くから国内の建造に使われていた。

 凝灰岩は火山由来の原料なのだそうだ。上界もかつては下界にあり、火山のあった証拠ではないか――というのは、余談ながらガノンドの推察だ。


 ともあれ、外国からの襲撃、内乱、魔物の襲撃……。自慢の外壁は、長年に渡って確かに市民と貴族達を守ってきた。いずれの勢力も外壁は突破できず、帝都の安全は守られ続けたのだ。


 ところが去年、魔物の襲撃があった。緑の巨獣と呼ばれた魔物は、恐るべし怪力で外壁を破壊したのだ。

 かくして、安全神話は崩壊。

 魔物との戦いが終わった後、時の皇帝は外壁の修繕をおこなった。()しくもそれは、皇帝として彼女の最後の仕事となったわけだ。


 そしてそれから、十ヶ月の時が流れ今に至る。

 帝都の外壁はまたも無残に崩れ、ぽっかりと空洞を空けていたのだった。しかも、下手人(げしゅにん)は去年の皇帝であり、今の上帝でもあった。


「……まさか、本当に一撃とは。念のため持ってきた破城槌(はじょうつい)や、ハシゴは無駄になりましたね」


 馬上のイセリア将軍は、唖然(あぜん)としながらもアルヴァを見ていた。


「帝都の外壁を力技で突破したのは、長い歴史の中でも陛下が初でしょうな。おっと、もちろん魔物の(たぐい)を除いてですが」


 ゲノス将軍はアルヴァを賞賛してみせる。こちらはアルヴァの実力をある程度知っているため、さほどの驚きを見せなかった。


「それほどでもありません。内部に潜り込んだ三人が、うまく計らってくれたお陰です」


 アルヴァはわずかに息を乱しながら、馬上の将軍達を見上げた。


 少し前、アルヴァは数人のお供だけを連れて、外壁に接近していた。近くの茂みに隠れ、じっと機会を(うかが)っていたのだ。

 危険ではあるが、大勢の軍隊を連れては目立ってしまう。これだけは少人数でやり遂げねばならなかった。

 いつもなら、自分を守ってくれる少年の姿がない。そのことに心細さを感じながらも、アルヴァは待ち続けた。


 果たして、ミスティンとガノンドはうまくやってくれるだろうか。

 現在地は帝都の東側である。対して、予定では三人が火の手を上げるのは、城の西側に当たる。もちろん、そのほうが敵の分断に好都合だからだ。

 ただ、この位置からだと西側は城の陰になる。火の手を視認できるかが問題だ。


 その心配は杞憂だった。

 やがて、外壁の向こうで見間違いようのない火の手が上がったのだ。いや……火の手という表現では全く足りない。

 あれは炎の竜巻だ。

 ネブラシア城の向こう側で、炎の竜が怒りのままに暴れていたのだ。城近郊での猛火に、大公も平静ではいられまい。


 二人の活躍に応えるべく、アルヴァはたちまち精神集中を開始した。発動までに時間のかかる魔法であるが、ここには誰も妨害するものがいない。

 しばらくのち、アルヴァは雷鳥の魔法を外壁に向けて放ったのだった。

 先月にシグトラから譲り受けた杖と魔石のお陰か、少ない消耗でより強力な一撃を放つこともできた。


 二人の将軍も、それから急ぎ合流してきた。アルヴァの安全を確保するため、騎兵だけを連れて駆けつけてくれた。

 焦る気持ちはあるが、まだ突入はしない。遅れてやって来る歩兵の大軍を待つためだ。全部で一万を超えるため、集合と整列をするだけでも相当な時間となる。


 心を落ち着けようと、アルヴァは外壁に空いた空洞へと目をやった。

 十人程度が一度に通過できる大きな空洞である。堅牢を誇る帝都の外壁も、雷鳥の魔法を受けては形無しだった。

 外壁の上には警備兵の姿もあったが、その運命は推して知るべし。運がよければ、壁の内側に吹き飛んで助かっているかもしれない。


「陛下、お疲れではありませんか?」


 息を乱したこちらを見て、イセリアが気遣ってくる。

 雷鳥のような強大な魔法は、術者の精神力を多大に消耗させる。全力で放った後は、意識を保つのも難しいほどだ。


「心配は無用です。これでも普段より加減をして放ちましたから」


 実際、今回に関しては、少し疲れはあるもののそれだけだ。アルヴァ自身も幾度もの死線を越えて、成長したのだろうか。

 そうして、アルヴァは馬上へと(かろ)やかに跳び乗った。

 後ろを振り向き、集まりつつある兵士達へ向かって高々と杖を振り上げる。


「大勢の市民が我々の戦いを見ています! 市民や街へ危害を加えることはもちろん、略奪は厳禁です! 規律を守れぬ者は見せしめとして処断します!」


 突入する直前に、アルヴァは改めて訓示を垂れたのだ。

 この戦いはエヴァート皇帝と、オトロス大公――二人のどちらが帝国の支配者にふさわしいかを決めるものである。大義名分を損なうような行動は、差し控えねばならなかった。


「おお!」

「エヴァート陛下のために!」

「アルヴァネッサ陛下のために!」


 兵士達が威勢のよい叫び声で、アルヴァに応えてくれた。


「ゲノス将軍、イセリア将軍、後の指揮をお願いできますか? 私は次に備え、しばし休憩します」


 最初の役目を終えたアルヴァは、二人の将軍へと指揮を委ねた。

 戦争については二人のほうが本職だ。特にゲノスは百戦錬磨の将軍といえる。しばらくは自分が出張る必要もないだろう。


「もちろんです。そのために私達がいるのですから。陛下は無理をなさらぬよう」


 イセリアは了承しながらも、こちらを気遣う素振りを見せた。


「なんなら全て任せていただいても、構いませんぞ」


 ゲノスはさらに余裕の軽口を叩いてみせたが、アルヴァは首を振った。


「結構です。戦況は見ておきたいですし、まだ役目もありますので。……それより早く行きましょう」

「承知しました」


 ゲノスは頷いて、先頭の部隊へと指示を下した。


「――ゆくぞ! 目指すはネブラシア城! 謀反人オトロスどもを蹴散らすのだ!」


 ゲノスと騎兵達が、我先にと壁の中へ突入していく。

 イセリア将軍もそれに遅れじと続いた。アルヴァは少し遅れて、無理せずにその後を追うのだった。


 上帝軍は整備された街道に沿って、騎馬を走らせた。

 時刻はまだ未明にも関わらず、視界は悪くない。空を焦がす炎が、帝都を照らしているためだ。炎を背にしたネブラシア城が、逆光の中に浮かび上がっていた。


 ゲノス将軍は勢いのままに、帝都を疾駆していく。前方から目をそらさず、敵の姿を探しているようだ。

 それから少し遅れて、イセリア将軍の姿があった。

 ゲノスとは対照的に、周囲を警戒しながら進んでいた。恐らくは、敵の待ち伏せを警戒しているのだろう。

 それぞれ性格は異なるが、頼りになる将軍達である。ならば、アルヴァは彼らを信頼して後に続くだけだった。


 *


 しばらくは敵兵の姿もなく、進軍は続いた。

 争いに巻き込まれるのを嫌ったのか、逃げ惑う市民達の姿が見られる。心を痛める光景であるが、それでも戦いを完遂(かんすい)せねばならない。

 帝都の町並みは、人気(ひとけ)が少ないことを除けば、以前と変わりなかった。少し前までは平穏(へいおん)に市民の生活が営まれていたのだろう。


「じょ、上帝軍が来たぞ!」

「皇城へ行かせるな!」


 そんな上帝軍の進路へと、大公軍の兵達が姿を現した。

 だが、その足並みは乱れており、態勢が整っていないのは明らかだ。

 装備も人数も、軍隊とはいえない規模である。恐らくは外壁や街を守っていた警備兵を、急遽(きゅうきょ)寄せ集めたのだろう。


 ミスティン達が起こした西の炎によって、当初は消火のための人員が集められたのは想像に難くない。そこに今度は東からアルヴァの本隊が襲撃をしかけたのだ。

 西から東――と、敵兵も相当に混乱していると思われた。

 


「その数で来るのは感心するが、容赦はせんぞ」


 騎兵隊の先頭に立っていたゲノスは、馬の勢いを落とさずに長槍を振るう。

 次の瞬間、槍先から伸びる炎が敵兵を襲った。

 炎に包まれた敵兵は、あえなく街道に倒れ伏していく。


「ゲノス将軍だ!」

「まさか、あれが灼熱の魔槍か!?」


 大公軍の兵士達は、驚愕(きょうがく)に打たれて立ちすくんだ。彼らが相手をしているのは、歴戦の将軍なのだ。


「将軍に続け!」


 隙を見逃さず、騎兵達は突撃した。ゲノスに負けじと、ひるんだ敵を仕留めていく。

 敵が態勢を整える間もない猛攻撃である。敵はこちらの勢いを防ぎきれず、呆気なく蹴散らされた。


「どうだ、イセリア。これが北方で鍛えた俺達の戦い方だ」


 ゲノスは後続にいた後輩将軍に向けて、勝ち誇った。


「ええ、見事なものですね。私にはとても真似できません」


 イセリアもこれは素直に認めた。

 前回の会戦においても、イセリアは苦い遅れを取ってしまったのだ。しかし、それも現状の実力差として認めるしかないということだろう。

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