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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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イセリアの憂鬱

「はあ……」


 会議室を出たイセリアは、深い溜息をついた。弱みを見せないため、人気(ひとけ)のない場所にさり気なく移動している。

 この先に待っているのは、今まで経験したことのない本物の戦争だ。

 これまで、仕事のほとんどは父の副官として勤めてきた。野盗や魔物の討伐といった任務しか経験のないイセリアにとって、とてつもない重圧だった。


 それに加えて、イセリアは最年少の将軍という立場である。

 先輩のゲノス将軍や歳上の将校を相手に、侮られぬよう職務を遂行せねばならない。

 そして……何より難しいのは上帝のアルヴァネッサだ。自分より幾分若いにも関わらず、あの娘にはどこか底知れないところがあった。


「ねえねえ」


 と――うつむいて思い悩むイセリアに、声をかけてくる者がいた。

 顔を上げれば、そこにいたのは若い娘だった。金髪を頭の後ろでくくっており、鮮やかな空色の瞳でこちらを見つめてくる。

 無骨な男だらけとなった市庁舎において、上帝と並んで目を引く容姿の持ち主である。男社会の軍団に生きてきたイセリアからすれば、どことなく引け目を感じてしまう。


「あなたは……。ああ、上帝陛下の」


 確かミスティンといっただろうか。

 上帝の側近らしいが、今一つ立ち位置がよく分からない。上帝とは歳も近く、親しいようなので学友か何かだろうか。


「イセリアは偉いねえ。その歳で将軍だなんて」


 見る限りイセリアよりは歳下のはずだが、どことなく馴れ馴れしい。彼女の背後に上帝がいるせいか――と思ったが、どうも単に性格のせいのようだ。


「……いや、それほどでもない。父の威光あっての身分だとは自覚している。あなたこそ、その歳で上帝陛下の側近とは恐れ入るな」

「側近も悪くないけど、どちらかというと親友かな」


 何やら嬉しそうにミスティンは笑った。


「親友か……。勝手ながら、陛下は孤高の人という印象を持っていたよ。少なくとも、以前お会いした時はな」

「そうでもないよ。イセリアはアルヴァのこと苦手?」


 思いがけず、ミスティンはそんなことを聞いてきた。


「そんなふうに見えるだろうか?」

「そんなふうに見えるねえ」


 見た目のとぼけた印象のわりに、意外とこの娘は鋭いらしい。


「そうかもしれないな。普段、私は年上の部下や同僚との付き合いが多い。そんな中であの方だけは特別だ。年下の上司ということもあってか、どうも難しくてな。無論、尊敬はしているが、それだけに近寄りがたいというか……」


 屈託のないミスティンの調子に、イセリアもついつい本音を語ってしまう。


「普通に話せばいいと思うよ。私も最初は苦手だったけど、実際話してみたらそうでもなかったし」

「そうなのか?」

「うん。わりと面倒見がよかったり、おしゃべりだったりするし、可愛いところもある。口うるさいけど、本気で怒ったりはしないよ」


 ミスティンはそんなことを楽しそうに語った。アルヴァのことならいつまでも話せるというように。


「思った以上に、陛下と親しいのだな」

「うん、親友だからなんでも知ってるよ。好きな食べ物から、下着の色、好きな男の子のことま――」


 ミスティンは自信に満ちた声で、その先をつなごうとしたが。


「ミスティン」


 突如、その背後に現れたのは当の上帝だった。ミスティンの襟首(えりくび)をつかんで強引に引っ張る体勢である。


「あっ、アルヴァ! 今、イセリアと話してたんだ。それで――」


 首根っこをつかまれているにも関わらず、ミスティンはパッと笑顔になった。


「余計なことは言わないように。行きますよ」


 アルヴァは釘を刺した後で、イセリアと目を合わせた。


「――イセリア将軍、私は軍の視察へ向かいます。先程の件、よろしくお願いしますね」


 そうして、背を向けてミスティンを引きずっていく。どことなく滑稽(こっけい)な光景だった。

 その行き先では、二人を待っていたらしい赤毛の少年が苦笑を浮かべている。イセリアはよく知らないが、彼も上帝の側近として二人と親密らしい。


「はっ、かしこまりました」

「じゃあね。がんばって、イセリア」


 引きずられるミスティンは、気にすることなく笑顔で手を振っていた。


「あはは……ありがとう」


 堅物(かたぶつ)のイセリアも、これには笑って手を振り返すしかなかった。

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