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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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ソロンとイセリアと……

 勝利を収めた上帝軍は、ミューンへと一旦引き返した。

 勢いに乗ってカトバを攻める案もあったが、まだこちらの戦力は心もとない。大勝を喧伝(けんでん)し、より多くの兵士を集める狙いがあった。



「陛下、降伏してきた者達が、合計で数千人にものぼります。わが軍への参加を希望する者も多くいるようですが、処遇はどういたしましょう?」


 ミューンの市庁舎に戻ったアルヴァの元へ、ゲノスが報告に訪れた。そばにはイセリアも伴っている。


「オトロスに近い者、信頼できない者を除いて受け入れましょう。各部隊長の人柄については、あなた方のほうが詳しいでしょうから、お任せします」


 見る限り、大公軍の陣容はかつての帝国軍をそのまま引き継いでいた。となれば、元々は大将軍の部下だった者が大半である。


二心(ふたごころ)を持つ者が含まれている可能性を、完全には排除できませんが……」


 イセリアが懸念を指摘する。


「それも覚悟の上です。今は一人でも多くの味方が欲しいところですから。ただ、降伏した部隊については、配置を工夫しておいてください」


 工夫とはあいまいな表現だが、ここには百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の将軍がいる。しょせんはアルヴァも素人である以上、細かい指示は手足を縛るだけだろう。


「では、降伏した部隊は分散させ、信頼できる部隊で(はさ)むようにしましょう。それで構いませんな」

「よしなに。……それから、疲労が濃い者には休息を与えてください。ただし、カトバへはあまり日を置かず向かう予定です。無理を言って申し訳ありませんが、両将軍には準備をお願いします」


 アルヴァは次の作戦に向かって、指示を下したのだった。


 * * *


「やあっ!」


 港から外れた雲海の浜辺で、ソロンは刀を振るっていた。

 放たれた蒼炎が宙空を駆け抜け、空色と混ざり合うように溶けていく。

 辺りには人気(ひとけ)もなく、雲の白波がささやかな音を奏でるだけ。集中するには絶好の静かな場所だった。


 先の戦いにおいて、ソロンは蒼煌(そうこう)の刀を存分に振るった。強大な力を制御し、少なからず戦果も上げられた。

 とはいえ、次もうまくいくとは限らない。増長せず、あの時の感覚を忘れないよう慣らしておきたかった。


 ソロンとしては兵士達の訓練に混じりたかったのだが、いかんせん刀の力は強大過ぎた。誰かをケガさせたり、何かを燃やすようなことがあってはならない。

 そのため、訓練の場所に選んだのがこの浜辺だったのだ。


 そうして、ソロンは一心に刀を振るい、蒼炎の魔法を繰り返していたのだが――


「ソロン殿」


 突如、背中から声がかけられる。

 振り返って見れば、大将軍の娘にして若き女将軍イセリアだ。

 切りそろえられた栗色の髪が、雲海の微風に揺られている。今は鎧ではなく軍服とマントをまとっていた。


「ああ、どうも……」

「先日は助けられてしまったな」

「いえ、イセリアさんこそ、ケガがなくてよかったです」


 彼女とはアルヴァの付き添いで、何度か顔を合わせたことがある。

 しかし、一対一での会話は初めてだ。どちらかというと、人見知りのソロンは戸惑い気味に返事をした。


「いや、本当に助かった。武人である以上、死は覚悟しているが、助かるに越したことはないからな。……それにしても実に見事な戦い振りだった。上帝陛下があなたをそばに置くのも当然だな」


 普段の生真面目そうな態度とは打って変わって、イセリアは意外に愛嬌のある顔で言った。


「あはは……。先走ったもんで、彼女にはちょっとだけ叱られましたけどね」

「そ、それはすまなかったな。あなたと陛下の関係に響かねばよいのだが……」


 イセリアは本当に申し訳なさそうな顔でソロンを見た。どうやら、アルヴァに叱られたという事実は、彼女にとって重大なことらしい。


「いつものことだから気にしないで。アルヴァはどうも過保護っていうか、心配しすぎというか……。とにかく、あれくらいで仲が悪くなったりしませんから」

「そう言ってもらえるならありがたいが……。ミスティン殿の時も思ったが、本当に仲がよいのだなあ」


 イセリアはかすかな羨望(せんぼう)を声に(にじ)ませていた。


「不思議と縁があったものだから。僕は帝国人じゃないし、上界人でもありません。それでも、仲良くさせてもらっています」


 ソロンの発言に、イセリアは目を見開いた。


「そうか、下界から来たという噂は本当だったのだな。にわかには信じられないが、これほどの業物(わざもの)は帝国にはあるまい。青い炎を放つ剣など初めて目にしたよ」

「といっても、下界のものじゃなくて、ドーマでもらった刀なんですよ。普通の魔剣よりずっと強力なのは確かです」


 ソロンは刀を横にして、イセリアの前に差し出した。

 先程まで何度も振るっていたせいか、熱を帯びた刀身が青白い燐光を放っている。

 並大抵の魔剣だと、術者が意識して魔力を込めない限り反応することはない。まるであふれ出る力を、押さえられないかのようだった。


「その曲がった剣は刀というのか。近くで見ているだけで、引き込まれそうだな」


 イセリアは蒼煌(そうこう)の刀へと手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。

 武人として優れた武器には興味があるが、それだけにわきまえてもいるのだろう。他者が所有する希少な武器を、無闇に触るのは礼を失するのだ。


「帝国にはないみたいですね。下界やドーマにはありふれた武器なんだけど。もちろん、ここまでの魔刀を見たのは僕も初めてですが」

「これだけの武器を見たのは、私も初めてだ。そして、それを扱うあなたの実力も相当なものだろう。蒼炎のソロンという異名もダテではないな」

「……は、異名? その蒼炎のなんとかって、誰から聞いたんですか?」


 なごやかに運んでいた会話だったが、ソロンは瞬時に凍りついた。


「ミスティン殿が吹聴(ふいちょう)していたのだ。ソロン殿がいかに優れた魔剣士なのかを嬉しそうに語ってくれたぞ。私の部下達も『あれが蒼炎のソロンか!』と感激していたな」

「忘れてください! お願いだから」


 ソロンは顔を紅潮させながら必死に首を振った。

 そんな恥ずかしい異名が広がってはたまらない。後でミスティンに釘を刺しておかねば。


「そうかな。私はよいと思うぞ。それにほら、蒼炎のソロンを目にしようと、大勢の観客も集まっている」


 そうして、イセリアは手を振って遠く後ろを指し示した。

 よく見れば、浜辺から離れたところで、大勢の人々がこちらをじっと見ている。


「い、いつの間に……」

「それはもう、青い炎なんて珍しいものはそうそう見れないからな。数日も続ければ、観光名所と化すかもしれない」


 イセリアは目元を細めて、そんなことを(のたま)った。どうやら、生真面目な彼女なりの冗談らしい。


「勘弁してくださいよ。だいたい、僕の実力っていうより、刀のお陰です。まだまだ至らぬことばかりで……」


 気恥ずかしくなったソロンは、刀のお陰を強調した。

 実際、それも否定できないのは確かだ。紅蓮の刀のままでは、あれほどの戦果を上げることはなかったろう。


謙遜(けんそん)は無用だ。たとえ優れた魔剣を持っていようと、それを使えるかどうかは本人の資質に左右される。魔剣の使い手として、それは私も理解しているさ」

「そ、そう言われると照れるかな。ははは……」


 まっすぐな賞賛の言葉に、ソロンは顔を紅潮させた。赤髪を触りながら、笑って照れをごまかすしかなかった。


「っと、すまない、訓練の邪魔をしたな。ただ、一言でも礼が言いたかったんだ」


 女将軍はほがらかな笑みを作りながら、去っていった。


 イセリアと別れたソロンは、再び訓練に戻ろうとした。

 刀を前面に構え、精神を集中しようとしたが――


「……何を話していたのですか?」


 背後から、またも声をかけられた。

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