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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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皇城潜入作戦

 占領したカトバの市庁舎にて会議が行われた。

 参加者は、アルヴァや将軍達を始めとした幹部達である。ミスティンやガノンド、カリーナもちゃっかりとアルヴァの近くに陣取っていた。


「デモイ将軍は捕らえ、食糧庫としてカトバも抑えました。今のところ、この戦争は我々の優位に進んでいます」


 アルヴァは含みを持たせた言葉で切り出した。


「ですが……」

 イセリアがアルヴァの懸念を理解したのか、口を開く。

「――これで敵も迂闊(うかつ)にはしかけてこないでしょう。長期戦は避けられないかもしれません」


 アルヴァはこくりと頷いて。


「おっしゃる通りです。可能ならデモイ将軍の時のように、会戦で決するのが手っ取り早いところですが……。けれど、大公も帝都を抑えた利を手放しはしないでしょう」


 カトバは帝都に近いが、防衛には向かない構造である。拠点としては心もとないが、それも計算の内だった。

 大公がこちらの防備の弱さを狙って、再び大軍を送ってくるならば望むところだ。二度目の会戦で雌雄(しゆう)を決するまで。

 しかしながら、先の大戦はあまりに勝ち過ぎた。将軍の一人を失った状態で、大公が拙速にしかけてくるとは考えにくい。


「ふむ、オトロスは閉じこもるか。……どう崩したものでしょうな」


 ゲノスが(あご)に手をやって思案する。

 難攻不落の帝都に閉じこもることで時間を稼ぎ、諸侯の援軍を待つ。それが大公の戦略だと考えられた。

 援軍を期待できるのはこちらも同じだが、それでは戦争の拡大を避けられない。何より、こちらは皇帝を人質に取られているのだ。


「敵も帝都を完全に封鎖はできないはず」

 アルヴァが見解を口にする。

「――物流の中枢であることが帝都の強みですから、それを捨てるのは愚の骨頂。そこを理解できぬほど、大公も愚かではないでしょう」


 これはかつて、ナイゼルも同じような見解を述べていた。実際、そうだったからこそ、彼らは帝都を脱出し、ソロンとの合流に成功したのだ。


「誰かを内部に潜り込ませるということですか?」


 イセリアがやはりアルヴァの意図を理解し、継ぎ足した。


「ええ、皇帝陛下の所在をつかめぬまま、行動を移すには不安があります。特にわが軍が皇城へ踏み入る際、自暴自棄になったオトロスが何をしでかすか分かりません。可能なら陛下が害されぬよう、城内から見張る――理想を言えば救出する役目が必要でしょう」


 アルヴァがさらに語れば、イセリアも同調してくれる。


「そうですね、上帝陛下の考えに私も同意します。ですが、どの者を忍び込ませるかが問題になるでしょう」

「私が中に潜入しても構いませんが」


 アルヴァはふとそんなことを口に出してみるが、


「何をおっしゃいますやら! そういう勇気は匹婦(ひっぷ)の勇――大将のやることではありますまい。それに、あなたは顔が知られすぎています。少しばかり、変装したぐらいではとても……!」


 ゲノスは考える価値もないとばかりに案を否定した。


「あくまで案としてですよ。さすがにそれは承知しています」


 アルヴァは不満げに眉をひそめたが、反論できず引き下がった。ソロンやミスティンを相手に、無茶を通すことに慣れすぎていたのだ。


「それでは私が。父の安否も探らねばなりません」


 次に立候補したのは、イセリアだった。


「確かに、あなたなら大抵の危険は自分で対処できるでしょう。ですが、顔が知られているという点では私と変わりません。あなたには、軍の指揮もお願いしたいところですし」


 冷静になったアルヴァは、イセリアの立候補を却下した。


「ふ~む……。軍の中から、潜入任務の経験があるものを探しましょうか? もっとも、北方軍にはそのような者はおりませんが……。イセリア将軍の傘下ではどうかな?」


 ゲノスがイセリアへと話を振った。

 亜人との戦いが大半だった北方では、潜入任務の出番もない。経験者がいないのも仕方ないことだろう。


「いや、私の担当も外国との接点はありませんから。オーゼ将軍やゾンディーノ将軍なら違ったでしょうが……」


 イセリアも首を振って否定した。大将軍の副官として日が浅いイセリアは、やはり他国と対峙するような任務の経験がないらしい。

 西方のプロージャ連合国に対するオーゼ将軍。南のサラネド共和国に対するガゼット・ゾンディーノ将軍……。他国への諜報任務は、この二人がとりまとめていたのだ。


「じゃあ、私がやろうか?」


 立候補したのはミスティンだった。


「あなたが……?」


 アルヴァはそんなミスティンをしげしげと見た。


「うん」


 空色の瞳は平然とこちらを見返している。


「ふうむ、陛下よりは現実的でありますが……」


 ゲノスは値踏みするようにミスティンを見やった。

 ゲノスからしてみれば、ミスティンは得体の知れない娘でしかない。肯定する材料はないが、さりとて否定する材料もないのだろう。


「そう簡単ではないでしょう。ミスティンには難しいと思いますが……」


 この友人はとぼけているようで意外と機転の()くところもある。アルヴァはそう評価していたが、さりとて全面的に任せて大丈夫だろうか。危険はないだろうか。

 自分のこととなれば危険をいとわぬアルヴァであるが、相手が友人となれば勝手は違ってくる。


「むう、バカにしないでよ。私だってやる時はやるんだから」


 ミスティンは子供っぽく頬をふくらませた。なおさら、任せてよいか不安になる仕草であった。


「不安ならば、わしもゆこうか?」


 そこでもう一人の人物が立候補した。元帝国公爵にして、今はイドリスの老臣ガノンドだった。


「ええ、親父さんが……?」


 カリーナが顔をしかめた。


「ガノンド殿がですか……?」


 ゲノスは意外な立候補をした軍の先輩へと目をやった。


「帝都の連中も、二十数年前のわしの姿しか覚えとらんだろうしな。それに、多少は帝都の事情にも通じておるつもりじゃ」

「確かに……。私自身も声をかけられねば、誰だか分かりませんでしたな」

「カリーナも行く?」

「行ってもいいけど、あたしはこれが目立つからね。町中まではともかく、お城は無理だよ」


 ミスティンの提案に、カリーナは長耳を振って答えた。

 事実、上位の貴族になるほど亜人を敬遠する傾向がある。その点、亜人を目立たず城内に連れ込むのは不可能だろう。


「じゃあ、帝都に入るのは三人で。お城には二人で潜入だね」

「ふむ。お前さんならわしの娘としてちょうどよかろう。年頃はカリーナと大差ないしな」

「えっ? どうみても孫娘だよ」


 ミスティンはきょとんとした瞳でガノンドを見た。


「娘じゃ」

「孫」


 両者、一歩も譲らなかった。


「そんなことより」不毛なやり取りを見兼ねて、カリーナが(さえぎ)った。「本当に行くつもりなのかい?」


 アルヴァも同意して。


「何もあなた方が危険をかぶらなくとも……。探せば任務に適した者も、見つかるかもしれません」

「そうは言いますが、わしらより適任がそう簡単に見つかりますかな? いざという時、魔法も使える者であったほうが便利じゃろう。それに、誰かが危険に遭うのは同じじゃろうて」

「それは、そうですが……」


 アルヴァが渋るのは、二人が自分にとって親しい者だからに他ならない。


「私だって、アルヴァのためになりたいんだ。いつもアルヴァにばかり負担をかけてるからね。いつもだったら、ソロンがやるんだろうけど、今はいないし。ここは私の出番かなって」


 ミスティンがいつにもなく強く主張する。その眼差(まなざ)しは真摯(しんし)に、アルヴァへと訴えかけてくる。


「そういうことじゃ。一度、帝国を離れた身とはいえ、オライバル様への恩はいまだ忘れてはおらん。この老体が貢献できるなら望外の喜びじゃよ」


 ガノンドも意志の強さを老いた瞳に宿らせていた。


「しょうがないなあ。町中まではあたしも付き合うよ。お姫様もそれでいいかい?」


 カリーナも父を放っておけないらしい。

 アルヴァは結局、彼女達の主張を退ける論拠を持たなかった。



「ところで娘か、孫娘という話じゃが」


 アルヴァが押し黙ったところで、ガノンドが論争を再開しようとした。いかにも、それが重要だとでもいうように。


「孫」


 ミスティンはわずか一言で片付けようとする。


「……まあいい。ここは年長者が折れるべきじゃろう」


 露骨に不満そうではあったが、ガノンドは引き下がった。


「だけどそれだと、あたしはどういう立場になるのかな?」


 カリーナが指摘すれば、ミスティンが深く悩み出した。


「う~ん、難しいことを言うねえ。おじいちゃんの娘だから、私のお母さんかなあ?」

「……面倒だから、あたしは二人の使用人でいいよ。どうせ城までは行かないし」


 カリーナは投げやりに言い放つのだった。

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