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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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古の機兵

「この下に宝があるんでしょうか?」


 遺跡の地下へと続く階段を覗きながら、ソロンが尋ねた。


「杖は地下の宝物庫に隠されている――と、記録には残っていました。正しいかどうかは分かりませんが、今のところ地下へ続く道はこれだけです。手当たり次第に探ってみるしかないでしょう」


 アルヴァは否定も肯定もしなかった。それでも、彼女は強い意志で探索を続けるつもりのようだった。


 上から覗く限り、地下は狭く大勢での探索には向きそうもない。万一の救助なども考えて、三分の一の人員を地上へ残すことになった。

 もちろん、アルヴァ自身は地下へと降りるつもりのようだった。

 活躍を女帝に見せねばならないソロンも当然同行する。ミスティンやグラットにしても、残る気はさらさらないようだ。


 そうして、二十人ほどの探検隊が階段を降りていった。

 宮殿にはびこる樹木の根は、階段の下までも伸びている。階段は長く、かなり下まで続いているようだ。


「明かりが必要ですね」


 アルヴァがつぶやくと、その意を得た兵士達がランプに火を灯した。人数が多いため、明かりは一つでは足りないようだ。

 アルヴァも(かばん)から光る何かを取り出し、胸元に付けた。どうやらブローチのようである。緑の宝石から放たれる光が、暗い地下を照らし出す。

 帝都の街灯に使われていた光る魔石と同じ物かもしれない。不思議に思いながら見つめていたら、アルヴァが口を開いた。


「蛍光石です。日中の光を保持して、暗所で発光する性質があります。照明として帝都の側道にも配置されていますが、それよりもずっと高純度な物ですよ」


 あらかじめ光を吸わせておけば、人間が魔力を込めなくとも光を放てる――ということのようだ。


「ははあ……。それは便利ですね」


 思わず芸のない感想を漏らしてしまったが、ソロンは実際に感心していた。片手を使わず、精神力を消耗せずに明かりを持てるのは大きな恩恵だ。


 階段を降りた先は、人の手で造られた岩の洞窟だった。

 明かりを手にした探検隊の一行は、暗い遺跡の地下を進んでゆく。

 ところどころ、壁にヒビが入っており、どこから来たのか天井を破った木の根が垂れ込めている。

 それでも、地下は階上ほどには荒れていなかった。風雨にさらされなかったのが幸いしたのだろう。

 ネズミや虫ぐらいはいるだろうが、生物の気配が減ったために密林よりも周囲は静かだ。足音の反響もよく聞こえる。


 通路は細く、大所帯(おおじょたい)で歩くには狭苦しい。

 地下は不自然に入り組んでいた。

 少なくとも普段の生活に用いるような施設とは思えない。緊急時の避難通路か、はたまた宝物庫につながる大迷宮か。今となっては用途も分からない。


「ここでは羅針盤も働かないようですね。迷わないように気をつけないと」


 アルヴァが円形の奇妙な装置を手にしながらつぶやく。

 時計かと思ったが違うらしい。仕組みはよく分からないが、針が方角を示しているようだ。

 ともあれ、最新の装置も役に立たないとなれば、残るは原始的な方法である。

 一行は壁に目印をつけながら通路を進んだ。これで最低限、元の入口には戻れるはずだ。


 *


 二十人ほどの探検隊が、遺跡の地下通路を進んでいく。


「なんだこりゃ?」


 前をゆく兵士達が怪訝(けげん)な声を漏らした。

 前方の床へと目をやれば、土くれの残骸のような物が転がっていた。


「これ、人形じゃないかな?」


 ミスティンの指摘に従って、ソロンも目を凝らす。

 確かに首や腕・足のような形をしている。どうにも不気味だが、バラバラになった人形の部品だろうか。


「機兵ではないでしょうか?」

「何ですか、機兵って?」


 ソロンが聞けば、アルヴァが説明してくれる。


「魔道士の命令に従う人形兵のことですよ。例えば、魔道士が自分の墓や宝物庫に配置して、侵入者を撃退するわけです。かつての探検隊にも、襲撃を受けた記録が残っていました」

「この場合、侵入者というのは俺らってわけっすか……。まあ、もう残骸になってるわけだし、戦わずに済んで助かりましたね」


 残骸を槍でつつきながら、グラットが調子よく言ったが、


「そうだといいのですけれど……」


 アルヴァはグラット程には楽観していないようだった。


 三叉に分かれた通路に差しかかったところで、ガツッ、ガツッ、ガツッと何かが動く音がした。

 ネズミのような小さな音ではない。何か大型の動物が地下に紛れ込んだのだろうか? しかし、その割に音が硬質で、生物的な気配を感じない。


「何の音だ?」

「なにかいるんじゃないか?」


 一同が不安に駆られざわめき出す。


「お静かに」


 それをアルヴァが制する。

 やがて、遠く正面から現れたのは動く土人形だった。まさしく、地面に転がっていた機兵が、残骸となる前の姿である。

 胴体と一体化したような頭部に、目のように丸く繰り抜かれた二つの穴。さらにその下にある穴は口だろうか。

 寸胴な手足は滑稽(こっけい)に見えなくもないが、背丈は天井近くまであって威圧感がある。重々しい足取りからすると、重量も相当なものだろう。


「まだ残っていたようですわね」


 アルヴァは淡々と言った。


「そんだけ古いなら、いい加減ガタが来そうなもんだけどなあ……」


 グラットがボヤいている間にも、機兵は接近してくる。一見すると動作は鈍いのだが、一歩が大きいため侮れない速さがあった。


「じゃあ、私が!」


 ミスティンが弓矢を構え、素早く引き絞った。それに続いて、弓を持った者達も次々と機兵を狙い撃つ。

 大量の矢が突き刺さったにも関わらず、土人形の動きは止まらなかった。


「ダメか~」


 ミスティンが嘆き、弓を下げた。


「痛覚がないため、効果が薄いのかもしれませんね」


 アルヴァの分析を受けて、ソロンが前に出る。


「それじゃ、これなら!」


 紅蓮の刀をまっすぐに向けて、火球を放った。

 機兵に直撃した火球が爆発し、暗い迷宮を照らし出す。人形が熱さを感じるとは思えないが、熱と爆発には耐えられないだろう。

 案の定、砕けて散らばった破片だけが後に残った。


 だが、爆発の残響音が収まると、次なる足音が聞こえてきた。

 予想違わず、新たな機兵が現れたのだ。

 今度はアルヴァが前に出て、杖を向ける。雷撃がほとばしり機兵を粉砕する。土は電気をあまり通さないらしいが、それで防げる程度の魔法ではないようだ。


 なおも機兵の足音は続く。

 しかも、足音は正面からだけではなく、左右の道からも聞こえてくる。入り組んだ通路の中で、様々な方向から襲われては厄介だ。


「引き返しましょう!」


 アルヴァの指示により、全員で道を引き返そうとするが……。


「後ろにもいるぞ!」

「まずいな……数が多い!」


 だが、引き返すわけにはいかなかった。

 背後に機兵の姿を確認した冒険者が、声を上げたのだ。機兵は今まで調べなかった通路に、隠れていたのかもしれない。

 恐らく、侵入者を道に迷わせたところで、機兵を使って追い込む設計になっていたのだろう。なかなかに厄介な迷宮だ。

 後ろから来た機兵が、拳を大きく振りかぶる。兵士が盾でそれを受け止めるが。


「んがっ!?」


 しかし、防ぎきれずに大きく吹き飛んで倒れた。すぐに仲間の兵士が助け起こすが、危機的な状況だ。

 ソロンは各方向を素早く視認し、機兵の数を確認した。

 最も手薄なのは右の通路だ。

 右に飛び込むと同時に、火球を連射して機兵を狙い撃つ。


「こっちに!」


 数体を破壊できたことを見て取るや否や、ソロンが後ろへと呼びかけた。


「分かりました!」


 アルヴァ達もそれに応えて、右の通路へと走り込んでくる。

 通路の奥からは、なおも機兵が向かってくるが、他の皆と協力しながら機兵達を撃破していく。

 どうやら、弓矢の効果が薄くとも、武器で物理的に破壊すれば倒せるようだ。特に(つち)のような鈍器が最も効果が高い。


「前の安全を確保してくれ! 後ろは俺達が喰い止める!」


 グラットが後ろからやってくる機兵を見て叫んだ。ソロンもその意を理解して、前方の機兵退治に専念する。

 グラットの槍が機兵の足を叩き砕く。

 刃先に重量があるため、胴体のように頑強な部分でなければ破壊できるようだ。足を砕けば、もはや機兵もデク人形に過ぎない。


 ミスティンも矢を放って、機兵の体勢を崩すことに専念した。

 砕くことはできなくとも足元を狙えば、矢の衝撃で転倒はさせられる。動く敵の足へ矢を当てるには相応の技量が要求されるが、彼女にとっては困難ではないようだった。

 機兵もゆるゆると起き上がろうとするが、隙だらけだ。そこを他の仲間が直接攻撃で叩き壊していく。

 

 前方を進むソロン達も、機兵を倒しながら進行していた。

 ソロンとアルヴァ――二人の魔法は効果てきめんで、危なげなく機兵を破壊できた。

 すると、通路の突き当りに大きめの扉を発見した。扉は石造りで、見るからに頑丈そうだった。

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