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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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遺跡の奥へ

 翌朝、ついに目当ての遺跡捜索へ取りかかることになった。

 野営地を出発してすぐに、探検隊の視界に遺跡が入った。

 永い年月が経過したためだろう。道中で見た他の遺跡と同じく、石壁は(こけ)(つる)で覆われていた。

 かつてはこの石壁も、帝都の外壁のように住民を魔物から守っていたのかもしれない。


 一行の正面に、形の崩れた門のような物が現れた。どうやら、ここが入口に違いない。


「内部へ入る前に外周を回ってみましょう。他に入口があるかもしれませんし、大雑把でも大きさを把握できれば有益です」


 ……が、アルヴァはあくまで慎重だった。

 ある程度の規模は高台からの眺めで判明していたが、やはり実際に近くから確かめてみなければ――ということらしい。

 ぐるりと回ってみたところ、一周りするのに半時間かそこらだった。


 敷地内への入口は最初に見つけた一つだけ。

 崩れた壁から強引に侵入できなくもなかったが、無理をする必要もないだろう。

 事前調査も終えたので、門らしき物をくぐって石壁の内側に入った。

 遺跡のあちらこちらから木々が茂っており、石の壁を覆っている。今となっては原型を想像することも難しいが、かつては壮麗で整然とした建造物だったのかもしれない。


「神竜教会の情報によれば、目指す宝は宮殿の地下です。まずは宮殿に向かいましょう」


 アルヴァの指針に従って、一同は遺跡の町を歩き続けた。

 崩れた瓦礫(がれき)と木々によって、道はとても歩きにくい。とはいえ、ここまで来た冒険者達である。今更、この程度で弱音を吐く者はいなかった。

 宮殿らしき建造物の位置は、高台から眺めた時点で把握している。やがて、迷うこともなく大きな建物が一同の正面に現れた。


 かつては様々な意匠が施されたであろう宮殿も、今や他の建物と同じで樹木の中に埋もれていた。権力の象徴も、時代の流れには(あらが)えないのだ。

 そんな中でも、壁面(へきめん)に彫られたいかめしい彫像が異彩を放っていた。二体の彫像が入口を挟み、こちらを威圧しているかのようだ。


「変な顔だね~」


 もっとも彫像の顔は風化によって、無残に崩れていた。その容貌はミスティンから笑いの種にされる有様である。

 ともあれ、周りの建物より格段に大きなその威容を見れば、宮殿はこの建物以外にありえなかった。


 足元にはびこる木の根を乗り越えて、一同は宮殿の中へと入った。

 筒抜けの窓から光が差し込むため、宮殿の内部は明るい。もっともその構造ゆえに、内部までも長年の風雨にさらされてきたわけであるが……。


 外観を覆っていた樹木は、宮殿の中にも侵入を果たしていた。

 大きな根が奇妙に曲がりくねりながら、縦横無尽に建物を貫いている。その有様を見れば、自然が本来持つ力の強大さを否が応でも感じさせられる。


 ともあれ、まずはアルヴァが言及した地下への通路を探さねばならない。


「しっかしこれ、崩れてこないだろうな」


 ボロボロの天井を仰ぎながら、グラットがつぶやいた。これだけ古びた遺跡である。ソロンとしても当然の心配だった。


「心配ありませんよ。曲がりなりにも、この遺跡は何百年と風雨に耐えてきたのですから。我々が騒いだ程度で、急に崩れるとは考えにくいでしょう」


 杞憂とばかりにアルヴァが一蹴した。その言葉通りに、彼女は恐れずに通路を進んでいく。


「肝っ玉でけえなあ……」


 グラットは呆気にとられながら、女帝の背中を目で追っていた。


 そうして、宮殿の内部を調べ続けたのだが、捜索は難航した。人数の多さを活かして手分けしたものの、めぼしいものは見当たらない。

 アルヴァは根気強く探し続けたが、やはり瓦礫と樹木が目に入るばかりだった。

 冷静に考えてみれば、何百年も昔の宝が現代まで残っているなんて、都合のよい話があるだろうか? ソロンは段々と不安になってきた。


「……今日のところは諦めましょう。広い宮殿なので、まだ探れる場所はたくさんあるはずです」


 筒抜けの窓から夕日が射し込む頃、アルヴァは宮殿の探索を中止した。


 *


「陛下、なかなか見つかりませんねー」


 野営地へ続く道を引き返す途中、ミスティンがアルヴァへと話しかけた。

 このところ、ミスティンは女帝に親近感を持っているようだった。探検隊の中で、十代の女性は二人だけだという事情もあるかもしれない。


「まだまだこれからですよ。一日で捜索が終わるとは、私も考えていません。ただ二五〇年前には、ダレス帝の探検隊が地下を発見しています。探し続ければ、必ずや地下は見つかるでしょう」

「そうなんですか? てっきりもっと長い間、放置されてたんだと思ってました」


 やり取りを耳にしたソロンも、会話に参加する。八五〇年前の遺跡とは聞いていたが、その話は初耳だった。


「ええ、あの遺跡も崩壊以来、人跡未踏というわけではありませんよ。そもそも、私が受け取った報告も、当時の探検隊の記録そのものですから」

「へえ~、どうして今になってそんな記録が出てきたんすかね? わざわざ教会に聞かなくても、お城に残ってなかったんですか?」


 質問したのはグラットだった。アルヴァに対して若干の苦手意識があるようだが、それでも内容に興味を持ったらしい。


「ダレス帝といったら、東方帝国だからじゃないかな? ですよね?」


 ミスティンが答えて、さらにはアルヴァへと視線を移す。


「正解です。ミスティンは意外と詳しいのですね」

「うん、歴史は結構好きですから」


 ミスティンは褒められて、あからさまに嬉しそうだった。もはや、先日の確執はどこかに行ってしまったらしい。


「ああ、そういうことっすか。俺はカプリカ島生まれだけど、そこまでは覚えてませんでしたよ」


 と、グラットも納得したようだった。

 ……が、しかしソロンだけは置いてけぼりである。仕方なく、後でこっそりミスティンに聞こうか――と思っていたら、


「当時、帝国は三国に分かれた内乱時代だったのです。そしてダレス帝は、カプリカ島を拠点とした東方帝国の皇帝……。つまり、私のご先祖とは系譜も異なっています。神竜教会は、そういった帝都にない資料も集めてくれているのですよ」


 女帝が懇切丁寧に説明してくれた。

 もはや完全に、ソロンが異邦人であることを前提とした口調である。親切心なのか、当てつけなのかは判別がつかない。


「な、なるほど。ご説明ありがとうございます。……あっ、でもそしたらその探検隊は、目的の杖を発見できなかったんですか?」


 話を聞く限り、地下通路の存在自体は疑いなさそうだ。ただ、かつて発見できなかったものが、今になって見つかるとは考えづらかった。


「発見はできたそうです。ただ、封印されていたのだと」

「封印……ですか?」

「はい。杖には封印の魔法が(ほどこ)されており、当時の探検隊にはそれを解呪する技術がなかったのだとか。その後、ダレス帝も解呪の研究を進めたようです。該当した魔法が載る古文書を発見したものの、それも彼が没してお蔵入りとなりました」


 杖をその手に求めた歴史の中の皇帝……。彼もアルヴァのように力を求め、内乱の終結を願ったのだろうか。


「そうだったんですか。……ということは、陛下は方法を考えてきたんですよね?」

「無論です。現帝国の魔法学は数百年前よりも、格段に進歩していますから。神竜教会の協力もあって、ダレス帝の発見した古文書は解析済みです」


 アルヴァの表情は自信に満ちていた。やはり、この程度のことでくじける女帝ではないようだ。


 *


 そうして、二日が過ぎていった。

 一行は広い宮殿の中を丹念に捜索したが、やはり何も見つからなかった。

 ソロンの目的からすれば、杖が見つかるかは二の次である。どんな形にせよ女帝と交渉して『鏡』の力を借り受ける――これがそもそもの動機なのだ。


 とはいえ、アルヴァはこれだけの苦難を経て探索を続けているのだ。叶えてあげたいと思うのは、仕事を引き受けた者として偽りない気持ちでもあった。

 その思いが通じたのかどうかは分からない。

 だが、ついに一行は瓦礫に埋もれた部屋の奥で、地下につながる階段を発見した。


「降りてみましょう」


 迷うことなくアルヴァは決心した。

 数日の探索によって、ようやく見つかった手がかりなのだ。これを見逃す選択はなかった。

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