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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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式典を終えて

 二つの式典を終えて、さらに幾日かが過ぎた。

 その間、アルヴァはシグトラやメリューとよく話をしていた。今後の両国間を占う上で、相談をしているのだろう。

 ソロンもさっそく蒼煌の刀で訓練をしたり、町並みを観光したりしていた。


 そうして、別れの時がやって来た。

 ソロン達は、いよいよ帝国へ帰還することになったのだ。


 苦難の多い旅ではあったが、いざ帰るとなると寂しくなるものである。

 通り過ぎるアムイの城下町は、いまだ傷跡が深かった。それでも、復興作業を行う亜人達の姿は活力に満ちていた。獣王が倒され、新しい大君を迎えたことが、人々に希望を与えたのかもしれない。


「元気でねー!」


 ミスティンが手を振れば、建設中の屋根に登った亜人達も手を振り返してくる。大工仕事に(いそ)しむ彼らは、あの日を共に戦ったシグトラの部下達だった。

 言葉が通じなくとも、彼らが戦友であることは間違いなかった。

 いずれ帝国とドーマの交流が活発になれば、復興した町を見る機会も来るかもしれない。


 *


 アムイ港には数多くの竜玉船が待っていた。

 帝国の船は三隻――帝都を出港した時と変わらず、船員も含めて百人ほどの乗員が健在である。


 ここに加えて、ドーマにいた人間達を連れ帰ることになっていた。

 彼らは獣王軍に拉致され、紆余曲折を経てアムイにたどり着いた者達である。

 各自の希望を斟酌(しんしゃく)した上で、三十人程を帰国させることにしたのだ。これはかつて、アルヴァがラーソンと交わした約束の通りだった。


 ドーマ籍の船も同じく三隻。ソロンはよく知らないが、途中までは護衛に付いてくれるということだろうか。


「俺達の面倒事に巻き込んですまなかったな。お前達が来てくれなければ、俺は死んでいただろう」


 見送りに来たシグトラは、深々と頭を下げた。かつて、ソロンの師匠だった頃には、決して見せなかった腰の低さである。


「いいえ、とんでもありません」

 と、アルヴァも頭を下げ返した。

「――先生からご教授いただいた魔法によって、私は何度も窮地(きゅうち)(まぬが)れました。そのご恩に報いられたのなら幸いというものです」

「あれはお前の才能と努力あってのものさ。俺の功績とは言えんよ」


 シグトラは謙遜(けんそん)するも、アルヴァは首を横に振って。


「頂いた杖と魔石、大事にします」


 よく見れば、アルヴァは今までと異なる杖を腰に差していた。

 杖先が花弁のように分かれており、その間に魔石が収まっている。どうやら、彼女もシグトラから貴重な品を贈られたらしかった。


「しかしまあ、弟子の成長を見られて嬉しいぞ。もちろんソロンもだ。正直言って、お前がここまで成長するとは思わなかった」

「きょ、恐縮です。師匠は、これからも獣王の残党と戦うんですよね?」

「ああ、残党というか、奴らは奴らで新しい獣王を選出するだろうからな」

「戦いは終わらないってわけっすか?」


 大変だな――とばかりにグラットが口にした。

 敵の王を倒し、敵国を完全に服従させる――物語ならば、そうやって終わるかもしれないが現実はそう単純ではない。


「そうでもないさ。ここ何十年における獣王国の勢力拡大は、今と先代の力によるものが大きい。少なくとも、勢力は大幅に減退するだろう。そして何より、奴らは次の獣王を決めねばならん」

「骨肉の争いが起きると、父様は予想してらっしゃるのですね?」


 メリューの言葉に、シグトラは頷いて。


「なんといっても、それが奴らの伝統だ。死んだ獣王の長子、弟、従兄――有力なのはこの三人だが……。さて、すんなりと決まるかな?」


 そう言ったシグトラは、人の悪い笑みを浮かべていた。


「さすがメリューのお父さんは腹黒いね」

「思慮深いと言え」


 ミスティンが口を挟み、すかさずメリューが反論する。


「そんなわけで、お前達は気にするな。そもそも、これは我らドーマ人の戦いであって、お前達を巻き込むつもりはなかった。決着までは今しばらくかかるだろうが、それは我々が完遂(かんすい)せねばならんことだ」

「分かりました。師匠も気をつけてください」


 相手はあのシグトラである。ソロンも過剰な心配は不要だろうと割り切ることにした。


「お前達もな。獣王の残党に帝国まで侵攻する気力はもはやないだろうが、問題はザウラスト教団だ。連中は今後も、帝国やイドリスに触手を伸ばしてくるかもしれん。お前達もゆめゆめ警戒を怠らないようにな」

「もちろんそのつもりです」


 アルヴァは自信に満ちた表情で頷いた。それは師に心配を与えまいとする気遣いだったのかもしれない。


「それから、アルヴァ。調査隊の件についても俺に任せておけ。今後、獣王傘下の島をいくつか解放する予定になっている。運がよければ、そのいずれかに囚われているはずだ」


 アルヴァがかつて北方へと派遣した調査隊。その安否の確認と捜索こそが、彼女がここまで来た目的の一つだ。

 それについては、シグトラへ委ねることになっていた。彼女にとっては心残りかもしれない。だが、場所は異国の地に広がる大雲海。帝国の手による捜索は現実的ではなかった。


「お願いします。……彼らは無事なのでしょうか?」

「温情が期待できる相手でないのも確かですが……」

 アルヴァの問いかけに、ラーソンが答えた。

「――かといって捕虜を殺す必要がないのも事実です。獣王にしても、何の得もありませんから。奴隷として使役されていた私が証人です」


 ラーソンは自虐を交えながらも、アルヴァを励ましたのだった。


 *


 シグトラと別れ、一行はオデッセイ号へと乗り込んだ。

 ソロン、アルヴァ、ミスティン、グラット、メリュー、ラーソンの六人である。


「いや、なんでお前らも来てるんだ? ……途中まで、案内してくれるのか?」


 乗り込んで早々、後ろを振り向いたグラットが驚いていた。


「なんだ、知らなかったのか? 私も帝国へゆくことになったのだ」


 ククク……と笑いながらメリューが答えた。その手には小さな箱が乗っている。星霊銀の矢を収めた箱のようだ。


「正気かよ……?」

「正気も正気だ。そもそも、何のために条約を結んだと思っている。形だけの友好に終わらせないため、誰かが帝都に駐留する必要があるのだ」

「そう言われてみればそうだね」


 と、ソロンも説明に納得した。


「ええ、立場としてはあなたと同じようなものになります」


 アルヴァが付け加えた。


「……僕の場合、ナイゼルやガノンド先生に任せっきりだけどね」


 イドリスの外交官としては、ナイゼルやガノンドが主に実務を担当している。一応ながら、名目上の代表は王弟たるソロンだった。


「そういうわけで、帝国の皆様にはまたお世話になりますよ。また、メリュー殿下と仲良くしてあげてください」


 ラーソンは丁寧にお辞儀をした。


「わあ、また一緒だね」


 ミスティンは素直に喜びを表現し、メリューに抱きつこうとした。


「うむ、よろしく頼む」


 メリューは微妙に距離を取って、ミスティンと握手をした。ミスティンのあしらいにも、段々と慣れてきたようである。


「上帝も、よろしく頼んだぞ。いや……アルヴァと呼ばせてもらってよいか? そなたとは友人として仲良くしたい」

「構いませんよ。メリュー」


 アルヴァは呼び捨てで返すことで、了承を伝えた。

 上帝、殿下と呼び合っていた二人も、こうして友情を深めたようだった。


「まあ、事情は分かったけどよ。国元を離れて大丈夫なのか? 次の大君はお前じゃねえのか? 他に兄貴とかはないんだろ?」


 まだ納得できないらしく、グラットが質問を重ねる。


「兄はいないが、サーデラ伯父様の子息が三人いる。幸い難を逃れて、他の島へ退避していたそうだ。本来の継承順位ではあちらが上だしな」


 サーデラというのは、シグトラの兄だったか。本来の次期大君だったが、ハジンによって殺害されたという。


「ああ、式典にいた奴らかな? けど、前の戦いで何もしなかったじゃねえか」

「兄様達にも事情があったのだ。長男は勇敢に戦い、ケガを負っていた。三男はそもそも私より幼く、次男はそんな二人を守るために奔走していた」

「ふ~ん。まっ、ヘタレじゃねえなら、それでいいんだけどよ」


 何の権限があってか、グラットは上から目線で品評した。


「分かればよい。それに、そもそも私は純粋な銀竜ではないのだからな」

「そっか……。ドーマでもやっぱり差別があるんだね」


 ソロンは同情の視線を、メリューへと向けたが、


「そういう話ではない」


 あっさりと否定された。


「……となれば、寿命の話ですか?」


 アルヴァがさすがの理解力を見せた。


「正解だ。前に話したであろう。私はあと百年も生きられぬと。恐らく、私は父様の寿命すら越えられぬだろう。それでは世代交代する意味もない」

「あ~、そういうことか。そりゃ考えたことなかったなあ……」


 と、グラットはバツが悪そうにしていた。

 単に君位継承者として問題があるというだけではない。父より先に子が逝くという悲劇を、この父娘は運命づけられているのだ。


「気にすることはない。お前が言ったように、人生は長ければよいわけでもないのかもしれん。だから私は、お前達の生き様を見てみたいのだ」


 グラットの言葉は、意外とメリューへ強い印象を残したようだった。


「ふっ……。そうか、だったら見せてやるよ。男グラットの生き様をな」


 グラットは顎に手を当てて、謎の決め台詞(ぜりふ)を発していた。


「……いや、お前は反面教師だ。アルヴァ、ソロン、私はまだまだ未熟だが、今後とも精進するつもりだ。重ね重ねよろしく頼む」


 メリューは歳下の二人に対して、謙虚に学ぶ姿勢を示した。

 そして、グラットの決め台詞は行き場をなくしていた。暗にミスティンも除外されていたが、当人は相変わらず気にしていなかった。


「私でよければ、いくらでも」


 アルヴァは愛想よく笑い、そして締めくくった。


「――さて、帰りましょうか。帝国へ」

第七章『天を衝く塔』完結。六章から続いたドーマ編もこれで完結です。


次回は第八章『帝都決戦』。

目標の100万字も突破したので、次は目指せ年内完結です!

……というわけで、そろそろ広げた風呂敷を少しずつ畳んでいきます。

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