皇城潜入作戦
占領したカトバの市庁舎にて会議が行われた。
参加者は、アルヴァや将軍達を始めとした幹部達である。ミスティンやガノンド、カリーナもちゃっかりとアルヴァの近くに陣取っていた。
「デモイ将軍は捕らえ、食糧庫としてカトバも抑えました。今のところ、この戦争は我々の優位に進んでいます」
アルヴァは含みを持たせた言葉で切り出した。
「ですが……」
イセリアがアルヴァの懸念を理解したのか、口を開く。
「――これで敵も迂闊にはしかけてこないでしょう。長期戦は避けられないかもしれません」
アルヴァはこくりと頷いて。
「おっしゃる通りです。可能ならデモイ将軍の時のように、会戦で決するのが手っ取り早いところですが……。けれど、大公も帝都を抑えた利を手放しはしないでしょう」
カトバは帝都に近いが、防衛には向かない構造である。拠点としては心もとないが、それも計算の内だった。
大公がこちらの防備の弱さを狙って、再び大軍を送ってくるならば望むところだ。二度目の会戦で雌雄を決するまで。
しかしながら、先の大戦はあまりに勝ち過ぎた。将軍の一人を失った状態で、大公が拙速にしかけてくるとは考えにくい。
「ふむ、オトロスは閉じこもるか。……どう崩したものでしょうな」
ゲノスが顎に手をやって思案する。
難攻不落の帝都に閉じこもることで時間を稼ぎ、諸侯の援軍を待つ。それが大公の戦略だと考えられた。
援軍を期待できるのはこちらも同じだが、それでは戦争の拡大を避けられない。何より、こちらは皇帝を人質に取られているのだ。
「敵も帝都を完全に封鎖はできないはず」
アルヴァが見解を口にする。
「――物流の中枢であることが帝都の強みですから、それを捨てるのは愚の骨頂。そこを理解できぬほど、大公も愚かではないでしょう」
これはかつて、ナイゼルも同じような見解を述べていた。実際、そうだったからこそ、彼らは帝都を脱出し、ソロンとの合流に成功したのだ。
「誰かを内部に潜り込ませるということですか?」
イセリアがやはりアルヴァの意図を理解し、継ぎ足した。
「ええ、皇帝陛下の所在をつかめぬまま、行動を移すには不安があります。特にわが軍が皇城へ踏み入る際、自暴自棄になったオトロスが何をしでかすか分かりません。可能なら陛下が害されぬよう、城内から見張る――理想を言えば救出する役目が必要でしょう」
アルヴァがさらに語れば、イセリアも同調してくれる。
「そうですね、上帝陛下の考えに私も同意します。ですが、どの者を忍び込ませるかが問題になるでしょう」
「私が中に潜入しても構いませんが」
アルヴァはふとそんなことを口に出してみるが、
「何をおっしゃいますやら! そういう勇気は匹婦の勇――大将のやることではありますまい。それに、あなたは顔が知られすぎています。少しばかり、変装したぐらいではとても……!」
ゲノスは考える価値もないとばかりに案を否定した。
「あくまで案としてですよ。さすがにそれは承知しています」
アルヴァは不満げに眉をひそめたが、反論できず引き下がった。ソロンやミスティンを相手に、無茶を通すことに慣れすぎていたのだ。
「それでは私が。父の安否も探らねばなりません」
次に立候補したのは、イセリアだった。
「確かに、あなたなら大抵の危険は自分で対処できるでしょう。ですが、顔が知られているという点では私と変わりません。あなたには、軍の指揮もお願いしたいところですし」
冷静になったアルヴァは、イセリアの立候補を却下した。
「ふ~む……。軍の中から、潜入任務の経験があるものを探しましょうか? もっとも、北方軍にはそのような者はおりませんが……。イセリア将軍の傘下ではどうかな?」
ゲノスがイセリアへと話を振った。
亜人との戦いが大半だった北方では、潜入任務の出番もない。経験者がいないのも仕方ないことだろう。
「いや、私の担当も外国との接点はありませんから。オーゼ将軍やゾンディーノ将軍なら違ったでしょうが……」
イセリアも首を振って否定した。大将軍の副官として日が浅いイセリアは、やはり他国と対峙するような任務の経験がないらしい。
西方のプロージャ連合国に対するオーゼ将軍。南のサラネド共和国に対するガゼット・ゾンディーノ将軍……。他国への諜報任務は、この二人がとりまとめていたのだ。
「じゃあ、私がやろうか?」
立候補したのはミスティンだった。
「あなたが……?」
アルヴァはそんなミスティンをしげしげと見た。
「うん」
空色の瞳は平然とこちらを見返している。
「ふうむ、陛下よりは現実的でありますが……」
ゲノスは値踏みするようにミスティンを見やった。
ゲノスからしてみれば、ミスティンは得体の知れない娘でしかない。肯定する材料はないが、さりとて否定する材料もないのだろう。
「そう簡単ではないでしょう。ミスティンには難しいと思いますが……」
この友人はとぼけているようで意外と機転の利くところもある。アルヴァはそう評価していたが、さりとて全面的に任せて大丈夫だろうか。危険はないだろうか。
自分のこととなれば危険をいとわぬアルヴァであるが、相手が友人となれば勝手は違ってくる。
「むう、バカにしないでよ。私だってやる時はやるんだから」
ミスティンは子供っぽく頬をふくらませた。なおさら、任せてよいか不安になる仕草であった。
「不安ならば、わしもゆこうか?」
そこでもう一人の人物が立候補した。元帝国公爵にして、今はイドリスの老臣ガノンドだった。
「ええ、親父さんが……?」
カリーナが顔をしかめた。
「ガノンド殿がですか……?」
ゲノスは意外な立候補をした軍の先輩へと目をやった。
「帝都の連中も、二十数年前のわしの姿しか覚えとらんだろうしな。それに、多少は帝都の事情にも通じておるつもりじゃ」
「確かに……。私自身も声をかけられねば、誰だか分かりませんでしたな」
「カリーナも行く?」
「行ってもいいけど、あたしはこれが目立つからね。町中まではともかく、お城は無理だよ」
ミスティンの提案に、カリーナは長耳を振って答えた。
事実、上位の貴族になるほど亜人を敬遠する傾向がある。その点、亜人を目立たず城内に連れ込むのは不可能だろう。
「じゃあ、帝都に入るのは三人で。お城には二人で潜入だね」
「ふむ。お前さんならわしの娘としてちょうどよかろう。年頃はカリーナと大差ないしな」
「えっ? どうみても孫娘だよ」
ミスティンはきょとんとした瞳でガノンドを見た。
「娘じゃ」
「孫」
両者、一歩も譲らなかった。
「そんなことより」不毛なやり取りを見兼ねて、カリーナが遮った。「本当に行くつもりなのかい?」
アルヴァも同意して。
「何もあなた方が危険をかぶらなくとも……。探せば任務に適した者も、見つかるかもしれません」
「そうは言いますが、わしらより適任がそう簡単に見つかりますかな? いざという時、魔法も使える者であったほうが便利じゃろう。それに、誰かが危険に遭うのは同じじゃろうて」
「それは、そうですが……」
アルヴァが渋るのは、二人が自分にとって親しい者だからに他ならない。
「私だって、アルヴァのためになりたいんだ。いつもアルヴァにばかり負担をかけてるからね。いつもだったら、ソロンがやるんだろうけど、今はいないし。ここは私の出番かなって」
ミスティンがいつにもなく強く主張する。その眼差しは真摯に、アルヴァへと訴えかけてくる。
「そういうことじゃ。一度、帝国を離れた身とはいえ、オライバル様への恩はいまだ忘れてはおらん。この老体が貢献できるなら望外の喜びじゃよ」
ガノンドも意志の強さを老いた瞳に宿らせていた。
「しょうがないなあ。町中まではあたしも付き合うよ。お姫様もそれでいいかい?」
カリーナも父を放っておけないらしい。
アルヴァは結局、彼女達の主張を退ける論拠を持たなかった。
「ところで娘か、孫娘という話じゃが」
アルヴァが押し黙ったところで、ガノンドが論争を再開しようとした。いかにも、それが重要だとでもいうように。
「孫」
ミスティンはわずか一言で片付けようとする。
「……まあいい。ここは年長者が折れるべきじゃろう」
露骨に不満そうではあったが、ガノンドは引き下がった。
「だけどそれだと、あたしはどういう立場になるのかな?」
カリーナが指摘すれば、ミスティンが深く悩み出した。
「う~ん、難しいことを言うねえ。おじいちゃんの娘だから、私のお母さんかなあ?」
「……面倒だから、あたしは二人の使用人でいいよ。どうせ城までは行かないし」
カリーナは投げやりに言い放つのだった。