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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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星空の下で

 探検隊の一同は、島で初めての夜を迎えた。

 魔物を避けるために火を()いているが、それだけで安全とは言い難い。夜の密林には、どんな生物がいるか分からないのだ。

 そのため、ソロンも交替で夜間の見張りをすることになった。


 夜行性の虫や鳥が鳴き声を上げるため、密林は夜中でも意外に騒がしい。少なくとも、森閑(しんかん)としているなどとは言えそうもない。

 退屈になりかねない時間だったが、そうはならなかった。


「ふわぁ……凄いなあ」


 空を見上げれば、満天の星空が目に入ったからである。

 木々に隠れた部分を除けば、どこを見ても星が見える。天の川は途切れなく夜空を流れていた。

 思えば、こちらに来てから真夜中の空を眺めたことがなかった。

 機会が全くなかったわけではない。ただ、以前野宿をした時は疲れてすぐに眠ってしまったのだ。


「旅先で見る星空は格別ですわね」


 後ろから声をかけられて、ソロンは振り向いた。

 既に彼女の声はソロンの印象に強く残っている。だから、振り向く前に誰かは分かっていた。

 アルヴァの紅玉の瞳が、焚火(たきび)に照らされてきらめいていた。


「ええ、本当に……。こんな美しい星空は生まれて初めてですよ」


 少し驚いたが、この感動を誰かと共有したい気持ちがあった。だから、ソロンは素直に言葉として表現してみた。


「それほどまでに星空が珍しいのですか? 明かりの多い帝都のような町では、あまり見栄えしませんが。……あなたの故郷ではどうだったのでしょう?」


 ソロンにとっては当然の感想だったのだが、アルヴァは怪訝(けげん)な表情をした。あまりにソロンが感動していたので、不思議に思われたらしい。


「僕の故郷はいつも(くも)っているものですから。ここまで綺麗に星は見えません。だから、初めてなんですよ」


 あまり触れられたくない質問だったのに、馬鹿正直に答えてしまった。感動で少し舞い上がっていたせいかもしれない。


「いつも曇っている……? 確か以前には、日当たりが悪いとおっしゃっていましたが……」


 当然、彼女は聞き逃さなかった。そして、疑問に思った部分をオウム返しでつぶやく。

 地域によっては天候が偏った土地もあるだろう。しかし、それほどまで天気に恵まれない土地があり得るだろうか? ――そんなことを考えているに違いない。


「ええと……。今日は随分歩きましたけど、お疲れではないですか? こんな密林、大の男だって楽じゃありませんからね」


 そこでソロンは、やや露骨ながらも話題の転換を図った。

 アルヴァはまだ考えていたようだが、こちらをしっかりと見て。


「私を誰だと思っているのですか? 行軍経験まである帝国の皇帝です。そこいらの娘と一緒にされては困りますわね」


 怒るのではなく、自信家らしく誇るような調子である。


「そういえば、少し前には北方の亜人と戦ったのでしたっけ?」

「ええ。お陰様で始皇(しこう)の月の十五日も、野営していました。軍の皆が祝ってくれたので、不満はありませんけれど」


『始皇の月』とは十一月のこと。帝国人は(こよみ)の月をこのような名称で呼んでいるらしい。ソロンは各地のカレンダーでそれを把握していた。


「始皇の月の十五日? その日に何があったんですか?」

「皇帝誕生祭――要するに私の十八歳の誕生日です」


 それでソロンも失言したことに気づく。

 帝国人なら少し前に皇帝誕生祭があった事実は誰もが知っているはずだ。実際にミスティンも、アルヴァは『自分と一年も違わない』と言及していた。

 とはいえ、取り(つくろ)っても仕方がないので話を続ける。


「へえ~。僕とは一年も違わないのに、随分と大人びてますね」

「子供のままでは重責を担えませんからね。……というより、あなたこそもう少し大人になってはいかがですか?」

「それを言われると苦しいですけど……」


 見た目が子供っぽいソロンとしては、指摘されると辛い部分である。童顔は生まれついてのものであって、自分に責任はないのだ。

 もっとも、性格が子供っぽいことまでは、既に人のせいにできる年齢ではなかった。

 うなだれるソロンを見て、アルヴァが「ふふっ」と笑う。


「ごめんなさい。意地悪を言うつもりはなかったのですが……。私見を述べれば、変に大人振るよりも自然体でいるほうが好きですよ」

「は、はあ……」


 褒められているのか、からかわれているのか分からずに困惑する。


「ときに、あなたのお誕生日は?」

「七月の四日です。あと二ヶ月と少しで陛下と同い年ですね」


 質問の意図は深く考えずに即答した。ソロンは基本的に素直な性格なのだ。


「七月……神竜の月のことでしょうか? 帝国人は暦月(れきげつ)を数字では呼びませんけれど」

「へっ……そうなんですか?」


 ところが、何気ない質問に罠が含まれていたと気づく。やはりこの人は油断ならない。……というより、ソロンがうかつ過ぎるだけかもしれない。


「はい。暦法が定められた当初は、月名を数字で呼んでいたそうです。それが長い年月の中で、神々の名を付けられていったのだとか」

「…………」

「ちなみに、私の誕生月を表す始皇とは初代皇帝アルヴィオスを指しています。もちろん、偉大な人物とはいっても本来は人間に過ぎません。それが月名に冠されているのは、死後、祭られて神々に列席されたためです。十一月は彼の誕生月だったのだとか」


 ソロンが黙っていたら、聞かれてもいない豆知識を披露してくれた。


「ははあ……。さすがはお詳しいですねえ」

「別に私はあなたが帝国人でなくとも、(とが)めはしませんが」


 ソロンの当たり障りのない感想を無視して、アルヴァは追及する。


「……最初からそれを疑ってたんですか?」


 半ば観念してソロンが尋ねれば、アルヴァは鷹揚(おうよう)に首を振って頷く。


「国籍不明の異邦人だと分かれば、人からどんな責め苦を受けるか分かりません。最悪、諜報と疑われ拷問される可能性もあります。その点では、言い触らさなかったのも賢明でしょう。身の安全は私が保証しますが、正直なところを私に話してみませんか?」


 夜中に声をかけてきたのは、他の誰にも聞かれないようにと配慮したかららしい。ソロンは故郷について、いまだ仲間の二人にすら打ち明けていない。


「確かに僕は帝国人ではありませんが。でも今は、それ以上のことは……」


 困った表情を浮かべるソロンを見て、アルヴァは微笑む。


「以前も言いましたが、別にあなたを困らせたいわけではないのです。無理に聞き出すつもりもありません。ただ少しばかり、あなたは興味深いから……」

「はあ……」


 興味半分で追及されても困ってしまうのだが。


「ところで、暦月の呼称は違っても月日自体は等しいのですね。あれは私の御先祖が、大昔に定めた暦法のはずですが……」


 話が暦に戻ってきた。言われてみれば不思議な話である。


「僕の故郷も、昔はネブラシアと交流があったそうなんです。そのお陰で昔の(こよみ)が伝わっていたのかも……。ただ帝国とは崇める神様も違いますし、月名をつける発想自体がなかったのだと思います」


 それを聞いたアルヴァは「ほう……」と目を丸くした。どうやら、質問攻めにしたい気持ちを抑えているようだ。


「つくづく面白い人ですね。本当に……あなたはどこから来たのでしょう」


 ただそれだけを口にして、不思議そうに首をかしげていた。その仕草には、どことなく無邪気な印象を受けた。

 それを見たソロンも困ったように苦笑いを浮かべる。

 この雰囲気なら言えるかな――と、ソロンは思って。


「ああ、そうだ。この前はありがとうございます」

「何がですか?」


 意味が分からないとばかりに、アルヴァは目を(しばたた)かせた。


「いえ、僕を助けてくれましたよね。この前の拷問で」

「助ける? 拷問したことを感謝されるいわれはありませんよ。それともそういう趣味だったのですか?」

「違いますって!」

 酷い誤解にソロンは必死に否定する。

「――確かに痛かったけど、傷も残らないようにしてくれたでしょう。他の人がやり過ぎないように、自分から役目を買ってくれたんですよね」


『こんな小僧、私にかかれば指の一本や二本で白状しますよ』などと言っていたのは、ラザリック将軍である。それと比較すれば、ソロンが受けた拷問は非常にぬるいものだった。


「それは買いかぶりというものです。もっとも、衛兵を殺していたら、あの程度で済ますつもりはありませんでしたが……。殺さなくて賢明でしたね」

「あはは……」

 ソロンは冷や汗を浮かべながら、

「――そりゃあ、僕は欲しい物があっただけですから。罪もない人にケガをさせられません」

「ふふっ、そうですか」


 アルヴァは口元を押さえ、上品に笑った。そうしてまた口を開く。


「――……あまりしつこいと嫌われるかもしれませんから。今夜はこれで失礼します。お休みなさい」


 くるりと向きを転じて、彼女は去っていった。

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