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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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蒼煌の刀

 メリュー達が奮闘している間も、シグトラの戦いは続いていた。

 だが、魔刀を操るハジンを前にして、シグトラは攻めあぐねていた。蒼炎(そうえん)の直撃を受けないよう、慎重にならざるを得ないのだ。


『どうした、さっきから随分と及び腰じゃないか!? いつもの威勢はどうしたぁ!?』


 そんなシグトラを見て取って、ハジンは笑った。


『笑っている余裕があるのか? お前の部下がやられているようだが?』


 戦いは既に、シグトラ達の優勢へと傾いていた。ハジンの兵士も、グリガントも次々と倒れていっている。


『ぐっ、もういい! さっさととどめを刺してやる。その後で、貴様の娘もあの世へ送ってやろう! 人間の血が混じった卑しい娘をな!』


 ハジンは刀を上段に構え、魔力を集中し出した。

 青い炎が立ち昇り、ハジンの頭上で渦巻く。


『おおぉ、これは凄まじいな。体が持っていかれそうなぐらいだ。ふははっ!』


 ハジンは刀の力を体感し、満足そうに笑った。

 蒼煌の刀から放たれる炎は強大で、直撃を受ければシグトラですらただでは済まない。本来の刀の持ち主であるシグトラには、否応なく分かった。


『とどめだシグトラ! 兄の偉大さにひざまずけえ!』

『ふんっ!』


 シグトラの手から刀が投じられた。

 刀は一直線に、ハジンの頭上――蒼煌の刀へと向かっていく。


『ぬっ、何をする!?』


 二つの刀が衝突し、ハジンの手元がふらついた。

 ハジンは蒼煌の刀を握り直そうとしたが――

 その手元から、蒼煌の刀が吹き飛んだ。


『油断したな、兄者。念動魔法に出し抜かれる銀竜など、一族の恥だぞ』


 ハジンは自身の力量を越えた技を使おうとした。その結果、刀を満足に御することができなくなった。

 そして、握りがゆるんだ隙を見て、シグトラが念動魔法を使ったのである。

 蒼煌の刀が意思を持つかのように宙を漂い、真の持ち主の手元へ戻ってくる。


『貴様……!』


 ハジンが歯噛(はが)みし、シグトラをにらみつける。


『…………』


 シグトラは無言で、蒼煌の刀を上段へと掲げた。

 青い炎が立ち昇り、シグトラの頭上で渦巻く。そう――先程ハジンがやったのと同じように。ただ、その勢いはハジンが操った炎の何倍にも達していた。


『ま、待つんだシグトラ! 兄に刃を向けるのか!?』


 炎の勢いに恐れをなして、ハジンは顔を青ざめさせた。先程の勝ち誇った表情は、既に欠片も残っていなかった。


『長兄殺しが何を言うか!』

『俺は獣王の奴に利用されただけなんだ! 俺は、俺はドーマを守りたかっただけで! シグト――』

『見苦しいぞ、兄者』


 蒼煌の刀が、シグトラの腕から振り下ろされた。

 荒れ狂う蒼炎は嵐のように、玉座の間を突き抜けた。ハジンの体が炎に飲み込まれる。その勢いは、断末魔の叫びをかき消す程に凄まじかった。


 * * *


「父様、ご無事で何よりです!」


 戦いが終わるなり、メリューはシグトラの元へと駆け寄った。

 ソロン達も彼女に追随して歩いていく。


「お前もな。さっきはソロン達が助けなかったら、危なかっただろう」


 シグトラは戦いながらも、娘の戦況を把握していたらしい。


「そ、それは……」


 メリューはバツが悪そうに、頬を()く。それだけ見れば、恥じらう乙女のような仕草だった。


「まっ、一体を倒した手並みは見事だったがな。それは褒めてやろう」

「ありがとうございます! 父様!」


 メリューはパッと笑顔を咲かせた。それもソロン達には見せたこともない表情で。


「師匠だって、さっきは心配しましたよ。もう少しで手出しするところでしたけど……」


 ソロン達が注目した時には、シグトラの戦いは佳境に入っていた。すぐに手出しをしなかったのは、師の誇りを(おもんばか)ったためだ。


「お前に心配されるとは、俺も衰えたな」

 と、シグトラは溜息をつく。

「――ハジンなど、大した相手ではないといった通りだ。しょせん、魔刀の力に頼らねば何もできない奴だった」


 シグトラは眼下にある死体を見下ろし、冷然と言い放った。

 死体は黒焦げになっており、それが彼の兄だったという痕跡(こんせき)はもはやない。

 兄の死体にかける言葉としては、あまりに冷たい。

 だが、ハジンは肉親であると同時に、肉親を殺した男でもあるのだ。胸中の憎しみは、軽々しく片付けられるものではないだろう。


「――それにしても、二人とも随分と腕を上げたな。ソロン、グリガントを一撃で葬った技は見事だった。その魔刀、ものにしたようだな」

「はは……。あれから苦労しましたから」


 かつて、ソロンは師に憧れて紅蓮の刀を作った。だが、その習得までは長い時間がかかったものだった。失敗し、火傷(やけど)を負ったのは一度や二度ではない。


「アルヴァも。紫電の魔法をあそこまで正確に撃てるのは、帝国広しといえどお前ぐらいだろう」

「大したことはありません。全ては、先生のご鞭撻(べんたつ)あってのものです」


 アルヴァは謙虚だったが、その口調からはいつもの自信が(うかが)えた。


「ふっ……。さすがだな。お前なら、いずれは雷鳥の魔法も会得できるだろう。そうだな……。戦いが終わったら、もう一度稽古をつけてやってもいいぞ」


 シグトラは弟子の成長を素直に喜んだが――


「いえ、雷鳥なら去年の時点で、会得しました。先生が手本を示し、その上で魔術書を残してくださったお陰です」

「雷鳥を……!? な、なんだと、本気か!?」


 シグトラは思いのほか、狼狽をあらわにした。今まで泰然としていた彼にしては、珍しい形相である。


「みくびらないでいただきたいものですわね」


 疑われるのは心外だ――と、アルヴァは言わんばかりだった。


「いや、みくびるとかの次元ではないが……。それらしい魔法が使えるというだけではないのか……?」

「いいえ、上帝の魔法は私もこの目でみましたから。途中の雲海で魔物を撃退したのですが、父様と同じく凄まじい破壊力でした」


 なおも疑うシグトラに対して、メリューが保証した。彼女もあのウツボとの戦いにおいて、その破壊力を目の当たりにしていたのだ。


「ううむ……。まさか、本当なのか……?」

「不満でしたら、実演して差し上げますが」

「よせよせ、あんな魔法、試し撃ちするだけでも危険だ。それに戦はこれからが本番だろう。温存しておけ」

「やっぱり、あれって難しい魔法なんですよね?」


 ソロンが口を挟めば、シグトラも頷く。


「難しいも何も……。俺が百歳を超えた頃にようやく会得できた魔法だ。アルヴァなら人間の寿命が来る前には、習得できるだろうと踏んではいたが……」

「やっぱ、そんなもんだよなあ……。あんな魔法、五人も十人も使えたら、世の中滅茶苦茶になっちまうぜ」

「やっぱり、アルヴァは凄いね。そんな魔法使えちゃうなんて!」


 これにはグラットとミスティンも納得していた。


「ぐっ……。百歳だぞ百歳……。俺がどれだけ苦労したと……」

「……父様、悔しそうですね」


 シグトラは何やらつぶやいていたが、娘の視線に気づいて。


「と、ともあれ、弟子がそこまで成長していたのは、嬉しい誤算だな。早急に態勢を整え、獣王を迎え撃たねばなるまい。お前達も協力してくれるか?」

「分かりました、師匠!」「言われるまでもありません」


 四の五の言わず、二人は頷いた。その意思がなければ、そもそもここまでは来ていない。


「危なくなったら、避難してもらって構わん。ハジンは隠し通路の存在を獣王には伝えていないはずだ。来る時と同様、安全に退避できるだろう」


 隠し通路の中途半端な警備は、ハジンが独断で張ったもの。

 獣王を信用していない彼は、いざという時のために退路を確保していたのだ。そう考えれば納得もできた。


「いざという時は、そうさせていただきます。他の三人は私が巻き込んだようなものですから。……ただ、できる限りの協力はしますよ」


 アルヴァはソロン達を気遣う様子を見せた。それでも、戦いへの意志は揺るぎなかった。

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