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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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星霊銀の矢

 一階の大広間には、大勢の亜人達の姿があった。

 後方支援のために馳せ参じた者。ケガをして、手当を受けている兵士達。

 そして、避難のために市街から逃げ延びた住民だ。

 もっとも、敵の狙いが城の再奪還である以上、安全かどうかは怪しいものだった。狭い島の中では、他に頼るところもなかったのかもしれない。


「――――!」「―――――――――。――――――?」


 グラットに抱えられたメリューを見て、亜人達の声が上がった。怪訝(けげん)そうにも心配そうにも見える。


「このまま中庭に出たら、右に向かえ。ちょうど地下牢とは反対側だな。そこから地下に降りれば宝物庫がある」


 メリューは大勢の注目を集めて恥ずかしそうだったが、それを誤魔化すように説明へ専念していた。


「分かった。まずは中庭だね」


 大広間を直進し、中庭へ向かおうとしたところで、


「あっ、メリュー!」


 聞き慣れた帝国語が耳に入った。

 柱にもたれ座り込むアルヴァのそばで、ミスティンが手を振っていたのだ。

 ソロンではなくメリューに呼びかけたのは、もちろん彼女が抱えられているせいである。

 アルヴァは目をつぶって休んでいたが、ミスティンの声に気づいて目を見開く。


「メリュー殿下、まさかケガをされたのですか?」


 そして、メリューを見て常識的な解釈を下した。それならばソロン達が、城内まで戻ってきた理由も説明がつくというわけだ。


「いや、こいつはバテてるから俺が持ってるだけ」

「人を荷物扱いするな!」


 グラットの説明に、メリューが憤慨する。グラットは涼しい顔でそれを受け流した。


「ごめん、今は急いでるから」


 それだけ言って、ソロンは中庭へと足を進めた。

 名残は惜しいが、今は優先事項がある。アルヴァは思ったより元気そうなので、ミスティンに任せておけば大丈夫だろう。


 中庭は以前、地下牢から上がった際に通っている。メリューの指示通り、地下牢の反対側に向かう。そこの階段から、地下へと降りていく。


「んがっ、暗いじゃねえか」


 階段を降りる途中で、グラットが止まった。


「人間は不便だな。ランプはないのか?」


 夜目(よめ)が利くメリューが、二人を哀れむ。どうやら、地下には照明がないらしい。


「しょうがないな」


 そこでソロンは背中の刀を抜いた。炎の魔法なら、明かり代わりにもなる。多少は精神を消耗するだろうが、短時間なら問題はない。


「こんなとこで何してるの?」

「わっ!?」


 後ろから声をかけられて、ソロンは跳び上がりそうになった。

 見上げれば、ミスティンが階段の上から見下ろしていた。その後ろから、ひょっこりとアルヴァも顔を出す。


「いつの間に……?」

「先程からです。気になったので追いかけてきました」


 と、アルヴァは答えた。どうやら歩ける程度には回復したようである。

 アルヴァは蛍光石のブローチを手に持って、階下を照らし出してくれる。


「――それより、この下に用があるのでしょう?」


 そう言って、二人も階段を降りてきた。


「助かるよ。それじゃあ、行こうか」


 別に危険なことをするわけではないし、問題はないか――と、ソロンも先へ進むことにした。

 地下を小走りで進みながら、手短に二人へと説明を行う。

 アルヴァはさすがの理解力で、即座に把握してくれた。ミスティンはそもそも、細かい点にはこだわらない性格だった。


 その先には物々しい扉がどっしりと構えていた。頑丈そうな金属製で、中央のくぼみには宝石のような物が埋め込まれている。

 扉やその周囲には何も書かれておらず、そこが宝物庫だとは一見して分からない。

 見張りの兵士が誰一人いないのは、こんな状況だからだろうか。


「それで、どうやって開けるの?」

「力づくってのはナシだぜ」


 ソロンとグラットが口々に言う。

 扉には取っ手すらも存在しない。人力で開くようにはとても見えなかった。


「降ろせ」


 メリューはグラットの腕を振り払い、(かろ)やかに床へと舞い降りた。

 さらには、扉のくぼみを覗き込み、その瞳を怪しく輝かせた。

 ゴゴゴ……という音が静かな地下に響き渡り、扉が揺れ出した。


「――ぬう!」


 さらに一息、メリューが目に力を込めると、扉がゆっくりと開き出す。


「面白い仕組みだね」

「あなたの瞳が条件だったのですか?」


 ミスティンとアルヴァが感心する。


「うむ、銀竜の念動魔法に反応する仕組みだ」


 そう答えながらも、メリューは瞳を光らせ続けた。扉が開き切るまで、魔法をかけ続ける必要があるらしい。


 宝物庫の中に五人は足を踏み入れた。

 武器や防具、杖や冠、金の彫像。見るからに貴重そうな品々が整然と並んでいる。アルヴァの蛍光石に照らされて、宝はきらびやかに輝いていた。


「なんか、役に立つもんねえかな?」


 グラットがしげしげと宝を眺めている。

 ミスティンもいかにも触りたそうに宝を見ていた。


「よしなよ。どんな値打ちがあるか分からないし、何かあったら一生弁償だよ」

「そうですよ。目的を忘れたのですか?」


 ソロンとアルヴァが注意をすれば、グラットとミスティンもバツが悪そうにする。

 メリューは単身で、宝物庫の奥まで進んでいく。


「ふー……。あったぞこれだ!」


 彼女は安心したように息を吐き、箱を持ち出した。

 そうして皆に見えるよう、フタを外して中身をあらわにする。

 箱から現れたのは矢の束だった。全部で数十本はあるだろうか。

 銀に似た金属で作られた矢は、蛍光石の下で神秘的な光を放っていた。


「へえ~、それが星霊銀の矢なんだ? 変わった作りだね」


 ミスティンが不思議そうに矢を見ていた。

 通常、矢の大部分は木で構成されており、金属は矢尻だけである。ところがこの矢は特徴的で、矢羽を除く大半が金属になっていた。

 恐らくは魔法武器ゆえの特徴だ。魔法の効力は、用いる魔導金属の質と量に依存する。それゆえ矢尻だけではなく、大部分を金属にしたのだろう。


「全部持っていっていいのかな?」


 ソロンが確認すれば、メリューは頷いた。


「そうだな。箱一つあればどうにかなるだろう。それで、誰がこれを射つかだが……」


 神獣と化した獣王に、星霊銀の矢を撃ち込む――重大な役目だった。

 それも、恐らくはただ撃ち込むだけでは不十分だ。魔力を込めてから、撃ち込まねばならない。

 普通に考えればシグトラが最善だが、彼は相当に魔力を消耗しているようだった。何より獣王に目をつけられているため、そこまでの機会を作るのは困難だろう。


「わたし、私! 射ちたい!」


 ミスティンは勢いよく手を挙げて、立候補した。背中の弓を手に持って、弓弦を引き鳴らしてみせる。


「……腕前に文句はないのだがな」


 そんなミスティンを、メリューは渋い目で見ていた。どうにも子供っぽいミスティンの性格に、危惧を抱いているようだ。


「ミスティンに任せましょう」


 アルヴァは迷う素振りもなく、太鼓判を押した。ミスティンもそれに「ウンウン」と頷く。二人の信頼は強固なようだった。


「いや……そうだな。他に適任はおるまいか」


 メリューもアルヴァに押されるように頷いた。


「じゃあ、早く行こう」


 そこまで決まれば長居は無用だ。

 ソロンはメリューから箱を奪い取った。

 箱自体もそれなりの重量があるため、メリューが持ったまま走るのは辛いはずだ。彼女も少しだけ不満そうだったが、文句は言わなかった。


 *


 宝物庫を抜け出し、五人は城の大広間まで戻ってきた。今はメリューも自分の足で走っている。


「じゃあ、アルヴァはここで待っていて。グラットもお願い」


 全員を獣王の元へ連れて行く必要もないだろう――ソロンはそう判断した。


「ちっ、俺も留守番か」

「いえ、私も行きます。皆で行きましょう」


 ところがアルヴァはそう言って否定した。


「でも、体は大丈夫?」

「疲れているだけで、ケガをしたわけではありません。不用意に近づかなければ問題ないでしょう」


 アルヴァの意志は強固なようだった。

 そんな中で、メリューはどこか不安げな表情をしていた。やはり、シグトラが心配なのだろう。

 混沌の化身――つまり神獣と化した脅威の獣王。まさか、あのシグトラが簡単に敗れるとは思えないが……。


「……分かった。行こう」


 口論している暇もないか――と、ソロンはシグトラの元へ向かうことにした。


 * * *


 異形となった獣王は、今も町の広場で暴れ回っていた。シグトラが自ら(おとり)となり、どうにか獣王を引きつけていたのだ。

 生まれ変わった体を持て余しているのか、獣王の動きはまだぎこちなかった。


『今だ! 油を放て!』


 シグトラの号令により、兵士達が動き出した。

 四方に散らばった兵士達は、獣王を囲むように油をばらまいていく。彼らは獣王に恐怖し及び腰であったが、それでも立派に役目を果たした。

 兵士達が速やかに獣王から離れていく。シグトラはそれを確認するや、次なる号令を下した。


『炎を撃て!』


 弓を持つ者は火矢を射ち、杖を持つ者は魔法の火を撃つ。

 それらが油へと着火し、獣王の近くから炎が立ち昇り始める。

 炎は獣王を囲むように広がっていく。広場を包む建物までが次々と炎上していった。


 駄目押しとばかりに、シグトラが蒼煌(そうこう)の刀を振り下ろした。

 青と赤の入り混じった炎が、獣王を焼き尽くさんと踊り狂う。


 獣王はまとわりつく炎を、鬱陶(うっとう)しそうに振り払おうとした。

 だが、苦しんでいる様子はない。

 精々が羽虫を振り払うような調子である。瘴気をまとった獣王には、やけど一つ負わせることもできないのだ。


『しょせんは時間稼ぎか……』


 シグトラは自嘲気味につぶやき、燃え盛る炎を見守った。これで敵を倒せるとは、彼自身つゆほども思っていなかったのだ。


『ぐぐ、おおおおぁぁぁ!』


 炎をまとった獣王が爪を振り回し出した。

 暴風が荒れ狂い、炎上中の建物が崩れ出す。その向こうにいた兵士達も余波を喰らって、吹っ飛んでいった。


 獣王は突進して、崩れゆく建物に追い打ちをかけた。炎を物ともせずに、残骸を踏みにじっていく。

 そして、獣王は倒れた兵士達へと視線をやった。異形の口元がニタリと笑う。


『まずい!? 離れろ!』


 危険を察知したシグトラが叫ぶ。兵士達は起き上がろうと藻掻(もが)くが、既に遅かった。

 獣王が口を開き、赤黒い瘴気を吐き出した。竜の息吹を思わせる勢いで、高密度の瘴気が兵士へと襲いかかる。


『ぐ……ああああぁぁぁ――……』


 直撃を浴びた兵士の体が溶け出した。

 鎧や服からその肉体まで。氷が水へと溶解するように、いともたやすく溶けていく。既に原形を留めない口から、絶叫が放たれる。

 そして、全てが地面のシミへと変わっていった。


『あれはなんだ!?』『浴びたら死ぬぞ!』


 凄惨なその姿を見た兵士達が、恐れをなしていた。

 彼らの多くは、既に死を覚悟した者達である。だがそれでも、溶けて死ぬなど想定外だった。

 獣王が吐き出したのは恐らく呪海の瘴気……。下界の外を覆う呪海と同質のものに違いなかった。


『恐怖に負けるな! 近づかずともよいが、攻撃はやめるな!』


 シグトラは叫び、兵士達を叱咤する。

 再び、獣王が口を開いた。またもや、瘴気を吐き出そうとしているのだ。


『ひいっ!?』


 獣王の口を向けられた兵士達が悲鳴を上げる。


『させんぞ!』


 シグトラは獣王の前へと走りながら、蒼煌の刀を振るった。獣王の口元へ、蒼炎を真っ向から吹きつけたのだ。

 熱波が霧をかき消していく。

 呪海の瘴気すらも、蒼炎の熱波は消し飛ばす。もっとも、獣王を覆う瘴気の障壁までは、かき消せなかったが……。


 みな獣王に近づくこともできず、逃げながら攻撃を続けた。

 それ以上の恐慌に陥らないのは、やはりシグトラの存在が大きかった。大将自らが前に立つ姿を見て、兵士達もかろうじて士気を保っていたのだ。


『くそっ、これは万の軍隊でも足らんな。いや、数をそろえたところで無意味か……』


 シグトラにしては珍しく、愚痴(ぐち)を吐き捨てた。立て続けに放った蒼炎の魔法に、さすがの彼も疲労を隠せなかった。

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