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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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騎士の誓い

 ミューン港には数多くの竜玉船が出入りしていた。

 戦時中とはいえ、都市間の交易が止むことはなかった。むしろ、積極的に交易を奨励(しょうれい)し、経済を活性化させ味方を作る――それがアルヴァの方針だった。


 時は既に三月――帝国暦でいえば大地の月となっていた。

 春が近づき、日差しも日増しに強くなっている。そんな中で雲海から吹きつける風は、いまだ冬の寒さを残していた。


「本当に、僕がいなくても大丈夫?」


 竜玉船の前に立ったソロンは、向き合うアルヴァへと声をかけた。

 後ろ髪を引かれながらも、ソロンは下界の故郷へ戻ると決めた。みな自らの大切なものを守るために戦っている。ここで情けなく悩む姿は見せたくなかった。

 事態を考えれば、悠長にしている暇もない。ソロンはその日のうちに、ミューン港から出発する船へと乗り込むことにしたのだ。


 そして、アルヴァ達は忙しい中でも、見送りに来てくれた。

 見送りを受けるのは三人、見送りをするのは四人である。アルヴァの手をわずらわせないためもあって、この場には親しい者しかいなかった。


「クドいですよ、ソロン。竜や神獣ならばともかく、相手はただの大公です。デモイ将軍を捕縛(ほばく)した今、恐れる相手もいません」


 実際には、いまだ戦力で上帝軍が大公軍を上回っているとは言い難い。敵側に回った将軍も残っている。何より、ザウラスト教団の影もあるという。

 それでも、アルヴァは自信を崩さなかった。


「やっぱり心配なんだよね。グラットに君を守るって宣言した手前、ちょっと格好つかないしさ」

「十分に守っていただきましたよ。先の戦いで」

「そうそう、私やイセリアがアルヴァを守るから大丈夫だよ。おじいちゃんとカリーナも残ってくれるしね」


 ミスティンはそう言って、隣にいる二人を指差した。


「うむうむ。ビロンドが敵にいると聞いては、わしも座視できませんからな。この老体が役に立つかどうかは分からぬが、こちらに残る以上は姫様の力になりますぞ」


 ガノンドはカカッと元気よく笑う。

 彼の弟――ビロンド・オムダリアは、将軍として大公に従っているという。


 もっとも、ガノンドが帝国へ残るのは個人的な事情だけではない。

 事態が急転したとはいえ、イドリスにとって帝国とのつながりが重要なのは変わりない。そのため、誰かが帝国へ残り、情勢の変化を見届ける必要もあったのだ。


「あたしは役に立てるかどうか怪しいけど……。まあ、雑用と親父さんの介護ぐらいはやったげるよ」


 と、カリーナは軽い調子で応える。介護と言われて、ガノンドは顔をしかめていた。


「あはは、よろしくね。……先生もアルヴァのこと、お願いします」


 ソロンは二人に向かって頭を下げた。


「言わずとも、姫様への忠義ならお主にだって負けん。ナイゼルもしっかりやるのじゃぞ」


 ガノンドはかつて、先々代の皇帝オライバルに仕えていた。その縁もあって、オライバルの娘であるアルヴァを案じているようだった。


「承知しました。父さんも姉さんもあまり無理なさらぬよう」


 ソロンの右隣にいたナイゼルが頷いた。


「ナイゼルもね。体力ないんだから、ぶっ倒れて、足を引っ張らないようにしなよ」

「まあ、精進しますよ」


 カリーナの発言に、ナイゼルは苦笑した。


「それにしても、メリューが来てくれるのは意外だったな」


 ソロンはちらりと左隣へと視線を送った。

 ソロンよりも頭一つ小さな亜人の少女――というのは見た目だけで、実情はソロンよりもずっと歳上なわけだが。


「うむ。そのラグナイ王国とやらに、ザウラストの本拠があると聞いてな。私としても捨ておけぬのだ。大使の役目はしばし休業となるが、どうせこのままでは務めは果たせまい」


 帝国へ残るガノンドと入れ替わるように、協力を申し出てくれたのはメリューだった。ソロン、ナイゼル、メリュー。この三人で下界へ降りることになったのだ。


「そっか、師匠もザウラストのことは気にしてたもんね」

「そうだな。父様の指示には反するやもしれぬが、これしきは大目に見てもらえるだろう。それに、この二人がそなたを余りに心配するのでな。仕方なしに、私が付いていくことにしたのだ」


 メリューは冗談めかしながら、アルヴァとミスティンを指差した。


「うん、私も体が二つあったらよかったんだけどね。だから、メリューに頼んだよ」

「ええ、改めてお願いします。ソロンも成長していますが、まだまだ頼りないところがあるので」

「もう僕は子供じゃないってば。……それじゃ、そろそろ行くよ。お忙しい上帝陛下を余り引き止められないからね」


 ソロンとしては気遣いのつもりだったが。


「いいえ、お互いに戦いがどれだけ長引くか分からないのです。ひょっとしたら、何年も会えない可能性だって……。そうしたら、あなたは私のことなど忘れてしまうのではありませんか?」


 アルヴァは詰問するように、ソロンへにじり寄った。以前、一ヶ月ほど音沙汰なかったことを根に持っているらしい。

 ソロンは慌てて首を横に振って。


「あり得ないし、そうならないようにする。下界の戦いを終わらせたら、また君を助けに戻るよ。約束だ」

「約束……ですか?」

「うん」


 ソロンは小指を伸ばして、アルヴァへ差し出す。

 ……が、アルヴァは奇妙なものでも見るように。


「何のつもりでしょう?」

「約束と言えば、指切りかな――と。もしかして、帝国にはない?」

「ないこともないですが、一般的には子供のやることですわね」


 馬鹿にするというよりも、困ったようにアルヴァは答えた。


「う~ん、そっか、子供っぽいかあ……」


 気恥ずかしくなって、ソロンは指を引っ込めた。

 だったら、他に何があるだろうか。何か物でも託すべきか。

 自分にとって大切なもの。例えば、カギ――いや、界門のカギを託しては、下界に帰れなくなる。例えば、刀――がなくてはソロンは戦えない。

 いや……刀という考えは悪くないかもしれない。


 アルヴァは静かに笑って、


「ふふっ、別に構いませんよ。せっかく、あなたが提案してくださったのですし」


 と、彼女は指を伸ばそうとするが。


「あっ、じゃあ、こういうのは?」


 ソロンは背中の刀を鞘ごと取り外し、ひざまずいた。そうして、刀をアルヴァへと仰々しく差し出してみせる。


「さすがに刀は受け取れませんよ」


 アルヴァは(いぶか)しげにこちらを見下ろす。


「違う違う。古くからある騎士の誓いって奴だよ。どこかのラグナイ王子じゃないけどさ」

「ははあ、騎士道物語ですか?」

「うん、騎士道物語の騎士とお姫様。指切りよりはマシかなって。……こういうの嫌いかな?」


 不安になったソロンは、上目遣いでアルヴァを見やる。そういえば、当のラグナイ王子を彼女は嫌っていたなと思い当たったのだ。

 アルヴァはくすぐったそうに目を細めて。


「嫌いではありませんよ。こう見えて、本の中のお姫様に憧れた時期もあったのです」

「あはは、本物のお姫様が何言ってるんだか」

「憧れたのは本当です。現実のお姫様は大変なのですから」


 しみじみとした口調で、それでいて愉快そうにアルヴァは微笑んだ。


「なるほど納得。……それで受けてもらえるかな?」

「はい、承知しました」


 アルヴァは蒼煌(そうこう)の刀を両手で受け取った。

 その鞘をひざまずいたソロンの肩へと押し当てて。


「では、ソロン。あなたを私の騎士と認めます。私もその親愛に応えられるよう振る舞うと誓いましょう」


 親愛と改めて言われると少しばかり気恥ずかしい。けれど、自分は彼女を裏切らないという心に偽りはなかった。


「う~ん、二人の世界ですねえ」

「私は嫌いじゃないよ。奥手なようで、坊っちゃんもやるじゃない」


 ……何やらささやく声が聞こえてくるが、努めて気にしないようにする。

 ソロンは差し戻された刀を受け取って、背中へ収めた。

 そうして、立ち上がった瞬間――アルヴァは自然な動作で歩み寄り、ソロンをそっと抱きしめた。


「わあ!」「ほほう」「なんと」「やるねえ」「若いもんはええのう」


 周囲から口々に(はや)し立てる声が聴こえる。


「え、えっと……」


 ソロンは顔を赤くして呆然とするばかり。抱きしめられるのは、初めてではないけれど……。ただあの時とは、意味合いが違うようにも感じられた。


「どうか、無事でいてください。他には何も望みませんので」


 ささやかな声で、アルヴァはそうつぶやいたのだった。

 アルヴァが体を離すや、


「私も、私も!」


 と、ミスティンも同じようにソロンを抱きしめる。


「ちょっとミスティン!?」


 ソロンは面食らって、アルヴァのほうを(うかが)う。彼女は穏やかな笑みを浮かべて、二人を見守っていた。

 ……とりあえず、問題はないらしい。


「ソロンと出会ってから、色んなところに行けて楽しかった」


 ミスティンの声はいつにない情感がこもっていた。


「僕だって楽しかったよ。それから、君に助けてもらえなかったら、ここまで来れなかった。自業自得とはいえ、あの時は本当に心細かったから」


 密航した竜玉船で捕まり、彼女に助けてもらった記憶が脳裏に浮かぶ。思えば、ソロンの冒険はあの時から始まったのかもしれない。


「なんか、放っておけなかったんだよね。ひょっとして、一目惚れだったのかな?」


 どこか他人事(ひとごと)のようにミスティンはつぶやき、さらに続けた。


「――……また、私を旅に連れて行って欲しいな」

「うん、約束するよ。できれば、危ない場所は勘弁だけどね」


 社交辞令ではなく、本心からソロンは答えた。ミスティンを相手に、上っ面の会話なんてする必要もないのだから。



「それじゃ、行ってくる!」


 未練を振り切るように、ソロンは手を振り上げた。

 竜玉船へ向かって、力強く足を踏み出す。ナイゼルとメリューも同じように後ろへと続いた。


「元気でね!」

「お気をつけて」


 ミスティンが元気いっぱいに手を振り上げれば、遅れてアルヴァも控えめに手を振る。

 ガノンドとカリーナもそれぞれ手を振ってくれていた。

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