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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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遺跡の罠

「この奥なら、機兵もやって来ないんじゃないですか?」


 ソロンが扉に駆け寄りながら、アルヴァに言った。


「そうですね。まずは開くかどうか確認しましょう」


 当然ながら古い扉である。最悪、壊れて開かなくなっている可能性も考えなければならない。

 ソロンが扉に触れて動かそうと試みるが。


「……ダメです。押しても、引いても、横に滑らせてもビクともしません」

「俺達も手を貸そうか」


 後ろに付いてきていた兵士や冒険者も力を貸してくれる。それでも、わずか足りとも動く気配がなかった。


「陛下。本当に扉なんですかね、これ? 壁を見間違えただけだったりして」


 ソロンが疑問を漏らした。


「ふうむ……」


 アルヴァは蛍光石のブローチを掲げて、扉を照らした。すると、何かの紋様が描かれていることが判明した。

 紋様とは魔法物質に印を刻むことで、その力を制御する仕組みである。この扉らしき物にも、何らかの魔法的なしかけがあるかもしれない。


「これは……魔法感応式の扉ではありませんか? 最も簡単な形式なら、一定以上の魔力を流せば反応するはずです」


 と、言いながらアルヴァは扉に手を触れた。

 どうやら実際に魔力を扉に流しているようだ。

 扉の紋様が淡い光を放ち出し、暗い通路を照らし出す。


「おお、正解みたいですね」


 それを見たソロンが声を上げた途端――

 扉が意外な反応のよさで回転し、アルヴァが向こう側に引きこまれた。


「ひゃっ!?」

「陛下!?」「アルヴァネッサ様!?」


 アルヴァが悲鳴を上げれば、続いて皆も一斉に声を上げた。

 ソロンも慌てて扉に触れて、同じように魔力を流し込む。

 たちまち扉が回転し、ソロンも向こう側に引きこまれた。勢いのよい回転に押し出されて、向こうにいた人物にゴツンとぶつかる。


「きゃあっ!?」


 本日、二回目の悲鳴。

 ソロンはこの人でも、こんな悲鳴を上げるのだな――などと密かに感心しながらも謝罪する。


「ごめんなさい……大丈夫ですか?」

「ええ、何とか……」


 顔を上げてみると、目に入るのはアルヴァの胸元から放たれる光だけ。

 それもそのはず、ランプを持っていた仲間は扉の向こう側なのだ。今や彼女の蛍光石だけが唯一の光源だった。

 こうなっては後の祭りである。

 アルヴァが扉に魔力を流し込み、開くかどうか試してみるが――


「こちらからは開かないようです。……すみません、私の不注意でした」


 アルヴァが意気消沈して、ソロンに謝った。


「だ、大丈夫ですよ。それより――」


 ソロンはアルヴァを慰めながら、扉に顔を近づけた。


「――そっちに魔法を使える人はいませんか!?」


 そうして、扉の向こうへと呼びかける。

 魔道士がいれば、向こう側から扉に魔力を流せばよいだけだ。孤立することはない。

 少し間があってから、返事が戻ってきた。


「すまん。一人もいない。魔法が使える者はみんな、あっちで機兵と戦ってる」

「……そうですか。でしたら、こっちはこっちで何とかしてみます」


 申し訳なさそうな兵士の声に、ソロンも落胆を隠して返事をした。

 さっきは思わずアルヴァの後を追ってしまった。だがそのせいで、向こうには誰も魔法を使える者がいなくなってしまったのだ。

 後ろを振り向けば、アルヴァがさらに悄然としていた。


「――ごめんなさい。そもそも僕が落ち着いて、みんなを連れてくればよかったですね……」

「いえ、そもそもが私の失態ですから……。あなたは気にしないで」


 そう言ってから、彼女は扉の向こうに呼びかける。


「――少なくとも、こちらには機兵がいないので安全です。そちらの皆さんは、他の方々を助けに向かってください」


 ソロンはとりあえず、この人を孤立させなかっただけ、マシだったかなと思い直した。

 改めて辺りを見回せば、この辺りは広い通路になっている。今までとは雰囲気が違っていた。


「陛下、ここで待ちますか? ミスティンが来てくれたら、助かるんですけどね」


 ソロンの提案に、アルヴァは首を横に振って。


「いいえ、他の道を探してみましょう。戻る道があれば、皆を助けに向かえますから」

「分かりました」


 ソロンもそれに同意し、先へ進む決意を固めた。


 *


 二人きりで静かな地下通路を歩き続ける。

 大勢の仲間達がいなくなったため、二人の足音だけが寂しく鳴り響いていた。


 たちまち気まずくなったソロンは、何か話題を振ろうと悩み出した。しかしながら、相手が相手である。迂闊(うかつ)なことを言って、逆鱗(げきりん)に触れてはならない。

 仕方なくキョロキョロとソロンは周囲を見回すが、岩壁が続くばかり。元の場所に戻れるような扉は見当たらない。


「……ですが、これで可能性が高まりました。この地下に杖が隠されているに違いありません」


 少し進んだところでアルヴァが話を始めた。消沈していた彼女も、いくらか気を取り直したらしい。


「どういうことですか?」

「言葉通りです。このような罠があること自体、ここがただならぬ場所である証拠です。日常的に使うような施設なら、罠などしかけるはずもありませんから」


 罠にかかっても彼女は決してめげなかった。この執念にはソロンも呆れるやら感心するやらである。

 そうして、ひらけた道をアルヴァが迷いなく進んでいく。

 けれどこの遺跡では、またどのような危機が襲ってくるか分からない。ソロンは少し心配になって声をかけた。


「僕が前に出ますよ。あなたは帝国にとって、代えがきかない人なんですから」


 もっとも、ソロンにしても故郷を救えるのは、自分だけだと使命感を持っている。その意味では、ソロンだって代えがきかない人間なのだ。

 それでも、そう口にしたのは勇敢なアルヴァの無鉄砲さが、気懸かりだったからである。


「代えがきかない――ですか。残念というか幸いというか、私だって唯一無二(ゆいいつむに)ではありません。死んだところで、帝国の土台は揺らぎもしないでしょう」


 ところが、その彼女から意外な答えが返ってきた。


「だけど、あなたは皇帝なんでしょう? この国で一番の権力者で……」

「皇帝というのは、帝国という体系の一機関に過ぎません。皇帝が崩御すれば、元老院が次の皇帝を選出するだけ……。私自身は百年も経てば、短命な皇帝の一人として、歴史書の片隅に載る程度でしょう」


 そう率直に語るアルヴァは少し寂しげに見えた。

 それから、こう付け足した。


「――そもそも、慣例に従えば私は皇帝になれなかったはずですから」

「えっ、どういうことですか?」


 意外な言葉に、ソロンは彼女の顔を凝視してしまう。


「皇帝が崩御した際に皇太子が定まっていなかった場合、通常は男子が優先されるのです。私には立派な従兄がいるので、本来なら彼が戴冠(たいかん)すべきでした」

「それじゃあ、どうしてあなたが?」

「さあて、それは元老院のみぞ知るところです」

 と、アルヴァはどこか投げやりに答えた。

「――大方、(くみ)しやすい小娘とでも考えたのでしょう。強い指導力を発揮した父の時代、相対的に彼らの影響力は縮小したわけですから」

「なるほど、そういうことだったんですか……」


 ソロンはようやく納得した。

 どうやら、ソロンの故郷よりもよほど複雑な論理が働いているらしい。


「ですから、私はそれ以上を成し遂げるために力が欲しい。多少の危険は承知の上です」


 この女性は計算高いようで、案外正直なところがある。

 それでソロンも少しだけ、アルヴァという人物のことを理解できた。結局は彼女も、自分の生きる価値を見出すために必死なのだ。


「でしたら言い方を変えます。僕はあなたが心配だから。勇敢なのは結構ですが、もう少し自分を大事にしてください」


 ちょっと生意気だったかな――とソロンが気にかけていると、アルヴァが口を開いた。


「お気持ちだけは、ありがたく受け取っておきましょう。ですが、あなただって故郷のため、懸命に努力しているのでしょう? 私のために命を賭けることはありませんよ」


 帝国人でもないソロンが、自分のために無理する必要はない。そういう意味だろう。


「それでも、仕事として引き受けた以上は任せてください。雇い主を危険にはさらしたくありませんから」


 そう言ってソロンが前に出た。

 それ以上は彼女も何も言わなかった。


 *


 やがて、二人の前に重々しい岩の扉が現れた。

 扉にはやはり紋様が刻まれている。


「先程と同じしかけでしょうか?」


 と、またもアルヴァが扉へと近づこうとする。……が、その腕をソロンがすかさずつかんだ。


「ちょっと待って!」

「……慌てなくとも大丈夫ですよ。先に確認するだけです」


 アルヴァは至って落ち着いたまま応えた。


「だったらいいんですけど……。あっ、ごめんなさい」


 ソロンは慌てて手を放したが、今度はそれをアルヴァがつかみ返す。


「これならまた扉が回転しても、はぐれることはないでしょう。それでよろしいですか?」

「……分かりました」


 罠が心配だったが、彼女はあくまで先に進むつもりのようだ。ソロンも仕方ないと覚悟する。

 アルヴァが扉に手を触れれば、紋様が光り出す。

 扉は回転するのではなく、横へ滑るように開いた。

 拍子抜けして中を覗けば、広大な空間が広がっている。

 二人で手をつないだまま足を踏み入れれば、後ろの扉が音を鳴らして閉じてしまった。


「やはり、罠でしたか……」


 今回は冷静にアルヴァがつぶやく。この程度の罠は二人とも承知の上だった。


「静かに……!」


 ソロンはアルヴァを手で制して、耳を澄ませた。

 重い物を引きずるような音を鳴らしながら、何かが動く気配がする。部屋に入ったことに反応して、何かが動き出したのかもしれない。


 ソロンはとっさに、天井から垂れる木の根に向かって刀を向けた。

 木の根に火球が着弾し、炎が上がる。

 広い部屋が少しずつ照らされていく。光源がアルヴァのブローチだけでは、いざという時に対応できないと判断したのだ。


「あれは……!」


 ソロンは静かに指差した。

 燃える根の下に照らされたのは、床に転がった黒い機兵だった。ただし、先程戦ったものより何倍も巨大である。

 機兵はゆっくりした動作で起き上がろうとしていた。

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