表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
284/441

デモイ将軍

 振り向かずとも分かる声の響き。

 イセリアと入れ替わるように、現れたのはアルヴァだった。なぜだか、今日も冷ややかな調子である。


「えっと、こんなところまでわざわざ来たの?」


 市庁舎からここまでは大した距離ではない。……とはいえ、わざわざ上帝陛下にご足労いただくにはもったいない。人を(つか)わせてはいけなかったのだろうか。


「来てはいけませんか? 用事があったので休憩がてら、あなたの顔を見に来たのです」


 ソロンのそんな反応に、アルヴァは不満そうに目を細めた。


「いや、いけないってわけじゃ……」


 弁解しようとするソロンへと、アルヴァがさっと距離を詰めてくる。


「それより、質問に答えてください。先程は何を話していたのですか?」

「何を――って、イセリア将軍のこと? 前の戦いについてお礼を言われたんだけど……」

「そのわりには、妙に顔を赤くしていたように見えますが。私が仕事をしていた間、あなたは余所(よそ)の女にうつつを抜かしていたのですか」

「余所の女って、君の部下だよね……?」


 よく分からない追及にソロンは戸惑うばかりである。そもそも、ソロン自体が帝国では余所者そのものなのだ。


「…………」


 ソロンの指摘に反応することもなく、アルヴァは無言かつ無表情でこちらの腕をつまんだ。


「えっと、痛いんだけど……」

「気のせいです」


 ソロンがひっそりと抗議するが、腕をつまむ力は変わらない。


「普通に話していただけだよ」

「ふ~ん」


 柄にもなくアルヴァは鼻で返事をする。


「ちょっと理不尽じゃない?」

「さあ」


 二度目の抗議にも取りつく島がない。

 ……これはあれか。ひょっとして、妙齢の女性とは話すらしてはいけないのだろうか。


「それより、何か用事があったんじゃないの?」


 (らち)が明かないと、ソロンは話題を転じることにした。さすがにソロンの様子を見るためだけに、足を運んだとは考えにくい。


「ええ、デモイ将軍のことですが、意識を取り戻したそうです」

「あ、そうなんだ」

「はい。医師によれば今日は無理ですが、明日になれば面会もできるのではないかと。それで、見舞いにでも行こうかなと思いまして」


 そう言いながら、アルヴァはつまむ手をゆるめた。もっとも相変わらず手を放す様子はなかったが。


「それじゃあ、僕も行っていいかな?」


 見舞いとは言ったが、実質的には捕虜への尋問だろう。ともあれ、ソロンとしても容態(ようだい)ぐらいは見ておきたかった。


「そうおっしゃると思っていました。では、明日になれば声をおかけしましょう」


 そこでようやくアルヴァは手を放した。


 *


 翌日、アルヴァは市庁舎の一室へと足を運んだ。ソロンも約束通りそれに同行させてもらった。

 質素な個室の中には、ベッドが一つあるだけである。その上には包帯に身を包まれた男の姿があった。


 アルヴァを見るなり、包帯姿のデモイは身を起こした。わずかに覗く浅黒い肌からも、火傷(やけど)の跡が垣間見えている。

 敗軍の将となった彼は、ミューンの市庁舎へと運び込まれたのだった。

 負傷者の多くは修道院に収容されているはずだが、敵将となれば特別待遇らしい。上帝軍の本拠であるこの使節が、尋問にも便利だと考えたのだろう。


「難儀なようなら体を起こさずとも構いませんよ」


 アルヴァは敗軍の将へと自ら歩み寄った。ソロンもピッタリとその横に張りつく。

 今は見張りの兵も外してあり、護衛はソロンだけである。


「いや結構です。それにしても、ここまで酷くやられるとはな……。これでも戦には自信があったのだが……」


 デモイは表情をゆがめながらも、ふてぶてしく口を開いた。


「実際、賞賛に値する戦いぶりだったかと思います。ただ、相手が悪かったのも確かですわね」


 と、アルヴァは並んだソロンを指し示した。


「えっと、痛みますか?」


 ソロンが尋ねれば。


「痛いかと問われれば痛いな。全身がヒリヒリしてたまらん。まあ、これしきのケガ、武人にはつきものだ。それよりも、あんたが蒼炎(そうえん)の使い手か」


 デモイは痛みを感じさせない余裕のある喋りで答えた。それから、まじまじとソロンの顔を見る。


「ええ、まあ……。イドリス出身のソロニウスと言います。一応、加減はしたんですけど、元気があるようならよかった」


 相手はつい先日まで殺し合いをしていた対象である。とまどいながらもソロンは頷いた。


「殺し合った相手を気遣うとは大した余裕だな。しかし、イドリスと言えば……。あんたが下界の王子というわけか? 色んな意味で噂に聞いていたが、これほどの魔剣士だとは思わなかった。いやはや、上帝陛下はお目が高いな」


 デモイはイセリアと同じような賞賛を浴びせてくる。意外にソロンの注目度は高いのかもしれない。


「そうでしょう」


 と、アルヴァもどこか誇らかだった。


「はは、どういたしまして。ところで、色んな意味とはどういう?」


 相手の賞賛よりも、ソロンが気になったのはそこだった。帝国人からしてみれば得体の知れない下界人のことである。余計な注目を浴びぬよう気を配っていたつもりだ。


「ああ、それは……」


 アルヴァは困惑したようにつぶやき、ソロンの腕をつかんだが、


「上帝陛下と仲が良いともっぱらの評判だな」


 デモイはすかさず言い放った。その口調にはどことなく、一矢を報いようとする意地悪さが感じられた。


「……そうなの?」


 と、ソロンは隣のアルヴァへと視線を向ける。さすがのソロンも、『仲が良い』の意味を察せられないほど子供ではない。


「そうらしいですわね。色々と連れ回してしまいましたし、分からなくもないですが……」


 苦笑気味にアルヴァは答えた。


「えっと……もしかしてまずい?」

「何がですか?」


 きょとんとアルヴァは紅い目を見開く。


「噂とか広まっちゃうと。いや、君って何かと難しい立場だし……」

「よく分かりませんが大丈夫でしょう。そもそも独り身ですし、政略結婚の(たぐい)も今は考えていません。噂を立てられて、不義となったりもしないでしょう」


 歯切れの悪いソロンの発言だったが、意図は何となく伝わったらしい。


「だったらいいんだけど。てか、やっぱり政略結婚とかあるんだね……」

「ありますよ。地盤を固めるには手早い手段ですから。もっとも、私は一度退いた身ですし、しがらみに縛られるつもりもありません。……まあ、今はそんな状況でもないでしょうけれど」

「そうなんだ」


 とりあえず、ある日どこかに嫁いでいたという事態はなさそうである。密かにソロンは胸をなでおろした。


「……若い者はよいですな。昔はうちも、夫婦仲は悪くなかったんだが……」


 脱線していく二人に、デモイは何やら遠い目で苦笑していた。一人合点した(てい)である。


「雑談はさておき、本題に入りましょうか」


 アルヴァはわざとらしい(せき)払いをして、話題を変えた。そもそも訪問の目的は捕虜の尋問なのだ。

 見舞いは終わった。ここから先、ソロンが同席する必要はない。しかしながら、下がれとも言われていなかった。

 ケガ人とはいえ、目の前の男は敵である。彼女に危害を加える可能性を無視できない以上、ソロンも黙って同席を続けた。


「ふむ」


 デモイも覚悟を決めたらしく、口元を引き締める。


「どうして、オトロスに加担したのですか? あなたは皇帝陛下の下で、将軍という地位を得ていたのでしょう?」

「オトロス閣下は俺を大将軍に――と約束してくれたのでね」


 一切のためらいもなく、デモイは言い放った。


「あなたはそれを信じたのですか? 他の将軍にも同じように声をかけていたと思いますが」

「俺とてそれほど愚かではない。だが、競合を黙らせるほどの成果を上げればよいのだ。例えば、あなたを討ち取る――なんてな」


 デモイはこの期に及んでも不敵に笑ってみせた。


「随分と向上心がおありのようですわね」

「男子たるもの上を目指したいと思うのが普通でしょう。おっと……あなたには難しかったかな?」


 デモイは野心を隠そうともせず、皮肉を放つ。アルヴァが血筋で皇帝になった女であることを揶揄(やゆ)しているのだろう。

 心中でハラハラするソロンだったが、横目で見たアルヴァは至って平静だった。


「いいえ。私は女ですが気持ちは分からなくもありません。それから皇帝は最上の地位とはいえ、目指す上がないわけでもありません」


 偉大な祖先に並ぶ皇帝に……。アルヴァもかつてはそのようなことを考えていた。だから、デモイの気持ちが分かるという言葉に偽りはないのだろう。

 デモイは「ククッ」と笑って。


「なるほど。思慮の足りない発言であったと詫びねばならぬようだ。それから、付く相手を見誤ったのも事実だろう。さて、首をはねるなりなんなりするがいい」

「不要に同国人を(あや)める趣味はありません。それに何よりも、あなたの処遇を決めるのは、皇帝陛下のお仕事ですので」

「ふむ、好きにしなされ」

「それより、大公軍の内情について話してみませんか? さすがに、将軍ともあろう方……それも怪我人を拷問したくはありませんからね」


 アルヴァの口調は至って穏やかだったが、内容までもそうとは限らない。つまりは話さねば拷問する――とも読み取れる。

 それにデモイは動じもせず、どこか投げ遣りな調子で答えるのだった。


「話せることならば話してもよいが……。あいにく、俺は武人なのでな。政治屋どもの事情までは詳しくない」

「それで結構です」


 どうやら交渉はうまく運んだらしい。アルヴァはいつものように、満足そうな微笑を浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ