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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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走る蒼炎

「むっ……?」


 不審に思ったのか、デモイはこちらから視線を外した。

 イセリアもデモイの攻撃を警戒しながら、どよめきの正体を追う

 そこで目にしたのは、大公軍の兵士達が青い炎に飲み込まれる姿だった。

 それも一人や二人ではない。炎が飲み込んだのは十を超える兵士達だ。


 炎の向こうから現れたのは、たった一人で戦場を突き進む少年の姿。

 大公軍はそれを(さえぎ)ろうとするが、


「邪魔するな!」


 少年が一喝し、剣を一振りすればまたも蒼炎(そうえん)が巻き起こる。猛烈な炎の勢いに、大公軍の兵士達は近づくことすらままならない。


「彼はまさか……!」


 イセリアは思わず声をもらした。

 赤髪の少年――上帝の側近として常に従っていた少年だ。少女のようにあどけない顔つきとは違って、その実力は確からしい。


 奇妙に曲がった魔剣を振るい、少年は戦場を焼き払う。魔力を帯びた蒼炎は、草木を一瞬で焼き払うが、不思議と引火することもない。

 そうしながらも、驚くような勢いで丘陵(きゅうりょう)を駆け上ってくる。その速さは騎馬の如く――まさしく、走るというよりは駆けるという表現がふさわしかった。


「命拾いしたな」


 デモイはイセリアへと言い放ち、走り寄ってくる少年へと目をやった。少年の勢いを目にしては、イセリアに構う余裕もないと悟ったのだろう。


 * * *


 アルヴァの本隊と共に、ソロンはイセリア隊の救援へと向かっていた。けれど、デモイの接近は予想以上に速かった。

 デモイは崩れかけていた自軍を立て直し、(またた)く間にイセリアとの一騎討ちへ持ち込んだのだ。


 正直なところ、二人の力量差は明白。遠目にもイセリアは不利だった。援軍がたどり着くよりも前に、イセリアが追い込まれてしまいそうだ。

 そう思い立ったソロンは、単身で馬も捨てて走り出していた。騎馬を駆りながら戦う二人の将軍を、ソロンは自らの足で追いかけた。


 無謀かと思える突撃である。

 当然、邪魔をしてくる敵兵もいたが、それは問題にはならない。蒼煌(そうこう)の刀の前には、雑兵など無力でしかなかったのだ。

 ソロンが軽く一振りするだけで、何人もの兵士が蒼炎に飲まれていく。


「これ、人間相手に使うのは反則かもな……」


 それこそ、ソロンは自らが操る力の大きさに冷や汗をかいていた。

 試したことはないが、本気で力を放てば敵兵など骨も残さず蒸発させられるだろう。この刀はそれだけの力を秘めているのだ。


 以前、刀を振るった時にはザウラストの魔物や、魔物化した獣王が相手だった。容赦なく力を振るったし、そうでなければ生き残れなかった。

 ところが、今の相手は正真正銘の人である。それも謀反(むほん)人とはいえ同盟国に所属する者達だ。


 強大な力を振るうには、それだけの責任が伴う。ソロンはそれを実感せざるを得なかった。

 ともあれ、力の行使を躊躇(ちゅうちょ)して味方を見捨てるなどあってはならない。今はデモイを倒し、イセリアを助けることに専念するのだ。


 *


 そうして、ソロンは二人の将軍の姿を眼前にした。

 馬上からソロンをにらむデモイに対して、イセリアは地に体を横たえている。

 勝負が敵将の勝利に終わったのは明白だった。あと一歩遅ければ、イセリアは首を取られていたことだろう。

 ソロンはデモイに視線を据えながら、イセリアを守るように駆け寄った。


「イセリア将軍、危険だから下がっていて。……歩けますか?」


 どうにか起き上がったらしいイセリアを横目で確認し、声をかける。


「ああ、かたじけない。私のことは心配に及ばない」


 イセリアはしっかりと返事をして歩き出した。敵兵を警戒しながら、じりじりと引き下がっていく。そこへ部下の兵士達も助けに寄ってくる。彼女のことは、後は彼らに任せておくべきだろう。

 ……となれば、残るは目の前の敵を倒すのみ。

 敵将デモイの周囲には、いつの間にか兵士が集まっていた。いずれも杖を持って構える魔道兵だ。デモイがソロンとの戦いに備え、集めたようだ。


「俺を援護し、炎から守れ!」


 デモイは無駄口も叩かずに部下へと告げた。

 自らの力だけでは、ソロンの炎を防げないと悟ったのだろう。こちらを少年だと侮る気配がないのは、さすがの帝国将軍といったところだ。


「はっ!」


 ソロンが動くよりも前に、デモイは大剣を振り下ろした。

 地を斬り裂く衝撃波が伸び、ソロンの足元を砕こうとする。

 崩れた斜面に巻き込まれないよう、ソロンは跳んだ。

 軽い身のこなしで、デモイに捕捉されないよう位置を変えていく。馬に頼らないソロンだからこそ、足元への攻撃も身軽に回避できた。


 こちらの反撃を待つことなく、デモイは次々と大地を斬り裂く連撃を繰り出してくる。

 どうやら、時間をかけるつもりはないらしい。後方にアルヴァの本隊が迫っていることを考えれば、当然の判断だろう。

 幸い、デモイの魔剣は兄サンドロスの扱う大刀に類似している。繰り出す攻撃も予想の範疇(はんちゅう)だ。


 離れた大地を瞬時に操作する凶悪な魔法――デモイの攻撃は、素人目にはそう見えるかも知れない。

 けれど実際のところは、目に見えない魔力の糸のようなもので、大地を操っているに過ぎない。魔力の流れを読めば、敵の狙いも予想できるのだ。

 これは師匠シグトラとの訓練で、徹底的に教え込まれたことでもあった。


 ソロンは跳び上がりながら刀を一振り。

 蒼炎が腕を伸ばすように、デモイへと襲いかかる。


「将軍を守れ!」


 そうはさせじと、敵の魔道兵が風を巻き起こした。向かい風に(はば)まれて、蒼炎が散っていく。

 どうやら、敵軍の中でも優秀な魔道兵が集まっているらしい。見ればそれが全部で五人もいる。守りを突破するのは容易ではなさそうだ。

 それでも、蒼煌の刀の力を使えば押し切れるかもしれない。消耗はするだろうが、試す価値はあるはず――ソロンがそう考えていると、


「ソロン!」


 遠く背後からミスティンの呼び声が聞こえた。まだ、かなり距離を(へだ)てているようだが必死に声を振り絞ったらしい。アルヴァの本隊も、こちらへ近づいてきたようだ。


 次の瞬間、魔道兵へ向かって一本の矢が飛び込んでいった。

 向かい風に阻まれると思えた矢であったが、そうはならなかった。


 風の魔力をまとった矢は、向かい風と目にも見えるような激しい衝突を起こしたのだ。

 弾けるような音がして、風は相殺(そうさい)された。

 魔道兵は再び、風を起こそうと試みる。だが、その暇もなく魔道兵は手から杖を放り出した。


 いや――放り出したのではなく、放り出させられたのだ。彼らにしても唖然(あぜん)とした顔で、何が起こったのか理解していないようだった。

 ソロンには分かった。メリューが念動魔法を使って、魔道兵達の杖を奪い取ったのだ。


「ありがと!」


 仲間の援護に感謝して、ソロンはデモイへ向かって走り出した。

 蒼煌の刀を高く振り上げて、魔力を(たくわ)えていく。そして、接近しながら、一気に刀を振り下ろした。

 猛烈な青い炎が、渦巻きながら敵将へと襲いかかる。互いの距離は十歩――逃げ切れる間隔ではない。


「ぐうっ!?」


 素早い連携にひるみながらも、デモイはとっさに大剣を振り上げた。巨大な土壁が彼の前面に急造される。

 土壁が蒼炎に焼かれ、みるみるうちに溶けていく。

 だが、壁がなくなる前にデモイが新たな魔法を重ねてくる。壁は再び強度を取り戻した。


 このままでは(らち)が明かない。もっと接近しなければ破壊は難しそうだ。

 ソロンは一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)したが――


「いけるっ!」


 すぐに意を決して、再び走り出した。

 戦場の中で、ソロンの精神は研ぎ澄まされている。今なら、あの魔法も使えるかもしれない。

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