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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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司祭として

 別れがあれば、再会もまたある。

 上帝軍の拠点となったミューン市庁舎には、意外な人物が訪れていた。


「お姉ちゃん! どうしてこっちに!?」


 ミスティンは目の前の女へと駆け寄った。

 長く整えられた金髪に、ミスティンと同じような空色の瞳。その身には、神竜教会の司祭の証である純白の衣をまとっている。

 ミスティンの姉――セレスティンだった。

 ソロンは少し離れて姉妹の再会を見守っていた。


「帝都を抜け出してきたのよ」


 セレスティンの表情には、妹の無事を確認した安堵が現れていた。


「――さすがに大公も、帝都を封鎖するわけにはいかなかったみたい。それでミューンに上帝陛下が来ていると聞いて、あなたもいるんじゃないかってね」


 帝都は言うまでもなく膨大な人口を抱える都市である。その巨大な経済を支えるためには、各都市との流通が不可欠だった。

 つまり、帝都を抑えた利権をむさぼるためにも、大公は帝都を封鎖できないのだ。


「加えて言えば、大公も神竜教会と事を構えたくはないのでしょうね」


 と、アルヴァが姉妹の間に口を挟む。

 一見すれば人畜無害に思える神竜教会であるが、大量の信者を抱える巨大組織でもある。傍若無人に思える大公派も、教会を(ないがし)ろにはできないのだろう。

 セレスティンはアルヴァの存在に、かすかな驚きを見せる。それでも丁寧な所作でアルヴァへと向き直った。


「はい、陛下。お(すこ)やかなようで何より。今のところ、大公から露骨な圧力などはかかっていないようです」

「そうですか。……と、姉妹の再会に水を差して申し訳ありません。続きをどうぞ」


 アルヴァは一歩引き下がる素振りを見せたが、


「構いませんよ。この子の安否はもう確認できましたので。それに私も、陛下に報告するつもりで参ったのですから」


 セレスティンは上品に笑って応えた。ミスティンも「うんうん」と姉に賛同してみせる。


「……では、単刀直入にお聞きしますが、神竜教会としては大公とどのように向き合うつもりなのでしょう」


 ならば、とアルヴァも質問をする。セレスティンを通して、教会の動向を測りたい思惑があるようだ。


「原則として、神竜教会はエヴァート陛下を支持しています。そのため、オトロス大公の暴挙を認めることはできません。既に教皇も非難の声明を発表しています」

「至極当然ですわね」

「ただ、教会に組織として大公に立ち向かう力はありません。傍観するしかないのが現状なのです。それに……恥をさらすようですが、我々も一枚岩ではありません。教会の中には教皇の意に反して、オトロス大公に(くみ)する者もいます」


 申し訳なさそうに、セレスティンは教会の実情を語った。


「あなたが責任を感じる必要はありませんよ。それも、予想していたことです。神竜教会ほどの大組織ならば、色々と利害関係もあるのでしょうし」

「陛下のご理解痛み入ります。それからもう一つ、ご報告したい件があるのですが……」

「と、言いますと?」

「教徒の中には、今も城内に出入りしている者が多いのですが……。その方々が、怪しげな者達を見かけたのだと」

「怪しげ?」


 ミスティンが首をかしげるが、セレスティンは視線をアルヴァからそらさない。


「ええ、赤い衣をまとい、顔を隠した者達が城内にいたのだと。上から達しが出ているようで、兵士達も彼らをとがめなかったそうです」

「まさか、ザウラスト教団!?」


 これにはソロンも叫びを上げる。

 セレスティンとは以前、ザウラスト教団に関する情報交換をした覚えがある。上界で勢力を築く異教の存在を、彼女は神竜教会の司祭としていち早く察知していたのだ。


「大公の背後にザウラスト教団あり――あなたはそう考えているのですね?」

「はい。この目で確認したわけではありませんが、陛下のお耳に入れる必要があると考えました」

「ありがとう、確かに重要な情報です。それであれば、大公がこのような暴挙を起こした背景も納得がいきます。恐らく、大公はもっと以前から教団とつながっていたのでしょう。少なくとも、帝都であの事件が起こる前から……」


 帝都で起きた事件――ザウラストの魔物が帝都を襲撃し、アルヴァが下界へ追放される契機になった事件だ。そこにも大公が関わっていると、彼女は疑っているようだった。


「陛下」


 セレスティンは決意を表情に浮かべ、アルヴァへと呼びかけた。


「――これから私は帝都へ戻るつもりです。占領下の帝都だろうと、救いを求める声は見過ごせませんから。それに、諦めず大公派へも働きかけてみるつもりです。あちらにも熱心な信徒はいますので」


 神竜教会に伝わる(いや)しの魔法――司祭のセレスティンともなれば、相当な技能を持っているはずだ。彼女はそれを、帝都の民のために使うつもりなのだろう。


「えー、せっかく帝都を脱出したんでしょ。お姉ちゃんも私達と一緒に行こうよ」


 ミスティンがいかにも残念そうな声を出す。


「ごめんね、ミスティン。私が帝都を出るときにはもう決めていたから」


 しかし、セレスティンは妹の懇願にも動じない。

 アルヴァはそんなセレスティンを正面から見つけて。


「セレスティン司祭。これより帝都は戦場になるかもしれません。……少なくとも、私はそれを辞さない覚悟です。ミスティンの友人としては、あなたを引き止めたいとも思っています。……それでも、ゆくつもりですか?」

「真に平和な場所なら、救いなどそもそも無用です。神職に就いた時より身の危険は覚悟の上ですから。だからこそ、私はかつてあなたと共に戦場へ(おもむ)いたのです」


 セレスティンは妹と同じ空色の瞳を、しっかりと見開いた。アルヴァを前にして、一歩も引く気配がない。

 かつてセレスティンは、アルヴァに協力する形で北方の戦場へ従軍したことがある。そのことに言及しているのだろう。


「……そうでしたね。あの時は助かりました。あなたも妹に負けず勇敢なのですね」


 セレスティンの意志の固さを感じたのか、アルヴァもそれ以上は追及しなかった。


「お姉ちゃん……」


 ミスティンはなおも心配そうに声をかけたが、


「大丈夫よ、ミスティン」

 と、セレスティンはやわらかく応えた。

「――陛下もおっしゃったように、大公にしても教会と意味もなく敵対はしないでしょうから。ある意味では、戦いにゆくあなた達よりも安全かもしれないわね」


 セレスティンの説明が妥当かどうかは分からない。ただ、そこには妹を心配させまいとする心遣いが感じられた。


 そうして、セレスティンは再び帝都へと向かっていった。


「君の姉さんも、自分なりに戦ってるんだね。剣と魔法ばかりが戦いじゃないってことか」


 セレスティンを見送ったソロンは、残されたその妹に声をかける。


「うん。自慢のお姉ちゃんだから。私とは違うけど尊敬してる」

「確かにミスティンとは違いますが、行動に迷いがないのは姉妹そろった美点だと思います」

「えへへ、そうかなあ」


 姉妹並んで褒められたせいか、ミスティンはどことなく嬉しそうだった。

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