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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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獣王の咆哮

 城門前に輝く蛍光石の燭台が、大都アムイの町並みを照らし出す。

 大勢の巨大な影が、城に向かってまっすぐに行進してくる。その数は、十体や二十体では留まりそうにない。

 大きな足で一歩一歩、坂を登って迫りくる。その動きは、魔物とは思えないほど整然としていた。


 ソロンもよく知る異形の魔物――緑の聖獣グリガント。

 その他にもソロンの知らぬ魔物の姿があったが、いずれもザウラスト教団の魔物なのは明らかだった。


 巨体の魔物にとって、アムイの道は窮屈(きゅうくつ)で仕方ないらしい。邪魔な建物を容赦なく薙ぎ倒しながら進んでくる。

 獣王の兵士達は、それよりも後ろをゆったりと行進していた。まずは、魔物を盾にして進軍する作戦らしい。

 既に避難しているのか、住民達が騒ぐ様子は見られなかった。


「連中、よっぽど緑カバが好きなんだな」


 敵の陣容を目にしたグラットがつぶやいた。


「グリガントだね。随分、ザウラスト教団と深くつながってるみたいだな」


 ソロンやアルヴァにとって、ザウラスト教団は因縁深い相手だ。メリューからその成り立ちを聞かされたとはいえ、その全容はいまだに謎に包まれていた。


 アムイの町は南の雲海から北の城に向けて、やや急な上り坂となっている。

 そのため、城側に陣取るこちらのほうが、高所を制していた。そして、戦いの上では高所を陣取ったほうが有利である。

 カズーとその部下、元囚人、降伏したハジンの部下、義勇兵、そしてソロン達。これら寄せ集めが、シグトラ軍の陣容である。合計で五~六百人といったところだろうか。


「――!」


 シグトラの号令に従って、兵士達が一斉に射撃を開始した。

 坂下の魔物に向かって、矢雨が降り注ぐ。

 戦いに不慣れな義勇兵も混ざっていたが、彼らもそれぞれの武器で攻撃した。狩りの経験を持つ者は弓矢で、そうでない者も投石で。

 投石機から放たれた巨石が、グリガントの脳天に直撃した。さしもの巨体もこれには転倒せざるを得ない。容赦なく殺到する矢が、巨獣にとどめを刺した。


 ソロン達も負けじと攻撃に加わった。


 ミスティンの矢は、風を帯びて驚くほど遠くまで飛んでいく。その勢いは凄まじく、魔物の巨体すらも吹き飛ばす。

 ソロンが放った炎はグリガントの体を焼いた。それだけではとどめにならなかったが、炎を目印に兵士達が矢を集中してくれた。

 アルヴァの稲妻は別格の破壊力を持っていた。的確に頭部を狙い撃つ連射で、グリガントを一人で仕留めてしまった。


 グラットはどこからともなく、投げ槍を持ってきていた。自慢の遠投で、グリガントの肉体へ深々と突き刺す。接近戦になるまでは、超重の槍は温存するつもりのようだ。


 そうして、グリガントの屍の山が築かれていく。

 自然、聖獣の血ともいえる赤黒い瘴気が、周囲に充満していた。この瘴気は人の生気を奪い取る危険なものだ。慎重に距離を取って戦い続ける。

 だが、倒しても倒しても、緑の聖獣は屍を踏みつけ前進してくる。


 前をゆくグリガントが、民家に備えつけていたタルをつかんだ。殺到する矢にも耐えながら、グリガントはタルを思い切り放り投げた。

 恐るべき距離を飛んで、タルは盾を構えた兵士に直撃した。

 戦場に鈍い音が響き渡る。

 あまりの衝撃に、盾を持ってしても防ぎ切れなかったのだ。兵士は後ろへと吹き飛び、数人を巻き込んだ。


「ちいっ、あの距離でも攻撃してくんのかよ!」


 グラットが顔をしかめる。

 こちらが坂の上にいる以上、飛び道具の応酬ではこちらが優勢のはずである。だが、それを(くつがえ)しかねない程に、グリガントの怪力は脅威だった。

 このままでは敵の攻撃に押され、隊列が崩壊してしまう。


「―――!」


 突如、指揮を執っていたシグトラが前に出た。その手には、自らの元に戻った蒼煌(そうこう)の刀がきらめいている。

 シグトラは刀を上段に掲げた。

 刀身へと青い炎が立ち昇っていく。その熱気に兵士達は騒然となった。


「せいっ!!」


 気合の一声と共に刀が振り下ろされた。

 蒼炎がほとばしり、接近しようとしていたグリガントを飲み込んでいく。それも兵士が数十人がかりでも苦戦するグリガントが、一挙に四体だ。

 後には黒焦げとなった巨獣の死骸が転がっていた。

 大将自らの奮闘で、シグトラ軍が一気に士気を取り戻した。兵士達が残った敵に集中攻撃を浴びせ、押し戻していく。


「もうあの人だけでいいんじゃねえか……?」


 グラットは呆れ気味にそんなことを言っていたが。


「そうはいかないよ。アルヴァの雷鳥ほどじゃないけど、何度も使える技じゃないからね」


 ソロンも魔刀の使い手として、おおよその感覚は分かっている。いかにシグトラとはいえ、無尽蔵に使えはしないはずだ。


「まあ、そりゃそうか。楽できそうもねえな」

「ええ、油断しないでください。敵も何らかの手を打ってくるでしょうから」


 アルヴァは注意を呼びかけながらも、魔法を放つ手を休めなかった。

 こちらが勢いを取り戻したとはいっても、グリガントはまだまだ残っているのだ。今の優勢を維持するのは容易ではなかった。


「分かってらよ。しっかし、あいつらに恐怖ってもんはねえのかよ?」


 黒焦げになった仲間達を目にしても、後続の魔物達が足を止める気配はない。そんな有様を見て、グラットは辟易(へきえき)していた。


「そだね。普通の生き物だったら、怖くなって動きが鈍ると思うよ」


 ミスティンもグリガントへの違和感を隠さない。


「あれはザウラストの生み出した軍事用の魔物だからな。普通の生物だとは思わんほうがいい」

「詳しいようですね?」


 メリューの発言に、アルヴァは気を惹かれたようだった。


「そなたらよりはな。教団についても後で父様に聞くがよい。それよりまだまだ来るぞ!」


 メリューは話を止めて、注意をうながした。


 *


 ソロン達の活躍もあって、シグトラ軍は攻め寄せるグリガントを何体も撃退した。

 だが、グリガントの数には(あらがい)い切れず、またも兵士達は追い込まれそうになる。

 シグトラは再び、蒼煌の刀を振るい敵を焼き払った。


 その時――グリガントの背後から、猛烈な勢いで向かってくる敵の姿があった。

 グリガントよりも小さいが、人間よりは遥かに大きな影である。

 巨体を思わせないほど軽快に、影は屋根の上を飛び渡る。

 ドーマの屋根は三角型で、雪もかかっている。とても、飛び回るのに適した地形ではないはずだ。


 それでも、敵は見る見るうちにこちらへと接近してきた。


「――――!」「―――――!」


 戦場がドーマ語のざわめきに包まれた。

 ソロンがそれを疑問に思う間もなく、メリューが叫ぶ。


「獣王が来たぞ!」


 雄大な体躯(たいく)を誇り、獅子のような顔をした男。背丈はソロンの倍、体重はソロンの五倍でも収まらないだろう。

 その手には爪が光っており、体は黒い金属のような防具で覆われていた。


「がああぁ!!」


 屋根につかまった獣王が、戦場を揺らすような咆哮を上げた。

 それに応じるかのように、獣王の爪が伸びていく。続いて、爪は鋭い光を放ち始めた。


「あれは!?」


 明かりを反射しているわけではない。まぎれもない魔法の光だ。


「――――!」


 シグトラが号令し、獣王に向かって大量の矢が射かけられた。

 獣王が片手で爪を一振りすれば、その周囲に突風が巻き起こった。

 矢は風に煽られ、散り散りに落ちていく。

 亜人や魔物の中には、生まれながらにして魔法の力を持つ種族がある。例えばメリューら銀竜がそうであるように……。そして、獣王に備わった爪も、風の魔法武器となっているようだった。


「ひゃーっ、緑カバに負けじとバケモンだな……!」

「私が」


 ミスティンが弓矢を構え、獣王に狙いを定めた。

 放たれた矢は、空気の渦をまといながら獣王へと向かっていく。

 対する獣王は迫る矢に向けて、爪をまっすぐに伸ばした。


 風の爪と風の弓との対決。

 空気の渦が獣王の爪からも巻き起こされ、矢がまとう風を打ち消す。ミスティンの矢は無効化され、街路へと落ちていった。


「そこ!」


 だが、アルヴァはその隙を見逃さない。杖先から雷光がきらめいた。

 稲妻が夜の街を走り、獣王の鎧へと突き刺さる。


「ぐぬうっ!」


 獣王は唸り声を上げたが、それでも倒れなかった。

 獣王は咆哮を上げて、ミスティンとアルヴァを威圧する。彼もこの二人は別格の相手だと認めたらしい。


「ひゃっ!」


 ミスティンが悲鳴を上げ、アルヴァもわずかに身をすくませる。

 ソロンは二人の前に出て、威圧する獣王を牽制(けんせい)した。もっとも、敵との距離は遠く、ここからでは炎の魔法を当てられそうにない。

 シグトラがいまだしかけていないのも、敵との距離を測っているためだろう。


黒鋼(くろはがね)ですか……。遠くから狙い撃つことは難しいようですね」


 黒鋼とは魔法を防ぐ耐魔金属である。高価な上に重量があるため、防具としての使用は難しい。それを可能とするのは、獣王の膂力(りょりょく)あってのものだろう。


「お姫様の切り札でも無理か?」


 グラットの質問に、アルヴァは首を横に振る。


「あれなら黒鋼ごと破壊できるかと思いますが……。まず、回避されるでしょう」


 かつてアルヴァが雷鳥で葬った相手は、いずれも巨大な魔物だった。

 獣王も巨体ではあるが、さすがにそこまでの大きさではない。何より、雷鳥は魔力を集中する段階から大きな光を放つ。知能を持つ相手には、確実に警戒されてしまう。


 獣王は屋根から飛び降りながら、爪を大きく振るった。

 巻き起こる風が竜巻となり、シグトラ軍の一角へと向かってくる。

 矢を射つどころか、立っているのもままならない。倒れる者、よろける者……。兵士達が散々に崩れた。


「―――! ――――――!」


 混乱する自軍を立て直そうと、シグトラが大声で叱咤(しった)する。


「ぐっ、あちらからも来ているぞ!」


 混迷する戦場の中で、メリューが叫んだ。

 正面からの進行を避け、向かって左側から迂回(うかい)してくる魔物達の姿があった。その数は少なくとも、十体を超えていそうだった。


「自らが注意を引き、そこに別働隊を投入ですか……。考えて攻めているようですね」


 アルヴァが敵の攻勢に感心してみせる。


「獣王は俺に任せておけ! それより、雷鳥で魔物共を一掃してくれないか?」


 指揮を執っていたシグトラが、アルヴァへと叫びかけた。


「構いませんが……。市街地まで巻き込んでしまいますよ」

「俺が許す。住民はとっくに避難している。建物など、後で建て直せばいい」

「分かりました。皆も援護をお願いします!」


 話が終わるなり、シグトラは自ら獣王へと向かっていった。

 兵士達もそれを見守るしかなかった。矢を君子に当てるわけにもいかないため、手出しはできない。二人の戦いは、恐らく一騎打ちになるだろう。


 アルヴァは獣王から距離を取り、市街を駆け出した。雷鳥を放つため、魔物達との位置関係を調整しているのだ。

 それを追って、ソロン、グラット、ミスティン、メリューの四人も走る。


 そして、アルヴァはある一点で静止した。

 左側の街道の中でも、見通しのよい場所だった。城に向かって行進してくる魔物達が、ちょうど通過するはずの場所だ。ここからなら、より多くの敵を巻き込めるだろう。


「集中します」


 アルヴァはただ一言。


「分かった。寄ってくる敵は僕達が排除する」


 それだけでソロンが理解するには十分だった。

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