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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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将軍対将軍

 イセリアが自在に操る水流を受けて、敵は戦列を維持できなくなっていた。水浸しになった丘陵に足を取られて、思うように動けないようだった。

 当初の兵力では敵より劣っていたものの、戦いは優勢である。このままいけば、勝利は手堅いだろうと思われた。


「イセリア将軍! デモイの本隊が向かってきます!」


 戦いに専念するイセリアへと、副官が報告してくる。


「来たか! 全軍、態勢を立て直すぞ!」


 ここまでは想定通りに戦いが進んでいる。

 だが、問題はデモイがやってきてからだ。自分より経験で上回る先輩将軍――それを相手にどう立ち回るかが、イセリアの腕の見せどころだった。


 イセリア隊の右側は川となっている。デモイの本隊がこちらを襲うには、正面の敵に合流するか、左側面を突くしかない。

 もっとも、左側にはアルヴァの本隊がいるため、デモイにしてもそちらの警戒が必要となる。たやすく側面を突かれることはないはずだ。


 イセリアは水竜の剣を振るいながら、動き出したデモイ隊へと視線を向けた。

 戦場の喧騒(けんそう)の中で、自分と敵の位置を見失わないのは至難の業だ。敵将を視界にとらえることができたのは、傾斜のある地形のお陰だろう。


 デモイは騎馬隊を率いながら、自ら先頭を疾駆していた。

 姿勢を低くしながら、力強く手綱をしごく。その手綱さばきは、やはり相当な実力者であると(うかが)わせた。

 彼らが目指す先は、今イセリアが戦っている敵左翼部隊の背後である。

 どうやら、こちらの側面は狙わず、正面の敵に合流するつもりのようだ。


「引き下がるな! あんな小娘に負けて恥ずかしくないのか!」


 デモイは左翼部隊の背後に取りつき、兵士達を叱咤(しった)した。

 そのまま兵士の隙間をかき分けながら、前へと進んでいく。

 大将直々となる援軍を得て、乱れていた敵軍も士気を取り戻し始める。


 水たまりを蹴って飛沫(しぶき)を上げながら、デモイの騎馬は一直線に前衛へ抜け出した。

 彼が率いる援軍も、続々と左翼部隊へと合流を果たしていく。いや――今まさに左翼こそが本隊となったといってよいだろう。


 その間、イセリアは敵の援軍に備えて、乱戦に陥っていた自軍を立て直したところだった。適度な距離を取ってから、再び敵と向かい合う。

 その結果イセリアは、否が応でもデモイと顔を合わせることになった。


 帝国人にしては珍しい浅黒い肌。馬上にそびえ立つ長身から、長い黒髪を垂らしている。

 長く伸びた大剣を右手に握りしめ、獣が獲物を狙うような目で、こちらをにらみつけてくる。

 デモイとは副将軍であった頃に、挨拶程度の会話を交わしたことがある。特段交友があったわけではないが、それにしても、敵として剣を交わすとは思いもしなかった。


「総員、一気に殲滅(せんめつ)するぞ!」


 デモイはこちらに余裕を与えてくれなかった。仕切り直した自軍を引き連れ、一挙にこちらへ向かってくる。


 彼の狙いは一目瞭然。

 速攻でイセリアの首を取り、上帝軍右翼を壊滅させる。そうして、アルヴァ率いる本隊と有利な状態で決戦を迎える――彼が勝つにはそれしかなかった。

 ならば、何としても自分達がここで踏み留まらねばならない。


「ここが踏ん張りどころだ! 上帝陛下がいらっしゃるまで持ちこたえろ!」


 デモイの気迫に押されそうになる自分を、イセリアは必死に押しとどめる。精一杯の気力を振り絞り、大声で号令を放った。


 突撃をしかける敵騎兵に向けて、イセリアは細身の剣を振り下ろした。

 地面に染み込んだ水分が凝縮され、槍のように鋭い水砲が放出される。

 足元からの予測できない攻撃が、敵の騎兵に直撃する。馬から振り落とされた敵は、水浸しの地面へと横たわった。


 だが、イセリアの優勢もいつまでも続くものではない。

 倒れた敵兵の後ろから、デモイ自らが騎馬を駆って向かって来たのだ。


「イセリア将軍を守れ!」


 接近を防ごうと、味方の騎兵達がデモイの前に立ちふさがる。


「ふんっ!」


 デモイが馬上で大剣を振り上げれば、鋭い土柱が地面から突き出した。

 馬の腹を貫かれた騎兵は、振り落とされて地面へと落下した。


「――はあっ!」


 デモイが息を吐いて大剣を振り下ろせば、今度は地面が陥没する。

 もう一人の騎兵も足を取られ、戦場に転げ落ちるしかなかった。

 デモイが持つのは大地の魔剣――土の魔導金属で作られた大剣である。噂には聞いていたが、実際にその技を見るのは初めてだった。


 守る者がいなくなったイセリアへと、デモイがまっすぐに接近してくる。


「イセリアよ、悪いがその首頂戴(ちょうだい)するぞ! 女とて戦場では容赦せんからな!」


 そうして、デモイはイセリアへと挑みかかったのだった。


「やれるものならやってみるがいい!」


 イセリアはそう言い放ち、騎馬を走らせ距離を取った。

 真っ向からぶつかるのではなく、併走しながら戦うことを選んだのだ。

 かくして、将軍対将軍の一騎打ちが始まった。


 *


 イセリアは騎馬を駆りながら、追ってくるデモイの動きを注視していた。

 なんといっても、気をつけねばならないのは大地を操る魔剣だ。地面からの攻撃は死角に等しく、油断すれば一瞬で騎馬をやられてしまう。

 恐らく、地面を操作できる距離には制限がある。例えば、何十歩も離れた地面を陥没させることは難しいはず。それはイセリアの魔道士としての経験からも確かだ。


 対するイセリアの魔法は水である。

 一般的に水魔法は、戦闘での扱いが難しい系統といわれている。

 不可能を可能にするのが魔法とはいえ、無から有を生み出す術は困難。特に水のように質量を伴うものを顕現させるのは難しいのだ。

 質量のないものを扱う炎や雷は元より、空気を扱う風魔法や、大地を扱う土魔法にも使い勝手は劣りがち。

 空気中にも水分はあるが、それにしたって量には限りがある。結局は、戦場を選ぶのが常だった。


 しかしながら、今この近くには川が流れている。わざわざ、そのためにイセリア自身が布陣したのだから。

 事前に川の水をばらまいたのは、戦場の湿度を高める狙いもあった。今ならば、イセリアの水魔法も十全に力を発揮できるはずだ。



「どうした、それでも大将軍の娘か!?」


 デモイは巧みな手綱(たづな)さばきで、イセリアを追ってくる。兵士がひしめき死体が転がる戦場を、ものともしていない。

 それでも、すぐに追いつかれなかったのは、自分のほうが身軽で馬の負担が少なかったからに過ぎない。一瞬でも気を抜けば、立ちどころに追いつかれてしまうだろう。


 だからといって、イセリアも安々と追いつかれるつもりはない。

 振り向きざまに、細身の剣をデモイへと向けた。

 剣先から魔光が輝き、鋭い水の刃が放出される。空気中の水分を凝縮した魔法の水鉄砲である。水鉄砲といっても子供のおもちゃではない。やわな鉄ならば貫けるほどの水圧だ。


 だが――高速で放出された鉄砲水を、デモイは大剣で受け止めた。呆気なく魔法の水は消えてなくなる。

 魔力による魔力の相殺――熟練の魔道士同士の戦いにのみ起こり得る技だった。


 続けて、イセリアは騎馬を狙って水撃を放つ。

 ……が、これも安々とかわされてしまった。なまじ距離を取っているだけに、デモイのような達人ならば回避は容易ということだろう。


「ならば――」


 イセリアは手綱をしごき、川に併走するように馬を走らせた。剣へと魔力を集めながら、じっくりと敵との距離を測る。

 デモイは川から若干の距離を取りながらも、しっかりと追跡してきた。


「せいっ!」


 ここだとばかりに、イセリアは水竜の剣を振り上げた。

 そばを流れる川から、大量の水柱が巻き上がり形を作った。その有様は、怒れる竜が鎌首を叩きつけるかの如し。

 空中を駆ける激流が、乗馬もろともデモイを飲み込む勢いだったが――


「そんなもの!」


 デモイがすかさず大剣を真横に払った。一瞬のうちに大地が隆起し、水流の前に土壁が立ちふさがる。

 土壁に衝突した水流は、盛大な飛沫(しぶき)を上げて弾けて消えた。


「なにっ……!」


 魔力を込めた大技を防がれて、イセリアの胸中に動揺が走る。


「次はこちらの番だ」


 デモイが大剣を軽く振り上げた。


 地面への攻撃を真っ先に警戒したイセリアだったが、足元が変化する様子はなかった。

 代わりに変化したのは、デモイの近辺だった。土煙が立ち昇り、デモイと騎馬の周囲を包んでいく。

 デモイを覆い隠す勢いの土煙だったが、彼の狙いは隠れることではないようだ。


 デモイが剣を振り下ろせば、土煙が意思を持つかのように動き出した。風もないはずなのに、こちらへ向かってくる。

 吹きつける土煙が、イセリアへと襲いかかった。


「ぐうっ!」


 痛みはないが、イセリアの視界がふさがれてしまう。思わず目をつむりそうになったが、それをこらえて手綱を強く握りしめる。

 だが、耐えるイセリアとは異なり、馬は平気ではなかったようだ。愛馬がいななき、激しく首を振り出した。


「くっ、落ち着け!」


 イセリアは手綱を引き、どうにか馬をなだめようとする。しかし、そうなれば注意がおろそかになるというもの。


 乏しい視界の中で、足元に注意を向けた時には遅かった。

 地面に走る亀裂に、馬の足が取られたのだ。

 一層激しくいななきながら上半身を起こそうとする馬に、イセリアは必死に捕まる。

 どうにか転倒は避けたが、馬を思い通りに動かせない。


 そこへ迫りくる(ひづめ)の音。

 気づいた時には、もう敵は目の前だった。

 突如、現れたデモイは大剣を横薙ぎに、イセリアへと襲いかかる。

 刃と刃が衝突し、金属音が鳴り響く。

 どうにか、一撃は剣で受け止めた。……が、こちらの得物は細身の剣である。衝撃を相殺(そうさい)するには余りにも足らない。


 イセリアは体勢を大きく崩した。

 これ以上は支えきれない。やむなくイセリアは、自ら馬を捨てて飛び降りた。

 受け身は取ったが、地面に叩きつけられた衝撃がイセリアを襲う。


「勝負あったな。命が惜しくば、剣を捨てるがいい」


 そんなイセリアを馬上のデモイが、見下ろして告げる。

 だが、イセリアは落馬の痛みに見舞われても、決して剣を放さなかった。体を起こしながら、デモイを強くにらみつける。


 援軍が来るまで持ちこたえることもできなかったのは、自分の失態だ。けれど、最期まで父の名に恥じない戦いをしようと、イセリアは決心していた。

 せめて一太刀でも、デモイへ報いられないか。


「やむを得んか」


 デモイは大剣を振り上げ、今まさに魔法を放とうとしたが――

 そこに巻き起こったのは、兵士達のどよめきだった。

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