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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第八章 帝都決戦
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虎の威を借る竜

「ごめんなさい、メリュー。せっかく遠路遥々(はるばる)来ていただいたのに……」


 ゲノス将軍との会談を終えて、廊下に出たアルヴァはメリューに声をかけていた。

 将軍は城内の客室を快く提供してくれたのだが、アルヴァには用事があるらしい。そのため、歩きながらの会話となった。

 ソロン達ももちろん彼女達に同行している。


「構わん。元々、面倒事に巻き込んだのは私が先だからな」

「先程はああ言ったものの……。これから、どうなさいますか? カンタニアまで影響が及ぶかは分かりませんが、帝都よりは安全かと思われます」

「むっ……。私にここで待っていろというのか、それはご免だぞ」


 メリューは足を止め、尖った耳をピンと逆立てた。どうやら、これが不快感の表現らしい。


「んじゃ、国に帰るか?」


 と、グラットが茶々を入れる。先程の会談中とは打って変わり、すっかりくつろいだ様子である。


「愚か者め、そなたらと共にゆくに決まっておろう。私にも事態を見極める義務があるからな。このまま国へ逃げ帰っては、父様に笑われる」

「……愚問でしたね、メリュー。それでは、ひとまずミューンまで同行を願います。他の皆もそれでよいですか?」


 周りへと視線を動かしながら、アルヴァは他の三人へ尋ねてくる。


「もちろんだよ」


 ソロンは悩まず同意した。帝都にいるナイゼル達の安否も含め、気になることはたくさんあったのだ。


「一応、親父のことも気になるしな」


 グラットも父のことを気にかけていた。帝国十将軍の一人であるガゼットも、この騒動と無関係でいられないのは明白だった。


「私もお姉ちゃんが心配。それがなくても、アルヴァのそばにいるけどね」


 ミスティンの姉――神竜教会の司祭セレスティンは、帝都の大聖堂に務めていた。彼女もまた、今回の謀反に無縁ではいられないはずだ。


 そうやって、話している間にも一行は城主の部屋に着いていた。

 ここをアルヴァが訪れた目的は、ドーマから連れ帰った三十人の帝国人に関してである。城主であるカンタニア公爵とかけ合って、保護を願うためだ。

 かつてこの地にあったカンタニア王国――公爵はそれを統治していた王の子孫である。今もネブラシア帝国の傘下で、統治を任されていた。


 実際のところ、交渉はすんなりと片付いた。

 獣王の撃破によって、大きく減退した北方の脅威。アルヴァはそれを交渉材料にするつもりだったようだが、それすらも必要なかった。

 数十年前に領民を見舞った悲劇を知る公爵は、何の条件もつけずに支援を約束したのだ。


 一行も協力し、さっそく船団に残していた人々を城へと案内した。異国より舞い戻ったかつての領民を目にして、公爵は大いに喜んだのだった。


「アルヴァよ。帰って早々、そなたは忙しいな」


 そんなアルヴァに対して、メリューがねぎらいの言葉をかけた。


「それほどでもありませんよ。船旅の間は、十分に休ませてもらいましたので。私の場合、こうして働いているほうが性に合っています」


 実際、今のアルヴァは生き生きとしていた。

 従兄の危機を知った時は動揺を隠せなかったが、徐々に調子を取り戻していた。戦いの決意を固めて、迷いが減ったのかもしれない。


 *


 ゲノス将軍が宣言した通り、夕方には多くの軍船がカンタニア港に集まってきた。

 将軍が周辺の基地に伝令を届けるや、大急ぎで軍船を送ってきたのだ。

 その有様は北方最大の港であるカンタニア港ですら、手狭に思えるほどだった。


「さすが、ゲノス将軍は動きが早いですわね」


 港の雲海に浮かぶ船の数々を、アルヴァは満足気に眺めていた。


「これだけではありませんぞ。途中の港で、さらに合流する予定ですからな」


 隣に立ったゲノスも気をよくしていた。

 アルヴァが将軍と相談した結果、北方にはわずかな守備兵しか残さないことに決めた。事は帝国の行く末を決定づける戦いである。亜人の脅威が大幅に減った以上、思い切った対応が必要だった。


 元々のアルヴァの船団に加え、三千人を超える軍勢となる。

 もっとも、それすら全てではなく、動員する兵力の半分に過ぎない。一度に全員の輸送は困難であるため、二度に分割することになっていた。


「ところで将軍。途中、オトロス大公の勢力がしかけてくる可能性はありますか?」


 アルヴァは慎重に将軍へ確認していた。


「可能性は低いでしょう。敵は帝都を制圧し、その周辺へ勢力を伸ばしているに過ぎません。少なくとも、ミューン港をイセリアが抑えている以上、こちらまでしかける余裕はないでしょうな。仮に手を出したとしても、この軍勢です。恐れることはありますまい」

「承知しました。もっとも、万が一に備えて警戒は怠らないように」


 *


 出発に当たっては、別れもあった。


「仕方ありませんね……。私では殿下達の足手まといでしょうから」


 無念さをにじませて、ラーソンは言った。

 ラーソンはカンタニアで待機して、ドーマ本国との連絡に徹することになった。文官である彼には、危険な旅になるとメリューが判断したのだ。


「帝都方面が落ち着けば、お前達を呼び寄せるつもりだ。獣王のせいで、この近辺は亜人への悪感情が強いそうなのでな。どうしてもお前が頼りとなる、頼んだぞ」


 他の亜人達も多くは、ラーソンと共にカンタニアへ残った。メリューは護衛として、わずかな亜人を連れて行くだけとなった。


「重ね重ねになりますが、メリュー殿下のことをよろしくお願いします」


 丁重に頭を下げるラーソンの見送りを受けて、一同は船に乗り込んだのだった。


 *


 夕方にカンタニアを出発した船団は、ミューンへと向かった。

 辺りはすぐに夜の闇に覆われたが、それで船団が止まることはなかった。

 帝国本島の沿岸には、数多くの灯台がそびえている。そこから放たれる光が、雲海を照らしているのだ。

 さらには六十隻を超える軍船が、互いの位置を示すために光を発している。


 夜の雲海であろうと、事故が起きる心配はなかった。昼夜を問わず雲海を制するこの技術があるからこそ、ネブラシアは雲海の帝国を称しているのだ。

 船団が南下するに従って、雪の明けた緑の大地が姿を現す。ここ数ヶ月はすっかり寒冷地に慣れていたが、久々の暖かい世界に皆ささやかな喜びを覚えるのだった。


 結局、アルヴァが心配した大公派の妨害はなかった。

 出発から二日後の昼過ぎには、船団の前方にミューンの港町が見えてきたのだ。

 ソロンにとっても、ここは既に何度か行き来しており馴染みの町となっている。


 港に数多くの兵士が集まってくる。既に連絡が届いていたらしく、アルヴァを出迎えるために準備していたのだろう。

 もっとも本来ならば、アルヴァの船団がたどり着く場所は帝都だった。そこで盛大な凱旋式が行われるはずだったのだ。


 未知なる国――ドーマへと向かい、平和条約を結んで戦争を集結させる。さらには捕虜を取り戻してくるという絶大な成果である。

 それだけの成果を得たアルヴァにしては、これでも寂しい帰国といえる。この場に皇帝エヴァートがいれば、賞賛を惜しまなかっただろう。


 港に整列した千を超える兵士達が、一糸乱れぬ動きでアルヴァを出迎えようとする。一目見ただけで、軍の練度の高さが(うかが)えた。


 アルヴァはゲノス将軍を伴って、旗艦を降りていく。

 ソロンもグラット、ミスティン、メリューの三人と共にアルヴァを守るように後へ続いた。全員が不揃(ふぞろ)いな格好をしているため、装備の統一された兵隊の中ではいかにも目立っていた。

 その後ろからも続々と兵士達が降りてきた。

 六十にも及ぶ後続の船団の者達も合わされば、じきに港は兵士達の姿で埋め尽くされるだろう。


「こういうのってなんか緊張するよな」

「そうだね。アルヴァはこういうの慣れてるんだろうけど」


 港に整列した兵士達の視線が集まる中で、グラットが心情を吐露した。ソロンもそれに同調する。


「そうかな、私は楽しいよ。なんだか自分も女王様になった気分」


 そんな中でもミスティンはいつもの調子だった。仲間達の中でも、肝の太さはアルヴァに匹敵しそうだ。


「うむ、私もこの程度の注目は慣れている。それに女王はあっちだ。ここでの私は虎の威を借る竜に過ぎん」


 銀竜族のメリューは、前方のアルヴァを指差しながら言った。


「虎の威を借る竜って、なんか面白い言い方だね。そっか、メリューは竜だったかあ」


 と、ミスティンがポンと手を打って感心する。


「……厳密には竜人であって竜ではないがな。そこから進化した子孫だと考えられている。ちなみに、人間は猿から進化したのだろうと父様はおっしゃっていた」

「猿の子孫……なんか突拍子もない発想だね」


 ソロンには想像もつかない話である。


「メリュー、その話は後で聞かせてください」


 アルヴァはメリューの話に興味を()かれたらしい。ちゃっかりと予約をしていた。

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