表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
292/441

使用人セレス

 三人になったところで、ミスティンは帝都の街並みを見回した。


「お姉ちゃん、いないね」

「司祭だっけ。そりゃ、その辺にはいないでしょ」


 カリーナがそう言えば、ガノンドが続いて提案する。


「時間があれば、教会でも探してみればどうじゃ? 私用での寄り道は感心せんが、情報収集と考えれば悪くはなかろう」

「まあ、後でいいや。けど、思ったより平和そうかな」


 帝都の中では、以前と変わらず多くの市民が行き交っていた。記憶の中の活気あふれる帝都そのものである。


「物語に出るような邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王様でも期待したかの? オトロスとしても、市民感情を無視できん。為政者(いせいしゃ)としての資質を疑われんよう、気を払っておるのだろう」


 皇帝による専制国家としての印象が強いネブラシアだが、古くは市民が強い力を持った共和制国家でもあった。

 長く帝政が続いた今となっても、伝統的に市民を無視した政治は難しい。歴代の皇帝達も、市民への人気取りに奔走(ほんそう)したものだった。


「なるほどなるほど。けど、さすがに兵隊さんの数が多いね」


 至るところに見られるのは、槍を構えた衛兵の姿だ。以前よりも、明らかに増員されている。


「治安を維持せねばならん事情もあるだろうが、何より姫様の逆襲を恐れておるんじゃろうな」

「コテンパンにしたもんね」


 ミスティンが誇らかに言った。

 もっとも、表向き敗戦の事実は伏せられているようだ。ガノンドがさり気なく聞き込みをしてみたが、一般市民の認識では大公軍の優勢で終わったことになっていた。


「こっちだと、お姫様の快進撃は広まってないみたいだね」


 カリーナが口にすれば、ガノンドが応じる。


「当代のオトロスは余程の小心者と見えるな。負けが込んでいると見破られたくないのじゃろう。とはいえ、こんな姑息なやり口がいつまで通じるものではない。人の口に戸は立てられぬ。大きな戦いならば尚更な」


 実際、大将が捕虜になった上に、近隣のカトバまで占領されているのだ。大量の敗残兵だって帝都へ戻ってきているだろう。これを隠せると思っているなら、愚かとしかいいようがない。

 語るガノンドに、ミスティンも頷く。


「そうだね。商隊のみんなは知ってたし」


 商隊長に限らず、商隊ではしきりに会戦の話題が上がっていた。商売柄という以前に、カトバ方面から来た者ならば知らないほうが難しいだろう。


「さて、そんなことより城内への潜入じゃ。使用人の仕事がないか探してみるぞい」


 切り替えるようにして、ガノンドは帝都の中央へ続く道を歩き出した。


 目論見通り、帝都の各地にある掲示板には、使用人の募集が掲載されていた。帝都のような大きな都市では、役所は区域ごとに分かれている。

 三人はさっそく、役所の一つを訪ねた。


「わしは昔、先代オトロス様の軍で亜人と戦ったことがありましてのう。この歳で軍役は無理じゃが、それでも力になれぬかと思ってな。孫娘ともども伺いましたのじゃ」


 ガノンドは事前に用意した説明を役所で使った。

 先代オトロス大公は立派な人物であり、自ら積極的に北方の戦いへ参加していたという。

 現オトロスの人望や勢力は、その父から引き継いだものが大きい。若くして北方遠征に参加したガノンドも、その活躍を記憶に留めていたそうだ。


「人間の若い娘さんは歓迎だが……」


 ガノンドが熱心に語った説明を、役人はあっさりと流した。

 彼はまずミスティンへと目をやり、それからガノンドへと視線を移した。その後ろにいるカリーナには見向きもしない。


「むっ、ジジイと侮るでない。読み書き計算はおろか、力仕事だって若い者に遅れはとりませんぞ」


 難色を示す役人に向かって、ガノンドは胸を張った。演技ではなく、わりと本気で腹を立てているようだ。


「私もおじいちゃんと一緒がいいです」


 ミスティンもガノンドの腕をつかみ、仲の良い祖父と孫を必死で演じる。

 アルヴァによれば城内で雇う使用人は、それ相応に身元が保証されていなければならない。具体的には貴族や将官、神官といった社会的地位の高い者が仲介するのが常である。


 大公が今もその習慣を踏襲(とうしゅう)していたなら、望みは薄い。こちらには大公派の有力者に対する伝手(つて)はないのだ。

 となれば、城内への潜入は諦め、帝都内部からの支援に留める必要があるだろう。あるいはかつてソロンがしたように、城内へは強引な方法で忍び込むか……。


「まあ、いいだろう。今は猫の手も借りたいぐらいだからな」


 そう思っていたら、役人はあっさりと折れた。

 役人によれば、使用人の仕事は明日からでも開始できるらしい。どうやら、人手不足は予想以上に深刻なようだった。



「ふぅ……。うまくいったね。あたしは城には入れないけど、後は任せたよ」


 役所を出たところで、カリーナが口を開いた。

 このところ、使用人として大人しくしているため、鬱憤(うっぷん)が溜まっているかもしれない。


「ごめんね、カリーナ。私もカリーナと一緒にお城へ行きたかったんだけど……」


 ミスティンはそんなカリーナを気遣った。


「いや、あたしは別に行きたいわけじゃないから。そんなの、考えただけでおなか痛くなりそうだし」

「分かった。アルヴァがお城を取り戻したら、カリーナも一緒にお城へ行こう。もちろん、お姫様みたいな綺麗なドレスで」

「……なんか、話が噛み合ってない気がするけど。まあ、楽しみにしとくよ」

「ほっほっほ」


 と、ガノンドがそんな二人を微笑ましげに見つめながら。


「――まだ、日が暮れるまでには時間があるな。お前さんの姉とやらでも探してみるか?」

「そうさせてもらおうかな。おじいちゃんとカリーナは宿で待ってて」

「いや待て、お前さんだけでは目立つ。わしらも行ったほうがよかろう」


 セレスティンの妹が上帝側なのは、周知の事実である。公然と姉を尋ねるのは危険過ぎた。ガノンドはそこを気にしているのだろう。


「そうだね、付き合うよ」

「二人とも、ありがとう」



 そうして、三人は帝都内の教会へ探しに向かった。

 大聖堂を始めとして主要な教会を巡っていく。だが、セレスティンの姿は見当たらなかった。


「う~む、手がかりすら得られんとはのう」

「残念だったね」


 夕暮れに染まった教会の前で、ガノンドとカリーナはつぶやいた。

 セレスティンについて得られた情報は一つ。

 数週間前、妹へ会いにミューンへ向かったということだけ。ミスティンと再会して以降は、教会へも一切の連絡がないという。

 いったい姉はどこへ行ってしまったのだろう……。


「仕方ないね。気にはなるけど、今は任務を優先しよう」


 ミスティンは迷いを振り払い、二人と共に宿へと向かうのだった。


 *


「気をつけて行ってきなよ」


 カリーナの見送りを受けて、ミスティンとガノンドはネブラシア城へと向かった。

 皇城の手前にある橋の入口で、案内の兵士が待ち受けていた。兵士に従って、二人は城の正門へと続く橋を渡ったのだった。

 コンクリート製の見るからに頑強な城壁をくぐり抜ければ、白レンガの壮麗な建物がそびえ立っている。

 もっとも、その栄えある皇帝の居城も、今は謀反人達の溜まり場と成り果てていた。


 城内に入るのは、ミスティンにとって初めての経験ではない。アルヴァと同行する形で、何度かお邪魔したこともあるのだ。

 残念ながら身体検査は入念にされるため、武器の持ち込みはできなかった。さすがにそこまで警戒はゆるくないようだ。

 とはいえ、それも想定内。ここまでは順調。とんとん拍子といってよいだろう。


 しかし、正念場はここからだ。

 少しでもアルヴァの役立つ情報を得たい。理想を言えば皇帝の居所をつかみたい。

 だが、一介の使用人がそこまでの情報を得られる可能性は低いだろう。全ては、ミスティンとガノンドの努力にかかっているのだ。



「セレスです。よろしくお願いします!」


 使用人の控え室に向かったミスティンは、威勢よく偽名を名乗った。

 ちなみに、セレスという名は姉のセレスティンに由来している。本当はもっと独自の感性を発揮したかったが、カリーナに止められた。


「あなたが新しい子ね。さっそくだけど、これに着替えてちょうだい。大きさは合ってるかしら?」


 年配の女給が差し出してきたのは、使用人服だった。どうやら、この女給がまとめ役――つまりは女給頭になるらしい。

 更衣室に向かって、ミスティンは使用人服に着替えた。ややスカートの(たけ)が短いのが気になったが、大きさに問題はなさそうだ。


 控え室へ戻る途中の廊下で、ガノンドとばったり出会った。

 こちらも男性用の使用人服に着替えている。皇城としての品格を保つためか、使用人にしては上等な衣装だった。


「どうじゃミスティンよ。見違えたであろう。いや、セレスだったか」


 若者に負けまいとしてか、ガノンドは背筋をピンと伸ばしていた。

 ちなみに、ガノンドの偽名にはミスティンの祖父の名前がつけられている。『そのほうが覚えやすかろう』と彼が提案したのだ。

 もっとも、ミスティンは『おじいちゃん』としか呼ぶつもりはないが。


「うん。いつもと違って、今日は老紳士って感じだね」

「……それは褒めておるのか? わしは普段から老紳士じゃぞ」

「おじいちゃん、私はどう? かわいい?」


 ミスティンは(かろ)やかに一回転して見せた。スカートがふんわりと舞って、長い足が強調される。


「ええぞええぞ。これなら元老院のジジイどもも放っておかんだろう。わしもあと二十年若ければな……」


 ガノンドは鼻の下を伸ばして答えたが、


「まあ、おじいちゃんに褒められても仕方ないんだけどね。ソロンはあっち行っちゃったし」


 と、ミスティンは(はる)か下界を指差しながら、少年の顔を思い浮かべた。


「……だったらなんで聞いたのじゃ。もっと、老人を敬ってもバチは当たらんぞ」

「そんなことより、お仕事。雑談してると怒られるよ」

「正論だが、お前さんに言われたくはないぞい」


 二人は別れて、それぞれの職場へと向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ