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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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上帝軍の始動

 アルヴァが目ぼしい諸侯へ使者を送ってから数日……。一同は大勢の軍隊と共に、港町ミューンに留まっていた。

 現状の戦力だけで帝都へ侵攻するのは無謀であり、諸侯の援軍を待つしかなかったのだ。普段は早い決断を好むアルヴァも、さすがにそこは理解していた。


 もちろん、その間もただ待っているわけにはいかない。

 大公との戦いに勝利すべく、ミューンの市庁舎では連日の会議が開かれていた。出席者はアルヴァと将軍を始めとした幹部達である。

 アルヴァのそばには当然の如く友人の三人も座っていたが、あくまで話は帝国軍内部で進めるつもりだった。



「現状の問題点を忌憚(きたん)なく述べていただきたいのですが」


 参加者が集まるなり、アルヴァが前置きなく話を始めた。

 なんといっても、急ごしらえの軍と拠点である。今は自勢力の現状の把握に努めねばならなかった。


「それでは――」

 最初に意見を述べたのは、イセリア将軍だった。

「――北方軍の合流により、兵糧(ひょうろう)の懸念があります。ミューンは豊かな港町ではありますし、周辺の町からの援助も取りつけています。とはいえ、今後は大公が航路を妨害してくる可能性もあります。いつまでも持つものではないでしょう」


 ミューンを拠点として軍を編成したのは彼女であり、最も現状把握に優れていた。


「ごもっともです。早めに決着をつけるか、勢力地を増やすか……いずれにしても重大な課題ですね」


 アルヴァは頷いて応じた。

 もっとも、その程度の内容は既に分かり切ったことである。イセリアとしても、あくまで共有する目的で口にしているだけだろう。


「――他に。ゲノス将軍はいかがですか?」


 アルヴァは続けて、もう一人の将軍をうながした。ゲノスはこの場において、アルヴァに次ぐ席次である。

 実戦経験も豊富な壮年の将軍として、大将軍を欠いた軍の代表となっていた。北方ではアルヴァと共に戦った経験もあり、自軍の中では最も信頼がおける人物だ。


「帝都を攻める作戦を考える必要があるでしょうな。手始めに、カトバを取るべきかと思います」


 ゲノスは信念に満ちた声で主張した。

 カトバは、帝都から北東に徒歩四時間ほど離れた中都市である。ミューンから帝都を目指す中では、ちょうど進路に当たっていた。必然的に、今は大公の勢力下となっている。

 カトバは田畑の広がる穀倉地帯であり、帝都への作物の供給が住民の生業(なりわい)だった。そこを抑えてしまえば、自軍の補給については心配がなくなるはずだ。


「同意見です。それができれば、兵糧も解決するでしょう。何より、カトバに陣を張れば帝都までは目と鼻の先です。ただ、大公軍もそれなりの抵抗をしてくるでしょうが」


 アルヴァも賛意を示す。

 当然、大公軍の兵糧(ひょうろう)もカトバに大きく依存している。生命線を守るため、敵も相応の防衛を行うはずだ。

 ならば、兵力が集まるまでに作戦を固めておきたい。アルヴァはそう考えていたが――


「上帝陛下!」


 一人の兵士が声を張り上げながら、会議室へと飛び込んできた。見れば、イセリアの配下で偵察を任せておいた隊長である。

 アルヴァが無言で視線を向ければ、偵察隊長が言葉を続ける。


「――敵の大軍を発見しました! 大公軍が、ミューンを目指して進軍中とのことです!」

「大公軍が……!?」

「もう敵が来たのか!?」


 会議室は騒然となった。


「意外に行動が早いですわね。軍の陣容と、ここに到達する日時は分かりますか?」


 アルヴァは努めて冷静に質問した。

 いずれ、敵がこういった行動をしてくることは予想していたのだ。ただ、その時期が多少早かっただけである。


「はっ。偵察の目測では兵力一万五千、指揮官はデモイ将軍とのこと。進軍はゆるやかで、到達は三日後になる見込みです」

「ふ~む。こちらが兵力を固めないうちに、潰しにかかるつもりでしょうな」


 ゲノスもさすがの落ち着きで、所見を述べた。


「デモイ将軍とは、あなた方から見てどのような男なのですか? 私は一度会った限りなので……」


 アルヴァの記憶によれば、デモイは三十代半ばのやせた男である。父オライバルの代に将軍へと就任し、以降は西方の防衛を担当していた。


 西方といっても、彼の任地はあくまで帝国本島の西側に過ぎない。外国と隣接する位置でもないため、比較的に平穏な地域ではあった。

 主な任務は周辺諸侯へのにらみと、盗賊・雲賊などの退治となる。……はずだが、その彼が率先して皇帝に反旗を翻したのが、帝国の現状というわけだ。


「任地が違うので、何度も話したわけではないことを断っておきますが……。実戦経験では私に劣るとはいえ、軟弱者ではないはず。なにせ、オライバル陛下が、将軍として認めた男ですからな」

「私も将軍になって日が浅く、話す機会はありませんでしたが……。父も、彼のことは評価していたように思います。剣も魔法も達者なもので、少なくとも、彼の就任後に西部で起きた騒動は手際よく鎮圧されています」


 ゲノスとイセリアがそれぞれの評価を話してくれる。

 二人ともさして詳しくはないようだが、ともあれ、十人しかいない帝国の将軍を任された人物だ。それ相応の資質の持ち主ということだろう。


「楽な相手ではない――と、考えたほうがよさそうですね」

「それでどうしますか陛下、ミューンを閉じて防戦しますかな?」


 ゲノスがこちらの顔を(うかが)うように尋ねた。


「いいえ、それでは町に被害が出る可能性もあります。また、持久戦となれば兵糧の問題も無視できません。いっそ、こちらからも会戦を挑みましょう」


 会戦とは、互いに大規模な軍隊を展開して行う戦いのことである。互いの被害が大きくなりやすく、短期間で雌雄を決するのに有効だ。逆に言えば、絶対に負けられない戦いとなる。


「会戦ですか……。兵力からすると、我々のほうが不利に思えますが……。やはりここはミューンに閉じこもって、諸侯の援軍を待ったほうがよいのでは……? 雲路を使えば、補給の問題もどうにかなるでしょう」


 イセリアはアルヴァの判断に、納得していないようだった。控えめながら、反論を述べる。

 事実、こちらの軍勢はおおよそ八千。

 帝国を二分する戦いの軍勢としては、いかにも心もとない。しかしながら、各地の諸侯の協力が得られるまでは、これが精一杯の兵力だった。


「我々が優先すべきは、陛下に危害が及ぶ前にいち早く救出することです。守勢に回っていては、それを達成できません。違いますか?」

「は……」


 アルヴァが視線を向ければ、イセリアは(おもて)を下げる。


「これは敵の出鼻をくじく好機なのです。それに、しょせん諸侯は風見鶏――勝ち馬に乗ろうと、機を(うかが)っている者が大半でしょう。待っていたところで戦力差を(くつがえ)せる保証もありません。戦力を増強できるのは敵も同じなのですから。だからこそ、一度は我々の力を天下に知らしめる必要があるのです」


 アルヴァはとうとうと自説を説いた。

 イセリアの策は、堅実で負けない策である。だが、消極的に過ぎるのも事実だ。戦争を遂行するには、積極的な策で流れを引き寄せねばならない。


「悪いが、イセリアよ。俺も上帝陛下に賛成させてもらうぞ」

 と、ゲノス将軍が続いてくれた。

「――守勢に回ってもこの戦争には勝てんと、俺の勘が言っている。もっとも、(いくさ)が怖いならお前は前線に出なくともよいがな」


 相手が後輩のイセリアだからか、ゲノスは尊大に言い放った。


「ゲノス将軍、私を(あなど)らないでもらいたい。確かに私は若輩(じゃくはい)ですが、あなたと同じ将軍です。戦場が怖くて務まるものですか。ただ私は自分の意見を述べたまでです」


 親子ほど歳の離れた相手にも動じず、イセリアは毅然(きぜん)と言い返した。アルヴァに対しては謙虚な彼女だが、先輩の将軍へは意外に強気なようだ。

 ゲノスはその視線を真っ向から受けていたが。


「そこまでです」

 そこへアルヴァが仲裁に入った。

「――最初に述べた通り、忌憚(きたん)なく意見は言ってくださって結構ですよ。ただ、二つの策を両立できない以上、最終的には私の判断に従っていただきます」

「もちろん、承知しております。陛下がご決断されたならば、私は従いましょう」


 イセリアは一転、アルヴァに対してうやうやしく礼をした。


「ありがとう。もっとも、戦いまではしばらく時間があります。それまでは、引き続き情報収集をお願いできますか? ミューゼフ平原で迎え撃つのが妥当だと見ていますが、詳細に戦場の目星をつけておきたいのです。敵を監視して、逐一動きを把握するように」


 迎え撃つ側の利点は、自軍にとって有利な戦場を選べることである。地形を把握し、最適な布陣を敷く必要があった。

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