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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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ソロン対デモイ

 ソロンの握りしめた刀から、蒼炎が立ち昇る。

 しかし、炎が向かう先は土壁ではない。

 制御された蒼炎が形を変えて、ソロンの前方を包んでいく。ゲノス将軍がやっていたように、自らを守る炎を形作るのだ。


 やがて、蒼炎は渦を巻きながらソロンの正面を守護する盾となった。炎を調整し、決して自らの身を焼かぬように。

 蒼炎と一つになったソロンは、土壁へと思い切りよく突撃する。

 蒼炎の盾は土壁と共に爆散しながら、ソロンを守ってくれた。


 跡形もなくした土壁を越えて、ソロンはデモイの前に立った。立ち昇る土煙によって、遠くからは二人の姿を確認できないはずだ。決着をつけるなら邪魔の入らない今しかない。

 刀身に魔力を集め、一撃を放つ好機を見定める。青く燃えさかる刀身が、ソロンの意志に呼応する。


 対するデモイも地の大剣を下段に降ろし、ソロンを迎え撃つ構えだ。ここに至って、彼も覚悟を決めたようだった。

 地を()うようにデモイの剣が、振り上げられた。

 弧を描くように大地が噴出し、猛烈な土塊(つちくれ)がソロンへと襲いかかる。

 ソロンはそれを回避しようともせず、まっすぐに直進する。


「ってい!」


 気合のかけ声と共に、ソロンは刀を横薙ぎに払った。同じく弧を描く蒼炎が、向かってくる土塊を一挙に焼き払う。

 そのままの勢いで、ソロンはデモイへと刀を叩きつけた。

 デモイは大剣でソロンの一撃を受け止める。


「――はあっ!」


 ソロンは力をゆるめず、刀へと強い魔力を込めていく。青く輝く刀から力があふれ、炎が噴き出そうとする。

 そうはさせじと、デモイも抵抗をしてくる。大地の剣に込められた魔力が、ソロンの刀に込められた魔力を相殺しようとしているのだ。


 魔剣士同士による正面からの鍔迫(つばぜ)り合いだ。

 ぶつかり合った剣と刀が激しく鳴動し、光を放っている。土煙の中でもお互いの顔がはっきりと見て取れた。

 だが、獣王とすら渡り合ったソロンと蒼煌である。

 デモイによる必死の抵抗は、あっさりと押し切られた。


 刀から猛炎があふれ出し、デモイへと襲いかかる。

 デモイは剣を放し、跳びすさるがもはや間に合わなかった。

 直撃を受けたデモイが、全身を青い炎に包まれる。彼は頭を押さえて、転がり込んだのだった。


 *


 一瞬の攻防はソロンの勝利に終わった。

 その頃には土煙も晴れて、倒れたデモイの姿が衆目にさらされていた。


「しょ、将軍がやられた!」

「そんなはずは!?」


 デモイの部下達が、衝撃を受けて次々に叫び出す。

 ソロンは引き下がって、油断なく刀を構えた。なおも戦いを挑んでくるようなら、容赦なく反撃するつもりだった。もっとも、その必要もなさそうだが。


 部下の魔道兵達が、倒れ込むデモイへと近づいていく。その杖先には水の魔石――水流石が装着されている。

 彼らはこちらを見て、警戒する素振りを見せた。ソロンはあえて視線をそらし、邪魔をしないと伝える。

 魔道兵は杖先から水を放ち、デモイにまとわりついた炎を消そうと試みる。霧散するように蒼炎が少しずつ薄れていく。


「殺さないようにはしたつもりだけど……」


 一抹の不安と共に、ソロンはつぶやいた。

 本来なら強い魔力の込められた蒼炎は、水をかけられた程度でたやすく消えはしない。

 消火が可能なのは、ソロンが加減したからに他ならなかった。その気になれば、全身を焼き尽くすこともできただろう。


 間近へ飛び込んだ時点で、ソロンの勝利は確定していた。そのため、力を制御するだけの余裕があったのだ。ここで生き残れるかはデモイの生命力次第だろう。

 蒼炎が消えてもなお、デモイが起き上がる様子はなかった。かすかに体が動いているが、それだけでは生存を確信できない。


「まだ息があるかもしれません。デモイ将軍を捕らえなさい!」


 遠く背後からアルヴァの声が聞こえた。それに合わせて、どっと上帝軍の兵士達が動き出す。

 総指揮官を失った敵軍は、もはや戦意を喪失していた。逃げ出していく者、降伏する者と、敵の反応は様々だった。


 やがて、殺到した兵士達が、倒れたデモイを取り囲んでいく。


「丁重に運んでください。それから、神官を呼ぶように」


 アルヴァは神竜教会の神官を呼ぶように指示をする。治療を想定して、ミューンの教会に属する神官を戦場に帯同させていたのだ。

 担架に乗せられたデモイを、上帝軍の兵士達が運び出す。聖神石を取り出した神官達が、付き添いながらその治療を行うのだった。


 *


 会戦はアルヴァ率いる上帝軍の勝利に終わった。こちらの損害を抑えながら、多くの敵を蹴散らし、あまつさえ敵将を捕らえた。大勝と言ってもよい成果だ。


「お疲れ、ソロン。さっきの凄かったねえ」


 上帝軍へ合流したソロンを、ミスティンが諸手(もろて)を上げて迎えてくれる。

 ソロンも応じて手を合わせれば、パシッと小気味(こきみ)良い音が鳴った。


「ミスティンもさっきはありがとう。うまくいってよかった」

「うん、ソロンがカッコいいと、私も鼻が高いよ」


 ミスティンはさっと周りの兵士達を一瞥(いちべつ)してみせる。

 つられてソロンも周囲を見渡せば、兵士達もソロンを一目置いた視線で見ていた。先程の活躍が、軍にも浸透しているらしい。イドリスの代表として、恥じない戦いができたはずだ。


 ……が、どうやら浮かれるわけにもいかないらしい。ソロンをとらえたのはそれとは別の視線だった。

 馬上から降りたアルヴァが腕を組み、燃えるような紅い瞳で冷ややかに見据えていたのだ。


「……えっと、ごめんなさい」


 やむなくソロンはアルヴァの元へ駆け寄り、先手を打って謝った。

 先程は彼女の制止を振り切って、イセリアの救助に向かってしまった。戦いの熱が冷めてしまえば、余り褒められた行為でなかったのは確かだった。


「また無茶をして……」


 アルヴァは瞳を閉じて、静かに息を吐いた。調子は冷ややかだが、どこか安堵しているようにも見受けられた。

 例えてみれば、粗相をしたわが子を叱る母のような雰囲気である。


「ごめんなさい」


 ソロンも語調を変えて謝罪を繰り返す。心配してくれる相手に逆らうほど、ソロンもひねくれてはいない。


「でも、イセリアが助かってよかったよね」


 と、ミスティンが助け舟を出してくれる。


「まあ、そうですね。その点では指揮官として叱責はできません。むしろ、感謝せねばならないでしょう」


 アルヴァが表情をゆるめてくれたので、ソロンも少しだけ緊張を解いた。


「まあ、そのくらいでよいだろう」


 その瞬間を見計らって、アルヴァの隣にいたメリューが口を開いた。どうやら、話題を変えてくれるらしい。


「――それより、これからどうするのだ? もしや、このまま敵を追って帝都に向かうつもりか?」

「いいえ、負傷者の手当が終われば、ミューンへ帰還します。これ以上、逃げた敵を追跡する必要もなさそうですし」

「ふむ、そなたにしては手ぬるいな。もっと、徹底的に追い込むかと思ったぞ」


 メリューの感想に、アルヴァは首を横に振った。


「あなたは私を何だと思っているのですか? 敵軍とはいえ相手は同胞です。無理に殺傷する必要はありませんよ」

「なるほど。元国家元首としての矜持(きょうじ)といったところよな」


 メリューは一応の納得を示してみせる。

 敵に容赦しない性格なのは事実だろうが、さすがのアルヴァも自国民には寛大なようだ。


「それに、ここで大勝を印象づければ、時流は大きくこちらへ傾きます。大公が器でないと周知されれば、どのみち味方する兵もいなくなるでしょう」


 アルヴァはいつものように、自信に満ちた微笑を(たた)えていた。

 どうやら、敵兵を見逃したのは単なる慈悲ではないらしい。彼女なりの深謀遠慮ということだろう。

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