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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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アムイ城の食卓

 目を覚ませば、そこはベッドの上だった。

 眠る直前の記憶はほとんどない。城にたどり着いた頃には、もう意識が朦朧(もうろう)としていた。どうにか近くの客室に滑り込んで、ベッドに潜り込んだような覚えがある。


 既に夜は明けたようだが、窓の外から差し込む光は弱く薄暗い。

 意外にも、あれから大した時間は経っていないようだった。それとも、冬のドーマの夜明けがよほど遅いせいか。


 ソロンは上体を起こし、室内を見回した。

 もう一つベッドが備えられた二人用の寝室である。

 丁寧に塗装された壁、鮮やかな絨毯(じゅうたん)、温かな暖炉の炎。恐らくはアムイ城の寝室に違いない。

 だが、そんなことよりも――


「アルヴァ……?」


 隣のベッドで眠る彼女の姿を見て、ソロンは思わず声を上げた。見れば、寝相よく羽毛布団をかぶっている。


「……ああ、お目覚めですか。そろそろ起こそうか悩んでいたところですよ」


 アルヴァの眠りは浅かったらしく、すぐに反応があった。寝転んだまま、こちらへと視線を向けてくる。


「えっと、なんで君がここに?」

「なぜもなにも、私もあなたと同じです。ここで休息していました」

「休息してるのは見れば分かるけど……」


 ソロンが聞きたかったのはそこではない。どうしてわざわざ同じ部屋なのかということである。


「あの調子では、いつまで眠っているか分かりませんでしたからね。休息を兼ねて、私が見張ることにしたのです。あなたが起きたら、声をかけてくれるだろうと」


 ぼんやりとしていたら、アルヴァが一応の答えを返してくれた。


「それ見張りっていうのかな?」

「仕方ありません。私も随分と精神力を使ってしまいましたので」


 考えてみれば、彼女は雷鳥を放っただけではない。その後で、星霊銀の矢へと魔力を込めたのだ。ソロン程でないにしても、激しく精神を消耗したに違いない。


「――ともあれ、目的は果たせましたよ。いい加減、お腹も空いたでしょう。食事にいきませんか?」


 アルヴァはベッドから降りて、こちらに寄った。よく見れば、彼女は寝巻姿になっていた。黒髪も清潔に整えられている。

 対するソロンは――


「確かに……。けど、この格好はまずいかな?」


 ソロンもベッドから降りて立ち上がった。服装は獣王と戦った時のままだった。暴風で切り裂かれたり、転んだりで、服は散々な痛み具合である。


「ええ、まずは入浴ですね。その間に、夕食を手配しておきましょう」

「そうだね――って、夕食なんだ……!?」

「ふふっ、少なくとも朝食ではありませんよ」


 どうやら、夜明け前から半日以上眠り続けたというのが真実のようだ。夜明けが遅いのではなく、とっくに通り過ぎていたのだ。


「うわあ、眠りすぎたな……」

「お気になさらず。惰眠をむさぼるのは、我々魔法使いの(さが)ですから。私もよくやります」

「ああ、やってるね」


 いつも早起きの彼女だが、雷鳥を放った翌日だけは例外だった。


「浴室はあちらで、既に火は起こしています。それから着替えはこれです。夕食の準備があるので、ゆっくりとつかってください」


 アルヴァはいつも通りの手際よさだった。


「ありがとう」


 ソロンは卓上に置かれていた着物一式を手に取った。

 浴室はこの部屋に備えつけられているらしく、他者に気兼ねする必要もなさそうだった。


 *


 ゆったりと湯船につかってから、ソロンはドーマの着物に袖を通した。スエズアの住民が着ていた男性用の着物のようだ。大きさはソロンの体格に合わせてあり、色彩も紺で落ち着いている。


「ふむ。悪くはありませんね」


 ソロンの格好を、アルヴァは満足そうに品評した。彼女もいつの間にか着物に着替えており、その手にはクシを持っていた。


「髪ぐらい自分でとくけど」


 気恥ずかしくなって断りを入れようとしたが、露骨に顔をしかめられた。逆らわないほうがよいらしい。

 アルヴァに髪をとかれた後で、ようやくソロンは夕食にありつけることになった。


 *


 ソロンはアルヴァに連れられて、夕日の射し込む廊下を歩いた。

 城内はあちこちが傷んだままであり、戦いの爪痕(つめあと)があらわだった。それでも、市街地ほどに激しい戦いがなかったのは、アムイ城にとっては幸運といえただろう。

 ミスティン、グラット、メリュー、シグトラ――アムイ城の食卓には既に四人が着いていた。

 どうやら入浴している間に、アルヴァが皆を呼んでくれたらしい。


 食卓は温かい暖炉に照らされて、なごやかな雰囲気を形作っていた。まるで昨夜の死闘が幻だったかのように……。

 あれから、まだ日付が変わっていないのだ。長く眠りすぎたせいか、もはや遠い出来事のように思える。


「待っていたぞ。そこに座ってくれ」


 シグトラは開口一番、自分の隣席を指し示した。

 ソロンがそこに座れば、アルヴァもさらに隣へと迷わずに座った。


「師匠、すみません。寝坊しちゃったみたいで……」


 ソロンの開口一番は謝罪だった。弟子時代の習性は、いまだソロンの体に染みついていた。


「こらこら、お前を叱るために呼んだわけではないぞ。獣王を倒した英雄として、堂々としていろ」

「まあ、俺らも昼過ぎまで寝てたしな。深夜の戦いはもうこりごりだぜ」


 シグトラは朗らかに笑い、グラットは頭の後ろで手を組む。


「私と父様はずっと忙しくしていたがな」


 メリューはぶっきらぼうに言った。


「そうだ。メリュー、昨日の夜は、助けてくれてありがとう」


 星霊銀の矢を操り、獣王を攻撃してくれたのは彼女だろう。すぐに寝込んだため、礼を言ってなかったのを思い出した。


「いいや、礼を言うのは私だ。そなたが命を懸けて戦う理由はなかったろうに」

「そうかもしれないけどさ。一応、礼は言っておきたくて」

「私も私も、最初の一発目は私のだよ。魔力を込めたのはアルヴァだけど」


 ミスティンが自分の戦果を主張した。最初の一発とは、獣王の眉間に放たれた星霊銀の矢のことだろう。

 一発目はミスティンの奇襲で。警戒される二発目は、メリューの念動魔法で。それが彼女達の分担だったわけだ。


「俺もあいつの爪を止めたんだけどな……。あとお前を背負ったのも忘れんなよ」


 グラットも二人に負けじと主張する。


「ははは……。みんなありがとう」


 困ったソロンは、全方位お礼で場を収拾することにした。


「そう言えば、先生。星霊銀は障壁を破壊するだけではなかったのですね?」


 アルヴァがシグトラへと話を振った。

 星霊銀で混沌の障壁を破壊する――元々、聞かされた効果はそれだけだった。だが昨夜の戦いにおいて、星霊銀の矢はそれ以上の効力を発揮していた。


「混沌の力――連中が呼ぶカオスにとって星霊銀とは、天敵なのだろうな。最も目覚ましい効果は障壁の破壊だが、直接突き刺しても効果はあるらしい」


 シグトラも確信はないらしく、曖昧(あいまい)な言葉を使った。


「なるほど。帝都で神獣に突き刺した剣もそうだったね」


 ソロンは帝都における神獣との戦いを思い出す。その際に用いた星霊銀の剣も、神獣へと絶大な効果を発揮したのだった。

 アルヴァは頷いて。


「ただ反動が大きすぎたのか、剣自体も消滅してしまいました。現物があれば、調査できたでしょうに……」

「興味があれば、星霊銀の矢をいくつか持っていくがいい」

「よいのですか?」

「希少ではあるが、唯一無二という程でもないからな。星霊銀は下界の遺跡でしばしば見つかることもある」

「下界の遺跡といえば、イドリスでも見つかりますかね?」


 ソロンの問いに、シグトラは頷き返す。


「あるかもしれん。とりわけ黒雲下には、雲海誕生以前の遺跡が残っていることも多いからな」

「雲海誕生以前……!? そんな時代が現実にあったと、先生はおっしゃるのですか?」


 アルヴァが驚き、シグトラを凝視した。


「驚くことではなかろう。呪海から逃れるために、人は雲海を生み出した。上界にも、下界にもその種の神話はあったはずだ」

「興味深い話ではありますが、神話は神話でしょう。神話というのは、おとぎ話に宗教的権威を加えたもののことです」

「相変わらず、頭の固い女だなあ……」


 シグトラが呆れる顔で、ソロンに同意を求めた。


「そ、そんなことはないですよ」


 一緒にされてはたまらない。ソロンは首を激しく振って否定した。


「先生は、何を根拠に事実だとおっしゃるのですか?」


 アルヴァはさらに畳みかけたが。


「ならば逆に問おう。お前は上界や雲海といった存在が、原初から存在したとでも言うのか? 誰かが作ったわけでもなく、いつの間にかあったとでも?」

「それは……」


 シグトラの反論に、アルヴァは言葉を(にご)した。


「古代の民は神話という形で、出来事を後世に託したのだ。もちろん全てが正確だとは言わん。だが少なくとも、彼らにとっての事実がそこにある」

「それでは……先生は事実だとおっしゃるのですね?」

「当然だ。我らの祖先も、上界を創った賢者の一人だからな。長き寿命を持つ我らにとっても古い話になるが、書物に記録が残っている」

「そんなまさか……!?」

「話は雲海誕生よりも、さらに(さかのぼ)る。この世界は『地球』と呼ばれていた」


 シグトラは出し抜けに話を始めた。これからその内容を披露するつもりなのだ。

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