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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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師弟の語らい

 ハジンとの戦いを制したシグトラは、部下を派遣し情報を集めていた。獣王との戦いに備えるため、敵の出方を探らねばならない。

 メリューもその隣で事態を見守っていた。


 場所は二階のテラスである。

 城下町から雲海までを見通せるため、状況の把握に都合がよかったのだ。玉座の間には、グリガントの死骸が転がったままだという事情もあったが……。


『シグトラ様、捕虜から情報を聞き出しやした。獣王はジャコム太守との戦いに、自ら打って出たそうでやす』


 部下を代表して、狢人(むじなびと)のカズーがシグトラへと報告した。父のヤズーと同じく、シグトラへは最大限の敬意を払っているらしい。


『やはりな。それで、雲海側の戦況はどうなっている?』

『まだ戦いは続いている模様でやす。獣王は戦力を割かずに、雲海での戦いに専念したみたいでやす』

『ハジンを見捨てたか……。そうなると、ジャコムも厳しいだろうな』

『へへえっ、残念ながら、善戦はしているようでやすが、やはり敗色は濃厚なようで……』


 カズーは率直に見通しを述べた。

 こうなるとジャコム軍の状況は絶望的である。こちらとしても、救援を出す余裕などないのだ。


『ならば、片がついたのち、全軍で向かってくるだろうな』

『父様、申し訳ありません。私の見通しが甘かったようです』


 メリューは父に向って、頭を下げた。

 メリュー達の計画では、内と外から獣王を攻めることになっていた。撹乱(かくらん)された獣王を挟み撃ち、勝利を収めるはずだったのだ。

 計算になかったのは、ハジンの裏切りである。

 城内で戦った相手は、ほぼ全てがハジンの部下だった。結果的に獣王は健在なままで、ジャコムは危機に陥った。


『お前は十二分によくやっているさ。強敵との戦いが想定通りに進むなど、そうあるものではない。少なくとも、俺達は地の利を得た状態で、獣王と決戦に挑める』


 シグトラはそう言って、メリューの頭を力強く撫でた。


『父様、私はもう子供扱いされるような歳ではありませんよ』


 メリューは子供っぽく口をとがらせたが、


『そうか? 三十三歳はまだまだ子供だろう?』


 シグトラは笑って取り合わなかった。

 実際、銀竜の基準では子供といって差し支えない年齢なのだが……。メリューとしては胸中複雑なところである。


『……それより、父様。降伏した者達をどうされますか?』


 ハジンが敗れたことによって、その部下達はこぞって降伏を選んだ。その処遇を早急に考えねばならなかった。

 ハジンの部下と一口にいっても、その内実は様々である。


 心からハジンに賛同している者……。

 ハジンに反感を持っていたが、恐怖から反対できなかった者……。

 所属の関係から、なし崩し的にハジンの軍門に下った者……。

 その場の職と食が得られれば満足な者……。


『使えそうな者は軍に組み入れる。最低限の選別は行うが、一人一人精査している余裕はない』


 いずれにせよ、彼らは獣王に忠誠を誓っていたわけではない。あくまでアムイ内部の抗争の結果、ハジンの傘下に下っただけだ。

 君族への忠誠が生きているならば、まだ使う価値はある。シグトラはそう考えたのだろう。


『やむを得ませんね』

『そちらは俺がやっておく。お前は住民に声をかけ、義勇兵を募って欲しい。必要なら城の金銭を出して傭兵としてもよい。時間がないので急いでくれ』

『分かりました』


 シグトラは既に何人かの部下を、城下町へと走らせている。義勇兵を募ると共に、進軍経路の住民に避難を呼びかけるためでもあった。

 だが、義勇兵を募るには、軍の看板となれる者が欲しかった。

 つまりは君族であるシグトラとメリューである。父が軍の再編成に手を取られている以上、その役目を果たせるのはメリューだけだった。


 * * *


 シグトラやメリューを始め、亜人達が忙しく働いている。ドーマ語の会話が、そこかしこで飛び交っている。国家存亡の危機に立ち向かう彼らの表情は、いずれも真剣だった。


「僕達にもできることはないのかな?」


 そんな様子を見て、ソロンはもどかしい思いをしていた。

 二階の広間の隅を陣取って、四人そろって手持ち無沙汰だった。深夜の城内は寒いため、皆で燭台の火を囲んでいる。


「仕方ないよ。みんな何言ってるか分からないし。それより休んだほうがいいと思う」


 マントにくるまりながら、ミスティンが言った。アルヴァ共々、マントの下は着物姿である。


「そうですね。ここは先生とメリュー殿下に任せておきましょう。決戦で全力を出せるように、今は小休止でよいと思います」


 アルヴァもそれに同意した。

 やむなくソロンは「それもそうか」と割り切ることにした。



「退屈そうだな」


 そんなソロン達の元へ、ふらふらと寄ってきたのはシグトラである。


「師匠、サボりですか?」

「サボりとは何だ。俺ができることはやった。今は獣王の出方を待っているだけだ。……それよりソロン、セドリウス殿は元気にされているか?」


 シグトラはソロンの父の名前を出した。

 父を名前で呼ぶ人物は意外と珍しい。なんだかんだで、こちらのことを気にかけてくれているようだ。


「父は亡くなりました。今は兄が後を継いでいます」

「サンドロスが? そうか、セドリウス殿は亡くなられたか……」

「ええ、ラグナイとザウラストとの戦いで……。戦いは兄さんが引き継いで、イドリスを守りました」


 神獣との戦いについては、話が長くなるため割愛した。


「……惜しい方を亡くしたな。だが、サンドロスならばうまくやるだろう」


 万事横柄なシグトラも、父に対しては敬意を持って接していた。だから、その言葉も偽りではないはずだ。


「それで聞きたかったんですけど……。僕をこの国に呼んだのは師匠ですよね?」


 アルヴァによれば、メリューを通じてソロンを呼ぶように伝えたのだという。


「そうだな」

「僕が帝国にいるって分かってたんですか?」


 ソロンが帝国にいたのは、様々な事情が合わさった偶然に過ぎない。シグトラがソロンを指名した理由が、()に落ちなかった。


「いるかもしれんとは思っていた。お前を帝国に送るよう推薦(すいせん)したのは俺だからな」

「へっ?」


 思いもよらないことを、師匠は言い出した。


「立場上、俺はセドリウス殿の相談を何度か受けていた。隣国の侵略に怯えるイドリスを、いかにして守り抜くかをな」

「父さんが……?」

「何らかの劇薬が必要だった。そこで俺は界門のカギを託し、封じられていた上界との国交を提案したのだ」


 シグトラはドーマと帝国の国交を、以前から考えていたという。その発想も、そこから展開されたものだとは予想がついた。


「そんなに前から。それで、どうして僕を……?」


 シグトラに師事していた頃のソロンは、今よりも頼りない少年だった。……今も頼りないかもしれないが、そこは置いておく。


「サンドロスは既に次代の王として、国家になくてはならない存在だった。そこで俺はお前を()した。そう――消去法でな」

「……いえ、消去法って堂々と言われても困るんですが」


 あまり聞きたくなかった真実である。

 シグトラは「ククッ」と笑って。


「冗談だ。本当はお前を評価している。頼りなさそうに見えて、なかなか意志が強いからな」

「はあ、そうですか……」


 さっきの冗談のせいで、いまいち信じられなくなったが。


「ソロン、私もお世辞ではないと思いますよ。帝国へ来て、故郷を助けるために必死だったあなたを私は見ていますから。まあ、少々無茶が過ぎたとは思いますけれど」


 そんなソロンを擁護(ようご)してくれたのは、アルヴァだった。


「そうだよね。密航したり、城に忍び込んだり、私もヒヤヒヤしたよ。あの頃のソロンはヤンチャだったなあ……」


 と、ミスティンは昔の話をぶり返してくる。


「いや、ヤンチャってねえ……。まあその悪かったよ。その節はご迷惑おかけしました」

「ククッ……。お前も色々と苦労したようだな」


 シグトラがそんなソロンを見て笑った。そうして、ソロンからアルヴァへと視線を移して。


「――しかし、お前達は随分と仲が良いのだな」

「不思議がることではないでしょう」


 と、アルヴァは心外そうに返した。


「うむ。特にアルヴァだ。六年前はもっと人を寄せつけない感じだったぞ」

「それは、なんとなく分かります。出会った頃もそんな感じだったし」


 これにはソロンが答えた。

 出会った頃の彼女は表面上の愛想はよくても、どこか壁があった。必要があれば誰とでも仲良くするが、裏には合理的な試算が働いている――そんな印象は否めなかった。


「それは、あなたが勝手に萎縮(いしゅく)していただけでしょう。私自身はさして変わっていません」

「そうかなあ?」

「そうですよ」

「クククッ……やはり、仲がいいな」と、シグトラはまた笑う。「アルヴァも色々と苦労したとは、報告で聞いたがな」

「まあ、そんな話はいいでしょう。それより、先生はどうなさるのですか? やはり籠城(ろうじょう)を選ぶのでしょうか?」


 アルヴァが話題を切り替え、シグトラの方針を伺う。この場では彼女がシグトラに次いで、戦争経験豊かだった。


「いや。閉じこもったところで、勝機があるとは思えん。それに奴はハジンとも違う。街を蹂躙(じゅうりん)して、こちらを挑発するぐらいは平気でやるだろう。ならば、外で待ち構えて、獣王の首を取る」

「承知しました。その方針に沿って、協力させていただきましょう」

「頼む。お前達が頼りだ」


 *


 やがて、メリューの招集に応じた住民が、義勇兵として城に馳せ参じてきた。戦う力がなくとも、後方支援のためにやって来た亜人の女達もいる。

 獣王やハジンの圧政下で、彼らは不満を溜めに溜めていたようだった。


 戦闘要員の義勇兵は全部で数百人程度。これから獣王と決戦を行うには、まだまだ心もとない。

 だが、不満を言える状況ではなかった。

 それに亜人の中には、人間よりも遥かに力の優れた種族がいるのだ。

 狩りや木こり、農作業、採掘作業など、力仕事に従事している者は数多い。そういった者達は、戦場経験がなくとも有望だった。


 そして、決戦の時は迫っていた。


『君子様! ジャコム太守が敗北したようです! 船団は散り散りになって、退却したとのことです』


 亜人兵が息せき切って、シグトラへと報告した。間をおかず、メリューが内容を伝えてくれる。


「みんな無事に逃げ延びてくれるといいけど……」


 ソロンは顔をくもらせてつぶやく。

 ジャコムの船団にはラーソンや、帝国軍の者達も付いていたのだ。

 狙いは陽動なので、無茶をしないようメリューもアルヴァも伝えていはいたが……。彼らについては、無事を祈るしかなかった。


『獣王は攻めてきそうか?』


 シグトラが亜人兵に問いかけた。


『はっ。今は港に軍船を戻し、そこで軍を編成しているとのことです。十中八九、そのまま攻め寄せてくるかと』

『うむ』

 シグトラは頷いて号令を下す。

『――城門前に兵を集めよ。坂の上から、登ってくる敵を迎え撃つ』


 ついに獣王との決戦が始まろうとしていた。

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