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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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老人と孫娘

 方針は決まった。ならば、詳細を練らねばならない。

 将軍達に軍備を任せ、潜入する三人とアルヴァは作戦会議を続けた。


「明日にでも出発するよ。おじいちゃんもカリーナもそれでいいかな?」


 善は急げとばかりにミスティンは言った。


「異論はないぞ。時間をかけたからといって、うまくゆくものではあるまいしな」

「だけど、どうするつもりなんだい?」

「だから、カリーナもそれを考えてよ。時間のかからない方法でね」

「う~ん、帝都に入るまではそんなに難しくないとは思うんだ。となると、問題はお城に入る方法だよね」


 カリーナは当惑しながらも、どうにか答える。


「ひとまず、変装ぐらいはしたほうがよいでしょうね」


 そこでアルヴァは提案した。


「変装かあ。別に私、アルヴァみたいな有名人じゃないけど」

「そうはいきません。有名でなくとも、ミスティンが私と一緒にいる姿を見た者もいるでしょう」


 帝国に返り咲いて以降、アルヴァはミスティンを公然と連れ歩いていた。その姿を記憶している者がいても、不思議ではない。


「お姫様の言う通りさ。付け加えれば、ミスティンのような別嬪(べっぴん)さんは印象に残るものなんだよ」

「別嬪というなら、カリーナもじゃよ。ほっほっほ」


 ガノンドが親馬鹿を披露(ひろう)するが。


「ガノンド先生にしても同様ですよ。無理に変装はしないでも構いませんが、気をつけてください。二十年振りとはいえ、敵方には実弟も含まれているのですから」

「ご、ごもっともですな」


 痛いところを突かれて、ガノンドはうろたえた。しかし、すぐに何かを思いついたようで。


「いや、変装といえばそうじゃな。……ミスティンや、お前さんもええとこの嬢ちゃんだったな。なら、礼儀作法はわきまえておろうな?」

「大丈夫。とりあえず、『ですます』つけとけばいいんだよね」


 ミスティンが自信満々に答えれば、ガノンドは不安げな顔になった。


「なるほどね。じゃあ、料理はできるかい?」


 と、カリーナは父の意図を察したようで質問を継ぐ。


「うん、獲物を取ってくるところから全部一人でできるよ」

「いや、そっちの技能はいらないけど。……まあ、専属の料理人がいるだろうし、給仕(きゅうじ)ができれば支障ないか。他の家事――例えば、掃除や洗濯はどう?」

「冒険者だし一通りは。けど、掃除は面倒だからあんまりしないかな」

「お前さん……。おなごにしては大雑把そうじゃからな」

「うん、まあね」


 呆れるようなガノンドの指摘に、ミスティンはなぜか胸を張った。


「…………」


 アルヴァもガノンドもカリーナも、その時には同じぐらい不安げな顔になっていた。

 アルヴァにとって、ミスティンは愛すべき親友である。親友だが……本当にこの人選でよかったのだろうか。


「もしかして、メイドさん?」


 アルヴァの胸中をよそに、ミスティンもガノンドの意図を察したようだった。


「うむ。現在、元老院の連中が城内に詰めているようだからな。使用人の募集もあるに違いあるまい」


 親族、秘書、護衛、召使い……。通常、貴族というものは多くの人を伴うものだ。そうして、人が増えた城内では使用人もまた増やす必要がある。ガノンドの作戦はそういうことだろう。


「使用人なら私もやったことあるし、ちょっとぐらいなら教えられると思うよ」


 カリーナが言えば、ミスティンも乗り気で頷く。


「うん。じゃあ、やってみる!」

「ならば、服装については私が手配しておきます。使用人服と旅装の両方を用意しておきましょう。ガノンド先生も同様でよろしいですか?」

「うむ、それでお願いしますじゃ」

「えっ、おじいちゃんもメイドさんやるの!? ソロンならともかく、おじいちゃんには無理だよ!」


 ミスティンが真剣に驚いていた。どうやら、本気で言っているようだ。


「……姫様、くれぐれも男性用の使用人服をお願いしますぞ」


 念を押すように、ガノンドはアルヴァのほうを見た。


「言われなくとも」


 *


 準備は整い、翌朝がやって来た。

 場所は人気(ひとけ)のない市庁舎の一室である。

 旅立とうとする三人を、アルヴァは見送りするところだった。隠密の任務であるため、自分以外に見送りの姿はない。


「あんまりかわいくないね」


 部屋に据えられた鏡を見ながら、ミスティンが感想をもらした。

 ミスティンはいつも後ろでくくっていた髪をほどき、背中へと流していた。こうして見れば、アルヴァに劣らず長く美しい髪である。

 もっとも、目的を考えれば余り華やかなのは好ましくない。飾り気のない旅装の上に、マントを羽織って印象をごまかしていた。


「それは我慢してください。人目を引かないための服装なのですから」

「けど、あんたも綺麗な髪してるねえ」


 流れるような金髪を見て、カリーナは感心してみせた。彼女のほうも、ミスティンと同じように質素な旅装をしていた。

 例によってウサギの耳は目立つが、亜人の奴隷を連れること自体はさして珍しくない。当人は不満だろうが、問題にはならないだろう。


「アルヴァには敵わないけどね」


 と、謙遜(けんそん)したミスティンだったが、ふと思い当たったらしく。


「――ああ、でもソロンもこっちのほうが好きなのかな。今度会った時のため、髪型変えてもいいかも」

「……それは本人に聞かないと分かりませんね。ただ、私はいつものミスティンも好きですよ」

「えへへ、ありがと」


 アルヴァがいつものように応えれば、ミスティンもいつものようにはにかんだ。

 そんな二人のやり取りを、呆れるような顔でガノンドが眺めて。


「いや、そんなことより髪は頭巾で隠したほうがよさそうじゃな。そのほうが男どもの目にはつかんじゃろう」

「そう? そこは大事なんだけどなあ……。でも、おじいちゃんがそういうなら」


 ミスティンは渋々ながら、助言に従うことにしたようだ。しばらくは相方として行動を共にする以上、意見は尊重するらしい。

 それから、ミスティンはガノンドの服装をまじまじと見つめて。


「けど、おじいちゃんはあんまり代わり映えしないね」


 ガノンドも同じように、飾り気のない服装をしていた。もっとも、公爵時代の彼と比較すれば、大抵の服装は貧相もいいところである。何もせずとも、十分な変装となっているのだった。


「わしは裏方じゃし、こんなもんじゃろ。表に出る仕事は、ソロンとナイゼルに任せておったからの。それに随分と歳を喰ったし、昔の知り合いと会っても気づかれる可能性も低かろう」

「それはそれで寂しいねえ」


 と、カリーナは父を哀れむ。


「まあの。しかし、今はそのお陰で役に立てそうじゃ」


 ガノンドはしみじみと返事をしたのだった。


 別れ際の雑談が終わり、いよいよ出発の時刻が近づく。

 人目につかぬよう、日が昇りきらないうちに市庁舎を出発せねばならない。


「ソロンに続いて、あなたまで危険な場所へ送るなんて……」


 感傷に浸らぬよう自分を律していたアルヴァだったが、ここに至って気持ちを抑えられなくなってくる。


「いい成果があったら連絡するから」


 ミスティンは努めて明るく応えてくれる。

 アルヴァはそんなミスティンをしかと抱きしめた。同性なので、ソロンの時よりも遠慮がない。


「本音を言えば、心配で仕方ありません。私の権限で取りやめさせようか、何度も逡巡(しゅんじゅん)しました」

「大丈夫だよ」


 ミスティンは根拠もなく楽観的に言って、アルヴァの背中へと手を伸ばした。いつものように不安さを全く感じさせない調子である。


「ううむ、これが耽美(たんび)というヤツかのう」

「ほんと、仲いいよね」


 その(かたわ)らから、ガノンドとカリーナが二人の抱擁(ほうよう)を眺めていた。


「じゃあ、行ってくる!」


 ミスティンはアルヴァから体を離し、市庁舎の扉を開いた。

 ガノンドも歳に似合わぬ健脚で、カリーナも軽い足取りでそれに続いたのだった。

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