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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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会戦の始まり

 大公軍による侵攻の知らせが届いてから、二日が経った。

 その間、カンタニアからの後続部隊が到着した他、近隣の小領主の参戦もあった。それでも、敵との戦力差を(くつがえ)すには至らなかった。


「大公軍は予定通り、進軍を続けているようです。この調子ならば、明日の昼にはミューゼフ平原に到達するでしょう」


 偵察からの報告を、イセリアが再度伝えた。

 会戦の地はアルヴァが予想した通り、ミューン南西のミューゼフ平原となりそうだった。

 もっとも、難しい予想ではない。両軍合わせて数万にもなる兵力である。それだけの大軍を展開できる地形は、必然的に限られていた。


「明日の早朝に全軍を出陣させましょう。ミューゼフ平原に布陣し、敵を迎え撃つのです」


 そうして、明日の早朝、上帝軍がついに動き出した。

 わずかな守兵をミューンに残し、ほぼ全ての兵を出陣させる。両将軍を含む主要な将官も例外ではない。どうせ、この戦いに敗れればその時点で勝機はなくなる。出し惜しみする必要もなかった。


 * * *


 ミューンから南西の帝都へ向かって連なる長大な街道。

 港町を出てしばらくは、森と山に挟まれた狭い道が続いていく。

 それがやがては広がっていき、街道の周囲に広大な平地が姿を現すようになる。それこそがミューゼフ平原と呼ばれる土地だった。


 ミューンから平原までの距離は徒歩で四時間。普段なら交通の要所として、多くの行商や旅人が行き交う街道である。ところが、今は戦争の気配を察したのか、行き交う人の姿はなかった。

 その代わりに、ミューゼフ平原へ向かって伸びる長蛇の大軍があった。


 アルヴァは馬上に揺られながら、その先頭を進んでいる。

 ソロンはミスティン、メリューの二人と共に、そのそばで駒を並べていた。

 ゲノスやイセリアは後方で別の軍を率いていた。


「いよいよ戦争か……。緊張するなあ」


 手綱を握りながら、ソロンは不安を隠せなかった。

 アルヴァはそんなソロンを横目に見ながら。


「怖いなら無理しなくともよいですよ。そもそも、他国人のあなたに戦う義務はありません。私と両将軍と、兵士達だけでも十分に戦えると考えています」


 帝国のことは帝国人で――アルヴァの口調には、かつての女帝時代を思わせる責任感があった。


「ここまで来てそれはないって。確かに、帝国の上帝陛下に協力する義理はあんまりないけどね。だけど、君とはもう付き合いも長いんだ。ここで逃げたら男が(すた)るってもんさ」


 だからこそ、ソロンは否定する。帝国での立場は関係ない。彼女が勝ち取った仲間の一人として、ソロンはここにいるのだから。

 そんなソロンの力説を受けたアルヴァは「まあ……」と、はにかむように頬を押さえながら、


「戦場を前にして頼もしい限り。ソロンも随分と良い男になりましたわね」


 どこか余裕を見せるように微笑(ほほえ)みかけてきた。

 かつて皇帝と呼ばれた時には、決して見せなかった表情。悪戯(いたずら)っぽさを残したあどけない笑顔である。


「そ、そうかな……」


 ソロンは顔を赤くしながら、笑ってごまかす。

 グラットにも同じようなことを言っていたので、深い意味はないだろう。それでも、面と向かって褒められるのは、やはり気恥ずかしいものだ。

 昔と関係は変わったけれど、相変わらずあちらのほうが上手(うわて)らしかった。

 照れ隠しに後ろを振り返れば、そこには途切れのない大軍が連なっていた。


「――それにしても、凄い大軍だよね。戦いには慣れたつもりだったけど。これだけの大戦争は初めてだからなあ……」


 無数とも思える兵士達は、それぞれの表情を持って行進を続けている。

 勝とうが負けようが大勢の人が死ぬ――それが今までよりも多くの規模で行われる。その事実がいまだにしっくりこなかった。


「そうですね。私も、これだけの大軍を指揮するのは初めてです。北方ではせいぜい五千の軍でしたから。もっとも……敵側はこれよりも多いわけですが」


 アルヴァは淡々と応えた。

 これだけの難事にあっても、取り乱す様子を少しも見せなかった。けれど、大勢の命を預かる責任感が、彼女の肩にのしかかっていることも想像に難くない。


「途方もない大軍だな。勝てると思うか?」


 ソロンの隣で駒を並べるメリューが尋ねた。


「さあ、どうでしょう。自信はありますが、戦は時の運とも言います。油断しないためにも、明言は避けさせていただきます」

「どうやって戦うつもりか聞いていい?」


 ソロンはアルヴァの意向を尋ねた。

 この戦いにおけるソロンの立場は、あくまで一兵卒と大差はない。作戦会議においても、アルヴァや将軍達に任せて口を出さなかった。

 それでも、質問したのは少しでも彼女の力になれないか――と、模索したからだ。


「基本的には正攻法ですよ。総力で迎え撃つこちらに対して、敵の将軍は一人のみ……。兵力で勝るからといって、戦力を小出しにしたところに付け入る隙があります」

「そうだね。こっちは将軍が二人に、ミスティンやメリューもいる。何と言っても、立派な上帝陛下が先頭に立ってるしね」

「あなただっていますよ」

「うむ、父様からもらった刀を存分に振るうがいいぞ。今のそなたなら百人力と言っても、過言ではなかろうさ」


 アルヴァに続いて、メリューがソロンへと期待を寄せた。


「もちろん、やれるだけのことはやらせてもらうよ。この大軍の中で、どれだけ活躍できるかは分からないけどね。そのために、訓練もしてきたから」


 帝国に戻ってからも落ち着かない日が続いたが、それでも訓練は欠かしていない。強大な力を持つ蒼煌(そうこう)の刀をものにすれば、大軍にも立ち向かえるかもしれないのだ。


「そういえば、そのオトロスっていうオジサンは来ないんだね」


 と、ミスティンが指摘すれば、


「所詮は軍を率いた経験もないただの大貴族ですから。出て来たところで、兵の士気には寄与しないでしょう。ある意味では賢明な判断ですわね」


 アルヴァは辛辣(しんらつ)に敵の総大将を斬って捨てた。


「相変わらずそなたは自信家だな。そなたらより長く生きた私も、これだけの大戦は初めてだ。不謹慎かもしれぬが、楽しみにさせてもらうぞ」


 メリューにとっては不安よりも、興味が勝っているようだった。

 他国ゆえの気楽さがあるのか、はたまた自国の戦乱を乗り越えて、肝が据わったのか。


「メリューもあまり無理しないように。後方に下がっていただいたほうがよいかもしれません」

「いや、せっかくだから身をもって体験させてもらう。ドーマの大使としても、そなたらの友人としてもよい経験になりそうなのでな」


 メリューもソロンと同じで引くつもりはないらしい。種族と国が違おうと、彼女も心強い仲間だった。


 *


 やがて昼前に、上帝軍は目的のミューゼフ平原へとたどり着いた。


 広い平原を(はさ)むように、南北にはなだらかな丘陵(きゅうりょう)地帯が連なっていた。

 北側の丘陵を横切るように一筋の川が流れている。イシュテア海からつながる川は、ミューンの町においても水源として重宝されていた。

 ゆるやかな高低差を利用しながら、川によって敵の進路も制限できる。防衛にはもってこいの地形といえた。


 事前の指示に従って、各自が布陣を開始する。

 上帝軍が向く方角は西のやや南寄りである。

 南北の丘陵部には、それぞれゲノス、イセリアの両将軍が陣取る。

 北の右翼に立ったイセリアは、右側面を川で(さえぎ)ることで敵の動きを読みやすくしていた。

 そして、中央の平原部には、最大兵力を率いたアルヴァが自ら立った。


 かつて、北方の戦役におけるアルヴァは、軍の指揮はもっぱらゲノスに任せていた。自ら魔道士として活躍しながらも、基本的には『象徴』として徹していたのだ。

 ところが、今回は名目ではない実質の指揮官である。ゲノス、イセリアとも別れて、独立した軍を率いる立場だ。


 軍の人材不足という問題はあったにせよ、覚悟を見せるためアルヴァ自身が望んで志願したのだった。

 そんなアルヴァを守るため、ソロン、ミスティン、メリューも彼女のそばで戦う。ただし、時には遊撃隊として柔軟に戦うことも計画のうちである。


 そうして上帝軍は、平原から丘陵部に渡って広く展開した。

 アルヴァの軍を胴体とすれば、両将軍率いる兵が翼のように広がって配置されている。敵が平原を直進してきたならば、自然と両翼からの包囲をしかけられる格好になった。

 まだ敵の到着まではしばしの時間がある。それまでに地形を変え壁を作り、有利な態勢を築くのだ。


 *


「来た!」


 馬上から双眼鏡を構えていたソロンが叫んだ。

 今はミスティンと二人――アルヴァがいる本陣から離れて、高所から敵の監視をしていたところだった。


 大公軍が、西の遠方から続々と近づいてくる。

 先頭の騎馬に乗った浅黒い肌の男が、デモイだろうか。

 その周囲を包むように騎兵の集団、その後方には大量の歩兵。鋼に包まれた騎馬と男達が、足並みをそろえて行進してくる姿は圧巻だった。

 見晴らしのよい平野であるにも関わらず、隊列の終わりは見通せない。こちらよりも大軍だという情報に偽りなさそうだ。


「こりゃ難儀だねえ。勝てるかな?」


 他人事(ひとごと)のようにミスティンがつぶやいた。口調は軽いが、彼女なりに色々と考えていることは知っている。だから、ソロンもいちいち注意はしない。


「勝てるさ、こっちだって負けていない」


 ソロンは敵軍から目を離し、自軍のほうを指差した。


「やっぱり、アルヴァはカッコいいなあ……」


 ミスティンが惚れ惚れとした表情でその先を見る。

 アルヴァは遠くからでも分かる姿勢のよさで、馬上にあった。

 彼女が率いる一軍は敵の進行方向に対して、真っ向から向かっている。軍の中心であるアルヴァのそばに旗を掲げ、あえて正面に陣取ってみせたのだ。


 もっとも、両翼にはゲノスとイセリアの両将軍が構えている。正面から突撃すれば挟み撃ちを受けることになる。敵もそれほど愚かではないはずだ。

 案の定、デモイ将軍は部隊を二手に分け始めた。二人の副将に進撃部隊を委ね、自らはその場で本隊と共に留まるつもりのようだ。

 狙いは当然、上帝軍の両翼を叩くことだろう。アルヴァのいる中央はまだ戦場になりそうもないが、それも時間の問題だった。


「戻ろう」


 双眼鏡を下ろしたソロンが口にすれば、ミスティンもすぐに頷く。

 敵の動きを確認できれば、これ以上の長居は無用である。

 二人は丘陵(きゅうりょう)を駆け下りて、アルヴァの元へと戻るのだった。

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