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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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帝都潜入

 そうして、ミスティン、ガノンド、カリーナによる三人の旅が始まった。


 ……といっても、三人で外壁の外へ足を踏み出すわけではない。

 魔物蔓延(はびこ)る町の外とはいえ、ミスティンやガノンドは戦い慣れている。この三人にとっては、魔物もさしたる危険ではない。

 問題は、老人と娘の三人旅がどうやっても目立つことだった。


 そこでガノンドは先日のうちに、同行できる商隊を見繕(みつくろ)っていた。帝都で仕事を探すという名目でだ。

 商人の中には、上帝軍も大公軍も関係なく商売をする者がいた。戦争に(かこ)つけて利益を得ようとする者達だ。


 彼らは間接的に、上帝軍へ不利益をもたらすかもしれない。

 とはいえ、それを(とが)める時でもない。商人達も先行き不透明な情勢の中で、生活のために必死なのだ。今はこちらも目的のために利用させてもらうまで。

 ミスティンが弓の腕前を披露するや、商隊の者達も快く歓迎してくれた。魔物よけのために人数をそろえるのは、旅の常套手段なのだ。


 事前の約束通り、三人は門前で商隊に合流した。


 商人と護衛、馬と荷物の入り混じった数十人ほどの商隊である。

 荷物は大方、武器や食糧といったところだろう。けれど、表向きは布で覆い隠されていた。

 なんせ、カトバは今や上帝のお膝元である。帝都へ物資を運ぶ姿を、見咎(みとが)められてはたまらないというわけだ。


 カトバ市を出発した商隊は、南西の帝都へと向かう街道を進んでいく。三人も何食わぬ顔で、その後尾に加わっていた。幸い、ガノンドの足でも問題なく付いていける速さだ。


「ようお疲れさん」


 しばらく進んだところで、馬に乗った男が声をかけてきた。羽振りのよさそうな中年の男――何かと思えば当の商隊を率いる商隊長だ。

 この商隊において、馬の仕事はもっぱら荷物の運搬(うんぱん)である。そのため、人は基本的に歩く方針なのだが、そんな中でも商隊長だけは特別扱いらしかった。


「お疲れ様」


 と、ミスティンがそっけなく返せば、


「あんたら、帝都へ働きに行くんだったな。これから、戦場になるかもしれねえのに物好きだなあ」


 馬上の商隊長が話を向けてきた。探っている――というよりは、単に暇を持て余しているらしい。


「うん。戦争は心配だけど、帝都のほうが人手不足かなと思って」


 歩く足を止めず、ミスティンが申し訳程度に答えれば、


「世情はどうあれ、食い扶持(ぶち)が最優先じゃからの。それに、帝都へ向かうのはお前さんもじゃろう?」


 ガノンドがそつなく付け足し、質問を投げ返した。

 ちなみにカリーナはガノンドの背後で、いかにも使用人らしく控えている。商隊には亜人も混ざっているので、彼女が目立つこともなかった。


「俺は帝都が地元なんだよ。別にオトロスが好きなわけじゃねえが、家には帰らなきゃならねえ」

「なるほどのう。とすると、商売に行った先でオトロスの謀反(むほん)を耳にしたというわけか?」

「そういうこった。北方の亜人騒ぎが収まったと思いきや、今度は内乱だからな。……ところで、この前の戦は見たかい? ミューゼフ平原が戦場になったんだが、なかなか見ものだったぜ」


 商隊長は話の流れに乗って、そんな話題を切り出した。

 表情を見る限り、話したくて仕方ないといった様子である。どうやら、これが本題らしかった。

 ミスティンにしても興味のある話題だ。

 とはいえ、その戦場の真っ只中にいたなどと答えられるはずもない。どう返事したものかと思案していたら、


「残念ながら、わしは見れなんだ。大きな戦いだったらしいが、お主もよく行き会えたものじゃな」


 代わりにガノンドが応えてくれた。


「ああ、こいつで遠くから見ただけだがな。ちと怖くはあったが、一生に一度見れるかどうかだ。今後の見極めにも必要だし、土産話にでもと思ってね」


 と、商隊長は胸元にかけていた双眼鏡を見せびらかす。

 さすがは商人だけあって、情勢の把握に敏感らしい。もっとも、単なる野次馬根性も多分にあったろうが。


「ということは、上帝陛下も見たのかな?」


 ミスティンはふと気になって尋ねてみた。


「見たとも。遠くから見ただけでも、惚れ惚れするような立ち姿だったぜ。杖を振っただけで、ビュンって稲妻が飛ぶんだよ。目にも留まらぬ早業で、大公軍の兵士が一瞬で倒れていくわけよ」


 ここぞとばかりに商隊長は語ってみせる。


「そうなんだ。いいなあ~」


 ミスティンは勇ましく杖を振るうアルヴァの姿を思い出していた。自分もその隣りで弓矢を引いていたとは、やはり言えない。


「……姉ちゃん、急に食いついたな。上帝陛下が好きなのか?」

「うん、大好き」

「へへえ、そうか。俺も好きになったぜ。やっぱり、美人は何やっても映えるよなあ……。商売とは別だけど、心情的には応援したくなるからよお。それに比べて、オトロスなんてタダのおっさんだし」

「だよね~。オトロスとかイケてないし、やっぱり上帝陛下だよね」

「それから、なんといっても見所は魔剣士同士の一騎討ちだな。戦いは上帝軍の優勢だったんだが、大公軍のデモイ将軍もさすがの実力者でな。自ら剣を振るって、上帝軍のイセリア将軍に一騎討ちをしかけるわけよ」


 商隊長は得意気に語りながら、馬上で剣を振るう構えを取った。


「へえへえ」


 ミスティンも首を振りながら先を(うなが)す。既に知っているが、それだけに別の視点から話を聞くのも興味深い。


「イセリアの水の魔剣も相当なもんだったが、さすがに若い。デモイが振るう大地の魔剣の前に追い込まれてしまう。ところが――そこに助っ人の登場だ」

「わー、来た!」


 ミスティンは思わず拳を握りしめた。紙芝居を見る幼子のように素直な反応で。

 商隊長も俄然(がぜん)気をよくしたらしく、口調も芝居がかってくる。


「現れたのは赤い髪をした少年剣士。物凄い速さで坂を駆け上がるや、とどめを刺される寸前だったイセリアを助け出した。青い炎を放つ魔剣を手に、少年はデモイへ襲いかかる。デモイはあえなく大地に倒れ伏したのでした。終わり」

「ソロンだソロン! あれは蒼炎のソロンって言って、イドリスの王子様なんだよ。カッコいいよね!」


 ミスティンの目が途端に輝きを増した。

 商隊長はその勢いに退きながらも。


「イドリスって、あの下界の王国ってやつだっけ? 俺も商人として、一度は行ってみたいと思ってるんだけどなあ。……ってか、姉ちゃん、どうしてそんなこと知ってるんだ?」

「お嬢様」


 と、カリーナが小声でミスティンの肩を叩いてくる。一応、使用人の振りらしい。


「……軍にいる知り合いから聞いたんだ。私もよく知らないんだけど」


 ミスティンもさすがに喋りすぎたか――と、自重する。こう見えて、それなりに空気を読める女なのだ。


「へえ、そうなのか。ともあれ、蒼炎のソロンっていうのは初めて聞いたな。これから有名になってきそうだし、いいこと聞いたかもしれん」

「そうでしょ、覚えておいて損はないよ」


 こぼれる笑みと共に、ミスティンは強調した。

 帝国では無名であったソロンだが、本当は将軍達すら及びもつかない英雄なのだ。少なくとも、ミスティンにとっては。

 そんなミスティンの顔を馬上から見下ろしていた商隊長だったが、ハッと何かに気づいたように。


「それにしても……。姉ちゃん、よく見れば別嬪(べっぴん)だねえ」

「んー、そうかな?」


 途端、ミスティンは全くの無表情で気のない返事をした。先程の熱意から一転、驚きの温度差である。


「お世辞じゃないって。もっとめかしたら、貴族に間違えられるかもしれんぜ。お城で探さなくとも、うちで働いたら――」

「これ、わしの孫娘をナンパするでないぞ」


 商隊長の言葉をガノンドが(さえぎ)った。


「いや、じいさん。別にそんなつもりじゃ……。ただ、仕事に困ってるんだったらって思ってな。ははは……。そんじゃ、そろそろ俺は戻るよ」


 商隊長はごまかすように笑い、手綱を握りしめる。馬を御しながら、仲間達の元へと退散していった。


 *


「おじいちゃん、ありがと」


 商隊長の背中を見送ったところで、ミスティンはガノンドへと向き直った。


「なに。あれぐらい、どうということはない」


 ガノンドがそう言えば、カリーナが続ける。


「けど、あんた、けっこう露骨に表情が変わるよね。もう少し愛想よくしたほうがいいんじゃない?」

「だって、興味ないんだもん」


 自覚はあるが仕方ない。それが性分なのだ。


「普段はそれで構わんよ。しかし、今大事なのは任務だ。情報を聞き出すには愛想が必須じゃぞ」

「……ん、任務かあ。分かった頑張ってみる」


 任務は大事だ。それがアルヴァのためならば。


「うむ、その意気じゃ。となれば、笑顔の練習じゃな」

「ええー」


 ガノンドの珍妙な提案に、ミスティンは口を尖らせた。


「これ、嫌そうな声出すでない」

「坊っちゃんやお姫様と一緒の時は、いつもニコニコしているじゃない。さっきも二人の話題が出た時だけ、いい表情だったし」

「そうかなあ。確かに、二人と一緒なのが一番楽しいけど。んー、分かった。がんばってみるよ」


 二人の助言を得て、ミスティンはニッと笑顔を作った。


「うむ、その意気じゃ。……まあ、ちとぎこちないのは練習だな」


 それからミスティンは、二人の指導によって訓練に明け暮れた。笑顔の訓練と使用人の訓練である。


 カトバ市から帝都まではおおよそ四里。ゆったりと集団で歩いても五時間かそこら。太陽が真上に達する頃には、一行も帝都の東門前にたどり着いていた。


「緊張するねえ」


 商隊の後方に並んだミスティンがつぶやいた。表情はいつも通りに平坦だったが、内心ではそれなりに緊張していた。

 今、前方では門兵が商隊長に声をかけている。どうやら、これから積荷の検査をするらしい。


「そうじゃの。だが、自然にしておれば大丈夫じゃろ。連中だって、余り厳しくは検査できんよ」


 ガノンドが安心させようと声をかけてくれる。さすが年の功だけあって、落ち着いたものだった。

 実際、帝都の門を守る兵士は、思ったほど厳格ではないようだった。

 商隊の荷物を改めてはいるが、わずかな目視だけである。食糧はともかく、武器ですら何ら警戒していないようだった。


 とはいえ、それも仕方ないことかもしれない。

 大公にしても、戦争の遂行(すいこう)には商人の協力が不可欠なのだ。

 そのためには、より多くの商人を帝都へ呼び込まねばならない。内部への不穏分子の潜入を恐れて、武器の持ち込みを禁止するわけにはいかないのだ。


 積荷の検査が終わったらしく、商隊が門の中へと進み出した。

 ガノンドは魔石を外した杖を手に持って、堂々と進んだ。杖をついて歩く老人という風体である。肝心の魔石は(ふところ)に隠し持っていた。


 ミスティンは大型の袋の中に、弓矢を隠していた。

 もっとも、万が一発見されたところで狩猟用・護身用と言い張るだけである。外壁の外を歩くならば、一切の武器を持たないほうがむしろ不自然なのだ。


 カリーナに至っては、自然体そのものである。武器を何も持っていないため、疑われる心配は皆無だった。


 兵士達はこちらの顔を改めただけで、個人の荷物については確認すらしなかった。

 こうして、三人は帝都へと難なく潜入したのだった。


 三人は商隊の皆に礼を言った。もちろんミスティンは笑顔を作り、なるべく愛想よい声を出すようにして。


「困ったことがあれば、また声をかけてくれよ。当分は帝都で商売してるからよ」


 訓練の成果もあって、商隊長とも(こころよ)い別れを演じることができたと思う。

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