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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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ビロンド・オムダリア

 そうして、ミスティンは幾度かの晩餐会を経験した。


 毎度の晩餐会には、いつも臨時政府の重鎮達が列席していた。

 代表のオトロス大公を始め、元老院の議員らしき者達がひしめき合う。この時間を借りて、諸侯は少しでも多くの利権にありつこうと駆け引きしているようだった。

 ミスティンも晩餐会の(たび)に、出席者へ積極的に話しかけていた。


 接待をするという役目柄、愛嬌(あいきょう)を振りまくのは何もおかしくはない。その流れで雑談するならば、不自然には見えないだろう。

 普段のミスティンは、気に入った相手とばかり話すことが多い。周囲からは物怖じしないように見られがちだが、それなりに人見知りもするのだ。

 特に一定以上の年齢の男には、若い娘として相応の警戒心も持っている。例えば、ソロンが男らしい男だったら、出会った竜玉船の時点で声をかけなかったに違いない。


 そういう意味では、親子ほど歳の離れた相手と渡り合うアルヴァは、本当に尊敬している。あれこそが、真に物怖じしないということだろう。

 それでも、これは自分が選んだ任務なのだ。アルヴァの期待に応えるため、なんとしてもやり遂げねばならない。


 大事なのは観察。

 元々、人間に対する洞察力はあるほうだ。おおらかな性格なので、他者に対して神経質に干渉はしない。けれど、他者を見ていないわけではないのだ。


 そんな中で、ミスティンは一人の男に注目していた。

 赤く派手なマントを羽織った中高年の男。

 腰に差された剣の柄が、マントの隙間から垣間見えている。一目見ただけで逸物であると分かった。将軍達が持つような魔剣の一種に違いない。


 兵士達がうやうやしく男に接する姿が、幾度も見て取れた。

 どことなくガノンドに容貌が似ているが、彼よりはいくらか若い。少なくとも、老人といった印象は抱かなかった。


 明くる日、ミスティンはガノンドを晩餐会の会場に呼び出した。

 使用人としての信頼を得る中で、お互いに多少の自由は()くようになったのだ。


「おじいちゃん、あの人知ってる?」


 まだ晩餐会が始まる前の時間だったが、男は少し早めに着席していた。ミスティンはそれを遠目から指差したのだ。


「ん?」


 見るなり、ガノンドの顔に緊張が宿った。


「――あれはビロンド・オムダリア。わしの弟じゃ。やはり、こちらにいおったか」

「間違いない?」

「弟の顔を見間違えはせんよ。それに、奴が腰に差している剣を見ろ。あれはオムダリア公爵家の家宝――炎獄(えんごく)の剣じゃ。わしはあの剣で、北方の亜人共をバッサバッサと斬り倒したんじゃぞ」

「そっか」


 納得とばかりに、ミスティンは手を叩いた。ガノンドに似ていると感じたのは、気のせいではなかったのだ。


「すっかり、偉そうになりおって……。昔はわしに泣きついてばかりのガキンチョだったくせに。それがオトロスに加担するなど、救いようのない阿呆めが……」


 表情を複雑に歪めて、ガノンドは弟を凝視していた。そこには積年の思いが込められているのかもしれない。


「実際、将軍なんだから偉いんだよ。あの人だったら、陛下の居場所も知ってるかな?」


 デモイが敗れた今、大公軍の最高指揮官はあの男になりそうだ。少なくとも、大公が自ら戦に出なければその可能性が高い。

 それだけの重鎮ともなれば、皇帝の居場所も知っているだろうか。


「そうだな、話を聞いてみてもよいじゃろう。大物振ってはいるが、しょせんはビロンド。お前さんのような別嬪(べっぴん)には滅法弱い。少し褒めてやれば、簡単に口を割るに違いあるまいて」


 たとえ将軍になろうとも、ガノンドにとってビロンドはその程度の扱いらしい。

 もっとも、二十数年の時間経過は決して無視できない。話半分に聞いておくべきだろう。


「おじいちゃんの弟だしね」

「……う、うむ」


 ガノンドは苦い顔をして頷いた。そこは否定できないらしい。


 *


 ともあれ、行動あるのみ。

 晩餐会が始まるなり、ミスティンは作戦を開始した。


「将軍閣下どうぞお取りください!」


 ミスティンはとびっきりの愛嬌(あいきょう)を振りまきながら、皿を運んだ。視線の先には、ガノンドの弟にして将軍――ビロンド・オムダリアがいた。周囲には部下らしい男達も着席している。


「近頃、よく見るね。どこから来たんだい?」


 皿の料理を手に取ったビロンドは、穏やかな態度で声をかけてきた。


「レスレダのセレスと申します。大公閣下のお膝元でお仕事をいただこうと、やって参りました」


 故郷の名前は正直に、名前は(いつわ)って答えた。

 自分の本名ならともかく、故郷を知られたくらいで正体が割れはしない。そもそも、アルヴァじゃあるまいし地方の小都市の名など知らないだろう。


「そうかセレス君か。良い心がけだね」


 案の定、ビロンドは故郷に触れなかった。代わりに、自らの持論を語り出す。


「――今、帝国は激動の時代を迎えている。この先、大公殿が皇帝になることはもはや疑いようもない。時流を読まねば、この先、生き残れはしないだろう」

「ははあ、時流ですか?」


 ミスティンはなるべく感じ入ったような声を作った。


「そう――時流だ。時流を見極められぬ者は、いずれ滅びる運命(さだめ)なのだ。新皇帝の元で、いかに国を作るかを考えねばならない」


 ビロンドは芝居の台詞を読み上げるように、滔々(とうとう)と述べていく。見るからに、自分の言葉に酔っているふうだ。

 ……というか、よく聞いてみれば先程と同じことしか言っていない。酔っぱらいにありがちな同じ話を繰り返すアレだ。顔も赤らんでいるので、酒が入っているのだろう。


「……えっと、アルヴァネッサ陛下が帝都に攻めてくるって聞いたんですけど、大丈夫なんですか? 噂だとデモイ将軍が負けたって……」


 ミスティンはあえてアルヴァとデモイの名を引き合いに出した。

 軍を預かるビロンドにとって、それぞれ別の意味で宿敵ともいえる存在だ。何か情報を引き出せるかもしれない。


「やれやれ、デモイのことは大公が伏せていたはずだがな……。まあ、いつまでも隠し通せるわけもあるまいか」

「じゃあ、やっぱり本当なんですね……!?」


 ミスティンは目を丸くして驚いた顔を作った。


「心配はいらない。私はデモイのように油断はせんからな。前皇帝の小娘が、何を企もうと無駄なこと。小娘の軍は帝都に入るのも叶わぬだろう。外壁に(はば)まれ、あたふたしている連中を、わが軍が捻り潰してくれるさ。君達は安穏(あんのん)と日々を送るがいい」


 ビロンドは余裕たっぷりに鼻で笑った。

 その横顔を張り飛ばしたくなったが、ミスティンは自制心で抑える。何かおだてる言葉を返そうかと思ったが――


「さすがは将軍閣下ですね。次の大将軍と目されるだけあります」


 ビロンドの隣にいた部下が話に割り込んできた。将軍の隣席ということは、副将軍かそれなりの幹部に違いない。

 話しながらも部下は空になったビロンドのグラスへと、ぶどう酒を注ぎ込む。

 これぞ処世術というヤツだろう。

 しかしながら、これはありがたい流れだ。ヨイショというものは、多人数でやったほうが効果を発揮するのだから。


「そうなんですか! 未来の大将軍が守ってくれるなら、安心ですね!」


 ミスティンも両手を合わせ、すかさず追従する。(しな)を作り、ビロンドへ尊敬の眼差し的なものを向けた。


「ふはは、よしてくれたまえ! 市民を守るのは軍人の義務というものだよ」


 ビロンドはガノンドそっくりの声と表情で笑った。


「――まっ、エヴァート陛下の頃には、ワムジーという老害がいたからな。年齢ではなく、家格と実力で評価すれば、誰が大将軍にふさわしいかは(おの)ずと分かろうというものだ」


 どうやら、調子に乗ってきたらしい。ノリが軽いところも含めて、やはり兄弟か。


「そうですね。やっぱり、強い人に守ってもらったほうが、みんなも安心ですもんね。……あっ、そう言えばエヴァート陛下って、まだこちらにいらっしゃるんでしたっけ?」


 これで少しは流れができただろうか。ここぞとばかりに、ミスティンは本命の話題を切り出した。やや強引かもしれないが、機会は逃せない。


「あー、それは……」


 部下がとがめるような視線をミスティンに寄越してくる。やはり、少し早急だったろうか……。


「ああ、そうだな。現陛下なら上にいらっしゃるよ」


 と、思いきやビロンド自らが躊躇(ちゅうちょ)なく答えた。


「上って、五階でしたっけ?」


 天井を指差しながら、ミスティンは何気なく尋ねる。


「うむ、よく知っているな。五階が皇帝一家のご住居だからね」

「陛下って、ご家族も一緒なんですか?」


 ミスティンは重ねて切り込んだ。ガノンドならもう少し質問を工夫しただろうが、生憎その種の器用さは持ち合わせていない。


「ふむ、気になるかね?」


 (いぶかし)しげにビロンドが、こちらの顔を覗き込んでくる。ひょっとして、不審に思ったのだろうか。

 今、周囲にいるのは屈強な軍人ばかり。

 上帝軍の間諜と疑われたなら、抵抗する手段はない。それでも、ここは押してゆくしかなかった。


「別々だったら、かわいそうじゃないですか。小さな皇子様もいらっしゃるのに」


 心配するような声音(こわね)を作って、ミスティンは答えた。ただ感情のまま尋ねているふうを装って。


「ふははっ、そうか、かわいそうか! セレス君は優しいのだな」


 ミスティンの答えに、ビロンドは顔をほころばせた。

 いかにも女らしい浅はかな考えだとみなしたのだろう。馬鹿にされているようではあるが、それはそれで都合がよい。


「いえ、私は……」


 ミスティンはいかにも困ったように苦笑してみせる。


「ご家族も一緒だから安心するがいい。退位の日までは皇帝であらせられるからな。つつがなく暮らしていただけるよう、我々も配慮するつもりだ」


 ビロンドは余裕に満ちた口調で言い切った。

 ミスティンは全身を集中し、彼の細かい仕草までを見逃さないようにする。その上でも、ウソをついているようには見えなかった。

 良くも悪くも、貴族とは伝統の中に生きる者達である。この期に至っても、皇帝に対する礼節は欠けないのだろう。


「そうなんですか。安心しました」


 ミスティンは肩の力を抜き、大きく息を吐いた。目当ての話を聞き出せた安堵からであるが、相手からも自然な仕草に見えただろう。

 後は自然に話を切り上げて、今日の仕事を終えるだけだ。

 そう考えていたところ――


「もっとも、エヴァート様はもうじき前陛下になるだろうがな。いずれにせよ、私と大公で、余生を平穏に暮らせるよう取り計らうつもりだ。いつかの女帝のように、下界へ追放というのも哀れなのでな。わっはっは!」


 ビロンドは余計な言葉を付け加え、悪気もなく高笑いした。

 懲罰覚悟で、やはりこの横面を張り倒してやろうか……。そんな欲求を必死に押し留めながら、震える手をミスティンは握りしめた。

 言葉を探すミスティンだったが。


「閣下、使用人相手に少し喋り過ぎでは……?」


 次に口を開いたのは、ビロンドの部下だった。


「ふはは、なんだお前は怯えているのか? どの道、城内では広く知れ渡っていることだ。それに、敵に漏れたところでどうしようもあるまい。鉄壁の守りを崩し、我らを(おびや)かすなどできるはずもないのだからな」

「は……ははは。確かにそうですな。私のような卑小は、どうも些事(さじ)にこだわってしまうようでして……」


 これ以上の注意は機嫌を損ねると察したらしい。部下はあっさりと折れてしまった。これも中間管理職の悲しい(さが)か……。


「なに、気にすることはない。お前のような気の利く部下がいるからこそ、俺はこうやって大きく構えていられるのだ」

「はっ、お気遣いありがとうございます!」


 表情を見る限り、部下はそれなりに感じ入っているようだった。これでもビロンドには、意外な人望があるのかもしれない。

 ともあれ、ビロンドの意識が部下へ向かったのは好都合だ。


「将軍閣下、貴重なお話ありがとうございました!」


 ミスティンは丁重に礼をして、仕事へ戻ることにした。

 ビロンドも機嫌がよさそうな笑みを浮かべて、見送ってくれた。こちらが間諜とはついぞ気づかず……。

 果たして、この男は阿呆なのか大物なのか……。

 ともあれ任務は成功だ。この男が痛い目に合うとしても、裁きを下すのは自分の仕事ではない。

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