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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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グラットの決意

 港からミューンの市庁舎へ着くには、さほど時間はかからなかった。港から発展した貿易都市だけあって、その中枢も港に隣接しているらしい。

 雲海からの風を避けるためか、港と町の境目には多くの植樹された樹木が並んでいた。

 その向こうにある三階建ての幅広い建物が市庁舎だ。軍事拠点として建造したものではなさそうだが、それでも大勢の兵員を宿泊させることができそうだ。


 市庁舎に入ったアルヴァ達を出迎えたのは、大勢の将校だった。

 形式上はイセリアが代表となっているが、経験では彼女を上回る実力者達ばかりである。アルヴァも見覚えのある者が多く、心強い味方になってくれそうだ。

 彼らはワムジーを慕って、ミューンまで同行してきたようだった。大将軍の娘というイセリアの肩書が、功を奏したのは想像に難くない。


 一行が通されたのは、市庁舎一階にある会議室だった。ミューンの市長や将校達も合わさって、出席者は数十人といったところだろうか。

 アルヴァはさっそく、話を切り出すことにした。


「さて、本題に入るとしましょうか。オトロス大公については承知していますが、その他にも反乱へ加担した主だった者は分かりますか?」

「反乱の首謀者はオトロスの他、デモイ将軍、レゴニア将軍――それにオムダリア将軍です。その他にも多数の貴族が参加している模様です」


 イセリア将軍が簡潔に報告した。


「オムダリア将軍というのはもしかして……」


 聞き覚えのある名前を耳にして、ソロンがつぶやいた。


「ええ、あなたの恩師――ガノンド・オムダリア元公爵の弟――ビロンド・オムダリアです」


 そのつぶやきを拾ったアルヴァが説明を加える。


「先生の弟か……。あっと、ごめんなさい」


 話を中断させたことをソロンが謝する。アルヴァもそれを受けて話を続ける。


「三将軍が敵に回ったということですね。しかも、デモイ将軍はネブラシアから西方、オムダリア将軍は東方、レゴニア将軍は帝都雲軍……。ちょうど帝都を挟む配置になっており、付け入る隙がありません」


 わざわざ各将軍の管轄(かんかつ)を説明したのは、ソロン達に伝えるためである。

 本来、各軍団の兵は皇帝から任されたものに過ぎず、将軍が勝手に兵を動かす権限はない。

 とはいえ、長年に渡って寝食を共にした関係は血のように重く、将軍による軍団兵への影響力は無視できなかった。


「対するこちらは二将軍……苦しい状況であることは否定できませんな」


 ゲノスもいつもながらの難しい顔で相槌を打つ。


「ところで、ラザリック将軍はどうしましたか?」


 ふと気になって、アルヴァは尋ねた。

 帝都近郊を管轄とする将軍の中で、彼だけは名前が上がっていない。

 なんといっても、帝都の治安維持はラザリック将軍の仕事である。彼がしっかりしていれば、このような事態にはならなかったともいえるのだ。


 ひょっとして、ラザリックも裏切ったのだろうか。若く未熟なところはあれど真面目な性格は買っていた。エヴァートを裏切るとは考えにくいが……。

 と思いきや、イセリアは(かぶり)を振って、


「不甲斐ないことに、ラザリックも敵に捕らえられたようです」


 それはそれで落胆するような答えを返してきた。


「……そうですか、こちらに味方してくれそうな者は他に?」


 名前の挙がった者は大将軍を含めて七名……。帝国十将軍のうち、まだ三名いる将軍の動向が分かっていない。その他にも各地の貴族からの協力が考えられた。


「ゾンディーノ、オーゼ両将軍には私の名で文を送っています。ただ、第三要塞にいるソブリン将軍については……」


 語尾を濁したイセリアの意をアルヴァも理解する。


「確かに、ソブリン将軍と連絡を取るのは難しいでしょうね。彼については保留としましょう」


 第三要塞は帝都南方――雲海にそびえる島を利用した天然の要塞である。同じような要塞島が五つ存在するが、その中の三つ目に該当する。帝都雲軍の勢力下に近く、連絡は困難だった。


「となれば、ガゼット、オーゼの二人ですな。イセリアの名ではなく、上帝陛下から改めて要請をしたほうがよいでしょう。今後、わが軍の旗印は、上帝陛下ご自身になっていただきますので」


 続いてゲノスがアルヴァへと提案した。

 大将軍ならいざ知らず、イセリアは一介の新人将軍に過ぎない。他の将軍へ命令する権限はおろか権威もなかった。

 それでも、彼女の名で出さざるを得なかったのは、事態を知った段階で動ける有力者が他になかったためだろう。


「もちろん、そのつもりです」


 ゲノスの提案を、アルヴァは堂々と受けた。

 謙遜(けんそん)など必要ない。皇帝エヴァートと皇子ウリム、及び主要な皇族は敵の手中である。

 ゆえに皇帝の代理を担うのは、アルヴァを除いていないのだ。


「もっとも、その二人が協力してくれるかですが――」


 ゲノスがそう口にすれば。


「ガゼットのほうは心配いらねえよ」


 そこで発言したのは、かのグラットだった。

 帝国軍の幹部でもない彼は、あくまでアルヴァの協力者という枠を出ない。これまで発言を控えてはいたが、ここに至ってついに抑えられなくなったようだ。


「ほう……?」


 ゲノスやイセリアを始め、一同の視線がグラットに集結した。


「あ、いや……。あれはウチの親父なんで、そのう……」


 予想以上の注目に、グラットが狼狽する。そうして、アルヴァへ視線を送り助けを求める。相変わらず格好のつかない男だった。


「この者はガゼット・ゾンディーノ将軍の子息で私の友人――グラットです。先の遠征でも船長として、私を助けてくださいました」


 やむなくアルヴァが助け舟を出しておく。


「ほほう、ガゼットの息子が遠征に参加していたとはな。息子が軍を辞めたと愚痴(ぐち)っていたが……」


 ゲノス将軍が、興味深そうにグラットの顔を見る。どうやら壮年の将軍同士、勤務地が離れていても多少の交流はあったらしい。


「あはは。まあ、出来の悪い家出息子っすけどね」


 グラットは少しばかり調子を取り戻したらしい。自虐を交えながら謙遜(けんそん)していた。……さすがに将軍を相手には虚勢を張れないようだが。


「当人はこう言っていますが、なかなか頼りになる男です。ドーマでも、下界でも……私の旅先ではいつも活躍してくれました。これまで見てきた私が保証しましょう」

「よ、よせやい、お姫様。こんなところで褒め殺しは勘弁だぜ」


 照れを隠すグラットの姿に、失笑を漏らす者もいた。張り詰めていた場の雰囲気がどことなくやわらぐ。


「――まああれだ。ウチはそもそも平民だからな。親父だって、貴族様の腹黒い(たくら)みには興味ないと思うぜ。俺が行って説得してくれば、船団まるごと引き連れて帝都へ来るだろうよ」

「なるほど……。あなたがそう思うならそうなのでしょう。分かりました。そちらについては全面的にあなたへ任せましょう。後ほど私からの書状を託します」

「いや、あんまり当てにされても困るけどよ……。ともかく、ウチの親父は曲がったことが嫌いなんだ。それだけは間違いねえ」


 グラットはアルヴァの信頼に、こそばゆそうにしながらも応える。


「信じていますよ。あなたも、あなたのお父様も」


 アルヴァはためらいもなく言い切った。

 アルヴァ自身もガゼット将軍とは一度会っている。その時の直感を信じることにしたのだ。


 その後もアルヴァは、各勢力についての状況確認をおこなった。

 敵対が確実な者、協力が有望な者、中立の風見鶏……などなど。

 そうして、敵対が確実な者以外には、上帝アルヴァネッサの名で使者と書状が送られる運びとなった。

 そこには事前に名の上がった二将軍の他、アルヴァの母方イシュティール伯爵も含まれていた。


「大公には皇帝一家の解放と、無条件での降伏を要求しましょう。拒絶したら、その上で堂々と戦を挑むまでです」


 最後に、アルヴァはそう締めくくったのだった。


 * * *


 市庁舎の一室を借りたアルヴァは、さっそく書状をしたため始めた。

 横で眺めるソロン達の視線の中で、彼女は羽根ペンを猛烈な速度で動かしていく。

 早く仕上げれば、それだけ諸侯に届く時間も早まるのだ。

 それでいて書状はどうやら定型文ではない。送り先に合わせて細かく内容を変える方針のようだった。

 最初の一枚を書き上げたところで――


「グラット」


 視線を書状に据えたまま、アルヴァは室内にいるグラットを呼んだ。


「おう」


 少し離れて見守っていたグラットは、応じてそばへと歩み寄る。

 アルヴァは自らの手で封筒へと書状を収め、指輪で印章を押して封をした。

 世界に一つしかない紅玉帝の印章……。上帝に復帰すると同時に、印章もまた使用が許されるようになったのだ。これがあって、初めて差出人が証明される仕組みだった。


「お待たせしました。これをガゼット将軍に届けてください」


 アルヴァは立ち上がり、ここで初めてグラットのほうを見た。

 どうやら、最初の一枚はガゼット将軍へ当てると決めたようだ。それだけ、ガゼットの協力が重要だと見込んでいるのだろう。


「おう、任せてくれ」


 口調はともかく、グラットは両手で(うやうや)しく封筒を受け取った。

 そうして、決意の重さを隠すように、ぞんざいに宣言する。


「――つーわけで、俺はベオに帰る。悪いが、お前達とはここでお別れだ。どうせすぐ戻るから見送りはいらねえぜ」

「……グラット。そもそもが民間人であるあなたには、何の義務もないことなのに。本当に感謝しています」


 アルヴァは深々と頭を下げようとしたが。


「おいおい、水くせえじゃねえかよ」

 それをグラットが(さえぎ)る。

「――言っとくけど、俺はお姫様のこともダチだと思ってるからな。俺にできることならやってやるぜ。親父については紐つけてでも引っ張ってくるから、せいぜい期待してな」

「分かりました。グラット、力を貸してください。……それにしても、あなたもなかなか良い男になりましたね」


 熱意に感激したのか、アルヴァはグラットを見据えて言った。


「お姫様も俺様の魅力にやっと気づいたか……。惚れてもいいんだぜ……?」

「それは、遠慮させていただきます」


 アルヴァは笑いをこらえるようにして答えた。


「――他に気になる方もいますので。あなたならもっと、良い相手が見つかると思いますよ」

「ぐっ、お姫様に言われても嫌味にしかならねえよ。んじゃ、親父のことは任せとけ。ソロン、ミスティン、お姫様のことはしっかり守れよ! メリューは部外者なんだから無理すんな!」


 グラットはそう言いながら、ソロンへと手を伸ばした。


「うん、任せといて!」


 ソロンも手を伸ばし、大きく力強い手をグッと握りしめた。


「グラットに言われるまでもないけどね」

「うむ、余計なお世話だ。私は私のすべきことを成すまでだ」


 ミスティンとメリューも、憎まれ口を叩きながら握手――と見せかけて、グラットと手を叩き合った。二回ほど小気味良い音が鳴り響く。

 そうして、グラットは力強い足取りで市庁舎を出た。

 窓から見送るこちらに気づき、手を振りながら港へと歩いていく。

 アルヴァもしばし作業の手を止めて、グラットを見送っていた。

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